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堅物騎士は、夜会で壁のシミと化す

 豪奢なシャンデリアの下で、男女が楽しそうにワルツを踊っている。

 ひらり、ひらりと翻されるドレスの裾は、まるで花びらのよう。

 木々は紅葉している季節だが、舞踏室ボールルームは春が訪れたかのごとく華やかだ。

 着飾った女性達は、社交界の花ともいえよう。


 そんな中、壁際に佇む一人の青年がいた。騎士隊の正装に、内側が緑のマントを纏っている。

 すらりと背が高く、腰には剣を佩いていた。

 茶色の髪はきっちりと整えられ、緑色の目には一切の隙がない。

 綺麗な顔立ちをしているものの、表情は硬い。背筋はピンと伸び、全身から生真面目であると主張しているような空気が彼の印象を堅くしていた。


 まるで舞踏室の警備をしている騎士に見えるが、立派な参加者である。

 任務中の騎士だと勘違いさせるような真面目すぎる雰囲気が、声をかけにくくさせているのか。

 先ほどからチラチラと視線を向ける女性もいたが、見られている青年は気づかぬまま。

 銅像のごとく、その場から一歩たりとも動かない。

 彼の名は、コンスタンタン・ド・アランブール。

 伯爵家の一人息子で、先月二十歳になった。紛うかたなき、結婚適齢期である。

 アランブール家はほどほどに裕福で、歴史ある名家である。それなのに、結婚話は舞い込んでこない。

 そして現在、コンスタンタン青年は舞踏室の『壁の花』ならぬ、『壁のシミ』と化していた。

 そんな男に、声をかける人物が現れる。騎士隊の正装に内側が赤のマントを靡かせた、褐色の巻き毛に夕焼け色の瞳を持つ派手な容貌の男である。

 数名の女性を侍らせ、親し気に話しかけてきた。


「やあ、コンスタンタン。久しぶりだな。元気かい?」

「おかげさまで」


 彼の名はクレール・ド・シャリエ。王太子の近衛部隊に所属しており、見ての通り大いにモテている。


 クレールの取り巻きの女性達が、値踏みするようにコンスタンタンを見ていた。

 どうにも居心地悪く思い、牽制の意味を込めてゴホンと咳払いをする。


「クレール様ぁ、こちらの男性はお知り合い?」

「彼は同僚だったんだ。少し前までね」


 同僚と聞いて取り巻きの女性達は瞳をキラリと輝かせたが、「だった」という過去形の言葉を耳にするとがっかりと肩を落とす。

 近衛騎士は王族の覚えがよい上に、家柄と容姿が良くなければ入隊できないエリート中のエリートなのだ。加えて高給取りで、出世街道まっしぐらという結婚相手としては優良物件である。

 コンスタンタンはつい一ヵ月前まで、王太子の近衛騎士隊に所属していた。

 わけあって、今は別の部隊に所属している。

 クレールはマントを翻し、口元に弧を浮かべた。そんなちょっとした仕草に、女性達は熱い溜息をつく。

 裏地が真っ赤なマントは、王太子の近衛騎士隊の証。エリートであると、言わずともわかる装備なのだ。

 一方、コンスタンタンのマントの内側は緑色だった。


「あちらの方のマントの色、初めて見ますわ」

「わたくしも」


 騎士隊の頂点ともいえる国王親衛隊のマントは青、王太子の近衛部隊は赤、第二王子は紫、第三王子は橙、その他王族は黄色のマントを纏う。

 他、一般的な騎士は黒いマントだ。緑色のマントはあまり見かけない。


「彼は、『王の菜園』を守る騎士なんだよ」

「まあ! 『畑の騎士』様ってこと?」

「畑の騎士様って、本当にいらっしゃるのね。童話の中にだけ存在するものだと思っていたわ!」


 王の菜園──それは、王都の郊外にある国王が食する野菜を育てる敷地だ。そこでは、百種類以上の野菜が栽培されている。

 そんな王の菜園を守るのが、畑の騎士と呼ばれる『第十七騎士隊』の仕事だった。


 女性達のコンスタンタンへ向ける視線が、先ほどよりも厳しくなる。

 畑の騎士の知名度はそこまでないものの、郊外勤務である第十七騎士隊は『落ちこぼれ騎士』の左遷先としてあまりにも有名だからだ。


 接近していた女性達は、じりじりと後退していく。


「えっと、クレール様、また、のちほど」

「ご、ごきげんよう」


 蜘蛛の子が散っていくように、女性達はいなくなってしまった。


「あーあ。酷いな、まったく」

「クレール。私のことなど、無視しておけばよかったのに」

「一ヵ月ぶりに親友を見つけたのに、話しかけないわけにはいかないだろう」

「物好きなヤツだ」


 一ヵ月前まで同僚だったクレールは、今までと同じ付き合いをしてくれるようだ。

 二つ年上の彼は家柄もよく、無愛想なコンスタンタンの面倒をよく見てくれた。気のいい兄貴分だった。


「今日、何名か知り合いと目が合ったが、知らない振りをされた」

「わかりやすい奴らだ」


 近衛騎士のコンスタンタンとは付き合いたいが、畑の騎士のコンスタンタンとは付き合いたくない。

 社交界の者達は、明らかに態度を変える。


「親父さんの腰の具合はどうだ?」

「悪くない」

「そうか」


 コンスタンタンの実家であるアランブール伯爵家は王の菜園の近くに邸宅を構え、畑を守護する役割を国王より命じられていた。

 息子であるコンスタンタンは士官学校卒業後、すぐに第十七騎士隊に入隊することを決めていたが、想定外の事態となる。

 彼は成績優秀で、学年首位だった。

 士官学校の卒業前にある剣術大会でも優勝し、王族の目に留まる。さらに王太子の近衛部隊に来るよう、指名を受けてしまった。

 コンスタンタンは断るつもりだったが、父親は「何事も経験だ」と言い王太子の近衛隊に行くよう背中を押してくれたのだ。

 父親が騎士隊を引退するまで近衛部隊にいよう。そう考えていたが、父の引退は思っていたよりも早かった。

 一ヵ月前に、落馬して腰を怪我してしまった。命に別状はなかったものの、杖なしでは歩けない体になってしまう。

 そのため、騎士の仕事は引退を余儀なくされてしまった。

 その結果、畑の騎士の仕事はコンスタンタンが継ぐこととなる。


「王太子殿下も残念がっている」

「仕方がないことだ」


 たった四年で近衛騎士を辞めることになったことも、結婚相手が見つかりそうにないことも、何もかも仕方がないのだ。


 アランブール伯爵家に生まれたコンスタンタンが、生まれた時から畑の騎士になることが決まっていたのと同じように。


 人生は、ままならない。

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