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『王の菜園』の騎士と、『野菜』のお嬢様  作者: 江本マシメサ
本編

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お嬢様は眠れない夜を過ごす その一

 リュシアンは珍しく、眠れない夜を過ごしていた。

 昼間目撃してしまった、下町の火事に加担した可能性がある者とララの密会について考えていたら目がさえてしまったのだ。

 寝台の傍らで、ガチョウのガーとチョーがピイピイと寝息を立てながら眠っている。

 羨ましいと、リュシアンは思ってしまった。


 就寝できそうにないので、リュシアンは起き上がり、窓の外をのぞき込む。

 平和な王の菜園が、騒動に巻き込まれるのは許せないことだ。

 どうか、何も起きませんようにと祈るばかりである。


 王の菜園には、ポツポツと灯りが見えた。騎士が巡回しているのだろう。

 夜間の侵入者から守るために、徹夜で見回りを続けているのだ。

 コンスタンタンは何かあったらすぐに動けるよう、王の菜園にある休憩所で休んでいる。日付が変わるのと同時に、毛布を持ってでかけたのだ。

 コンスタンタンが屋敷にいないことも、リュシアンが眠れない原因の一つなのかもしれない。どうしてか、胸騒ぎを覚えてしまう。


「あら?」


 暗闇に浮かぶ火が、大きくなったように見えた。窓を開いて、王の菜園を覗き込む。

 やはり、火が上がっているようにしか思えない。

 リュシアンは慌てて、ロザリーの部屋に繋がるベルのヒモを引いた。彼女がやってくるまでの間、寝間着の上に外套をまとい、護身用の短銃を手にする。


「アンお嬢様、いかがしましたか? うっ、寒っ!」

「ロザリー、あれを見て!」

「はい?」


 窓の外にある、昇った大きな火を指し示した。ロザリーの表情は一瞬で凍る。


「あれは――王の菜園に、火の手が上がっています」

「やはり、そう見えますよね?」


 まだまだ小さな火だ。しかし、あれが大きくなったら、一面炎の海と化すだろう。


「アランブール卿に知らせませんと」

「コンスタンタン様は、王の菜園の休憩所ですわ」

「ああ、そうでした。であれば、アランブール伯爵に報告を」

「ええ。一緒に行きましょう」


 ロザリーにも外套を着せてやる。武器として、燭台を握らせた。

 ガーとチョーも、声をかけて起こす。事件だと言うと、シャキッと目覚めた。実に優秀なガチョウ騎士である。


 グレゴワールの寝室は、二階の端。リュシアンは小走りで向かった。


「――あっ!」

「アンお嬢様、いかがなさいましたか?」

「物音が、聞こえました。ガラスが割れるような……」

「どの辺からです?」

「アランブール伯爵のお部屋から」

「も、もしかして、侵入者、でしょうか?」

「……」 


 おそらく、そうなのだろう。恐ろしくて、とても肯定することなどできない。


「アンお嬢様、どうしますか?」


 ロザリーの質問に、奥歯を噛みしめる。

 咄嗟に浮かんだのは、助けに行かなければ、というものだった。

 しかし、リュシアンは戦闘訓練を受けていない。相手が戦闘訓練を積んだ者であれば、返り討ちになる。

 リュシアンは瞬時に腹をくくり、決定をロザリーに伝えた。


「アランブール伯爵は、騎士様です。わたくし達が行くことによって、逆に足手まといになる可能性があります」


 助けにいったつもりでも、負傷する可能性だって大いにある。下手な行動に出ないほうがいい。


「それにコンスタンタン様から、何か騒ぎが起きた場合、誰かを助けに行こうという考えは捨てるよう、言われております」


 身を守ることを第一に、行動する。それが、騎士の妻となる者の心得だと、聞いたことがあった。


 グレゴワールを見捨てる行為にもなるのではないか。そんな考えが脳裏を過るが、ぶんぶんとかぶりを振った。


「アンお嬢様、い、いかがなさいますか?」

「夜勤の使用人のもとに行きましょう」

「了解です」


 もう一度、パリンというガラスが割れる音が聞こえた。今度は、リュシアンの部屋からである。

 ロザリーも聞こえたようで、息を呑む声が聞こえた。


「ロザリー、リネン室に行きましょう。鍵を、持っていますね?」

「は、はい。あります」


 すぐ近くに、リネン室があった。アランブール家の者や、リュシアンが使うシーツやタオルなどが保管されている部屋である。

 ロザリーはペンダントのように鍵を首から提げていたのだ。急いでリネン室の前まで走り、鍵を開ける。中に入って、内側から施錠した。


「ア、アンお嬢様……いったい、何が、起こっているのですか!?」

「おそらく、下町で火事を起こした者達が、王の菜園と屋敷を制圧しようと動いているのかと」

「そ、そんなあ! 私達、何も悪いことはしていないのに」


 リュシアンは奥歯を噛みしめる。以前、コンスタンタンが話していたのだ。王の菜園の運営に、かなりの額の資金がかかっていると。すべて、集めた税金から支払われているのである。

 長い歴史の中で、税金の支払いに苦しむ民衆が、王の菜園に押しかけてきた事件もあったと聞いたこともある。


 今、同じように、国民はつり上げた税金に反感を抱いている。王の菜園と、それを守護するアランブール伯爵家が襲撃されるのは、想定できないものではなかったのだろう。


 ロザリーが震えているのがわかった。リュシアンは、肩を抱いてあげる。


「アンお嬢様……」

「ロザリー、落ち着いて」


 そう励ますリュシアンの指先も、微かに震えていた。

 騎士の妻としての心得はある。そう宣言していても、怖いものは怖い。

 勇ましいガーとチョーを見て、自分を奮い立たせる。


 リネン室の窓から、外を覗き込む。ここは、屋敷の裏側だ。人の気配はない。


 リュシアンはある決意を口にした。


「ロザリー、ここから脱出しましょう」

 

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