7話 始まる私のリヴァース・ラヴ
「好きです!!!」
白は、唖然とした。
なにせいきなり爆発したのだ。
爆発したのは声だった。
爆発させたのは、歩だった。彼女はとても興奮していた。溢れる興奮を目から顔から全身から、これでもかと迸らせていた。
だから白は混乱していた。なにせ押し倒した相手が突然告白してきたのだ。ごく普通に意味が分からない。
しかしそんな白を置き去りにして、歩の告白はまだまだ続く。
「キミの瞳がすっごい綺麗で、なんか心がぎゅっとわしづかみにされて、こんな気持ち初めてで! すごい、すごい、なにこれ、分かんないけど、キミには昔から憧れてたけど、だからなのか違うのか分かんないけど、きっと絶対一目惚れなんです! だから付き合ってください! その瞳で僕を見てください! なんでもするから、なんでも頑張るから!」
「え、えっと……」
支離滅裂な文章の羅列は、飲み込むのに随分と時間が掛かって……ようやく飲み込んだそのとき、白は理解した。自らが歩に惚れられたという事実を。そして理解したとき、白はつい言ってしまった。
「……変な人ですね」
そう言った口で、そして歩に恋をされた瞳で白は笑みを作った。
白の中でなにかがうずいていた。彼女は少し試したくなって、だから思わず試してしまった。
「遊びで付き合うのは、嫌じゃなかったんですか?」
「だから本気です!」
秒で断言された。
「あなた、そんな思い切りのいい性格でしたっけ? いや、そういうの嫌いじゃないですけど」
「嫌いじゃない? やったぁ! じゃあ今から思い切りよくなる!!」
「はぁ」
「キミが望むなら無理でもかっこよくなってみせるしなんなら可愛くなってみせるし、だから本気で付き合ってください!」
白はなにも分からなかった。
なにせ押し倒したはず女の子がこれでもかと目を輝かせて、押し倒されたまま告白してきたのだ。しかもその女の子は元々近所のお兄さんで、その癖して優柔不断でチョロくて自分より小さかったはずなのだ。
白はなにも分からなかった。歩はもっと分かりやすい人間だったはずだ。少なくとも、なんの前触れもなく告白をぶっ放してくるような人間ではなかったはずだ。
目の前の歩は本当に今の今まで自分が見てきた歩なのか。全く違う気がする一方で、やっぱり彼女らしい気もする。
分からない。白にはなにも分からない。だからこそ。
「あなた、結構面白いんですね」
白の中で、なにかが反転した。
「忘れました? 私はもう告白してるんですよ。だから今この瞬間から、私たちは恋人同士です」
そう言った瞬間、白の目の前で歩の童顔がぱぁっと輝いた。そしてなにか言おうと口を開きかけたが、白はそれを自らの人差し指で遮る。歩の唇を、そっと押さえて。
そして代わりに自らが口を開いた。興奮に潤む歩の瞳を真っ直ぐに見て、白は正直に告げる。
「だけど、これは遊びです。だってあなたが本気でも私にとっては遊びだから」
「っ……!」
潤んだ瞳から涙が一筋こぼれた。その軌跡を視界に収めて、それでも白は微笑んだ。
「だから、あなたの本気を見せてください。私はそれに興味があります」
「え……?」
夕日が落ちようとしている。夜闇が世界を隠そうとしている。しかしまだ、白の目は隠れていない。白は歩だけにその全てを晒していた。
「私はどうしても"恋"というものが知りたいんです。だから恋愛がしてみたい。……最初は半分諦めかけてました。遊びだからどこまで行っても疑似的な実験にしかならないだろうと。でもあなたが本気なら、あなたの本気なら、もしかしたら……」
白はそのとき初めて、歩から目を逸らした。しかしそれも一瞬のこと。すぐにまた歩と向き合って、それから言った。
「今からでも取りやめていいんですよ。私はあなたに恋をしていないのに、あなたが本気であることにむしろ都合がいいと思っている。最低なことを言ってる自覚はあります。ただ、その上でもし許されるなら……」
「いいよ」
その短い一言に、迷いは一切なかった。歩もまた、真っ直ぐに白を見つめている。
「正直、恋を知りたいから恋をするってよく分かんないけど……白ちゃんがやりたいようにやればいいよ。僕はそんなキミが好きだから」
歩が柔らかくほほ笑む。白も同じ表情を返した。
「ふふっ、だったら……契約成立ですね。かっこ仮というやつですが」
「そうだね。でも契約って、なんか硬くない?」
「肩書は所詮肩書ですが、されど肩書です。それなりに大事にしたいし、恋人という肩書があって初めてやる気が出ることもあります。例えば」
白はいきなり歩に顔を寄せた。歩が驚くその前に、その柔らかな頬へと急接近。そして。
ちゅっ。
「!?」
白はすぐに、歩の頬から自らの顔を離した。
それから歩に向き直ってみれば、彼女は目も口もぽかんと見開いていた。そのリアクションが妙に面白くて、白はくすくすと笑った。
「なるほど、これがキスの感触ですか」
白は続いて歩の頬に人差し指を伸ばして、その頬をぷにっとつついてみた。そこは……ついさっき、白が口づけたところだった。
「ふむ。知覚する部位が指から口に変わっただけというのに、中々どうして違いますね。世の恋人たちがキスを特別視する理由も、ちょっとは分かったかもしれません」
「っ!」
その分析を聞いた途端、歩の頬が真っ赤に染まった。夕日の中でも分かるほどの紅さだった。ころころと変わる彼女の表情が、白を楽しませていた。
「あなたを選んだのは、こう言ってはなんですが思わぬ幸運だったのかもしれません」
白は希望を抱いていた。彼女は歩に、なにかを見出していた。
「もっと色んなことをしましょう。何度もデートして、恋人らしいこともたくさんして……」
白の脳裏に過ぎるものがあった。それは自分の前から去っていった過去だった。心から消えない憧れがあった。ただ、それを知るために。
「もっと、恋を教えてください」
春は、始まりの季節だ。
たった今、"彼女"にとって、そうなった。