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15話 それぞれの帰り道

「トリちゃん!」

「叶枝!?」


 本当に助けに来てくれた!?

 美鳥が声のした方へ急いで顔を向けると……そこには確かに叶枝がいた。しかし彼女はなぜか、スマホを手に持ち掲げている。そしてその隣では。

 

「おい歩!」

 

 慧もまた、なぜかスマホを構えていた。そんな慧へと歩は億劫そうに顔を向けた。

 

「なんだよ慧。今大事な話して」

「LINE交換するぞ!」

「は?」


 そんでもって、もう片方の幼馴染たちもすったもんだしていた。


「みんなでLINEの交換するんだよ! ほらトリちゃんも早くスマホを出して!」

「ちょ、ちょっと待って……」

 

 叶枝に急かされて慌ててスマホを取り出す美鳥。その隣で歩もまた、慧に急かされてスマホを出した。それから美鳥と歩はふたりで顔を見合わせて、ようやく現状を理解した。

 つまり慧と叶枝はこちらが話しているうちに、LINEで連絡先を交換するような仲になっていたのだ。で、自分たちはそれに巻き込まれた。そういうことだった。


「美鳥ちゃん」

「なんですか歩さん」

「コミュニケーション強者の距離感って強いね……」

「分かります……」


 そう言いつつも、結局はふたりともあっさりと連絡先の交換を受け入れた。なにせ断る理由もないわけで。さてみんなで連絡先を交換したところで、慧が最後に締めくくった。


「つーわけでやることもやったし、そろそろみんな帰ろうぜ」


 気づけばすっかり夕焼けも濃くなっていた。もう10分くらいしたら日も落ちるはずだ。だから全員、解散に異論はなかった。


「それじゃあ、ふたりともさよならー!」

「今日は突然すみませんでした。それじゃあさようなら」


 叶枝は手を振りながら、美鳥はぺこりと頭を下げながら歩と慧に別れの挨拶をする。ふたりもまた挨拶を返してくれた。


「またねふたりとも」

「気を付けて帰れよ中学生!」


 そうして美鳥と白は帰路についた。コンビニに来たときと同じく、手を繋いで歩いていく。歩いて歩いて曲がり角に従って、それから美鳥は一度帰り道を振り返った。

 コンビニも歩たちも、もう曲がり角の向こう側だ。つまりは叶枝とふたりきり。

 それを確認すると、


「っはぁ~~~疲れたぁ!」


 盛大に息を吐いた。歩への罪悪感も息と一緒に口から吐きまくって、しっかり吐き切ったところで一度大きく背伸びをして体をほぐした。すると隣で叶枝がねぎらいの言葉をかけてきた。


「お疲れトリちゃん。でも盛り上がってたね、歩さんとの話!」

「あ、聞いてたんだ……まぁね。ちょっと、いやかなり突っ込み過ぎて自爆しまくったけど……」

「でもトリちゃん、楽しそうだったよ? だったら私は良かったと思う」

「……まぁ、実際面白い話だったけどね」

 

 苦笑しながら、美鳥は再び歩き出した。叶枝もそれに合わせて歩き出した。そうして再び並んで帰りながら、美鳥はゆっくりと思案にふけった。


(よく考えなくても、私は白のことをろくに知らない。でもよく考えてみれば、あの子のことを知ってる人間って……)


 美鳥は歩みを止めないまま、他愛のない話でもするように叶枝に尋ねた。


「ねぇ、叶枝」

「なぁに?」

「白の趣味って知ってる?」

「よく分かんない……面白い物が好き? でも幼馴染が面白いってよく分かんないよね」

「じゃあ、白の性格って分かる?」

「ぱっと見暗くみえるけど、話してみると意外とハキハキ喋るんだよね。じゃあガンガンに陽キャラかって言われると、なーんか微妙に違う気もする。つまりこれもよく分かんなーい」

「やっぱり? 私もおおむねそんな感じだ。まぁ知ってはいたけど、白って自分のことはほんと話さないんだよね」

「そうだねー。クラスの中でもあの子と一番喋ってるであろう私たちでもこんなんだしねー」

「だよねぇ」


 つまりそういうことだった。

 白は幼馴染に興味を持っているからか、こちらの思い出話は頻繁に聞きたがる。だがその一方で白自身のことについてはろくに話してこなかった。はずなのだが……


「……歩さんは、白の趣味も性格も知ってるんだって。僕らが1年以上あの子といて知らなかったことを、あの人は知っていた」

「それは……ラブラブだね。妬けるね!」

「……妬いてる人の言い方じゃないでしょそれ」

「そういうトリちゃんも妬いてはないよね」

「そりゃあね。妬く理由もないし」


 身も蓋もない話、ふたりとも白という人間の素性に対してあまり興味を抱いていなかった。そして今でも抱いていない。


「だ、け、ど」


 叶枝の大きな目が、美鳥をしっかりと捉えた。叶枝は美鳥の中にある、ひとつの興味を見抜いていた。


「興味津々だ。そんなに気になる? 白ちゃんが……ううん、あのふたりが」

「そう、だね」


 ――あなたたち、面白いですね。


(白。"私たち"に目を付けたキミの気持ち、今なら少しは分かるかもしれない)


 美鳥は薄くほほ笑みながら、正直に告白した。


「気になるよ。だって……面白そうだから」

「そうこなくっちゃね!」

 

 美鳥の言葉を聞いて、叶枝が景気よく指を鳴らした……その直後だった。

 

 ピロンッ。


 電子音が響いた。ひとつじゃなくて、ふたつ同時に。


「「ん?」」

 

 ふたりの声が重なって、それからふたり同時に自身のスマホを取り出した。電子音の音源はそこだった。

 ふたり同時に来たとある知らせにふたり一緒に首を傾げて、それからふたりともひとつのアプリを開いた。

 そして……美鳥は驚き、叶枝は感心の声を上げた。


「これって……」

「慧さんも、面白いことやるねぇ」


 ふたつの画面にひとつのアプリ。開かれていたのはLINEだった。

 そしてふたりのLINEには新しいグループが作られていた。グループのメンバーは3名。叶枝と、美鳥と、そして慧。

 名付けられたグループ名は『ふたりの仲を面白おかしく見守り隊』である。


 ――同時刻――


「俺たちも、そろそろ帰るか」


 慧はスマホの画面を閉じてから、歩にそう告げた。


「そうだね」


 歩は素直に頷いたが、しかしすぐ胡乱げに目を細める。


「で。スマホで一体なにしてたのさ」

「内緒」

「またそうやって勿体ぶる。どうせくだらないことでしょ」

「俺にとっては大事なことなんだが、まぁお前にとって大事とも限らんしな」


 そんな軽口を叩き合いつつ、ふたりは並んで帰路についた。ふと、慧が歩に問いかけた。


「ところで美鳥ちゃんと盛り上がってたようだけど、なんか収穫はあったか?」

「ふっふっふっ……あったに決まってるでしょ? まったく、慧はあれを聞き逃したってのか?」

「叶枝ちゃんと駄弁りつつ適当に聞いてたが、それっぽいところなんてあったか?」

「しょうがないなぁ……それじゃあ、教えてあげるよ! なんと!」

「なんと?」


「微粒子レベルで、白も本気かもしれないんだよ!」


 慧は思わず泣きそうになった。

 歩が自信満々にお出しした論拠があまりにもしょぼいがゆえ、同情の涙を流しそうになった。

 しかし親友として、涙はぐっと堪えなければいけない。代わりに肩へと手を回して。


「なんかさ、美味しい物でも食べようぜ。俺が奢ってやるよ」

「いきなりなんだよ意味分かんないんだけど!」

「俺にはそれで喜べるお前が意味分かんねぇよ! さすがにどういう反応しろってんだ!」

「なんで! だってゼロかもしれなかった可能性が微粒子レベルなのがほぼ確定したんだよ!? 進歩じゃん!」

「お前すげぇなぁ、なんか1周回ってすげぇよ」

 

 そう言って呆れる慧に構わず、テンションの上がった歩は夕焼け空に向かって思いの丈をぶつけていく。


「それに、ちゃんと前に進んでるってことも分かったんだ! それがすっごい嬉しくて、それでもまだまだ足りなくて。だからやるよ、僕にできることはなんでもやりたい。現状をぶっ壊して、前に進みたい……慧!」


 名前を呼んで、それから慧へと振り返る。いきなり呼ばれた慧はさすがに驚いたが、しかし歩の顔を見るなり思わず笑ってしまった。

 なぜならば、歩が慧に見せたその顔には……ありったけの意地がこもっていたから。


「僕、バイトするよ!」

 

――同時刻――


(当たり前のことだ)


 何度言い聞かせても、心臓の鼓動は早いままだ。


(当たり前のことだ)


 何度言い聞かせても、脳裏には歩の笑顔が残っている。"親友"とじゃれ合って見せていた笑顔が。


(当たり前のことだ)


 白は何度も、自分に言い聞かせていた。人によって距離感を全く変えない人間なんていないことを。

 ましてや慧は歩の親友で、幼馴染で、白よりもずっと思い出を積んできたのだから、白に見せない表情があったところでなにも不自然ではないことを。


(当たり前のことだ)


歩がかっこいいと認める親友。すっかり"女の子"となった歩の隣に、あの親友を置いてみる。


(当たり前)


 とても自然だった。


(当たり前のことだ)


 そもそも歩との関係は”遊び”なのだ。例えばあのふたりに友愛以外の感情があったとしても、白にそれを否定する権利なんてない。不自然がない、道理もない。ならば。


「悩むことなんてなにもない。そのはずなのに」


 その呟きは誰にも届かず、ただ部屋の天井へと吸われて消えた。

 白は仰向けに寝ていた。自分の部屋の、ベッドの上で、ひとりぼっち……だがやがて彼女は起き上がり、部屋の一角にある勉強机へと向かった。

 そして机の下部に備え付けられた棚。その一番下の引き出しを開けると中身を漁り……1冊のスケッチブックを取り出した……否、それは"絵本"だった。

 それがスケッチブックを土台に作られた絵本であることを、白だけは知っていた。

 白は絵本をぱらりと捲った。そこには二匹の猫が描かれている。王子様の猫と、お姫様の猫。白はぽつりと呟いた。

 

「当たり前のことだ」


 白は絵本を閉じた。それからそっと抱きしめた。すると心臓の鼓動が徐々に落ち着いてきた。

 そして白はその場に膝をついた。まるで我が子を守るように、あるいは祈りを捧げるように、絵本を全身で抱きしめる。そのままぽつりと呟いた。


「この気持ちは、やっぱ違う」


 ――正直で、自由で、揺るがないキミがかっこいいから大好きなんだ。だから、悪い女のままでいいよ


 白の顔がきゅっと歪んだ。


「私はあなたになれない。私には恋が分からない」


 それでも、それでもまだ。


「時間はある。きっとあるはず」


 歩が慧を親友だというのなら、きっとまだ親友なのだろう。

 大丈夫。何度も会えばいいのだ。だって彼女は自分を好いているのだから、何度だってデートをすればいいのだ。そうしたら、"この気持ち"だって変わっていくはず。そうしたら、いつかちゃんと……


「ちゃんと、私だって」


 ――それからだった。

 歩がバイトを初めて、前よりもずっと会えなくなったのは。

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