お嬢様は眠れない夜を過ごす その二
リネン室から脱出する。そんなリュシアンの発言を耳にしたロザリーは、目が零れそうなほど見開いていた。
「少々、勇気がいるかと思いますが、できないこともないでしょう」
「アンお嬢様、まさか、窓から飛び降りる気ですか? いくら運動神経がよくても、二階部分から飛び降りたら、骨折しちゃいますよお」
「ロザリー、大丈夫ですわ」
リュシアンは天井を指差す。ガーとチョーが見上げるのにつられて、ロザリーも天井を仰ぐ。
「もしかして、屋根裏部屋に身を隠すのですか?」
「いいえ。シーツを繋げてロープを作り、梁に固定して降りていくのです」
「なっ!?」
ロザリーが大きな声を上げそうだったので、リュシアンは慌てて口を塞いだ。
それと同時に、廊下から荒々しい声が聞こえる。
「おい、お嬢さんがいないぞ!?」
「侍女もだ!!」
リュシアンとロザリーの不在が発覚したらしい。バタバタと足音が聞こえ、「捜せ!」という怒鳴り声も響いていた。
「急ぎましょう。シーツをきつく結んで繋げるのです」
「は、はい」
それから無言で、リュシアンとロザリーはリネンのシーツを結んでいく。ロザリーは焦って、素早くできないようだった。一方、リュシアンは手早くシーツとシーツを結んでいる。
ガーとチョーは見つかったときに備えて、扉の前で騎士が如く佇んでいた。
十分な長さとなり、今度は梁にかけてしっかり結ぶ。
リュシアンは力いっぱい引っ張り、強度を確認した。問題ないようである。
一応、落下したときを考えて、地上に布団を三枚落としておいた。
きっと泥だらけだろう。リュシアンは頭を振る。弁償について考えるのは、あとからだ。まずは、命が助かることを考えなければならない。
「では、先にロザリーが逃げてください」
「そ、そんな……! アンお嬢様がお先に逃げてくださいまし!」
ロザリーは訴える。降りるのが怖いから、言っているわけではないと。
「私は、フォートリエ子爵様から、アンお嬢様をお守りするよう、命じられているのです。どうか、お願いいたします」
「ロザリー……。わかりました」
リュシアンは腰にシーツを巻き付け、窓枠に足をかける。同じタイミングで、廊下から声が聞こえた。
「ここか!?」
ドアノブが、ガチャガチャと鳴り響いた。
ロザリーは身振り手振りで、リュシアンに早く降りるよう訴える。その言葉に頷き、窓の外に出た。
強い風がヒュウヒュウと吹いている。室内用の外套では、肌寒い。きちんと靴を履いてきてよかったと、その点だけは安堵する。
ためらっている時間はない。早く地上に降りて、ロザリーと交代しなくては。
もう一度、繋げたシーツを引っ張って強度を確認し、下へと降りていく。
足を下ろした先には、何もない。壁を伝い、ゆっくり降りなければならなかった。
木登りの要領を思い出しながら、一歩、一歩と慎重に降りていく。
ロザリーはリュシアンの様子を見守っていた。まだ、侵入者に捕まっていないのだろう。けれど、安心はできない。早く、交代しなければ。
一階の窓の縁に足を下ろすと、リュシアンはそのまま布団目がけて跳んだ。
無事、着地する。今度はロザリーだ。早く来るようにと、手招く。
ロザリーよりも先に、窓を飛び出すものが現れた。ガーとチョーである。
バタバタと羽をはばたかせ、ゆっくり降下してきたのだ。そして見事、布団の上に着地する。
「ガー、チョー、偉いですわ」
どうだと胸を張るガチョウを、リュシアンは交互に抱きしめた。
今度こそ、ロザリーの番である。ガーとチョーの大飛翔に勇気をもらったからか、ロザリーは確かな足取りで窓の縁に足をかけ、慎重に降りてきた。
ゆっくり、ゆっくりと降りてくる。リュシアンはハラハラしながら、見守っていた。
そして、一階の窓の縁に足をかけた瞬間、怒号が聞こえる。
「おい、いたぞ!!」
「シーツを伝って脱出してやがる!!」
シーツを掴み、引き上げようとしていたのでリュシアンは叫んだ。
「ロザリー、布団に向かって跳んでくださいな!」
「は、はいー!」
侵入者の男達がシーツを引き上げるのと、ロザリーが跳んだのは同時だった。
ロザリーは見事、布団の上に着地する。
「うぎゃっ!!」
リュシアンは素早くロザリーの腕を掴んで立ち上がらせ、怪我がないか確認する。
「ロザリー、平気ですか?」
「お、おかげさまで」
「でしたら、走りますよ」
「は、はい!」
リュシアンはロザリーの手を引き、真っ暗闇の中を駆けた。ガーとチョーもガアガアと返事をして、あとに続く。
目指すのは、コンスタンタンがいるであろう王の菜園の休憩所だ。
「あっちだ!!」
「逃げたぞ、追え!!」
「おい、待て!!」
屋敷から、叫び声が聞こえた。侵入者達が、リュシアンとロザリーを追いかけてくる。
王の菜園まで、走って五分ほど。成人男性と体力勝負で勝てるわけがない。
リュシアンは走りながら、奥歯を噛みしめる。
畑には火が上がっていた。もしかしたら、他の侵入者が畑にいる可能性が大いにある、と。
リュシアンが王の菜園に行くことによって、コンスタンタンの足手まといにもなるだろう。けれど、大人しく捕まるわけにはいかなかった。
途中に置いてあった荷車に乗り込み、かけてあった麻袋で姿を隠す。
貴族のお嬢様が、薄汚れた荷車に隠れているとは思わなかったのだろう。侵入者達は荷車の前を通過していく。
やっとのことで王の菜園へとたどり着いたが――リュシアンは目の前に広がる光景に、絶句する。
王の菜園が、炎に包まれていた。




