八話 ネーヴェの刺客、不思議な空間
「おい美和、もうちょっと静かに歩けないか?」
「ご、ごめん。」
大輝に注意された私は、意識して静かに歩いてみた。
「美和の足音はデカいもんね。」
紗雪はクスリと笑った。
笑われた私はむっとして、わざと遅く歩いた。
「おい、意識しすぎて今度は遅くなってるぞ。」
そんなこと分かってるよ、と心の中で言った。
この雰囲気、何年ぶりだろう。
本当に懐かしくて、時間を戻したような感覚だった。
でも今は、前の時よりも危険な状況だった。
ネーヴェの刺客に面と向かって立ち向かうような状況。
私たちは今、私と紗雪の家の近くにいる。
あの爆発があったから、一体家がどんな風になっているのかは予想も出来ない。
正直、見るのが怖かったりもする。
『あの事件』を忘れようとしながら必死に生きた四年間が詰まっている。
それを、一瞬のうちにして壊された。
跡形もなくなっているのか、ただ真っ黒に焼けた焦げただけなのか。
私には予想も出来なかった。
そして、ついに私たちは家が見えるところに辿り着いた。
私たちは、目の前の家を見て、息を呑んだ。
窓はなくななり窓枠が焼け焦げ、家の建物自体も真っ黒だった。
下にはたくさんの瓦礫。
あれから、テレビやラジオを聴いていないけど、きっとこの爆発は大きなニュースになったんだと思う。
大輝は、このことを知っていたと思う。
それでも、私たちが自分たちの目で見るまではニュースのことを知らせなかったんだ。
私たちがもし、あの爆発をこの身に受けていたら、と考えてしまい、立ちすくんだ。
家の周りには立ち入り禁止の黄色いテープが張り巡らされていた。
警察が捜査をしたんだ。
かろうじて生き残っていた家の形は、唯一の心の救いだった。
「大輝、この家が爆発したことってニュースになったよね?」
紗雪は大輝に確認するように聞いた。
「ああ。でも、やっぱりネーヴェが関わってるから、未解決事件としてメディアも警察も関わるのは諦めたようだ。」
やっぱり、ネーヴェは誰一人として関わってはいけないんだ。
それを改めて体験すると、ネーヴェの強大さが身に染みた。
あの時、『あの事件』のとき、私たちはマスコミに忘れ去られたのではなく、マスコミは忘れざるを得なかったのだ。
何という力なのだろう。
私たちは今から、そんな組織から逃げようとしているなんて。
そんなの、無謀に等しいのかもしれない。
「おい、見ろ。家の前に不自然に止まった車があるだろ?」
大輝に話しかけられて我に返った私は目を凝らした。
「ほんとだ。」
「あれは、ネーヴェの車?」
紗雪も目を凝らしながら言った。
「ああ。」
私たちは今、家の向かい側にいる。
そのまま車の前を突っ切って行ったら、一瞬で見つかるだろう。
どうすればいいんだろう。
そんな時、
「ん?もしかして、美和ちゃん?」
突然後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
振り向くと、音羽がいた。
「音羽!」
私は心の底から驚き、後ずさってしまった。
大輝は説明を求める顔を向けてきた。
「あ、えっと、この子は、同級生の音羽。で、こっちは幼馴染みの大輝。」
「ああ、転入してきた子か!って、幼馴染だったんだ!」
音羽は大輝をまじまじと見た。
「で、紗雪ちゃんと美和ちゃんはこんな夜中に何してるの?」
聞いてほしくはなかったが、聞かれてしまった。
「ああ、えっと…。」
解答に迷っていると、
「今、みんなでコンビニ行こうと思ってたんだけど、小銭落としちゃって探してたの。」
紗雪は笑顔で言った。
音羽は突然話しかけられ、少し驚いているようだけど笑顔で、
「あ、そうなんだ。小銭かあ。」
音羽は何か考えている様子だ。そして、
「小銭なら、あそこの車の近くで見た気がする!」
と車の方を指さした。
「私、取ってきてあげよっか?」
私は紗雪をちらりと見た。紗雪は、何かを考えていた。
「えっと…。じゃ…」
「うん。私も探し物下手だし、取ってきてくれるとありがたいかも。」
私の言葉を遮ってお願いしたのは紗雪だった。
何だろうこの不自然な空気。そう思っているのは私だけ?
大輝の方をちらりと見ると、大輝も何かを考え込んでいるようだ。
そして、音羽は走って車の方へ行った。
「あっ。おと…」
音羽、と言おうとしたら、紗雪に口をふさがれた。
紗雪を見ると、人差し指を口に当てて、静かに、とやっていた。
一体どういうことだろう。すると、
「……思い出した。あの女、ネーヴェの刺客だっ!」
大輝は突然大きな声で思い出したように言った。
私はこの状況が何が何だか分からず、ただ紗雪に口をふさがれるだけだった。
そして、
「走れ!」
いきなり大輝に手を引っ張られ、走らされた。
前を見ると、紗雪も走っていた。
向かっているところは一つ。『家』だ。
私も、状況は分からないけどとりあえず全速力で走った。
バシュッ
その時、静かな不穏の音が聞こえたと思うと、足首に強烈な痛みが走った。
「美和っ!」
走りながらネーヴェの車の方を見ると、音羽が銃のようなものをこちらに向けていた。
私、撃たれたんだ。そう思ったとき、周りの動きががぴたりと止まった。
さっきまで風で動いていた黄色いテープも、目の前の紗雪と大輝も、後ろから私を撃った音羽も。さっきまで聞こえていた犬の遠吠えも、吹いていた風の音も。
すべてが止まっていた。
なのに、私だけは、普通だ。
何だろう、この不思議な空間は。
あと少しで家の玄関にたどり着く。でも紗雪は私を心配して止まろうとしている。
私の足首を見ると、赤々とした血が絶え間なく流れていた。
痛いというより、熱かった。
そこの周りがかあーっと熱を帯びているような感覚だ。
ここで私が止まったら、きっとみんな死んでしまう。
このまま我慢して玄関に転がり込めば、少なくとも時間は稼げる。
私は、みんなを殺したくはない。
その瞬間、時間が再び動き出した。
「行って!」
私は精一杯叫んで、痛い足に思いっきり力を込めた。
そして二人を玄関に突き飛ばし、自分も玄関に転がり込んだ。