堅物騎士は、眉間に皺を寄せる
ソレーユの実家を侯爵家と書いておりましたが、正しくは公爵家でした。
王太子の指名で、リュシアンはソレーユの首席侍女となる。それは異例中の異例の大抜擢で、社交界はざわついていた。
国王を取り巻く王宮内には、いくつかの派閥がある。
国内の改革を推し進める王太子派、慎重な政治を行う旧国王派、中立的な立場である騎士隊派。
どこを支持、支援するかによって、社交界の立ち位置が変わってくるのだ。
妃となるソレーユの実家であるデュヴィヴィエ公爵家は、言わずと知れた王太子派。その首席侍女は、他の派閥のものを取り入れて、バランスを取る必要がある。
同じ派閥の者ばかり集めれば反感を買い、独裁的な政治をするものだと見なされるからだ。
政治的にも影響力が高い首席侍女には、旧国王派から選ぶのが最適とされていた。しかし、首席侍女となったのはリュシアン・ド・フォートリエという、どこの派閥にも所属していない地方領主の娘である。
これは、いったいどういうことなのか。さまざまな憶測が飛んでいた。
リュシアンを取り巻く環境は変わりつつある。それを、コンスタンタンは目の当たりにしていた。
リュシアンは今日一日の間に届いた手紙を、コンスタンタンに見せてくれた。
「こんなにも、お茶会や夜会の招待状をいただいてしまって……」
数えずとも、三十通以上の手紙が並べられていた。
「思った以上に、とんでもない事態になっているな」
コンスタンタンの本音に対し、リュシアンは眉尻を下げ、困ったように淡く微笑む。
「派閥ごとに分けてみたのですが、王太子派の方のお手紙は一通、旧国王派の方のお手紙が十五通、騎士隊派の方のお手紙が四通、という結果でした」
「非常にわかりやすい」
旧国王派は焦っているのだろう。現国王は退位を決め、現在政治を掌握しているのは王太子である。さらに、『国王派』から『旧国王派』と呼ばれるようになり、立場も弱くなりつつあるのだ。
「アンに取り入って、社交界の立ち位置を確固たるものにしたいのか」
「困りますわ。わたくしには、そのような権力などありませんのに」
「そうだな」
ただ、ソレーユはリュシアンを信用している。何か願えば、叶えるだろう。
二人が親しい仲だったという話が、どこからか漏れたのだろうか。あまり喜ばしい状況ではない。
リュシアンも、毎日毎日手紙の返事を書くのは大変だろう。
「どうしようかと考えたのですが――」
王太子派の者とだけ会うわけにはいかないだろう。平等に選び抜き、角が立たないようにしないといけない。
「せっかくお誘いをいただいたのに、無下にするわけにもいかないなと思いまして」
「いや、しかし、無理はしないほうがい。会える人数にも、限界がある」
「ええ。ですが、皆様とお会いできる、すばらしい案を思いつきまして」
「すばらしい案、だと?」
「はい。王の菜園に、お招きすれば面会は一度で済みますわ」
茶会に赴くのではなく、逆に招待する。そのほうが、効率的だ。
「それに、わたくし達の領域にお招きするほうが、安全かなと」
「安全?」
「狩猟と同じですわ。獲物の巣穴に直接行くのは危険ですが、罠を用意しておけば、安全に仕留めることが可能です」
「ああ、なるほど」
リュシアンの考えに、コンスタンタンは舌を巻く。
招かれた先に誰がいるかわからない場所へ行くよりは、あらかじめ誰が来ると把握しているほうが安全である。
「畑のほうへは立ち入らないようにしますので、許可をいただけますでしょうか?」
リュシアンは上目遣いで、コンスタンタンに願う。今すぐ頷きそうになったが、コンスタンタンは奥歯を噛みしめる。
「一度、父に聞いてみよう」
「はい、よろしくおねがいいたします」
話が一段落ついたので、コンスタンタンは「ふー」と長い息をはきだした。
「コンスタンタン様、申し訳ありません。わたくしが、首席侍女になったばかりに」
「いや、いい。想定していた。アンは、ソレーユ嬢を助けたかったのだろう?」
「はい」
「だったら、気に病むことはない。首席侍女など、誰にでもできる仕事ではない。誇りを持て」
「ありがとうございます」
コンスタンタンは向かい側に座るリュシアンを見て、こちらにくるようにと手招く。リュシアンは嬉しそうに、駆け寄って隣に腰を下ろした。
コンスタンタンから行かなかったのは、まだ結婚していないからである。傍に寄るか寄らないかの判断は、リュシアンに一任している。
手を差し出すと、リュシアンは細い指先をそっと重ねてくれた。コンスタンタンは優しく、リュシアンの手を握る。
「アン、約束してくれ。これから、大変な事態に巻き込まれるかもしれない。自分では解決できないこともあるだろう。そういうときは一人で抱え込まずに、相談してほしい。何があっても、私はアンを信じ、助けよう」
「はい、ありがとう、ございます」
リュシアンは俯き、震える声で言葉を返す。
平然としているように見えたが、実際は怖かったのだろう。
社交界には、悪辣で狡猾な考えの者がわんさかいる。そういう者から、リュシアンを守らないといけない。
コンスタンタンは決意する。何があっても、リュシアンの味方でいようと。




