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堅物騎士は、重要な情報を得る

 翌日、コンスタンタン達が任されたのは、ドラン商会の倉庫で寝泊まりした、二世代十人家族の世話だった。

 倉庫は広く、中に品物は納められていない。比較的新しいからか、かすかに木材の匂いが鼻先をかすめる。

 窓からさんさんと太陽の光が差し込む明るい場所だったが、座り込んだ大人から子どもまで意気消沈し、ぐったりとうな垂れていた。雰囲気は暗い。

 家は全焼し、帰る家もないのに下町にとどまって、避難することを拒否していたようだ。

 なんとかドニが説き伏せ、倉庫まで連れてきたらしい。

 パンや飲み物など、差し入れしても手を付けていなかった。

 一家は食堂を営んでいたようで、火事によりすべて失ったのだ。食欲が失せるのも、無理はないだろう。


 壮年の女性が、虚ろな目でコンスタンタンを見る。


「誰?」

「私達は、ドラン商会のドニ氏の知り合いで、何かできないかと思い、やってきた。困っていることはないだろうか?」

「……」


 女性はコンスタンタンから目を逸らし、黙り込む。


 コンスタンタンはリュシアンに、茶の用意をするように頼んだ。

 ひとまず、茶でも飲んで落ち着いてもらおうと思ったのだ。


 ふと、違和感を覚える。

 大人の男性が、一人もいないのだ。いるのは、子どもばかり。


 今、それを問えるような状況ではないだろう。

 コンスタンタンは怯える表情を見せる、七歳くらいの少年に声をかけた。


「馬を見るか?」

「馬?」

「ああ。大人しくて、とても体が大きい」

「怖くない?」

「怖くない」


 少年はすっと立ち上がる。他の姉妹も、ついてくるようだ。

 コンスタンタンは視線で子ども達を連れていってもいいか問いかける。女性はコクリと頷いた。


 倉庫の外に繋いでいた馬を、子ども達に見せる。

 毛並みが美しく心優しい馬を前に、子ども達の心の強ばりはいささか解れたようだ。


 女性陣はどうだろうか。今頃、リュシアンが茶と昨日作ったニンジンのマドレーヌを持って行っているだろう。

 しばらく遊んだあと、菓子があると言って子ども達を倉庫に連れて戻った。


 倉庫の中では、ちょっとした茶会が行われていたようだ。

 壮年の女性を中心にして、リュシアンとロザリー、ソレーユが何か話を聞いていたようだ。先ほどよりも、表情が和らいでいる。


 子ども達には、葡萄の果汁をふるまった。おいしかったのか、ごくごく飲んでいる。

 マドレーヌも、喜んで頬張っていた。

 甘くておいしいという感想を聞いたとき、昨日、リュシアンと共に頑張って作ってよかったと、コンスタンタンは心から思った。

 リュシアンのほうを見ると、淡く微笑んでいた。

 ニンジンのマドレーヌは、意気消沈していた者達の心をささやかながら癒やすことに成功していた。


 ホッとひと息ついたところで、ロザリーがすっと立ち上がる。


「よーし! 今度は、お姉ちゃんと遊ぼうか!」


 ロザリーが、子ども達を連れ出す。残ったのは壮年の女性と、年老いた女性、それから、二十歳前後の年若い女性である。


「コンスタンタン様、お話が、あるようです」

「わかった」


 リュシアンの声色は硬かった。何か、事情を抱えているのだろう。可能な限り、手を貸したい。

 コンスタンタンはそう思い、その場に腰を下ろす。

 壮年の女性は、食堂のおかみであると名乗った。


「その、あたし達は、下町で食堂を営んでいまして――」


 下町の住人に愛される、食堂だったらしい。

 繁盛していて、忙しい日々を過ごしていたのだとか。そんな中で、ある青年が食堂に訪れるようになる。

 青年は一年前に王都にやってきたばかりで、ある貴族宅の御用聞きをしていると話していた。


「一見して、ごく普通の青年だったんだけれど、人の心を掴むのが上手いからか、常連さんを中心に瞬く間に人気者になっていって――」


 常連は青年を取り囲むように、熱心に話を聞くようになる。その光景はいささか異様で、おかみは何を話しているのかと、聞き耳を立てた。


「青年が話をしていたのは、貴族の暮らしについて。毎夜パーティーを開き、贅沢三昧。散財しても、財産が減る様子はない。それはなぜなのか。民から搾り取った税金を、横流ししているからだと。貴族は皆、そのように暮らしているらしいと、話していた」


 日に日に、青年を取り囲む者達の人数が増えていく。

 流行病が蔓延するように、下町の人々は貴族の悪評を耳にして、憎しみを増大させていた。


「うちの夫や義父も、青年の言うことを真面目に聞くようになって……」

「おかみは、話を聞いて、貴族が憎いと思わなかったのか?」

「あたしは、人伝いの噂は、信じないようにしているんだ。自分の目で見たものだけを、信じるたちでね。それに、あの青年がどこかうさんくさいように思えて、ならなかったんだ」


 しだいに、青年を中心とした、王族や貴族に反感を抱く者の集まりが大きくなっていく。

 罪もない貴族の馬車を襲撃したり、貴族が経営する店を襲ったりと、過激な行動に出る者もいたという。


「平等な暮らしを。あの人達は、口々に叫んでいたよ」


 ある日、貴族の幼い少女が暴動に巻き込まれて死んだ。おかみは、ようやく下町の男達がしている行為は、間違いであると気付く。

 暴力をもって、主張するのは間違っているのではないか。おかみは夫に何度も問いかけたらしい。


「けれど、聞く耳を持たなかった」


 そんな中で、とんでもない計画を耳にする。

 それは、下町でボヤ騒ぎを起こし、貴族に責任をなすりつけようというものだった。


「これも、止めようとしたが――」


 頭に血が上った男達は、もう止めることができない。おかみは義母に、もう何も言うなと言われたらしい。


「あたしが止めていたら、下町は、あのように大火事に巻き込まれることには、ならなかったのだと――」

「それは違う。おかみのせいではない」


 コンスタンタンが言い切ると、おかみの眦から涙が溢れた。

 リュシアンは、おかみの背中を優しく撫でる。


 事件について、重要な情報を得ることができた。

 すぐに、王太子に報告しなければ。

 コンスタンタンはおかみ一家を連れ、王城へ移動する。


 

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