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『王の菜園』の騎士と、『野菜』のお嬢様  作者: 江本マシメサ
本編

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お嬢様は眠れない夜を過ごす その三

 まるで荒れた海のごとく、炎が波打つように燃え広がっていた。


「どう、して……?」


 先ほど見たときは、小さな火に見えたのに。リュシアンは呆然とする。

 王の菜園で働く人々がコツコツ世話をして作り上げた田畑が、見るも無惨な状態になっていた。


 ヒュウと、冷たく強い風が吹く。すると、炎が竜巻のように燃え上がった。

 強風のおかげで火が炎と化し、野菜を燃え上がらせてしまったのだろう。


「あ、アンお嬢様、ど、どう、しますか?」

「わ、わたくしは――」


 王の菜園は炎に呑み込まれてしまった。アランブール伯爵邸のほうへは戻れない。

 リュシアンはコンスタンタンが仮眠を取っていた執務小屋のほうを見た。


「あ、あれは!?」


 執務小屋も、真っ赤に燃え上がっていた。思わず、リュシアンは悲鳴を上げる。

 ガクンと膝の力が抜けて、その場に頽れてしまった。


「アンお嬢様っ!」


 そのまま倒れそうになったものの、ロザリーの声でハッと我に返る。


「コンスタンタン様……コンスタンタン様は……?」

「アンお嬢様! しっかりなさってください!」

「ですが、コンスタンタン様が」

「騎士の妻となる女性が、そんな風に気落ちしていていいと思っているのですか?」


 ロザリーの一言は、リュシアンの胸に深く突き刺さる。ここで、絶望に浸っている場合ではないのだ。


「アンお嬢様――」

「誘導を」

「え?」

「下町のみなさんに声をかけて、逃げるように誘導しませんと」

「え、ええ! そうです! ガーとチョーも、行きますよ! 丸焼きになっている場合ではないですからね!」


 ロザリーの声かけに、ガーとチョーはガアガア抗議するように鳴いていた。


 リュシアンは下町の者達が寝泊まりする建物を目指す。そこは半世紀前まで、アランブール伯爵家に仕える使用人が使っていた宿舎だ。

 王の菜園の事業を始めるさい、宿屋として改装していたものを貸していたのだ。


 途中、倒れている騎士を発見した。


「まあ、大変!」


 駆け寄って、ロザリーが声をかける。リュシアンは脈を測った。


「大丈夫ですかー?」

「脈はあります。失神しているだけかと」


 ロザリーが何度か頬を叩くと、騎士は目覚める。


「ううっ……!」

「あ、大丈夫ですか? 誰かに襲われたのですか?」

「頬が、痛い」

「あ、すみません。頬は私です」

「……」


 彼は下町の者達の避難を誘導するため、宿舎のほうへ向かっていたらしい。

 しかし、背後から迫る何者かに後頭部を打たれてしまったようだ。


「立てますか?」

「なんとか」


 フラフラな騎士を、ロザリーが支えて歩く。王の菜園から離れた位置にある宿舎は、驚くほど静かだった。

 手分けして、声をかけて回る。


「火事です! 湖のほうに、逃げてください」

「起きてくださーい!!」


 ガーとチョーも、ガアガアグワグワ鳴いて、注意を促している。

 騎士が先導し、なんとか全員、湖のほうへ逃げるよう誘導することに成功した。


「ア、アンお嬢様……」


 振り返った先にいたのは、食堂のおかみとその娘ララである。

 ララは涙を流し、気落ちしている様子で、今にも倒れてしまいそうだった。


「アンお嬢様、あの、娘が、話したいことがあると――」


 父親と密会していた件だろう。今は、逃げることを優先させなければ。


「あの、お話は湖で――」

「見つけたぞ!!」

「お嬢さんだ!!」


 侵入者に見つかってしまった。リュシアンは驚いて息を呑む。

 だがそれは、リュシアンだけではなかった。


「あ、あんた達、何してんだい!?」

「なんだ、あのババアは? 誰かの知り合いか?」

「おい、あれは食堂のおかみさんだ!」

「なんだと!?」


 どうやら、侵入者の男達と食堂のおかみは知り合いのようだった。

 今回のこの事件を起こしたのは、下町の者達だったようだ。


「おかみさん、見逃してくれないか?」

「俺たち、そのお嬢さんを連れて帰ったら、任務終了なんだ」

「連れて行って、どうするつもりなんだい?」

「話し合いの材料にするんだよ」

「俺たちの生活が、ぐっとよくなるんだ」


 おかみは何も答えず、リュシアンの前に立ちはだかる。

 ガーとチョーはさらにその前に、羽を広げて立っていた。


「なんだ、このガチョウは?」

「ムチムチしていて、うまそうだな」

「持って帰って、丸焼きにするか?」


 その言葉に、ガーとチョーは激しく怒る。


「あんた達、ふざけたこと言っているんじゃないよ! ここに火を放ったのもあんた達だろう?」

「火を放ったのは、報復に過ぎない」

「俺たちの家も、ぜんぶ、貴族に燃やされてしまったんだ」

「やられたら、やりかえすんだよ」

「馬鹿だよ、あんたら、本当に、馬鹿……!」


 ここで、カンカンカンと鐘の音がけたたましく鳴る。


「撤収だ!」

「おかみさん、悪い」


 侵入者の男達は駆け寄り、ガーとチョーを蹴り上げ、おかみの体を突き飛ばした。


 リュシアンの眼前に、武器を持った男達が迫る。


「アンお嬢様っ!!」


 ロザリーが、リュシアンの体を抱きしめる。


 もう、なす術はないのか。

 リュシアンが奥歯をギリッと噛みしめた。その瞬間――。


「アン!!」


 コンスタンタンの声が聞こえた。

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