表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『王の菜園』の騎士と、『野菜』のお嬢様  作者: 江本マシメサ
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

102/168

お嬢様は朝からせっせとキャベツを収穫する

 リュシアンは朝からせっせと、白い息をはきながら冬キャベツの収穫に勤しんでいた。

 キャベツを横に押し、芯をナイフで切る。持ち上げたキャベツは、ずっしりと重たい。

 朝露が、葉を伝って滴っていく。太陽の光と重なり、水滴は真珠のように輝いていた。

 リュシアンが収穫したキャベツは、ロザリーが受け取ってカゴの中へと入れる。

 霜が降りる前にと、朝も早くからキャベツを収穫していたのだ。


「アンお嬢様、街に届けるキャベツは、こんなものですか?」

「ええ」


 採れたての野菜は、下町の者達が滞在する施設へ運ばれる。炊き出しの材料となるのだ。


 硬い外側の葉は、ガチョウのガーとチョーに与えた。

 朝も早くからやってきて、リュシアンの周囲をウロウロしていたのだ。

 ロザリー曰く、ガーとチョーはリュシアンの騎士をしているつもりらしい。

 なんでも、コンスタンタンが真面目な顔で、「アンを頼む」と言っていたのだとか。

 王太子が配置した騎士が少しでもリュシアンに近づこうとしたら、ガアガア鳴いて足を突く。立派な仕事っぷりを見せていた。


 王の菜園には早朝にもかかわらず、多くの者達が働いていた。

 畑を耕す者、野菜を収穫する者、水やりをする者など。

 皆、王太子が派遣した騎士だ。そのため、作業の手つきはぎこちない。

 現在、王の菜園では被災した下町の者達が働き、生活の拠点としている。暮らしているのは、放火の疑いがある者の家族ばかり。

 どこに潜伏しているかわからないため、家族を使っておびき出そうというのが作戦である。

 果たして上手くいくのか。リュシアンは毎晩、これ以上誰かが傷つくことがありませんようにと、祈ることしかできなかった。


 追加でキャベツの収穫を行う。こちらは、ここで働く騎士達の料理に使われるものだ。

 王の菜園の野菜の利用が認められたので、葉の欠片でさえ有効活用されている。


「そろそろ時間ですね。ロザリー、行きましょうか」

「はい」


 リュシアンはロザリーと一緒に、収穫したばかりのキャベツが入ったカゴを持ち上げ、喫茶店のほうに運んで行く。


 厨房には、すでに食堂のおかみがいて、朝食の準備を行っていた。


「リュシアンさん、いいところにきた。ジャガイモを剝いてくれ。ロザリーさんは、この鍋をかき混ぜてくれるかい?」

「かしこまりました」

「了解ですー!」


 おかみは働き始めると、たちまち元気になっていった。今では、騎士達全員の食事を三食すべて作っている。


 そんなおかみの料理は豪快だった。ジャガイモは皮を剝いて丸ごと放り込み、キャベツは四等分にカットされて、放り込まれる。ニンジンも、半分に切るばかりだ。

 豚のブロック肉は細長いまま、別茹でしたのちに鍋に移した。

 鍋に水を注ぎ、塩胡椒、ローリエ、ブーケガルニを入れてぐつぐつ煮込む。

 途中で、ソーセージを放り込んでいた。なんでも、ソーセージは調味料代わりらしい。塩気と肉の旨味が閉じ込められていて、味付けのアクセントとなるようだ。

 ソーセージの皮が弾けたあと、十五分煮込んだらおかみ特製の『ポテ』の完成だ。


「さあさ、みんな、騎士様達が来る前に、食べておしまい」


 おかみの子ども達が並ぶ列に、リュシアンとロザリーも加わった。ここ最近、朝食はアランブール伯爵邸に戻らず、おかみが仕切る喫茶店で食べている。そのほうが、すぐ畑仕事に取りかかれるからだ。グレゴワールに「コンスタンタンとの二人ぼっちの食事は寂しいものだ」と言われたので、昼食は必ず戻るようにしていた。


 リュシアンが皿をおかみに差し出すと、大ぶりの野菜が存在を主張しているポテが注がれる。

 野菜好きにとっては、たまらない一杯だ。焼きたての丸パンを、ポテを入れた皿に蓋をするように載せられた。これが、本日の朝食である。


 感謝の祈りを捧げたあと、食事の時間となる。

 拳よりも大きいパンをちぎると、ふんわりと湯気が立ち上る。小麦の豊かな香りを目一杯吸い込みながら、パクリと食べた。リュシアンは思わず、心の内を呟いてしまう。


「とってもおいしい……」

「本当に。なんか、しみじみ思っちゃいますよね」


 焼きたてパンが食べられる幸せを、リュシアンはロザリーと共に分かち合っていた。

 野菜がゴロゴロ入ったポテは、シンプルで豪快な作り方だったが、スープには驚くほど旨味が溶け込んでいた。

 最後に入れたソーセージが効いているのだろうか。

 野菜はトロトロになる寸前まで煮込まれていて、ナイフを使わずとも食べられる。

 豚肉も、驚くほど柔らかい。

 途中で、マスタードを溶かして食べるのが、王道らしい。ピリッとした風味が、驚くほど合うのだ。

 食べ終えたころには、体中がポカポカに温まっていた。 


 騎士達が来る前に、軽く掃除をしなければ。リュシアンはエプロンをかけ、箒の柄を握って床を掃き始める。

 ロザリーは窓を拭いていた。


「ねえ、ロザリー」

「なんですか、アンお嬢様」

「今朝のララさん、元気なかったですよね」


 ララというのは、食堂のおかみの次女である。年はリュシアンと同じ十八歳。

 普段から大人しく、あまり主張はしないが、弟や妹の世話をよく見ている心優しい娘であった。


「たしかに、食欲もないようでした――あ」


 ロザリーが口を塞ぎ、空いている手でリュシアンを手招く。

 窓の外に、誰かいるのか。

 覗き込んだら、キョロキョロと辺りを見回すララの姿があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ