お嬢様は朝からせっせとキャベツを収穫する
リュシアンは朝からせっせと、白い息をはきながら冬キャベツの収穫に勤しんでいた。
キャベツを横に押し、芯をナイフで切る。持ち上げたキャベツは、ずっしりと重たい。
朝露が、葉を伝って滴っていく。太陽の光と重なり、水滴は真珠のように輝いていた。
リュシアンが収穫したキャベツは、ロザリーが受け取ってカゴの中へと入れる。
霜が降りる前にと、朝も早くからキャベツを収穫していたのだ。
「アンお嬢様、街に届けるキャベツは、こんなものですか?」
「ええ」
採れたての野菜は、下町の者達が滞在する施設へ運ばれる。炊き出しの材料となるのだ。
硬い外側の葉は、ガチョウのガーとチョーに与えた。
朝も早くからやってきて、リュシアンの周囲をウロウロしていたのだ。
ロザリー曰く、ガーとチョーはリュシアンの騎士をしているつもりらしい。
なんでも、コンスタンタンが真面目な顔で、「アンを頼む」と言っていたのだとか。
王太子が配置した騎士が少しでもリュシアンに近づこうとしたら、ガアガア鳴いて足を突く。立派な仕事っぷりを見せていた。
王の菜園には早朝にもかかわらず、多くの者達が働いていた。
畑を耕す者、野菜を収穫する者、水やりをする者など。
皆、王太子が派遣した騎士だ。そのため、作業の手つきはぎこちない。
現在、王の菜園では被災した下町の者達が働き、生活の拠点としている。暮らしているのは、放火の疑いがある者の家族ばかり。
どこに潜伏しているかわからないため、家族を使っておびき出そうというのが作戦である。
果たして上手くいくのか。リュシアンは毎晩、これ以上誰かが傷つくことがありませんようにと、祈ることしかできなかった。
追加でキャベツの収穫を行う。こちらは、ここで働く騎士達の料理に使われるものだ。
王の菜園の野菜の利用が認められたので、葉の欠片でさえ有効活用されている。
「そろそろ時間ですね。ロザリー、行きましょうか」
「はい」
リュシアンはロザリーと一緒に、収穫したばかりのキャベツが入ったカゴを持ち上げ、喫茶店のほうに運んで行く。
厨房には、すでに食堂のおかみがいて、朝食の準備を行っていた。
「リュシアンさん、いいところにきた。ジャガイモを剝いてくれ。ロザリーさんは、この鍋をかき混ぜてくれるかい?」
「かしこまりました」
「了解ですー!」
おかみは働き始めると、たちまち元気になっていった。今では、騎士達全員の食事を三食すべて作っている。
そんなおかみの料理は豪快だった。ジャガイモは皮を剝いて丸ごと放り込み、キャベツは四等分にカットされて、放り込まれる。ニンジンも、半分に切るばかりだ。
豚のブロック肉は細長いまま、別茹でしたのちに鍋に移した。
鍋に水を注ぎ、塩胡椒、ローリエ、ブーケガルニを入れてぐつぐつ煮込む。
途中で、ソーセージを放り込んでいた。なんでも、ソーセージは調味料代わりらしい。塩気と肉の旨味が閉じ込められていて、味付けのアクセントとなるようだ。
ソーセージの皮が弾けたあと、十五分煮込んだらおかみ特製の『ポテ』の完成だ。
「さあさ、みんな、騎士様達が来る前に、食べておしまい」
おかみの子ども達が並ぶ列に、リュシアンとロザリーも加わった。ここ最近、朝食はアランブール伯爵邸に戻らず、おかみが仕切る喫茶店で食べている。そのほうが、すぐ畑仕事に取りかかれるからだ。グレゴワールに「コンスタンタンとの二人ぼっちの食事は寂しいものだ」と言われたので、昼食は必ず戻るようにしていた。
リュシアンが皿をおかみに差し出すと、大ぶりの野菜が存在を主張しているポテが注がれる。
野菜好きにとっては、たまらない一杯だ。焼きたての丸パンを、ポテを入れた皿に蓋をするように載せられた。これが、本日の朝食である。
感謝の祈りを捧げたあと、食事の時間となる。
拳よりも大きいパンをちぎると、ふんわりと湯気が立ち上る。小麦の豊かな香りを目一杯吸い込みながら、パクリと食べた。リュシアンは思わず、心の内を呟いてしまう。
「とってもおいしい……」
「本当に。なんか、しみじみ思っちゃいますよね」
焼きたてパンが食べられる幸せを、リュシアンはロザリーと共に分かち合っていた。
野菜がゴロゴロ入ったポテは、シンプルで豪快な作り方だったが、スープには驚くほど旨味が溶け込んでいた。
最後に入れたソーセージが効いているのだろうか。
野菜はトロトロになる寸前まで煮込まれていて、ナイフを使わずとも食べられる。
豚肉も、驚くほど柔らかい。
途中で、マスタードを溶かして食べるのが、王道らしい。ピリッとした風味が、驚くほど合うのだ。
食べ終えたころには、体中がポカポカに温まっていた。
騎士達が来る前に、軽く掃除をしなければ。リュシアンはエプロンをかけ、箒の柄を握って床を掃き始める。
ロザリーは窓を拭いていた。
「ねえ、ロザリー」
「なんですか、アンお嬢様」
「今朝のララさん、元気なかったですよね」
ララというのは、食堂のおかみの次女である。年はリュシアンと同じ十八歳。
普段から大人しく、あまり主張はしないが、弟や妹の世話をよく見ている心優しい娘であった。
「たしかに、食欲もないようでした――あ」
ロザリーが口を塞ぎ、空いている手でリュシアンを手招く。
窓の外に、誰かいるのか。
覗き込んだら、キョロキョロと辺りを見回すララの姿があった。




