お嬢様はカボチャのプリンを焼く
「アン、わかっているとは思うが、可能な限り傍に人を置いておけ。一人にはなるな」
「はい」
よほど心配なのか、コンスタンタンは自身が使っているナイフもリュシアンへ託した。
ナイフを使って戦闘などできる自信はなかったが、これを持っていたらコンスタンタンの心は少しだけ軽くなるのだろう。そう思い、リュシアンはナイフを受け取った。
別れ際、コンスタンタンは外にいたガーとチョーの前にしゃがみ込み、真剣な表情で話しかける。
「ガー、チョー、アンのことを、守ってくれ」
その訴えに、ガーとチョーは羽をばたつかせ、ガアガアと鳴いていた。リュシアンのことは任せろと、言っているように聞こえた。
「アン、今日はもう、屋敷に帰ったほうがいい。私も、早めに戻る」
「わかりました」
どうかお気を付けて。そんな言葉をかけ、コンスタンタンと別れる。
なんだか胸騒ぎがする。
リュシアンはドクンドクンと高鳴る胸を押さえ、アランブール伯爵邸にロザリーと共に戻る。
あとを、ガーとチョーが続こうとしていた。
ロザリーが気付き、制止する。
「ああ、ダメですよお。ガーとチョーは、王の菜園の警備をしていてください」
ガーとチョーの小屋は王の菜園のジャガイモ畑の前にある。日が暮れると、各々勝手に帰って行くのだ。
けれど今日は、リュシアンのあとを付いてこようとしていた。
「もしかして、アランブール卿にアンお嬢様の護衛を頼まれたから、ついてこようとしているのでしょうか?」
「そうかもしれませんわね。仕方がありません。一緒に行きましょう」
「ええ~~……」
こうしてリュシアンは、ロザリーだけでなく、ガーとチョーも引き連れて帰宅する。
「食材と間違われても、助けてあげないですからね」
ロザリーのぼやきに、ガーとチョーはガアガアグワグワと鳴いて抗議しているようだった。
リュシアンは思わず、くすりと笑ってしまった。
◇◇◇
あっという間に、一日が終わる。
落ち着かない気分を持て余していたリュシアンは、夜の厨房に立っていた。
ロザリーは背後に佇み、ガーとチョーは厨房の出入り口にいる。
「あの、アンお嬢様、ガーとチョーは騎士様の真似をして、あのように扉の前にいると思います? それとも、食材扱いされたくないから、厨房に入らないのか」
「騎士様ということにしておきましょう」
「そうですね」
このあと、コンスタンタンと茶会を開く予定となっている。その際に出す菓子を今から作るのだ。
メインの食材は、カボチャ。これで、焼きプリンを作る。
皮が硬いカボチャを、リュシアンは難なくカットしていった。皮を剝いて、ホクホクになるまで煮込む。あとの作業は、ロザリーに託した。
リュシアンは、カラメルソースを作る。鍋に砂糖と水を混ぜたものを加え、琥珀色になるまで煮詰める。甘い香りが、ふんわりと漂う。
完成したカラメルソースは、バターを塗ったケーキ型に流し込んだ。
その後、牛乳や生クリームの計量を行う。
「アンお嬢様、煮えたカボチャを潰し終えました」
「ロザリー、ありがとうございます」
鍋に牛乳と生クリームを注ぎ、ゆっくり温める。そこに、卵に砂糖をまぜた卵液を加え、混ぜていくのだ。これに、潰したカボチャとバニラビーンズを加える。
しっかり混ぜたあと、きれいに漉した。
このプリン液を、先ほどカラメルソースを入れたケーキ型に流していく。
清潔な布で表面の気泡を取ってから、お湯を張った天板に型を置いて湯煎焼きさせる。 こうすれば、しっとりとした焼きプリンが仕上がるのだ。
五十分ほど焼いたら、カボチャの焼きプリンの完成だ。
「わー、おいしそうですねー」
「ロザリーの分もあるので、安心してくださいね」
「さすが、アンお嬢様!」
カボチャの焼きプリンにキラキラと輝く視線を向けているロザリーを見ていると、リュシアンのザワザワしていた心は少しだけ落ち着く。
やはり、何もしないでいるより、体を動かすほうがいいのだろう。そのほうが、気分が紛れる。
ティーワゴンに紅茶とカボチャの焼きプリンを載せ、コンスタンタンの部屋へと向かう。
いつものように扉を叩き、声をかけた。
「コンスタンタン様、リュシアンです」
コンスタンタンはすぐに扉を開き、部屋の中へと招いてくれた。
リュシアンより先に、ガーとチョーが足を踏み入れる。
「まあ! ガーとチョーはお外で待機ですわ」
「構わない。自由にさせておけ」
自由なガチョウに、リュシアンはこっそりため息をつく。一方、コンスタンタンは噴き出し笑いを始めた。
「コンスタンタン様?」
「いや、本当に、ガーとチョーはアンの騎士を務めているのだと思って」
「ええ、この通りですわ」
「心強い」
このガチョウ達は人の言葉を理解しているのではないか。リュシアンは疑い始めている。
「それはそうと。コンスタンタン様、今日は焼きプリンを作りましたの」
「おいしそうだな」
ケーキのようにカットしたプリンを、コンスタンタンの前に差し出した。
すぐに手に取って、スプーンでプリンを掬っている。
「驚いた。すごく滑らかな食感だ。カボチャの甘みも利いている。おいしい」
「よかったです」
プリンは焼き方に工夫をこらした上に、今年は特に甘いという王の菜園のカボチャをふんだんに使っていた。おいしくないわけがない。
「アン、ありがとう」
コンスタンタンは頭を下げる。今日一日、心がざわついていたが、リュシアンのプリンを食べたら心が落ち着いたと。
一皿のプリンが、コンスタンタンに安寧をもたらす。
頑張って作ってよかったと、リュシアンは心から思った。




