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『王の菜園』の騎士と、『野菜』のお嬢様  作者: 江本マシメサ
本編

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お嬢様は悩みを抱く

 夕食の時間となり、リュシアンはロザリーの手を借りて着替えをする。


「アン嬢様、やっぱり、ドレスは何着か持ってきたほうがよかったですよお」


 ロザリーは溜息交じりに後悔を口にする。


「ああ、実家のカボチャの収穫がなければ、私が荷造りをしたのですが……」


 荷造りはリュシアンの指示のもと、日雇いのメイドが行った。

 鞄や木箱の私物を見たロザリーは、がっくりと肩を落とす。


「お綺麗なドレスを、たくさんお持ちだったのに……」


 リュシアンは貴族令嬢らしくドレスを数多く所持していた。

 しかしそのほとんどは、六名の姉からのおさがりで、リュシアンのためだけに新しく仕立てたドレスは数着しかない。

 実家のフォートリエ家は裕福だ。ドレスが作れなかったわけではない。

 リュシアンが必要ないからと言って、作らせなかったのだ。

 その状況をよく思わなかった姉達が、自らのドレスを仕立て直しリュシアンのクローゼットに置きにくるのは日常茶飯事であった。


「お姉様達のドレスは、どれも素敵ですけれど──あれはどれも、肌が透けるように白い貴婦人が似合う服ですわ。わたくしのように、厚化粧だとドレスの色合いはくすんで見えますの」

「そんなことはないと思いますけれど……」


 リュシアンが実家から持ってきたドレスは、モーニング・ドレスにティー・ドレス、デイタイム・ドレスにアフタヌーン・ドレス、イブニング・ドレスの五着のみ。あとは、必要があれば父親が用意してくれた支度金で新しく購入しようと考えていた。


「やっぱり、もう一着華やかなものが必要かと」

「では、今度買いましょう」

「あの、アンお嬢様、もしかして、今から仕立てて間に合うとお考えなのですか?」

「既製品で構わなくってよ」

「しかし、今は社交期真っ只中ですよ。通常、貴族のお嬢様は、夜会が終わったら来年のドレスを発注すると聞きます。お店にあっても流行から外れた、地味なドレスしかないんじゃないですか?」

「派手に着飾ったら、何か得をして?」

「うう……」


 ロザリーは頭を抱えて唸る。


「美しいご令嬢は、お金持ちでカッコイイ男性が選り取り見取りなんです。けれど、地味なご令嬢はモテないうえに、貧乏で気の利かない男性を選ばざるをえないのですよ」

「ロザリー、そんなことを言うものではありませんわ。結婚で大事なのは、お金があることでも、容姿が優れていることでもなく、相手を尊重してくれること、です」

「で、ですが、畑仕事が好きな貴族の男性なんて、いるわけないですよお」

「わたくしは、別に夫となる人に同じ趣味を求めていませんわ」

「そうなんですか?」

「ええ」


 リュシアンはジャガイモ農家の夫婦を例に挙げた。


「あそこのご夫婦、ジャガイモが大好きなご縁で結婚したのはご存じ?」

「ええ。有名なジャガイモ大好き夫婦ですよね」

「でも、夫婦喧嘩の原因は、いつもジャガイモなんですって」


 妻は細長いジャガイモを愛し、夫は丸いジャガイモを愛す。

 その方向性の違いは、結婚後に判明したようだ。


「ジャガイモを深く愛するがゆえに、相手にも同じように愛してもらいたい。けれど、互いに理解できずに喧嘩になる」

「ああ、なるほど。同じジャガイモ好きでも、方向性の違いがあるんですね」

「ええ、そうですわ。だからわたくしは、夫となる人は畑好きでなくてもいい。ただ、寛大で自由にさせてくれる方を望みます」


 貴族社会に畑は無縁だ。だから下手に興味を持たず、各々好きなように暮らすことが理想の結婚生活だった。


「でも、アンお嬢様。それって幸せなのですか?」

「さあ、それは結婚してみないとなんとも言えません。けれど──」


 たまに、リュシアンが作った野菜を食べて「おいしい」と言ってほしい。

 しかしそれは、我儘なのかもしれない。


「アンお嬢様?」

「なんでもありませんわ。さあ、支度をしましょう。お化粧直しもしなければなりませんし」


 イブニング・ドレスは、白と薄紅色のストライプ柄に小花が刺繍された可愛らしい一着だ。

 子どもっぽいと母は評していたが、リュシアンは気に入っている。

 夜用ドレスなので、胸は大きく開いている。

 胸は陽に焼けていないが、ポツポツとシミが散っていた。ここにも、白粉を塗りこんでおく。


「なんで、こんなところにシミができるの? 肩にも、たくさんありますのよ」

「アンお嬢様の肌は、陽に焼けていないところが白いから目立つだけです」

「そうですのね。ああ……お姉様達の言いつけを聞いていたら、今頃白粉だらけにならずに済みましたのに」


 まるで粉砂糖をまぶしたクッキー『スノーボウル』にでもなった気分だと、リュシアンはこぼす。


「スノーボウル、おいしいですよねえ」

「ロザリー、今、わたくしはその話はしていなくてよ」

「あはは」


 はあと、溜息を一つこぼす。


 頭の中は結婚と結婚と結婚。それから美白についてばかりだ。

 もっと、野菜や畑のことについて考えたい。

 はたして、太陽の下でエプロンが汚れるのを気にせずトマトを齧れる日はやってくるのか。

 パリッとした外皮に、シャクシャクの分厚い内皮、ジューシーで甘いトマトの汁は、果物にも勝るおいしさだ。


「ああ、今、猛烈にトマトを丸齧りしたい気分ですわ」

「アンお嬢様、貴族のご令嬢は、トマトの丸齧りなんてしないですからね」

「わかっていますわ」


 トマトは外で丸齧りするものではない。

 上品にカットされたトマトを、フォークに突き刺して食べるのだ。

 生まれてくる家を間違ったと、リュシアンは落ち込んでしまった。

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