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『王の菜園』の騎士と、『野菜』のお嬢様  作者: 江本マシメサ
本編

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お嬢様はウサギのミートパイをふるまう

 夕食の時間となったようだ。

 憂鬱な気分は化粧箱に詰め込み、リュシアンは口角を上げるように努める。


 髪は編み込んで後頭部で纏め、リボンで結ぶ。

 ドレスはパニエ──鯨髭で作った鳥籠のような物でスカートにボリュームを作っている。これが、社交界で流行の意匠だ。ドレス全体の重さもあって、非常に歩きにくかった。

 しかし、湖を泳ぐ白鳥のように、何事もないように歩かなければならない。

 貴族の暮らしはのんびりしていて優雅に見えるものの、実際は大変だ。

 もしも結婚したらドレスを一日に何回も着替えて、客がきたら最大のもてなしをしなければならない。

 時間の無駄だ。

 そんなことをしているよりも畑を耕していたほうが、生産性がある。


 どうして貴族は、ガチガチに固められた礼儀の中で、非生産的なことをして暮らしているのか。


 答えは簡単だ。

 贅沢な暮らしをする中で経済が回り、国が豊かになる。

 一見意味のないことにも、深い意味がある。

 リュシアンがそれを理解できるか、そして実際にそんな生活ができるかは別として。

 貴族には貴族の暮らしがあるのだ。


 食堂の扉が開かれる。リュシアンは先に来ていたアランブール伯爵家のグレゴワールとコンスタンタンに淑女の礼をして、席に着いた。

 いろいろ考えすぎて、頭の中はぐちゃぐちゃだった。話題を振らないといけないのに、何も思いつかない。

 困っていたところで、コンスタンタンが話しかけてくれた。


「アン嬢、本当にウサギのミートパイを作ってくれたんだな」

「あ、そうでした。わたくしったら、焼かずにそのままでしたわ」

「料理長が焼いてくれたらしい。メインにするようだ」

「そうでしたか。お手数おかけしましたわ」

「そんなことはない。仕事が減ったと喜んでいた」

「まあ。でしたら、よかったですわ」


 ホッと胸を撫でおろす。

 貴族の家には料理人がいる。勝手に料理を作ったら、逆に邪魔になってしまうのだ。

 アランブール伯爵家の料理人が心の広い人でよかったと、リュシアンは内心安堵した。


 グレゴワールが給仕に合図を送ると、食事の時間となる。

 まずは前菜として、温野菜のサラダが運ばれた。グレゴワールが料理の説明をしてくれる。


「こちらのジャガイモは、フォートリエ子爵領から取り寄せた物で、陛下もかの大農園の野菜は大好物で、特にジャガイモはこれしかないと言って聞かないんだとか」

「そうでしたのね」


 おそらく、フォートリエ子爵領のジャガイモ夫婦が作ったものだろう。

 角切りにしたジャガイモを炒めたあと、ベーコンを加えて塩コショウで味を調え、カリカリになるまで焼いたものだ。仕上げに茹でたインゲンを添えられている。


 ジャガイモは、丸い物と細長い物、両方入っているようだった。

 丸いジャガイモは、煮崩れするのでマッシュポテトに向いている。

 細長いジャガイモは、煮崩れしないので煮込み料理に適している。

 こうして、サラダにするのならば、品種は関係ないのかもしれない。

 丸いジャガイモはホクホクしていて、細長いジャガイモはなめらかな食感である。一緒に食べると、新しい味わいを感じた。

 丸いジャガイモをスープに入れたら煮崩れて台無しになるし、細長いジャガイモをマッシュポテトにしたら上手く潰れなくて仕上がりも微妙だ。

 どうにもならないと思いきや、そうではない。

 別の料理を考えて、一緒に使ってしまえばいいのだ。

 ここで、ふと気づく。リュシアンは考えが一本道になっていたことに。

 もしも決まった道がダメだったら、別の方向を探せばいいのだ。

 人生だって、結婚だけがすべてじゃない。このジャガイモ料理のように、新しい道があるかもしれないのだ。

 思いがけず、リュシアンはジャガイモのサラダに勇気をもらった。


「これは、うちの料理長のオリジナルサラダで、通常これらのジャガイモはこのように使わないのだが──口に合わなかったか?」


 コンスタンタンに問われ、リュシアンは首を横に振る。


「いいえ、とってもおいしかったですわ」

「だったら、よかった」


 コンスタンタンは淡い笑みを浮かべていた。

 ここで、きちんと彼の顔を真正面から見たことに気づく。

 髪は枯れ葉色で、騎士らしく短く切りそろえられている。目元はキリリとしていて、涼しげだ。スッと通った鼻立ちと、形のいい唇をしていた。

 派手さはないが、十分整った顔立ちをしている。

 堅い印象はあるものの、今は微笑んでいるので親しみを感じた。

 きっと優しい人なのだろう。リュシアンはそう思った。

 コンスタンタンをぼんやり見つめているうちに、二品目が運ばれてくる。カボチャのポタージュだ。優しい甘さで、体がほっこりと温まる。

 魚のメイン料理は、蒸した鱈にホウレンソウのソースをたっぷり絡めたもの。

 脂の乗った鱈の旨みと、ちょっぴり苦いホウレンソウのソースは相性抜群だ。

 間に、口直しのシャーベットが運ばれてくる。珍しい、ニンジンを使ったものだ。驚くほど甘くて、スプーンが止まらなかった。

 そして、肉料理のメインはリュシアン特製のウサギのミートパイが運ばれてくる。

 白い皿にミートパイがカットして置かれ、飾りとしてディルが添えてあった。


「綺麗に盛り付けていただいて……」


 あとは食べるだけなのに、あることに気づいて手を止めてしまう。

 家族や親しい人以外、ミートパイを振舞ったことがない。

 皆、おいしい、おいしいと言って食べていたが、領主の娘だから、末娘だからと甘い評価をされていた可能性がある。

 果たして、他人にふるまっていい料理なのか、急に不安になった。


「あの、実家で作っていた野菜も入れております。お口に合えばいいのですが」

「いただこう」


 コンスタンタンがミートパイにナイフを入れてフォークに突き刺し、口に運ぶ動作を緊張しながら眺めていた。

 口に入れた瞬間、コンスタンタンの目が見開かれる。

 同時に、リュシアンの胸もドクンと鼓動した。


「──おいしい。こんなにおいしいウサギのミートパイは、初めてだ」

「あ、ありがとう、ございます」


 想定外の大絶賛に、リュシアンは言葉を失った。続けて、グレゴワールも感想を述べる。


「おお、本当においしい! なんだろうか、この深い味わいは」

「ウサギ肉と合わせた野菜が、味わいを豊かにしているのだろう。クルミもアクセントになっていて、素晴らしい」


 本当に、そこまでおいしいのだろうか。リュシアンに気を遣っているのかもしれない。確かめるために、一口食べてみた。


「──あ!」


 自分で作ったものなので、「おいしい」という言葉は寸前で呑み込んだ。

 ウサギのミートパイは本当においしかった。今まで作った中で、一番の仕上がりである。


「あ、これは、きっと王の菜園のウサギが、おいしかったからでしょう」

「ウサギよりも、アン嬢が実家から持ってきた野菜がおいしかったのかもしれない」


 コンスタンタンの言葉に、リュシアンは赤面する。

 野菜を褒められたことは、嬉しいことだった。


「だったら、こういうことにしよう」


 グレゴワールが話をまとめる。


「このウサギのミートパイは、王の菜園のウサギと、フォートリエ子爵領の野菜の結婚マリアージュということで」


 リュシアンはなんだか恥ずかしくなり、俯いてしまう。

 同じくしてコンスタンタンも照れて明後日の方向を見ていたのだが、双方気づくことはなかった。


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