お嬢様は証拠を掴む
窓の外の空き地は木々が鬱蒼と生えていて、王の菜園の中でも見通しが悪い。
木を伐採し、オープンテラスを造ろうという話も上がっていたが、実現には至っていなかった。
そんな場所に、女将の娘であるララは独り佇んでいた。周囲を見渡し、誰かを待っているようにも見える。
逢い引きか、それとも放火した犯人グループとの接触を待っているのか。
リュシアンとロザリーは、固唾を呑んで見守っていた。
数分後――中年男性が訪れる。ララとどこか面差しが似ているので、父親か親戚の誰かであることは間違いないだろう。
リュシアンは中年男性の口元をじっと見つめる。
――支援を
そう、訴えているように見えた。身振り手振りからも、何か切羽詰まっているように見える。
どこかに潜伏していたが、厳しい状況にあるのか。
二人の会話は、三分ほどで終わった。別れ別れになった瞬間、リュシアンとロザリーはすぐに窓から離れる。
どくん、どくんと胸が高鳴っていた。
まさか、いつも一緒に働いているララが、放火の疑いがあるグループに所属している父親らしき男性と接触を図っていたなんて。
相手は身内なので、仕方がなく協力しているのかもしれない。
まだ、動機は謎である。決めつけるのはよくないだろう。
ロザリーと二人、硬い表情のまま黙り込んでいたら、ララが戻ってくる。
「外の空気を吸っていたら、気分が、よくなりました。ここは、自然豊かで、良い場所ですね」
聞いてもいないのに、ペラペラと喋り始める。不審でしかない。
リュシアンはごくごく自然に、「そうですわね」と言葉を返した。
「わたくし達は、ちょっと、用事を思い出したので、このままお暇いたします」
「え、ええ。母に、伝えておきます」
「それでは、ごきげんよう」
リュシアンは会釈し、ロザリーを引き連れ外に出る。
待機していたガーとチョーも、リュシアンを守る騎士がごとく、あとをのっしのっしとついてきていた。
向かった先は、コンスタンタンが執務している休憩小屋だ。
窓からコンスタンタンがいるのを確認すると、リュシアンは扉を叩いて中へと入る。
「アン、どうかしたのか?」
コンスタンタンの問いかけに答える前に、ロザリーに外で見張りをしているよう命じておく。扉が閉まった瞬間、リュシアンははーと息をはき出した。
長椅子に腰掛け、膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめながら話し始める。
「コンスタンタン様、わたくし、見てしまったのです」
「何を、だ?」
「食堂のおかみさんの娘、ララさんが、父親らしき男性と面会していたのを」
コンスタンタンの瞳が、ハッと見開かれる。
「場所は、喫茶店の近くの、木々が生い茂った空き地です」
「見通しが悪い場所だな」
「ええ」
王の菜園に塀はなく、膝くらいまでの高さの柵しかなかった。
それは、かつての話である。
リュシアンの誘拐事件を受け、コンスタンタンはアランブール伯爵家の私財を使い、王の菜園の周囲に自分の背丈よりも高い柵を作り、有刺鉄線を張り巡らせた。
そのため、柵は獣どころか、人も入ることができないようになっている。
「もしかしたら、有刺鉄線を破って、出入りできるような穴を開けているのかもしれない」
「その可能性は大いにあるかと」
「交代で、見回りをしていたのだがな。今から見に行ってくる。アンは、ここで待っていてくれ」
「わかりました」
コンスタンタンはすぐに行動に移し、どこか出入り口になっているような穴がないか確認に行ってくれた。
三十分後、戻ってくる。
「あの、コンスタンタン様、いかがでしたか?」
コンスタンタンは眉間に皺を寄せ、険しい表情をしている。答えは聞かずとも、言っているようなものだった。
「今日、新しく開けたような穴が、一カ所見つかった」
「そう、でしたか」
がっくりとうな垂れてしまう。心のどこかで、気のせいであってくれと願っていたのだろう。
ララは大人しく、口数の少ない女性だったが、仲良く仕事をしていた仲間だった。リュシアンは残念に思ってしまう。
「本物の間諜であれば、もっと人目に付きにくい場所を選ぶだろうがな。二人は、もしかしたら、悪いことをしている、というつもりはないのかもしれない」
「ああ……。それは、あるのかもしれないですね」
父親が支援を求め、娘が助ける。それだけであれば、罪ではない。
だからこそ、喫茶店のすぐ傍で話をしていたのだろう。
「すぐに、こちらも密偵を放つ。あとのことは、任せてくれ」
「ええ、お願いいたします」
王太子から借りた密偵が、これほど早く活躍することとなるとは。リュシアンはこっそりため息をつく。
密偵は年若い青年で、今日はキャベツを収穫していた。密偵という感じではなく、どこにでもいるような素朴な雰囲気だった。
街中や人の輪の中で目立たない者ほど、密偵向きなのだという。
「アン、それからこれを――」
コンスタンタンが執務机の引き出しから取り出したのは、短銃だった。
「何があるかわからないから、渡しておく。使い方はわかるか?」
「存じております」
「そうか」
股に巻くホルスターも、一緒に手渡された。
「アンのことは、なるべく、守ろうと思っている。しかし――」
騎士の伴侶となるには、守られてばかりではいけない。
夫が守るのは妻ではなく、国民だから。それを、はき違えてはいけないと、リュシアンは父親より噛んで含めるように言われていた。
「騎士の伴侶となる者の心構えは、すでに頭に叩き込んでおりますわ」
「アン……」
強くなければ、騎士の妻は務まらない。
日々思っていたことだったが、さっそく役立つとは。
人生、何が起こるかわからないと、リュシアンはしみじみ思っていた。




