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12話 親友を変えたもの

「嘘をつかないってのはつまり全てを曝け出すこと……じゃない、って最近少し思うんだ」


 裏野慧は聞いていた。今はただひたすら聞き手に回っていた。


「要するにさ、白は駄目なときは駄目って言うしそれは本当なんだろうけど、だからって一から十まで教えてくれるわけじゃないじゃん。なにが駄目なのか分かんないからちっとも進展しないし、だからってなりふり構わず聞きだすのはダサいじゃん。恋人っていっても他人は他人だし、嫌われたらヤだし……」


 眼前にはTシャツがある。胸部に付いた英語のロゴは、その奥に隠されたふたつの山によってしっかり押し上げられ歪んでいた。……慧の知っている女性陣の中でも、結構大きい方だった。


「ねぇどーすりゃいいのさー。けーいー、聞いてるー?」


 "彼女"が前のめりになった。Tシャツの首元が軽く垂れ下がり、胸元が露わになった。Y字の谷間とピンクのブラが良く見える。感心から顎に手を当てて、慧はようやく口を開いた。


「お前、またでかくなったな」


 スパンッ! 思い切り頭を引っぱたかれた。


「真面目に話してんだよこっちは!」

「俺も真面目に言ってんだけど」


 慧は引っぱたかれたことにも動じず改めて前を向く。慧の前ではひとりの少女が座っていた。

 肩まで届きそうな柔らかい茶髪と、これまたもちもち柔らかそうな童顔を持つ彼女は、しかし顔に似合わず雑な胡坐をかいていた。履いているのはショートパンツ。脚を覆うは黒色のタイツ。胡坐をかいてる両脚の上では彼女の手がファッション雑誌を丸めて武装していた。

 右手に持ったその武器で左の手のひらをパシパシ叩きながら、少女は眉を吊り上げて言った。


「白もそうだけどさ、基本察しがいいのに人をおちょくる癖って少しどうかと思うよ僕。まぁ白はそこも魅力だからいいんだけど……」


 丸めた雑誌が上下に振られるその向こうには、たった数か月で随分と立派になった乳がある。

 慧は自身の端正な顔を引き締めて、切れ長の瞳を研ぎ澄ましてから言った。


「ロリ巨乳的な方面で売り出すなら中途半端。もうちょいデカくないと難し」


 スパーンッ! 二度目の快音が部屋に響いた。

 その部屋の主である少女……兼、慧の親友である小立歩がついにぶちぎれたのだ。二度に渡って慧を打ったファッション雑誌を床に叩きつけながら、慧に向かって怒声を放つ。


「だから! そういうのが! どうかと思うって!」

「だって飽きるんだよ。要するに惚気じゃんこれ。そうじゃなきゃ悪い女に誑かされたっつーつまらん話だ」


 慧は今の今まで聞かされていた。

 歩と白の馴れ初めから今まで重ねたデートの経緯を延々と聞かされていた、その結論が今の言葉だった。もし同じことを10人が聞かされれば、そのうちの9人が同じことを思うであろう妥当な結論。

 しかし恋は盲目だ。恋する乙女は理不尽だ。


「惚気じゃないし、白は悪い女だけどかっこいいんだから悪口は言わないで」


 慧はだいぶ面倒くさくなった。


「はいはいはいはいそれでなんだっけ? 早い話が白ちゃんに遊びじゃなくて本気で惚れられたいわけだお前は」

「まぁ、そうなんだけどぉ……」


 歩は急にしおらしくなってもじもじし始めた。

 慧は超面倒くさくなったので、いっそ話題の主導権を握ってやることにした。おちょくるのは好きだが、ぐだぐだになるのは好きじゃないのだ。


「で、お前は白ちゃんのために可愛さとやらを磨いたり乳をでかくしてるわけだ」

「胸から離れろいい加減!」

「なぁそれ揉んでみていいか?」

「白以外には死んでも触らせん」

「あっそ。んじゃ話を戻すが、前々からひとつ疑問に思ってたことがあるんだ」

 

 慧はそこでピンと人差し指を立てる。歩の視線をその指にひきつけて、それから改めて口を開いた。


「お前、なんで可愛くしてんの?」

「はい?」


 歩の表情がまたころりと変わった。『意味が分からない』とその顔で訴えている。しかし、意味が分からないのは慧の方でもあった。

 おそらくは『小立 歩』という人間の親友にして幼馴染である慧だけが、その疑問を抱いている。


「お前ずっと『かっこよくなりたい』って言ってたじゃん。なんか真逆な方向に突っ走ってないか?」

「それとこれとは話が別」


 即答だった。歩は間髪入れずに答えていく。彼女にとって揺るぎない真実を答えていく。


「だって白、可愛い恰好する方が喜んでくれるんだもん。似合ってるとか、可愛いとか、綺麗とか……白が嬉しいと僕だって嬉しいし、白にたくさん見て欲しいじゃん」

「お世辞じゃねぇのそれ」

「白はそんなこと言わないよ」

「断言すんのか。まぁいいけど……そのわりに、今は胡坐掻いてんのな」

「えー、白の前じゃやらないよこんなはしたない」

「嗚呼、お前もついに猫被りを覚えてしまったのか……悪い女にどんどん毒されてる親友を見るのはまこと悲しいなぁ」

「だから白は悪い女だけど悪い女じゃないって! それと猫被りじゃなくてたゆまぬ努力と言ってほしい!」

「ま、なんでもいいけどさ、その切り替えの早さはすげぇわ……俺にはたぶん、真似できないんだろうな」

 

 その声にはわずかな陰りがあった。その表情にはわずかな曇りがあった。常に飄々としている彼が、歩の前でのみ時折見せる弱みだった。

 だがそれを見せられた歩はムッと眉を寄せた。同情ではなく、怒りの表情。彼女は一度溜息を吐いて、それから慧に言った。

 

「切り替えるとか、僕はそんなに器用じゃないよ。分かるだろ? 長い付き合いなんだから」

「長い付き合いだから、お前のそういうところは買ってんだけどな」

「そういうとこってどういうとこさ……あのなー、そもそも可愛くしてたらかっこよくしちゃいけないってわけでもないじゃん。惚れてもらうってんなら甘えてばかりじゃいられない。こっちからも、かっこいいとこ見せないと」

「そういうもん……か?」

 

 慧は腕を組んで、歩の惚気話をざっくりと思い返してみた。

 押し倒したら押し倒されたらしい。手を引っ張ったら引っ張り返されたらしい。贈り物をしたら贈り物で返されて、家まで送ろうとしたら自宅に入られた……慧は思わず呟いた。

 

「お前、よく懲りないな……」

「なんだよいきなり!」

「そーいやお前って変なところで頑固だったよなって」

 

 思い出したら、少しずつなにかが見えてきた。だから……慧は意地悪くニヤリと笑って。

 

「いいじゃん、甘えてしまえよ。どうせおちょくられるだけなら、意地を張るだけ時間の無駄だろ?」


 それはひとつの試しだった。慧は歩の意地を見たがっている。一方の歩には慧のそんな内心は知りようもない。だが、


「そんなことない!」


 慧の試しに応えるように、歩は意地を張ってみせた。その姿はちゃんと、慧の知っている歩だった。


「僕は絶対に僕の力で白を落とす! 慧がなにを言っても、これだけは諦めないからね!」


 だから。


「うはははっ!」


 慧は笑えた。その笑みにいつもの余裕はない。しかし遠慮も全くない、満面の笑みだった。一方で、


「な、なにさ……」


 歩は一周回ってドン引きしていた。だって歩から見れば、親友が特に理由もなく爆笑し始めたのだ。それがなんかキモくて、ちょっと体を後ろに引いて――


「おりゃ!」


 突然、歩の目の前に一本の手がずわっと伸びてきた。それは歩が逃げる間もなく彼女の頭を捉えるといきなり撫でまわし始めた。髪がどんどん取っ散らかっていき、歩は悲鳴を上げた。


「なっなにさぁ!」


 しかしその手は止まらない。手の主である裏野慧も止まらない。歩の髪をくしゃくしゃにしながら、明るく楽しく慧は言う。


「諦めないか、ならいいさ! お前の信じるようにやってみろよ」

「ちょっとぉ! それでなんとかならないから――あ、れ。慧?」


 慧の手はすでに止まっていた。ただ頭の上に手を乗せて、


「お前なら大丈夫だ。俺も一緒に信じてやる」


 歩を真っ直ぐ見つめていた。優しい瞳で見つめていた。

 そして見つめられた歩もまた表情を和らげる。そして慧の視線に真っ向から向き合って。


「ありがとう。もうちょい踏ん張ってみる」

「おう、踏ん張れ踏ん張れ」

 

 そう言いながら慧はようやく歩の頭から手を離した、が。そのまま腕を組んで悩ましげに言った。

 

「でも現状に行き詰ってるのにただ踏ん張るだけなのも、ちょいと根性論が過ぎるかもな」

「今それ言う? じゃあどうするのさ」

「それをたった今思いついた。行き詰って濁った空気はさっさと換気するに限る」

「また気取った言い方を……つまり、なんか新しいことして気分転換でもしろってこと?」

「そういうこった。たとえばそうだな……バイトとかどうだ? たしか今やってないだろ」

「まぁやってないけど、まずバイト先が……」

「ところがどっこい、俺のバイト先の酒屋でちょうどひとり高校生が抜けてな。だから代わりに入れるやつ探してるんだよ。どうだ、やってみないか?」

「お、お前人の相談をダシに求人するとか……まぁ性別変わってなにかと金遣い荒くなったしなぁ。貯金も厳しくなってきたし、それはちょっと考えとく……」


 ~~~♪


 不意に、スマホの着信音が鳴った。

 出所は歩のズボンだ。彼女がスマホを取り出して画面を見ると、そこに表示されていた名前は。


「白!」


 歩はパァッと顔を輝かせながら急いで電話に出た。


「もしもし? ……うん……うんうん。分かった、すぐ行くね! それじゃあまた!」


 話はあっさりと終わったらしい。電話を切った歩に向かって慧は尋ねてみた。


「どうした?」

「用事があって外に出てた帰りらしくてさ。家の近くまで来たから折角だしちょっと会わないかって」

「ふーん。お前に用事でもあんの?」

「ないんじゃない?」

「あ、ないんだ」

「なくてもいいじゃん。つーわけでもう僕行くからほら帰った帰った」


 話も終わったし、恋人も待ってるし、つまり歩にとって慧はもう用済みだった。しっしっしっ。ぞんざいに手で払って追い出そうとする。


「おいこら、わざわざ相談に乗ってやった親友を雑に追い出すなこの恋愛脳め」

「でも実質お前がしたのってバイトの勧誘だけじゃん」

「こ、こいつ、白ちゃんと付き合い始めてからみょーに図太くなりやがって……」

「白が僕を強くしてくれたからね!」

「はいはいはいはい。しかし、今からその白ちゃんとなぁ……」

「ちょっとなに悩んでるのさー。早く白と会いたいんだから――」

「そうだな、会いに行こう」

「はい?」


 慧は興味が湧いていた。歩を強くしたという、彼女の恋人に興味が湧いていた。

 だって慧は、歩の親友だから。


「せっかくだ。俺もそこに連れていけ」

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