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13話 私の知らない繋がりの話

 待ち合わせ場所は近所のコンビニだった。歩が到着すると、すでに白はコンビニの前に居た。声をかけようとするが、その前に向こうから手を上げて挨拶してきた。


「歩さん、こんにちは……って、隣のイケメンは一体全体どういう?」

「僕も聞きたい……」


 そう嘆く歩の隣には慧が立っている。慧は気さくな調子で白に挨拶をした。


「よぉ! 出会い頭にイケメンとは嬉しいこと言ってくれんね」

「こんにちは。慧さん、でしたよね。なにか用事でも?」

「いや? 歩と遊んでたからそのついで。おじゃまだったかな?」

「いえ、構いませんよ」

「良かった。あ、ところで外出た用事ってなんだったん?」


 いきなりプライベートに突っ込んだ慧に、歩はぎょっと目を開いた。恋人の自分でも遠慮することになんて図々しいやつだ。


「ちょっと慧! お前そういうことは……」

「いいですよ、歩さん。隠すことじゃないですし……パソコンを買いに行ってたんですよ」


 明かされたその事情に対して真っ先に声を上げたのは歩だった。


「パソコン? それくらいなら言ってくれれば一緒に行ったのに」

「それには及びません。ああいうのはじっくり選びたいタチですし、だから絶対待たせてしまいます」

「僕はそれでもいいんだけどなぁ。で、成果のほどは?」

「そうですね……」


 白は自分のスマホを取り出すと画面に一枚の写真を表示した。それには一台のノートPCとその下に付けられた値札が映っている。それを歩たちの方へと向けて。


「今気になってるのはこれです」

「5万!? 高い!」


 そう叫ぶ歩に対して、慧は事もなげに言う。


「そうか? うちにあるのはその2、3倍するけどな」

「え、慧んちのごついPCそんなにすんの」

「まぁゲーム向けのPCだし、それでも安上がりに済ませたつもりなんだが……あっ」


 慧はふとなにかを思いついたかのような顔をして、それから白へと尋ねた。


「そういや白ちゃんはパソコンでゲームとかあんましないタイプ?」


 白が慧の言葉に返事を返した。


「パソコンに限らずやらないですね。これもネットサーフィンか、あるいは文章ソフトを動かすくらいですし」


 ふたりの話がちょいと弾んだ。


「ふーん。そんなもんならもうちょいスペック落としてよくない? あと安物欲しいならいい通販サイト知ってるけど」

「通販、好きじゃないんですよ。なるべく現物を見て選びたいし、タイピンク感なんかは触ってみないと分からないし……まぁそれに安物買いの銭失いという言葉もあります。長く使う物なら奮発するのは吝かじゃありません。それにパソコンなんてすぐ型落ちしますし、これももうちょい手頃になってから」


「長い!!」


 いきなり割り込んできた声に、だが白と慧は驚くことなくただそこに目を向けた。ふたりの視線の先には歩がいる。軽く忘れ去られたせいで、ご機嫌斜めに怒っていた。


「なにが楽しくてパソコンオタク談義に挟まれなきゃいけないのさ!」

「ひなが一日パソコン触ってることはありますが、べつにパソコン自体には興味ありませんよ」

「身も蓋もない話、ゲームが満足に動けば後はどうでもいいからなぁ俺」

「そういう問題じゃないし!」


 歩の抗議に残るふたりは顔を見合わせる。お互いに二回ほどまばたきをしてから……白が再び口を開いた。


「そういえばゲーム好きなんですね。昔から腕前良かったとか」

「あ、そんなことまで聞いてんの? まぁいいけど。俺も白ちゃんの小説読ませてもらったし」

「えっ、私の小説って……ああ。歩さんに貸したやつですか」


 ふたりの話がそこそこ弾む。


「歩の家でたまに読ませてもらってるよ。ちょいごった煮過ぎるが、癖の強さ自体はむしろ好みかもしれん」

「ふむ。ごった煮が駄目で癖の強さが気に入ったなら、あの作者さんは1巻読み切りでもいくつか出してますしそっちの方が合うかもしれませんね」

「なるほど。ちょい調べてみるか――」

「ふたりとも分かってやってるでしょー!!」


 歩がまたキレた。そんでもってぶつくさと、


「白が誘ってきたくせに、慧も勝手についてきたくせに。いいよいいよ似た者同士話が弾むんでしょどーせ僕はちびだしイケメンでもないしガキだし……」


 なんかひとりで拗ねだした。一方で、白と慧はお互い顔を見合わせて。


「「似た者同士?」」


 異口同音に言った。それからお互い腕を組み、なにやらじっと考え出す……先に口を開いたのは、慧だった。

 

「似た者同士って言うんなら」

 

 慧は切れ長の瞳を鋭く細めて白を見つめた。まるでなにかを見極めようとするように。


「キミも"遊び"には手を抜かないタイプかな?」


 その言葉を聞いた瞬間、白の瞳もまた細くなった。長い黒髪の内側。誰にも見えないプライベートスペースで。


「……それは、どういう意味ですか」

「そのまんまだけど? ちなみに俺は抜かないタイプ。なにせ遊び(ゲーム)が好きだしな」


 その言葉に対してしかし白はすぐに返事を返せなかった。数秒の間をおいて、ようやくその口を開いて。


「……そうですね。わたしは」


「白はね、意外と熱中しがちなんだよ!」


 横からなんか割り込んできた。白の言葉を遮って、歩のマシンガントークが突然始まった。


「昔から気になる物があったら人目を気にせずじっと見てることあったけど付き合ってからよく分かったっていうか、ゲーセンなんかでも最初は『こういうのを体験してみるのも一興ですね』ってさらっとした感じなんだけど気づいたら燃えて連コしてるタイプっていうか、ちょっと前にやったクレーンゲームとか正にそうだったよね! それでちゃんと取って見せるところまでが白なんだよね!」


 そこまで言い終えると、ドヤッ!

 そんなオノマトペが似合いそうな表情をしてみせた歩に、残されたふたりはただただ呆然としてしまう。しかし慧がなんとか一言絞り出した。


「……ってことだけど」

「あれは、その……」


 白の返事は、しかし彼女にしては珍しく歯切れの悪い物だった。


「取れるまでが体験であって、どのくらい難しいのか知りたかっただけで、べつに熱中してたわけじゃ……ああ、そんなことよりも」


 白は露骨に話を逸らして、それから慧に問い返した。


「慧さんって、歩さんと真逆で飄々としてますよね。どこか"謎"を秘めたイケメンといった感じで、女性人気もさぞありそうですが」


 それを聞いて、慧は軽く肩を竦めるが。


「ま、どれも否定はしないけどさ」

「あら。謎秘めてるんですか?」

「ミステリアスでいいだろ? しかし似た者同士ってんならキミも――」


「なーにがミステリアスさ! 単に顔が胡散臭いだけじゃん慧の場合! なーんか余裕気取ってるってか実際余裕なんだろうけど、そのくせ行動はわりとストレートなんだから。あ、そうだ。考えてみれば白は途中から燃えるけど、慧は最初から燃えてるのに表に出さないんだよね。僕としてはもっと素直になってもいいと思うんだよねそこら辺!」


 ドヤ!

 歩であった。やりきった感をひとりで勝手に出していた。白がぽつりと、慧に聞いた。


「……燃えてるんですか」

「いや、べつに……歩、お前なぁ」


 慧は頭をがりがり掻くと、次にその手を歩へと伸ばして――そのほっぺたをいきなり掴んだ。


「人の、話を、邪魔すんな!」

「ふぇあ!?」


 むにりと掴んだほっぺたを引っ張りだせば、もちもちなそれは抵抗なくむいーっと伸びた。


「ふぁっふぇふふぁふぃふぁー!」(だってふたりがー!)


 だが歩もやられてるだけじゃない。慧の腕をなんとか掴んで引っぺがすが、しかし慧は空いていた手で頭をわし掴んで歩の髪をくしゃくしゃにしてやった。

 

「やだっ、白の前なのにー!」

 

 そう言いながらも……歩は笑顔を見せていた。

 歯を見せた無邪気な笑顔だ。そこに恋情はない。憧憬もない。

 そしてなにひとつ、遠慮がない。対等な者が相手だからこそ見せられる、気さくな笑顔だった。



 それを、白は見ていた。



 白が見たことのなかった歩の笑顔。それを白はひとりで見ていた。

 白はその瞳に映していた。目の前のふたりに重ねて、あるイメージを映していた。

 小学生のふたりが見えた。

 中学生のふたりが見えた。

 高校生のふたりが見えた。

 今のふたりが、見える。

 年齢を重ねて成長しても、片方の性別が変わっても、彼らはなにも変わらなかった。なにひとつ遠慮なく、無邪気にじゃれ合う親友同士。ずっとふたりで生きてきた……。

 白の口から、その言葉は自然と出ていた。


「私、もう行きますね」


 それを聞いて歩が笑みを止める。表情をあっという間に驚きへと変えて、彼女は白に尋ねた。


「もういいの?」

「特に用事もないですし、もうじき日暮れですから。夜道になると歩さんを送ってかなきゃいけないですし」


 白の言う通り、空はもう夕焼け色だった。そんな空を見上げて、歩も納得したように頷いた。


「そっか。それは悪いもんね……ってちょっと待ってそれ逆!」

「ふふ、ちゃんとツッコんでくれましたね。というわけで今日は帰ります、ではまた今度。慧さんもまた」

「うん、またね!」

「おう。じゃあな」


 白はそう言って、ふたりに背を向けて歩きだし……


「あ、そうだ。白!」

「?」


 歩の呼び声に顔だけで振り返った。夜空のような前髪が夕日の中でふわりと踊る。その隙間から茶色の瞳で歩を見つめると、歩もまた真っ直ぐに見つめ返してそれから言った。


「さっきのパソコンって、しばらく買わないって言ってたよね。いつ買うか決まってるの?」

「いえ、まぁ少なくとも半年は先になりそうですが……なんです。まさかプレゼントする気とか? さすがに受け取れませんよこっちから返せるものありませんし」

「え……無理無理! ほら僕お金ないし! えっと、聞いたのはなんとなくだよ。あはは」


 歩は両手をぱたぱた振りながら、苦笑いしてまでみせる。金がねぇから買わねぇというのは、ごくごく妥当な言い訳だった。だから白はすぐに納得して。


「次のデートはお金の掛からないところ行きますか」

「そ、そうしていただけると助かります……」


 そんな歩の返事を受けて、白は思考を集中させる。


(次のデート、どうしよう。たまには公園とか、のんびり散歩するだけでもいいかな)

 

 手早く脳内の"隙間"を埋めながら、白は今度こそ歩に別れを告げた。

 

「デートの方針も決まったところで、今度こそさようなら。また……次のデートで」

「うん、僕の方でも考えとくよ! またね!」


 お互いに別れを告げ合って白は帰る。親友同士であるふたりを背に、たったひとりで歩き出す。



 ――同時刻――


 美鳥と叶枝は歩いていた。手を繋いで、茜色に染まった住宅街を歩いていた。

 長い長髪の利発な少女とお団子頭の幼い少女。ともすれば姉妹に見えるが、ふたりは同い年の幼馴染だ。

 ふたりはいつものように仲良く遊びに出かけて、そして帰る途中だった。

 

「そういえばっ」


 叶枝が不意に口を開いた。


「ここら辺って白ちゃんちの近所だったっけ」

「そうだっけ? あ、そういえばここって"アトリエ寿々"の近くだっけ……ってことはそういうことにもなるね」

「でしょー? ちょっと寄ってく?」

「いやぁ、悪いでしょ。用事も無しに寄ったところで、大して話すこともないし……って、あれ?」

 

 真っ直ぐに伸びる道の前方に、美鳥はひとりの人影を見た。隣の叶枝もそれにすぐ気づいて言った。

 

「おお。噂をすればー、なんとやら?」


 叶枝の言う通り、向こうから歩いてきたのは白だった。ふたりにとってはクラスメイトで、関係的には一応友達。

 そんな彼女はふらふらと、俯いたままふたりに近づいてくる。長い前髪に加えて夕日で陰っているせいで、なにやら非常に陰気で不気味だ。少なくとも、美鳥の方はそう思って顔を引きつらせた。

 だが挨拶しないわけにもいかない。美鳥は持ち前の律義さから、片手を軽く上げながら白に声を掛ける。

 

「白、こんばんわ……」

「……」

 

 素通りされた。

 無視された。

 上げた片手が行き場を失くしてするする落ちる。とりあえず、叶枝の方を向いて尋ねてみた。

 

「えっと、私、なんかしたかな……」

「さー? あの子普段からよく分かんない子だし、たまにはそういう日もあるんじゃない?」

「そうかなぁ。確かによく分からないけど、こういうところで無視するような人じゃなかった……と思う。多分。そう、かなぁ?」

「分かんないこと考えてもしょうがないよ。いこっ!」


 叶枝はあっさり話を打ち切ると、繋いだままの手をぐいっと引っ張り美鳥を先導し始めた。


「うーん……ま、そうだね」


 美鳥もまた悩みを断ち切り、叶枝の先導に身を任せて歩き始めた。そっと、繋いだ手と手に視線を送って微笑みながら。

 ふたりは幼馴染である。同性の幼馴染である。だから美鳥は繋がれる手に対して、今更思うところなどない。だが。


「叶枝のおかげなんだろうね。あんま悩み過ぎないでいられるのは」

「どしたのいきなり」

「いや。叶枝が幼馴染で良かったなって」

「そぉ? トリちゃんが望むなら、私はどこだって引っ張ってあげるよ!」

「あはは。それは楽でいいね、それじゃとりあえずウチまで……」

「およ?」


 叶枝が不意に足を止めた。ワンテンポ遅れて、美鳥もそれに気づいた。


「叶枝?」

「トリちゃんトリちゃん。あれ見て」


 叶枝は美鳥を呼びながらも、その視線は別の方向を向いている。美鳥もまたそちらを向いて……それを見た。

 それは男女らしき二人組が、すぐそばのコンビニで買ったであろうアイスを食べながら談笑している姿だった。


「あれって、歩さん?」

「と、謎のイケメンだぁね」


 ふたりとも、女性の方は知っている。以前よりも随分と髪が伸びて女性らしい体つきになってはいるが……あれは確かに小立歩だ。

 およそ4か月ほど前に知り合った、反転病で女性になった高校生の元お兄さんで……白の自己申告によれば、"遊びの恋人"というどうにも奇妙な関係となったらしい。あくまでも聞いた話でしかないが……。

 だがその一方で、もうひとりのイケメンとはふたりとも面識がなかった。

 

「これは、もしかして……」


 思わずそう呟いてしまった美鳥。その一方で叶枝が意気揚々と口にしたのは。


「浮気というやつでは? JCは見た!」

「叶枝! こらっ! 聞こえたらどうすんの!?」


 叶枝に叱りつけながらも、しかし美鳥は美鳥である種のやましさを感じていた。彼女もまた、考えていることは一緒だったからだ。

 なにせもし浮気なら、白の様子がおかしかったのだって説明が付く。


「こないだ観た、月9のドラマ的な……白はこれを目撃して……?」

「――引っ張ってあげる!」

「へ? うわぁ!」


 美鳥の体がぐっと一気に引っ張られた。すわ何事かと驚いたが、しかし彼女を引っ張るのはひとりしかいない。

 お団子頭の幼馴染が、心と体をあっという間に引っ張っていく。


「分からないなら行ってみよう! 突撃隣の不倫現場!」

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