25話 興味津々
――ふたりの仲を面白おかしく見守り隊――
慧『なんか歩の様子が朝からヤバいんだけど、そっちはどーだ?』
叶枝『ヤバいヤバくないの前に学校にいなーい』
叶枝(風邪をひいて寝込む兎のスタンプ)
美鳥『ふたりになんかあったんですかね?』
慧『分からん。こっちはとりあえず放課後に話を聞いてみるけど、そっちもそっちでどーにかしてくれると助かる』
美鳥『どうにかって……まぁとりあえずお見舞いぐらいはしてみます』
叶枝『歩さんの方もアレなら白ちゃんもぶっちゃけ仮病くさいよね。勘だけど』
慧『ま、とにかく動きがあったら連絡するけど……あとはお互い勝手にやろう。言いたいことは言えばいいし、知りたいことは勝手に聞き出せばいい』
美鳥『それでいいんですかね……一応、ふたりの仲を見守るって趣旨じゃ……』
慧『大事なのは面白おかしくの方だから。キミだって興味津々だからこのグループに乗ったんだろ?』
叶枝(拍手する兎のスタンプ)
美鳥(困った顔の兎のスタンプ)
およそそんなやりとりをLINEで交わしたその日の放課後、美鳥と叶枝は寿々家までやってきた。道中のコンビニで買った見舞いの品をふたりで半分ずつ手に提げて、ふたり一緒に寿々家を見上げる。美鳥が遠慮がちに言った。
「……チャイム、押してもいいのかな」
「逆に駄目な理由ってある? ここまで来たのに」
「いや、よく考えたら白の親が出てくる可能性の方が高いじゃん。僕らこの家入るのも初めてだし、いきなりお見舞いなんて不審がられたら」
「なるようになるし考えすぎだって! そいっ」
「あっ」
ピーンポーン♪
叶枝の迷いなき人差し指がチャイムのボタンに突き刺さり、玄関前に甲高い音が響き渡った。
美鳥はその音でびくっと肩を揺らして、
『……はい』
チャイムに併設されたスピーカーから聞こえてきたその声に、びくびくっと肩を揺らした。しかし相方は物怖じすることなくスピーカーの声に……白の声に応える。
「白ちゃーん、お見舞いに来たよー。トリちゃんとふたりで!」
『お見舞い、ですか……?』
「コンビニで色々買ってきたからさー、とりあえずこれだけでも受け取ってほしいなーって。なにせほら、もったいないし」
『もったいない……わかりました……』
プツッと音を立てて声が途切れた。どうやら本人を呼び出すことには成功したようで、美鳥はほっと一息ついた、が。
「安心してる場合じゃないよトリちゃん。まずはなんとしても家に入らなきゃ落ち着いて話もできないんだから」
「なんか段々押し売りじみてきたね……」
「実際押し売りだよ。善意とか好奇心とかその他諸々を無理矢理買わせるの! だったら図々しくてなんぼだよ!」
「そ、そういうものかなぁ……?」
そのとき、不意にガチャリと音を立てて玄関のドアが開いた。
「お待たせしました……」
そして現れた白は、上下ともにシンプルなスウェット姿だった。THE寝間着といった格好に加えて髪もボサボサ、肌もカサカサ。その全身から漂う退廃的な雰囲気は少なくとも美鳥から見れば病人という肩書に相応しいもので。
「うわっ、大丈夫?」
素で驚いてしまった。だが白は大した反応も返さず、
「大丈夫、ではないですが……とりあえず、ありがとうございます……」
ゾンビのようにゆっくりと両手を差し出してきた。どうやら美鳥たちの持ってきた見舞いの品を受け取ろうとしているらしい。だから美鳥は自分の手に提げていた見舞いの品を白に差し出そうとして……
「はーいそれじゃあお邪魔しまーす!」
それは叶枝の声だった。先ほどまで美鳥の隣に居たはずの彼女は、すでに白の家へと入りかけていたのだ。彼女が玄関で靴を脱ぎだした辺りで、それに気づいた美鳥が慌てて止めに入る。
「ちょ、ちょ、叶枝なにしてんの!」
「だから押し売りだって。建前としてはほら病人に重いもの持たせるのも悪いし?」
「建前って! とにかく勝手に家に入るのは駄目だよ。ねぇ、白からもなにか言ってあげて……白?」
美鳥が呼びかけたそのとき、白はただ呆然とその場で立ち尽くしていた。その様子に美鳥が首を傾げると、白はようやく反応を見せた。
「え。あ……えっと、あの……」
だが彼女は意味のある言葉を発しなかった。それどころかすぐに俯いてそれっきり黙ってしまった。あまりにも白らしくない気弱な……いや、見た目だけで言えばこっちの方が"らしい"のかもしれない。瞳を隠す長い前髪が、美鳥になんとなくそう思わせた。
しかしその一方で、叶枝は別のなにかを読み取っていた。すっかり靴を脱ぎ切って玄関に上がっていた彼女はその場で振り返るとにっこり笑って白に、そして美鳥に言った。
「病気のときってなんか寂しくなるもんだよね。それが心の病気なら、あるいはなおさらかもしんないね」
「叶枝……?」
「そう、かもしれませんね」
「!」
美鳥が振り返ると白は薄く笑っていた。長い前髪の隙間から、茶色の瞳をわずかに覗かせて。
「ひとりぼっちになったから……ううん、最初からそうだったのに。本当はそれで良かったのに……」
まるで独り言のように呟かれたその言葉に、しかし叶枝は勝手に返事を押し付ける。
「歩さんと付き合ってそれが変わった?」
「……変わった、というか越えられたのかも」
押し付けられた返事に、だが白は答えてみせた。まぁそれは明確な意思を持った答えというよりも、どこか虚ろで熱に浮かされたような言い草であるが。
「それなのに私はあの人になにも返せなかった。それどころか、自分勝手に酷いことを、たくさん……」
「それが学校を休んだ理由?」
「どうしたらいいのか分からなくて、どこにも行きたくなくて……」
叶枝と白は言葉のキャッチボールをかわしていく……その傍らで置いてけぼりなやつがひとりいた。
美鳥である。
彼女はいきなり始まったキャッチボールをしばらく呆然と見つめていたが、しかしようやく置いてけぼりな現状を理解して、慌てて声を荒げるのだった。
「ちょっと待ってよふたりとも! つ、つまり……なにがどうなってるの?」
「どうもこうも、白ちゃんが病気で休んでるのが分かったってことだよ」
美鳥の疑問に答えたのは叶枝だった。だがその言葉が美鳥の疑問を解消することはなく。
「いや分かったもなにも、だから私たちはお見舞いに来たんじゃ……」
「そうだけどそうじゃないっていうか……そう、病名が違うんだよ。病気は病気でも風邪みたいな体の病気じゃない」
「……はい? つまり、仮病ってこと?」
「そうだしー、そうじゃないしー。まぁ要するに……」
◇■◇
病名、恋煩い。原因、歩との喧嘩別れ。治療法、不明。つまりそういうことなのだろうか。
頭の中でそう纏めながら、美鳥はコップに注がれたスポーツドリンクを飲んでいた。なぜスポドリかといえば、それが白の見舞いに買った品のひとつだからである。ちびちびと一口二口飲んでから、自分の目の前に置かれた小さな丸机の上にコップを置いた。
机の中央には三人分の桃缶も置かれている。これまた見舞いの品だった……見舞われた当人は一切手を付けていないが。
そして美鳥の真正面。机を挟んで向かい側には白が座っている。その背後にはあらゆる意味で味気ない家具たちが置かれていた。つまり今、美鳥たちは白の部屋にお邪魔しているのだった。
己のテリトリーであるその部屋で、やがて白が話を"締めくくった"。
「……これが、昨日起こったことのおよそ全てです」
そう言って、白は黙り込んだ。なぜなら彼女はもう語り終えたからだ。なにを? 昨日起こった、歩との喧嘩別れのことである。自分の大事な本をいつの間にか歩が持っていて、彼女に過去を根堀り葉堀り問われて、だから怒って酷いことを言って逃げてしまった……そんな話を白から聴いて、美鳥は静かに腕を組んだ。
「うーん……」
美鳥が頭の中で話を整理して考え込むその一方で、美鳥に寄り添うように座っていた叶枝はすぐに口を開いた。
「ざっくり話聞いてただけだとー、白ちゃんの大事な絵本? を勝手に持ってっちゃった歩さんが悪いよーに思えるけど、白ちゃん的にはどうなの?」
叶枝の言葉に、白はゆっくりと首を振った。縦ではなく、横に振って。
「私が……全部、私が悪いんです」
白はかくんっと首を落として力なく項垂れた。長い前髪の奥でそっと目を伏せる。本来は明るい茶色の瞳も、前髪の影に隠れている今はこげ茶色にくすんでいて。
「私がいつまでもしがみついているから……もっと、本当にかっこいい人間だったら」
白の瞳が密かに潤んで揺れる。その瞳は今、遠い過去へと向いていた。幼い頃の、セピア色の情景を映し出して――
――ある日私の家の裏庭に、二匹の三毛猫が住み着いた。
その二匹はいつも一緒にいた。たまに裏庭を離れて散歩しに行くのだけど、その時すらも一緒で、私はとても衝撃を受けた。
なにせおよそ6年という長い人生経験から、野良猫というのはいつも一匹で自由気ままな生き物だと思い込んでいたからだ。だから私は、二匹一対の野良猫たちにとても興味を持った。
それで試しに餌をあげたくなって、父さんに相談してみた。すると、いつも陽気でお気楽なはずの父さんが珍しく悩ましい表情を見せた。
「裏庭の猫に餌をあげたい? うーん」
「もしかして、勝手におうちの食べ物あげてはだめでしょうか……」
「うーん。そうだな……白は、色んな物を見て学ぶのが好きだよね? ゆえにキミは、まだ小さいのにとても聡明だ」
「そうめい?」
「賢くてかっこいいってことさ。だからその心をいつまでも大事にしなさい」
そう言いながら、父は武骨な手のひらで小さな私の髪を撫でてくれた。それが心地よくて目を細める。当時の私は今みたいに前髪が長くなかったから、私の表情は父さんにも見えていたのだろう。父さんも私と同じように自身の大きな目を優しく細めて笑い、それから尋ねてきた。
「それで、キミがその猫たち以外で一番新しく見つけた面白い物はなんだい?」
その問いに私は意気揚々と答えた。私は昔から変な物を、面白い物を見るのが好きだから。
「カタツムリです! でもなんと殻がなかったんです! カタツムリなのに草の上じゃなくて壁を登ってるんです。だからずーっと見てたんですけど、殻がないからカタツムリでは入れないような壁の隙間ににゅって入って、どっかいっちゃいました……」
「それは残念だった。が、キミはいい物を見た。それはナメクジと言う別の生き物なんだ。そしてキミの見た通り、カタツムリでは通れない場所を通れるんだが、それはそういう風にカタツムリから成長、いや進化したということで……ああ、進化って分かるかい?」
「む……できないことができるようになった。つまりとてもすごくなったってことですか?」
「100点中100点いや500点満点だ! 我が子ながら頭がいい。これは将来大物に……」
「お父さん。ところで猫のお話はどこへいったのですか」
「おっと頭の良さに加えてしっかり物と来た。いやぁさすが」
「猫のお話」
「あ、はい……こういうところは母さん似だぁ」
ぼそりとなにやら呟いてから、父さんは話を続けた。
「例えば白は、ナメクジを見ているところを急に『ワッ!』ってされたらどう思う?」
「お父さんがよくするやつですか。すごく嫌です」
「え、そ、そんなにやってる……? ていうかそんな嫌……?」
「嫌です。だからいつも怒ってます」
「はい。ごめんなさい……まぁそれはそれとして! 白が嫌がるように、あの二匹も急に人が来たら嫌がるかもしれない。そうは思わないかい?」
「それは……そうかもしれません」
「だから、そっとしておいた方がいいんだ。急に人が出てきたらその二匹の生活が乱されるかもしれない。もしかしたら、二匹が離れ離れになるかも」
「そ、それはなんか嫌です!」
「だろう? ああそうだ。折角だしスケッチブックをあげよう。あの二匹をよく見て、そこに絵を描いてみるんだ。なんなら想像してもいい。白が見てない間、あの二匹は冒険の旅をしているかもしれないんだ。町に山、海、それに砂漠……」
「おとぎの国とかもいいですか?」
「もちろん! よく見て、よく想像して、あとは好きに描いてみなさい。そうしたらきっと楽しいぞ」
「ぁ……」
それはとても魅力的なことに思えた。例えば幼稚園で家族の絵を描いたりしたことはある。だけど、観察と空想をもって自分だけの物語を描くなんてことは初めてだったから。
「はい! あ、でも……もし、どうしても近づいて触ってみたくなったら、どうすればいいんですか? どうしても、我慢しなきゃ駄目ですか?」
「難しいな……私にもたくさん覚えがあるよ。やっちゃいけないこと、必要のないこと、挑戦と無難、怖いことと安心したがること……そうだね、白。キミも覚えておくべきだ。どうしてもやりたいこと、どうしても譲れないこと。人に怒られても、なにを言われても手放したくない物ができたときは――」
それから私は、絵を描き続けた。よく見て、よく想像して、12色入りのクレヨンをこれでもかとすり減らして、三毛猫たちのの日常や冒険譚を描き続けた。私はその一人遊びの虜だった。
しかし二匹の三毛猫は、観察者である私なんていないかのように自由気ままに散歩してじゃれ合って、一緒に眠る。
私は観察者だ。私の声は、仕草は猫たちには決して届かない。だけど私は満足していた。仲睦まじい2匹を見て、描くだけで十分に楽しかったからだ。
それに二匹と会えない間の空想だって楽しかった。あの二匹はなにを考えて、どんな風に愛し合って、どこから来てどこへ行くのだろうか。
どんどん空想は広がっていった。時には絵本やアニメに影響されたりもした。
きっとあの二匹は愛し合っているのだ。隣り合う国の王子様とお姫様だけど、国同士の喧嘩のせいで決して結ばれないふたりは波乱万丈の旅を経てウチの裏庭にうんちゃらかんちゃら……
そうやって空想を広げるたび、あの二匹についてもっと深く理解できた気がした。私は次第に、あの二匹のことを誰よりも理解していると思い込むようにさえなって……。
ある日、二匹の猫はこつぜんと姿を消した。1日経っても、1週間経っても戻ってこなかった。
裏庭の片隅でスケッチブックを構えて待つ日々が、ただ漫然と空想だけを描き続けて二匹の帰りを待つ日々が続いた。
猫が戻ってこなくなってから1か月が経った。私は待つのを止めていた。だってもう理解していたから。あの二匹は、私なんかじゃ空想できないもっと遠くへ旅に出たのだということを。
それは寂しいことで苦しいことで……だけどそれ以上に、私は感銘を受けた。
たとえ一時的に裏庭を出ても、二匹の帰る家はそこなのだと私は思い込んでいた。しかし二匹は旅立った。私の空想を超えて、もっと素敵な新天地へ。
つまりあの二匹は私の空想よりも素敵なことを知っているのだ。私はそれに憧れた。
だから私の空想なんかじゃない、"現実"に生きていた二匹の背を、あの日からずっと追いかけ続けていて――。
「白?」
「!」
誰かの呼び声が、白を現実に引き戻した。白が目の前に目を向けると、美鳥が困ったような表情で白を見ていた。
「どうしたの?」
「いえ……その、昔を思い出してました」
「なんで?」
「……歩さんが、私の昔を見ようとしてきたから。私の本はそういうもので、それは私の奥にずっと残ってるものでもあって、それは誰にも……特に歩さんには見られたくないもので……」
「ねぇトリちゃん。つまりどゆこと?」
「どういうことだろうねぇ」
「ごめんなさい……上手く説明できなくて。その、言いたくないことも、あって……」
「いいよ。押しかけてきたのはこっちなんだし」
「ごめんなさい……」
それきり、白は黙ってしまった。
その一方で美鳥もまいってしまった。
なにせこんなにまいった白を見たのは初めてなのだ。まいったまいったほんとにまいった。叶枝相手ならともかく、名ばかりの友人を元気づけられるほど美鳥は器用ではなかった。
しかし美鳥は頑張った。会話の糸口をなんとか見つけようと、彼女は白の部屋を見渡した。しかし……大きな本棚ひとつ以外はどうにも味気ない部屋だった。本、本、本。そういえば、歩が勝手に持ち出したのも本人曰く絵本だったらしい。
「本か……」
実は美鳥もそれなりに読書好きだ。そのジャンルはもっぱら恋愛物ばかりではあるが。しかし白の方はどうだろう。美鳥は頭の中で白が読みそうな本のイメージを浮かべて、小声でぼそりと呟いた。
「なーんか合わない気が……って、あれ?」
しかしよくよく本棚を見てみれば、美鳥も知ってるというか持ってる本のタイトルも意外と結構あったわけで。だから美鳥は思わず口にしてしまった。
「白、恋愛物も結構読むの?」
つい出し抜けな質問になってしまったが、しかし白は俯きながらも答えてくれた。
「まぁ、それなりに……」
その言葉に美鳥の顔がほころんだ。とりあえず会話が繋がったことへの安堵。それに同好の士かもしれないというちょっとした希望もあって、彼女の口が回りだす。
「へぇ、なんか意外。恋愛物、好きなの?」
「好き、というか……興味がある、というか……」
「それって好きと同じじゃない? よく分かんないけど……なんかキミが身近に思えてきたよ。素敵な恋を読んで、夢見て、それで自分も恋するなんて……普通に青春してるじゃん。なんかちょっと、羨ましいよ」
その言葉に、しかし白は横に首を振った。否定の意。そして、否定の言葉を。
「私に恋はできないんです。私なんかに、歩さんのような恋は……」
そしてまた、白は黙りこんでしまった。
嗚呼まいったまいった。美鳥はまたまいってしまった。1周回って余計に気まずくなったこの空気に。そして本格的に尽きてしまった話題に……
「恋バナ、しよう!」
気まずい空気を切り裂く元気な声&机をダンッと叩く音。そう、まだまいってないやつがひとりいたのだ。
叶枝である。
「叶枝!?」
「叶枝、さん……?」
叶枝がいきなり話を切り出したことで、まいっていたふたりの視線が彼女にぐっと集中する。だが彼女は集まる視線をもろともせずに断言した。
「女の子が三人寄ればかしましい! それに女の子の部屋だし、ジュースにデザートもある!」
「面子が面子だし、所詮私の部屋だし、精々スポドリと桃缶ぐらいですが……」
「細かいことは気にしない! せっかくおあつらえ向きの状況があるんだしさ、話してみようよ白ちゃんと歩さんの思い出を!」
その言葉に白がびくっと、まるで怖がるように体を震わせた。それを見た美鳥が叶枝に慌てて呼びかける。
「か、叶枝! さすがにそれはちょっと……」
「でも気になるでしょ? ならないわけないよね。だってトリちゃん、恋愛のお話大好きだもんね」
可愛い顔した幼馴染が、その顔に見合う大きな目で自分を覗きこんでくる。まるで鏡のようなその目に美鳥は耐え切れず、つい視線を逸らしてしまった。
「うっ。いや、そのぉ、ないこともないけど……」
しかし叶枝は遠慮しない。場の空気なんて一切読まず、ただ幼馴染の心境だけをひたすらに読み込んでくる。
「聞きたいんなら聞けばいいんだよ。むしろここまで来たんだからいっそ開き直っちゃいなって」
「で、でも、さすがに自分勝手じゃ……」
「まるで今までがそうじゃなかったみたい。自分勝手に興味津々だからここまで来たんでしょ?」
「う……」
この幼馴染の言葉には虚飾も容赦もない。こういうときこそ、それを実感してしまう……だが。
「叶枝の前じゃ嘘はつけないよね。ほんと」
美鳥の表情から力みが抜けていく。こんなときでも、あるいはだからこそ、美鳥は叶枝の存在をありがたく思えるのだった。自分の中に溜め込んでしまう物を代わりに発散してくれる存在。躊躇いがちな自分の背中を押してくれる存在。
幼馴染が隣にいるから、わがままになれる。だから美鳥は白に顔を向けることができた。彼女に対してわがままになることができた。
「聞きたいな、キミと歩さんとの話。もしかしたらヒントのひとつでも転がってるかもしれないし」
美鳥の眼前、白はなにも答えない。ただ長い前髪の隙間から、茶色の瞳がじっとこちらを見つめてきている。感情の読めない視線が少しだけ怖くもあったが、それ以上に彼女がなにを考えているのか今の美鳥にとっては興味深かった。
「正直に言うよ。たぶん今この瞬間、初めて私はキミに興味を持った。単なる恋路の野次馬じゃなくて、寿々白っていうひとりの友達を知りたくなった。だから自分勝手にキミに協力したいんだ」
そう、これは興味だ。結局、白との間に互いを心配しあうほどの友情はない。だが美鳥の中には興味が生まれていた。白とクラスメイトになってから1年半以上経って、初めての興味だった。
「それに歩さんのことも単純に応援してるし、ひとりの野次馬としてもこのまま恋が終わっちゃうのはつまらないよ。まぁ結局のところ部外者だしなにもできないかもだけどさ……それでも一緒に考えるくらいはできるし、そうしたらなにかが変わるかもしれない。とりあえずさ、このままは嫌なんでしょ? キミだって」
「わた、しは……私は……!」
白は何度も発言を躊躇った。何度も口を開きかけては閉じた。瞳を伏せてはその視線をさ迷わせた。彼女の迷いは美鳥にさえ手に取るように理解できた。
昨日までは、不透明で分かりにくい人間だと思っていたはずなのに。
「意外と、分かりやすいのかも」
美鳥の頬が自然に緩んだのとほぼ同時に、白が面を上げた。前髪の隙間から、決意のこもった瞳で美鳥を見据えて。
「恋が知りたい。それが私と歩さんの、契約でした」
歩との出会いから、ひとつひとつ話し始めた。




