お嬢様達は想いを確認し合う
ソレーユはリュシアンを抱きしめ、震える声で「ありがとう」と囁いた。
「本当は、不安だったの。一人で、戦えるのか」
「ソレーユさん……」
「リュシアンさんが傍にいてくれるのならば、心強いわ」
「はい」
リュシアンも、ソレーユの細い肩を抱き返す。
「ご、ごめんなさい、私」
ソレーユは真珠のような涙をポロポロと流していた。リュシアンはハンカチを、ソレーユの頬にそっと当てる。
「何があっても、わたくしは、ソレーユさんの味方ですので」
「で、でも、私は、リュシアンさんの味方は、で、できないわ」
王妃となる者は、誰に対しても平等でなければならない。いくらリュシアンと親しくても、贔屓をしたり目に見える場所で仲良くしたりすることはできないという。
「もし、リュシアンさんが嫌がらせを受けていても、私は、助けられないの。もちろん、犯罪になるような度を超えた行為は、赦さないけれど」
リュシアンばかり守っていたら、周囲は「お気に入りの者だけを侍らせる、無能な王妃」と囁くだろう。それは、あってはならない事態である。
「せっかく、仲良くなれたのに、もしかしたら、リュシアンさんは、私のことが、嫌いになってしまうかもしれないわ」
「ソレーユさん、大丈夫ですわ」
「大丈夫、って?」
「友情は、目には見えないものです。行動で示さずとも、言葉にせずとも、大切に、できるものなのですよ」
「リュシアンさん~~!!」
余計に、ソレーユを泣かせてしまう結果となった。
リュシアンはメイドに紅茶を淹れるよう頼む。用意されていたものは、すっかり冷え切っていたからだ。客の立場で頼み事をするのは忍びなかったが、それも仕方がない。ソレーユはとても人と話せる状態ではなかったのだ。
温かい紅茶と、菓子が運ばれてくる。リュシアンはソレーユのカップに、砂糖と蜂蜜を垂らした。彼女はこうやって、紅茶を飲むのが好きなのだ。
温かい紅茶を飲み、焼き菓子を一切れ食べると、ソレーユは落ち着いたようである。
「取り乱してしまったわ。恥ずかしい」
「そういう日もありますよ」
「リュシアンさんは、何が起こっても、平然としていそうだわ」
「そんなことないです」
リュシアンは遠い目をして、人生でもっとも取り乱した日の記憶を甦らせる。
「わたくしにも、恥ずかしい記憶がございます」
「嘘よ」
ソレーユは信じようとしないので、話すことにした。
「わたくし、少し前まで、厚化粧でしたの」
「まあ、どうして?」
「畑仕事をしていたら、肌を焼いてしまって。そばかすが目立つようになってしまったのです」
社交界では白い肌の女性がもてはやされる。そのため、リュシアンは白粉をこれでもかと肌にはたいていたのだ。
「わたくし、コンスタンタン様も色白の女性が好きだと思って、厚化粧を続けていたのです。しかし、ある日素顔を見られてしまって、取り乱してしまい――」
「アランブール卿は、なんとおっしゃったの?」
「混乱していて、よく覚えていないのですが、素顔だと表情が明るくなったとか、そんなことをおっしゃっていたような気がします」
「つまり、色白の女性が好きというわけではなかったと?」
「はい」
「リュシアンさんも、取り乱すときがあるのね」
「コンスタンタン様の前では、よく思われたいという願望があったのでしょう。でも、厚化粧を止めたら、本当に楽になって。自分を偽るのは、気力を使っていたんだなと」
「そうね。自分を偽るのは、疲れるわ」
ソレーユはリュシアンの手をぎゅっと握り、頭を下げる。
「ソ、ソレーユさん!?」
「私も、なるべく自分は偽らずに、私らしい王妃になりたいわ」
「はい!」
「いいえ、なるのよ!」
いろいろと吹っ切れたのだろうか。ソレーユの表情は明るくなった。リュシアンはホッと安堵する。
「それはそうと、首席侍女の件、アランブール卿に相談しなくてよかったの?」
「コンスタンタン様は立ち上がる時に、わたくしの耳元で囁いてくれました」
――アン、やりたいようにやれ。周囲に気を遣う必要はない
「あの一瞬の間に、そんなやりとりをしていたのね。気付かなかったわ」
さすがに、コンスタンタンがリュシアンの手を一瞬握ったことまでは、報告できなかった。思い出しただけでも、恥ずかしくなる。
「ソレーユさんが王の菜園で活動するならば、きっとわたくし達の目指す方向は同じだと思ったのです」
「そうね」
王の菜園を通じて、王族を身近に感じてもらう。そして、富裕層向けの事業を行い、運営資金を集めるのだ。
もちろん、本来の目的である、国王の野菜を作ることも忘れない。
「リュシアンさん。これから、どんどんバリバリ野菜を作って、商売するわよ!」
「はい!」
リュシアンとソレーユの友情は、さらに深まった気がした。




