お嬢様は眠れない夜を過ごす その四
リュシアンの眦が、カッと熱くなる。
王の菜園を包む炎に照らされて、コンスタンタンの姿が浮き彫りになっていた。
怪我をしている様子はない。二本の足でしっかり立ち、強い眼差しを向けていた。
だが、まだ喜べる状況ではない。コンスタンタンは侵入者達の向こう側にいるからだ。
「クソ!!」
侵入者の男は叫び、リュシアンのほうへと駆けてきた。腕を掴もうとしたが――ガーとチョーがガアガア叫び、跳び蹴りを食らわせる。
「うわっ!!」
リュシアンの前にロザリーが両手を広げて立った。
「ロザリー!」
「アンお嬢様、絶対に、お守りしますので」
別の侵入者の男が、おかみの腕を掴む。そして、ベルトからナイフを引き抜いて叫んだ。
一瞬の出来事である。
「全員、動くな! 動いたら、このババアの首をかっ切るぞ!」
「お、おい。お前……それは食堂のおかみさんだと言っただろうが!」
「うるさい!! もう、俺たちは二回も火事を起こした。あとに戻れないんだよ!!」
錯乱状態なのだろう。自らの罪を、暴露している。
そんな男に、コンスタンタンは静かに問いかける。
「誰かに、唆されたのだろう?」
「う、うるさい」
「まだ、間に合う。武器を下ろせ」
「うるさい、うるさいっ! そんなことを言って、騙すつもりだろう?」
「嘘は言わない」
「お前の言うことなんか、信じるものか!」
「いいから、武器を、下ろすんだ」
「お前こそ、手に持っている剣を下ろせよ!」
コンスタンタンは相手を落ち着かせるためか、剣を地面に捨てた。
「あとは、回れ右をして、真逆のほうへと走って行くんだ。もしも、一度でも振り返ったら、ババアの首をナイフでぶっ飛ばすからな」
「もう、止めて!!」
叫んだのは、ララだった。今まで大人しかった彼女がいきなり叫んだので、侵入者の男は驚いたのだろう。びくりと肩を震わせる。
その一瞬の隙に、コンスタンタンはおかみと侵入者の男のもとへ駆け寄った。
ナイフを持った手を握り、男の背中の方向へと捻り上げる。
続いて足下を払い、転倒させる。背中を押さえつけ、拘束した。
リュシアンは解放されたおかみの手を握り、安全な場所へと誘導する。
「あ、こら!」
もうひとりの侵入者の男がリュシアンのあとを追おうとしたが、羽を広げたガーとチョーが接近を阻止した。
最悪の状態は回避できたように思えたが――炎が上がるほうから複数の人影が見えた。
「おい、お前ら、何をやっている!?」
他に、侵入者の男達がいたようだ。十名以上、ゾロゾロとやってくる。
その中に、見知った顔があってリュシアンは息を呑んだ。
「コ、コンスタンタン様、アランブール伯爵が、あちらに!」
「なんだと!?」
コンスタンタンの父グレゴワールが拘束されていた。
手を縄で縛られ、侵入者の男達に囲まれている。
「そこの騎士! 押さえつけているヤツを解放しろ! でないと、この男を痛めつけるぞ!」
「コンスタンタン、私のことはいい。従うな!」
「黙っていろ!」
グレゴワールは頬をぶたれ、衝撃で地に伏す。
「アランブール伯爵!」
当たり所が悪かったのか、倒れたまま動かなくなってしまった。
コンスタンタンはどう動くのか。リュシアンは判断を見守る。
十名以上いるので、コンスタンタンひとりではどうにもできない。
「おい、早くしろ!! この親父の命が、どうなってもいいのか!?」
絶体絶命である。どうすればいいのか――絶望しかけたそのとき、遠くのほうから金属音が聞こえた。
「こ、これは!?」
「お嬢様、あっちから、何か来ています!!」
ヒラヒラとはためく、赤いマントが見えた。
それは、王太子の近衛部隊の騎士達であった。それ以外の騎士も交ざっている。規模は中隊ほど、百名以上はいるだろうか。戦闘用の板金鎧に身を包んだ騎士達が、次々と駆けてくる。
侵入者の男達に向かって、叫び声が聞こえた。
「武器を捨てよ!! すでに、お前らのリーダー格の男は、投降した!!」
その言葉は、侵入者の男達の戦意を削ぐのに効果的だった。
ひとり、ひとりと武器を地面に落とす。
膝を突き、両手を挙げて降参の体勢を取っていた。
男達は騎士達の手によって、次々と拘束される。
続けて、指示が飛ばされた。
王の菜園に広がった炎の消火活動である。
「アン嬢、すまない。父のことを頼む」
「はい」
コンスタンタンは消火活動に加わった。
リュシアンはグレゴワールに駆け寄り、そっと背中をさする。
「アランブール伯爵、大丈夫ですか?」
「……もう、奴らは拘束されたか?」
「は、はい」
「そうか」
グレゴワールは手首を動かし、縄を自力で解いた。そして、元気よく起き上がる。
「ああ、よかった。二人とも、無事のようで」
「わたくし達は、なんとも」
「まさか脱出しているとはな」
「アランブール伯爵のほうへ先に向かったので、逃げる時間がありました」
リネン室に避難しシーツを繋げたものを使って外にでたことを告げると、グレゴワールは目を丸くしていた。
「ははっ。なんて勇敢なお嬢さんなんだ。よかった、本当に、よかった……!」
安心したのだろう。グレゴワールの瞳には、涙が浮かんでいた。
皆、無事だった。その奇跡を、グレゴワールと分かち合う。
「私達も、消火を手伝おう」
「ええ」
大勢の人々の手で、消火活動が行われる。
鎮火したのは、明け方だった。




