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『王の菜園』の騎士と、『野菜』のお嬢様  作者: 江本マシメサ
本編

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堅物騎士は奔走する

 すぐに、王太子と面会が叶った。

 食堂のおかみはコンスタンタンに話した内容を、今一度王太子相手に証言する。

 王族を前におかみは緊張していたようだが、なんとか話しきった。


「そ、それで、夫や義父は、生きているかも、死んでいるかもわからない状況でして」

「そうか……。いろいろと、不安だっただろう。包み隠さず話してくれて、心から感謝する。すぐにでも事件解決のために、動くつもりだ。心配は尽きないだろうが、どうか、信じて待っていてほしい」


 王太子の言葉に、おかみはポロポロと涙を流していた。


「こ、こんなに、親身になって、話を、聞いていただける、なんて……」


 震えるおかみの背中を、リュシアンは優しく撫でる。

 そんな中で、ソレーユがぽつりと呟いた。


「私、ここでぼんやりしている場合ではない。家に帰らなければいけないわ……! お父様に報告して、何か、支援をしなければ」


 ソレーユはリュシアンを見る。強い眼差しを感じたのだろう。リュシアンは、コクリと頷いた。

 実家に帰るつもりはさらさらなかったようだが、こうして黒い思惑が動く中で、いてもたってもいられなくなったのだろう。


 帰宅する前に、王太子が一言物申す。


「ソレーユ。実家に帰るのは構わないが、ここで聞いた情報は口外しないように」

「わかっていますわ」


 王太子は近侍に指示を出す。ソレーユを実家まで送り届けてくれるらしい。


「リュシアンさん、突然こんなことを言い出して、ごめんなさいね」

「いいえ。わたくしがソレーユさんの立場であったら、同じことをしていたと思います」

「ありがとう」


 ソレーユはコンスタンタンにも、淑女の礼をする。


「外はますます治安が悪くなっている。気を付けてくれ」

「ええ、わかっているわ」


 ソレーユは扉の前でくるりと振り返り、スカートを軽く摘まみ上げて言った。


「それではみなさま、ごきげんよう」


 ホッと息つく間もなく、コンスタンタンは王太子にある提案をした。


「殿下、以前にも話していましたが、王の菜園で働く従業員について、受け入れの態勢が整いつつある状態です。そこで、今回被災した者達を、従業員として雇い入れたいと考えているのですが」

「それは助かる」


 家が全焼し、先行きが見えなくて不安に思っている者達が大半だろう。

 仕事と住む場所。双方提供できたら、心に余裕もできるに違いない。

 ただ問題は、多くの人々を受け入れられないということ。


「多くて二十名ほどかと。家族を含めたら、五十名くらいが限界です」

「なるほど。承知した。どこの誰に働いてもらうかというのは、ドラン商会に依頼しておく」


 次々と話が決まる中で、リュシアンが食堂のおかみに問いかけた。


「あの、おかみさん。わたくし、王の菜園で喫茶店や食堂を開こうと考えていまして、よろしかったら、お手伝いをしていただけないでしょうか?」

「あたしが、かい?」

「はい」

「で、でも、貴族様のお相手ができるような接客術も、上品な食事も、わからないのに、手伝いが務まるのか」

「王の菜園で開かれるお店は、貴族専用ではありませんの。旅で疲れた方が休んだり、王の菜園に興味がある方が立ち寄ったりと、お客様は限定しておりません。わたくしは右も左もわからない中、始めようとしております。もしも手を貸していただけるのであれば、これ以上心強いことはありません。よろしかったら、ご家族と話し合われてください」

「あ、ああ。そうだね。ありがとう」


 ひとまず話は終わった。食堂のおかみ一家は、しばらく王城に滞在するよう手配された。下町の火災を起こした容疑者を捕まえていないため、情報を握るおかみに危険が及ばないように保護するようだ。

 被災した者達も、不自由がないよう支援がどんどん進められているらしい。

 同時に、犯人の捜査も行われている。

 火災の容疑者は、どこかに潜伏していると推測していた。今は、騎士達がしらみつぶしに捜査しているらしい。


 ソレーユは実家に戻り、表だって支援活動を始めたようだ。

 貴族の女性陣をまとめあげ、炊き出しや物資の配布など、一日中走り回っているらしい。


 王の菜園では、職と家を失った者達の移住が始まった。ドニが選んだ十五世帯が引っ越してきた。

 いつになく賑やかになった王の菜園では、野菜の収穫が急ピッチで行われていた。

 すべて、被災者の炊き出し用に使う。

 食堂のおかみ一家も、王の菜園にやってきた。しばらく、リュシアンの喫茶店で働く決意をしたようだ。


「おかみさん、来てくださったのですね」

「ああ。王様のお城の生活は、慣れなくてねえ。ここで世話になることにしたよ」

「ありがとうございます。心から、嬉しく思います」


 バタバタと過ごす中で、王太子とドニが訪問してきた。

 コンスタンタンと父グレゴワール、リュシアンが迎える。


「突然、すまなかった」

「いえ」


 何か、重要な話があるのだろう。コンスタンタンはグレゴワールやリュシアンに目配せしておく。これから、とんでもないことを言われると。


 コンスタンタンの予想は見事に当たった。

 それはドニの口から、語られる。


「事後承諾で申し訳ないんだが、下町火災に加担した容疑者の家族を、ここに送った」

「おそらく、どこかに隠れていた容疑者たちが、やってくるだろう」


 もちろん、これは容疑者を引き寄せる罠である。

 新しい従業員を装った騎士を、今夜から配置するという。

 コンスタンタンは王都で騒ぎになるよりはいいのだと、自らに言い聞かせつつ頷いた。



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