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4話 僕の望みと臨むところ

――30分前――


 歩たちが入ったのは、日登商店街の一角にある個人経営の古着屋だった。

 そう聴けば安くぼろい店を想像されるかもしれないが、しかし商店街の古着屋と侮るなかれ。店内は意外にも広く清潔で、品揃えも豊富。なによりどれもお手頃価格だと、特に近所の学生から多大な支持を受けている店である。

 そんな店に入って、真っ先にアクションを起こしたのは叶枝だった。彼女は店員のお姉さんを早速捕まえると仲良さげに話し始めた。その一方で美鳥が歩に語る。


「私たちの行きつけなんですよ。私たちってか主に叶枝だけど」

「叶枝ちゃん、服好きなの?」

「服というか、可愛い物ならなんでもというか。まぁ着飾るのも好きだと思いますよ。私の服もよく叶枝が選んでくれるし。くれるというか、嫌と言っても引きずられるというか。いつも押しが強いんだから……」


 そう愚痴る美鳥の顔には、しかし優しげな微笑みが浮かんでいた。


「仲良いんだねキミたち。叶枝ちゃん、歩いている間キミにぴったりくっついてたし」

「いや、まぁ。幼馴染なので……」

「幼馴染! うんうん、それなら納得だ。僕にもひとり幼馴染がいるし」


「え、幼馴染いるんですか」


 驚くその声は美鳥のものではなく、白のものだった。

 先ほどまでは歩と美鳥の会話に混ざらずスマホを触っていたのだが、しかし今は歩へと真っ直ぐ顔を向けている。


「白?」


 美鳥が軽く首を傾げた一方で、歩は事もなげに答えた。


「そういえば白ちゃんには話してなかったっけ? 昔から仲の良い、唯一の親友って言ってもいいやつがひとりいてね。しっかしこれが結構かっこいいやつなんだよ腹立つくらいに」

「かっこいいんですか……」


 白が顎に手を当ててそう呟いた直後、「お待たせー」と叶枝が店員を連れて戻ってきた。


「大体の方針は決まったからー、あとはこの人に任せちゃって! ばっちり可愛くなるから!」


 歩は察した。きっと白の改造案をふたりで練っていたのだと。だから白に向かって言った。


「だってさ白ちゃん。可愛くしてもらえるといいね」

「……ええ。可愛くしてもらえるといいですね」

「と、いうわけで行きましょう!」


 そう言って叶枝は手を握った。歩の手を握った。


「え?」


 叶枝はその小さな体で力強く引っ張った。歩の手を引っ張った。


「それじゃあこの人をよろしくお願いいたしまーす!」

「え??」


 店員のお姉さんに差し出された。歩が、差し出された。


「任せて! なるほど、素体は確かに悪くない……弄りがいがありそうね!」

「え???」

 

 そんでもって。


――現在――


 いい加減に気が滅入るので鏡から目を逸らすと、満足そうな笑みを向ける店員のお姉さんと目が合った。エプロンの似合うお姉さん。歩は若干ドキッとしつつも、おずおずと彼女に尋ねる。


「あの、もうちょっとこう、抑え目な感じのは……」

「ない」

「断言!」

「せーっかく似合ってるんだから。ねぇ、彼氏さんもそう思わない?」


 店員はそう言ってから別方向に顔を向けた……爆弾発言を、置き去りにして。


(は? 彼氏?)


 そんなの作った覚えはない。1ミリもない。1ミクロンもない。一体全体なにがどうなっているのかと、店員と同じ方へと顔を向ける。

 しかしそこには……白が立っているだけだった。

 目元が隠れた前髪と大人びた顔つき。背が高く、その割に胸囲がとても薄い。加えてラフなTシャツにジーンズという、色気も飾り気もない服装……


「あっ」


 歩は、店員の勘違いに気づいた。


「あの、白ちゃんは男じゃ……」 


 歩は慌てて訂正をしようとして……


「お姉さんの言う通りですよ」


 他ならぬ白が、歩の言葉を遮ってきた。


「白!?」


 歩が驚きと共に白の方を見たとき、彼女はすでに歩の目の前に立っていた。

 頭ひとつ分の身長差に歩が見上げたその瞬間、彼女は唇に感触を感じた。ぷにっと抑えつけられる感触を。白の人差し指が、歩の唇へと静かに添えられていた。だから歩は口が開けず、ただ白を見上げるしかなくなって。

 だから見上げる……視界には夜空が広がっていた。隙間からは煌めく星が覗いている……白の囁く声が聞こえた。


「本当に、可愛くなりましたね」


 不意に心臓が高鳴った。目が離せない。前髪の隙間。こちらを見つめる明るい茶色の瞳から、目が離せない。口からはひとつの問いが勝手に漏れだしていた。


「……本当に?」

「本当に」


 白は人差し指を歩の唇から離した。そうすると顔も離れて、茶色の瞳も見えなくなった。歩の全身から軽く力が抜けて、その直後に白が言った。


「私、綺麗な人も好きなんです」

「綺麗? さっきは可愛いって言ったのに」

「この場合において綺麗というのは、ある種の素質を引き出すことを指します。そしてあなたはあなたの可愛らしさという素質を引き出したから、私はあなたを綺麗だと思えた……私が見積もっていた以上に。想定を上回ったことも含めて、今のあなたはとても魅力的ですよ」


 なんという褒め殺し。なんとも歯の浮く台詞だと歩は呆れた。


「……白ちゃんって、"たらし"とかよく言われない?」

「さぁ? 私はいつだって自分に正直に生きてるだけですよ。そして正直に、私は着飾る前のあなたよりも今のあなたと一緒に遊びたいと思ってます。まぁ、嫌なら強制はしませんが」

「うわぁー、もうそーいうのがさー。もういいよ、分かった」


 歩はすっかり諦めてしまった。そこまで言われたらもうなんかいいやと、投げやりになって腹を括って。そんでもって店員の方を向いた……ら、彼女はなぜか感極まったように口元を両手で覆って目を輝かせていた。歩は気づいた。


(さっきのやりとり、見られてたんだ)


 指で口を抑えられ、可愛いだの綺麗だのと褒め殺された。思い返すと頬がほんのり熱を持つ。それからよく周りを見てみれば。


「へー、白ちゃんって意外と言うねぇ」


 叶枝が感心していた。


「わ、わー。うわー……」


 美鳥が頬を赤らめていた。

 彼女たちの反応に、歩の頬も赤くなった。


(気にしない、気にしない……)


 歩は心の中で唱えながら店員に言った。


「あの、この服、買います」

「買ってって買ってって! 良い物見せてくれた分、サービスしちゃうから!」

(気にしない、なにも気にしない!)


 頬がさらに熱くなるのをガン無視。歩は別のことを考えて気を紛らわそうと……


(あの瞳。あれのせいで、また流されてしまった)


 真っ先に思いだしたのは星だった。黒髪の隙間から輝きを放つ、明るい茶色の瞳。歩はついに自覚した。なにかしらの興味を、自分はあの瞳に持っている。それが分かると興味はさらに膨らみ始めた。


(目の輪郭はどうなっているんだろう。日に当てたら、もっと綺麗に光るのかな。あの目の全部を見られれば、白のことがもっと分かるのかな……)

 

 歩はひとつののぞみを持った。だが彼女はまだ気づかない。

 一方的に流されて始まった遊び(デート)。その意味が反転リヴァースし始めていたことに、まだ気づいていない。


 ◇■◇


 それから4人はすぐに古着屋を出た。歩にとっては可愛い服に着替えてから初めて出る外だが、彼女はそれよりも中を気にしていた。具体的には財布の中身を。


(女の子の服って、古着でもわりと高い……)


 今はお年玉などの貯金と親からの小遣いだけで食いつないでいる歩にとって、服一式は決して安い金額ではない。


(1回着ちゃえば思ったより割り切れたけど、この1着だけってわけにもいかないもんなぁ)


 店に入るまで着ていた男服と同じく、歩の手持ちの服はその大半が使い物にならない。今後を考えれば新しく数を揃える必要があるが、今の服のような値段で何着も買っていては歩の財布が使い物にならなくなる。


(性別が変わるなんて不慮の事故みたいなもんだし、母さんや父さんにねだってみるかなぁ。べつに、普通にTシャツとかでもいいんだし)


 よく考えれば、あえてこの手のひらひらふりふりした服を選ぶ必要もないのだ。そう考えれば気も楽になる。歩がそんなことを考えていた一方で。


「それじゃあここら辺で別れましょうか」

 

 白は叶枝と美鳥の幼馴染コンビにそう提案していた。歩にもそれは聞こえていたが、しかし彼女は白の言葉に首を傾げた。


「あれ、もう別れちゃうの?」

「ええ、ふたりとは偶然会っただけですし。もののついでで服選びに付き合ってもらいましたが、元々はあなたの顔見せだけという話だったんですよ」

「ふーん。僕は一緒でも全然いいけど」

「確かに、ダブルデートというのも乙なものですが」

「遊びって名目はどこ行ったのさぁ!」


 ふたりがぐだぐだ話す傍らでもうふたり。叶枝が美鳥に抱き着きながら口を開く。


「向こうの邪魔しちゃ悪いし、たまには遠出のデートもありだよね! どこ行く? トリちゃん」

「遊ぶだけでしょ、向こうと一緒で。もう……」


 美鳥は幼馴染に溜息をついてから、今度は歩に向かって言った。


「でも今日は白の言う通り、私たちはここで失礼します。それじゃ小立さん、また今度……」

「歩って呼んでもらっていいよ。また今度ねふたりとも」


 笑ってそう言った歩に、美鳥の顔が綻ぶ。その隣で叶枝も明るい笑顔を見せた。それからふたりは改めて、歩と白への別れの挨拶を口にした。


「はい。歩さん、それじゃあまた。白もまたね」

「ええ、また学校で」

「じゃあねふたりとも。ばいばーい!」


 それからふたりは背を向けて去っていく。お互いになにも言わずとも、手を繋いで去っていく。可愛いと清楚。対照的で仲睦まじいふたりを見送りながら、歩は思ったことを素直に言った。

 

「女の子同士って癒されるなぁ、ふふ……」

「私もそう思います。なのでいっちょ付き合い」

「まーせーんー。でも……とりあえず僕らも行こっか。一応、おススメの店とか考えてきたんだ」

「おや、リードしてくれるんですか? なんだかんだで乗り気じゃないですか」


 白の小さな口がくすりと微笑みを作った。前髪の隙間からほんのわずかに瞳が覗いている。まるで試すように、歩をじっと見つめている……ように歩には感じられた。それがなんとなく舐められているようで、率直に言って癪に障った。


「……そうだよ、もちろん!」


 きっと傍から見ればさぞ滑稽だろう。そういう自覚が歩にはあった。

 自分の方が背は小さいし服だって可愛いし。だけどそれは、少なくとも歩にとっては意地を張らない理由にはならなかった。

 対して向かい合う白は……歩の言葉を聞いて口元の笑みをぐっと深めた。楽しそうに小首を揺らして。


(のぞ)むところですよ……楽しませてくださいね?」


 前髪もさらりと揺れた。そのとき、歩には一瞬見えた。白の目が垣間見えた。弧を描く目が、喜色の感情を表す目が歩には見えていた。

 

「……キミって案外、分かりやすい?」

「なんか言いました?」

「いや、なんでも。それじゃ行こうか」

「そうですね。お願いします」

 

 そう言って……白はすらりと長い手を歩に向けて差し出した。

 

「え?」

「何事も風情は大事です。私もエスコートされるのは初めてですし、どうせならそれらしくやってみたい。連れて行ってくれますか?」

「う。それは、ちょっと……」


 歩は一度躊躇した。手を繋ぐのはさすがに遊びの範疇を越えて――


『臨むところですよ……楽しませてくださいね?』


 脳裏を過ぎったその言葉。楽しげに弧を描く瞳……歩は選んだ。


「……臨むところ!」

 

 自分の手よりも少しだけ大きな白の手を、しっかりと掴んで歩き出す。

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