【実録介護】認知症の祖母と同居する我が家
これは、認知症の祖母の介護のほんの一部です。
・病院でのやり取り
・ケアマネージャーさんとのやり取り
・デイサービスの利用時の様子
などと言った多くの認知症の祖母が関わるものに関しては、書いて居らずあくまで在宅ヒキニート作家のアロハ座長の視点で描かれるものです。
効果的な認知症対策などはありませんのでご了承下さい。
多少の脚色はあれど、ほぼノンフィクションな認知症の祖母の介護のエッセイである。
ラノベ作家のアロハ座長は、実家暮らしをしており、その実家に認知症の祖母と同居するようになりました。
数年前から多少の言動に違和感があり、栄養失調を切っ掛けに病院に入院したことが原因で認知症が進行し、いよいよ我が家と同居することになる。
ただ、その同居までに色々な経緯があり、中には語りづらいものもあるので省かせてもらおうと思います。
そして、我が家に同居する祖母は、非常に大人しい人です。
健康状態で言えば、若干血圧が高い時はあるけど、食欲有り、血液状態良好の健康優良状態です。
食事もご飯は、茶碗の三分の一程ですが、おかずの品目を少しずつ多く食べているので中々の健啖っぷりです。
むしろ私など、朝の低血圧と寝不足で食欲が無くてグラノラ・菓子パン。果ては一食抜いての二度寝するより祖母の方が健康的な食生活です。
祖母の認知症は、元々の気質的に世間で聞く徘徊や暴力的になる、夜中に叫ぶ、などの症状が殆ど出てはいないのが安心である。
ただ、祖母の認知症には、幾つかのパターンがある。
パターンその1:特定のものに執着する。
祖母「すみませんねぇ。涙目になって目が見えないから目薬貰えますか?」
母「お祖母ちゃん。食事中に目薬したらダメですよ。それに一日に回数が決まってますよ」
祖母「あたしの白いメガネは、どこにあるのかねぇ」
母「メガネはお祖母ちゃんがどこかに隠しちゃったから後で探しましょうね」
祖母は、目や視界に関することに執着するのだ。
その度に、目に見える範囲に目薬を置き、『食事が終わったら目薬しましょうね』などと言って、日中の家にいる母と私で宥める。
しかも認知症なので、一度それが納得したが、次の瞬間――
祖母「すみませんね。目が見えないから目薬貰えます?」
話がループするのだ。
そうして、なんとか落ち着かせ、食事を終える。
また、以前は足腰を衰えさせないために母と共に押し車で散歩に出ていた祖母だが――
「今日は、風が強くて目が行けないから出ない」
などと穏やかな天気の日なのにそう言って外出を拒否して家に引き籠もるようになる。
また、目薬やメガネなどに執着して服のポケットや枕元の下に置いて安心するが――
「すみません。目薬がどっか行っちゃった」
「お隣のおばさんがメガネを貸して下さいって言って持って行っちゃった」
自分が隠した場所を忘れるので、それを探すために布団やポケットを捜索するのが、定番となり、見つかったら家族が見える位置に置き直して、安心させるのだ。
目に執着する祖母だが、眼科を受診した際、医師からお墨付きを貰うほどに良好である。
白内障の手術もしたが、綺麗に手術をしているので、視力的には全く問題ない。
もし、問題があるとすると、物を隠して、隠した場所を忘れた際の理由(言い訳)にありえない幻覚が混じるために、幻覚が一因ではないかと思う。
パターン2:幻覚・幻聴が見える。
祖母「あそこの坂のところに老夫婦がいて、休んでいる」
「あそこに白い犬がいる」(場合によっては、猫や猿、狐)
「車の助手席(左座席)から『お大事に』と言われる」
「隣の家から知らないおばさんが来て、物を持っていく」
などの幻覚・幻聴が見えるのだ。
一つ言うなら、私たち家族は、祖母の見ているものが見えないし、隣の家には祖母の言うおばさんらしき人は住んでいない。
なにより在宅ヒキニート作家である私が障子越しに隣の部屋にいるので来客や物音を見逃すことはない。
車の助手席から声を掛けられると言うが、我が家の目の前には、高低差のある二本の道路が走っている。
低い道路は、我が家の前を通る一般道で人通りや車は疎らである。
高い道路は、河川に沿うように盛られた氾濫対策の堤防の上に作られた通勤バイパスだ。
一方通行で河川に沿うように走る通勤バイパスの道路は、かなりのスピードで車が駆け抜け、また我が家に車が向けているのは運転席側である。
なので、反対側の座席から声を掛ける間もなく、車は走り去るのであり得ないのだ。
そんな幻覚や幻聴を一つずつ宥めているのが我が家の現状だ。
パターン3:妄想と記憶の混在。
祖母は、昔の記憶と妄想が混じって、不思議な世界を展開する。
その中で傑作選とも言える言葉を紹介しよう。
祖母「昔はね。○○をする人の組織があってね。その名前が確か――『R-1』だったかな」
私「お祖母ちゃん、『R-1』は今朝飲んだ飲むヨーグルトでしょ? 美味しかったよね」
祖母「そうだったかな? ああ、そうだったね」
家の前の通勤バイパスを見て――
祖母「今日は、やたらと車が通るけど、区の役員会かい?」
私「区の役員会はないよ。ここに車が通るのはいつものことだよ」
祖母「そう言えば、この前ここの通りで最終便に乗り遅れた人が居たねぇ」
私「通勤バイパスは、いつも車が通れるから最終便とかないよ。最終便があるのは、飛行機や電車だよ」
祖母「何十年も前に向こうのおじいさんが、今日が開通するから新しく車を買った、って言ってたよ」
私「…………(苦笑い)」
何十年も前のお爺さんが誰かは知りませんが、当時お爺さんだったならもう亡くなっているでしょう。
そもそも今日の道路開通に合わせて新しく車を買った、と何十年も前に言っていた発言は、時間軸の捻れを感じます。
また――
1 祖母「昔はね。…………うんたら、こうたら(昔話が始まる)」
2 私「うんうん(相槌を打つ)」
3 祖母「それでね。…………うんたら、こうたら(昔話が終わる)」
4 私「うんうん(話が終わったかな。それじゃあ部屋に戻ろうか。と腰を浮かせる)」
5 祖母「それでね。…………うんたら、こうたら(別の昔話が始まる)」
6 私「うんうん(新しい話が始まったので、浮かせた腰を降ろす)」
以下3にループする。
その際、昔話の内容がアレンジが加わったりします。
また、祖母の実家の話をすると、東京など殆ど行ったことがないのに『東京の世田谷』という地名が出てきます。
多分、祖母の実家の川を挟んだ向こう側には、『東京○○大学』と名の付く地方の付属大学校があるのでそれが影響して、祖母の実家の話が出ると『東京の世田谷』のワードが出るんだと思います。
後は、昔なので田舎からの出稼ぎなどでそちらに出向いていた可能性がありますが、認知症の祖母の話では、どこまで本当かわかりません。
これは、祖母の認知症の現在起こっている状況であり、私が在宅でなければ早々に専業主婦の私の母
が精神的に参ってしまう可能性があったでしょう。
時折、ループする会話に感情的になることがあるので、そういう時は私がクッション材の役割になるようにしています。
最近では『おめえさん、誰だ?』と言われて、家族の顔と名前が一致しない時があり、その都度――『私は、○○ですよ。○○ちゃんです』『ああ、○○ちゃんかぁ』と自己紹介する流れです。
また祖母の昔話の中には、特定の人物を執着するように名前が出てきました。
話では、祖母の近所に住んでいた人物らしいのですが、その名前が出てくることが最近減り、これは認知症が進んでいるなぁ、と実感する一つの出来事です。
私や私の家族と認知症の祖母との生活は、今後どうなるか分かりません。
認知症が進み、介護の負担が増す可能性もありますし、その前に亡くなってしまう可能性もあります。
ただ、認知症の祖母の最期まで穏やかに過ごせるように日々やっていきたいと思います。
追伸:今は夏なので夏野菜のトマトやナスの素揚げ、キュウリの漬物などをモリモリと食べているので祖母は、まだまだ死にそうにありません。




