七話 変わらない二人、出発
私と紗雪の家が爆破されてから約二週間がっ経った。
あれからいろいろな情報を得て、私と紗雪は自分たちが置かれている状況を把握した。
それを知った私たちはすぐに口論になり、気まずい空気になっている。
私たちを狙っている組織の名前は、『ネーヴェ』というらしい。
イタリア語で『雪』という意味だ。
そして、その組織が私たちを狙っている大きな理由としては、紗雪だ。
紗雪は、ネーヴェの最高司令官、天馬誠の娘なのだ。
私はそれを聞いたとき、なぜかあまり驚かなかった。
もちろん、知っていた訳ではないし、一ミリも驚かなかった訳ではない。
でも、なぜか、紗雪とどうしてもイメージがぴったりあってしまう。
他の人とは違うオーラ、鋭い目、何もかもが、そう言われてぴたっとはまってしまった。
だから、紗雪がネーヴェの最高司令官の娘と言われてもさほど驚かなかった。
むしろ、点と点が繋がるような感覚だった。
そのネーヴェの最高司令官、天馬誠は、一度捨てたはずの娘を取り戻そうとしている。その理由は、後継ぎだった紗雪の実の兄が暗殺され、後継ぎがいなくなったからという理由。それを聞いた紗雪は、一瞬表情が硬くなったが、すぐいつもと同じ表情に戻った。でもそれは、いつも『あの質問』をしてくる時の、何とも言えない寂しさが浮かんでいる表情だった。
ネーヴェ側は、紗雪をおとなしく引き渡せば私たちには害は加えないそうだ。
でも、そんなことを言われて私がおとなしく紗雪が物のように引き渡される光景を黙って見るわけがない。
きっと、大輝も同じことを考えているはずだ。
でも、それを紗雪に言うと、
「私は別にいいよ。特に未練なんてないし。」といきなり冷めた声で言うのだった。
でも、私は気づいていた。
紗雪が私たちのことを思ってそう決断したのだと。
私が逆の立場になったら紗雪と同じことをすると思う。
だって、私がおとなしくあちら側に行けば紗雪たちに何の危害も加えられないのだから。
でも、今の私の立場から考えて、そんな紗雪を止めるのは当たり前の行動だ。
そんな風に、意見の食い違いが生じ、私たちは口論になった。
大輝の意見は、やっぱり私と同じだった。
私に危害が加えられるのは嫌だけど、紗雪がネーヴェの言いなりになるのも嫌らしい。
大輝はこう言った。
「二人のことは俺が守る。」
大輝は、いつからこんなかっこいいこと言うようになったんだろう。
まるで、漫画に出てくる名言みたいだった。
その言葉に、私と紗雪は笑ってしまい、口論は終わりを告げた。
紗雪は、「やっぱり私だけ行くのは二人が許さないか。」と何とも言えない顔だが、とても嬉しそうだった。
こうして私たちは、三人で逃げることを決意した。
「美和。今日の夜中には出発するってさ。」
紗雪は小さな荷物を持ってこちらに向かってきた。
「分かった。私も今から準備するよ。」
といっても、詰める荷物なんてほぼ無いに等しいけど。
紗雪の荷物の中身は多分ほぼ大輝のものだと思う。
懐中電灯とか、いろいろ。
だって、家が爆破された時に持って行ったものなんて何一つないから。
そこで私は、あることを思いついた。
「ねえ、紗雪。一回、家に戻らない?」
「実は私も、同じこと考えてた。」
「本当に!?」
やっぱり、紗雪も家に戻りたいと思っていたんだ。
だって、家には大切な写真とかがあるから。
全て燃えて、何一つ残っていないかもしれない。
でも、それでも戻って、取りたいものがある。
「絶対にダメだ。」
それを聞いた大輝はすぐに反対してきた。
「なんでよ。」
「だって、そんなことしたらネーヴェの思うつぼだよ。」
「どういう意味?」
私が聞くと、大輝は近くにあった椅子に座った。
「一回爆破したところには、ずっとネーヴェの刺客がうろついている。
そんな中で家に戻ったら、まさに思うつぼだ。」
「お願い大輝。一生のお願い!!」
紗雪は、大輝の話を聞いてもなお、お願いした。
紗雪なら、身の安全を取って納得してしまうかと思った。
大輝はしばらく、黙ったまま考えていた。
そして、
「お前らが、本当に気をつけて俺の言うことを聞いて動くなら、少しだけいけるかも。」
大輝は、独り言のようにぼそっと言った。
「うん。絶対に言うことを聞くよ。」
紗雪は私より先に言った。
「私も。何が何でも大輝の言うことを聞く。」
私も続けて言った。
大輝は、はあ、と一回ため息をついた。
「本当にお前らは昔と何一つ変わってないな。」
大輝は困ったような笑みを浮かべた。
そういえば、大輝の言う通り昔もこんな事があった気がする。
まだ孤児院にいた時の話。
私たちは小学校三年生だった。
「大輝ー。あの小鳥さん、大丈夫かな。」
私と紗雪は同じ部屋で、その隣の部屋に大輝の部屋があった。
紗雪が壁に向かって話すと、
「大丈夫だよ。元気に飛んでたじゃん。」
隣の部屋から壁を伝って大輝の声がした。
「でもさあー。」
紗雪は納得のいってない様子だ。
その日、公園で遊んでいた時、羽を怪我した小鳥を見つけた紗雪が大輝に渡し、大輝と私は小鳥の手当てをした。
その後、小鳥は元気になって飛んでいった。その様子を見た私たちは安心して帰ったのだが、どうも紗雪は心配らしい。
「そんなに心配なら見に行けば?」
私が提案すると、
「そんなの絶対にダメだ。」
と大輝は反対した。
「なんでよお。」
紗雪は、しくしくと泣き始めた。
「だって、夜の公園なんて危ないし、第一、この孤児院から出られるわけねえだろ。」
大輝の言葉はもっともだった。でも、少しくらいいいんじゃないかと思う私。
「大輝、紗雪泣いてるよ。」
私が大輝に言うと、
「もう、じゃあ、お前らは絶対に俺の言うことを聞けよ?」
「聞く!」
紗雪は一瞬で泣き止んで、大輝の部屋に走っていった。
そして就寝時間になったころ、私たちはまず、寝たふりをした。
職員が見回りに来て、私たちが寝ていることを確認すると、次の部屋に行った。
職員が私達の寝顔を確認しに来た時は、とてもドキドキしていたのを今でも覚えている。「バレたら終わりだ」と、何回も心の中で繰り返していた。
数分後、大輝が私たちの部屋に入ってきた。
「おい、起きろ。」
大輝に起こされた私たちは、三人で孤児院の玄関へと向かった。
大輝は扉を開けようとしたが、鍵がかかっているみたいだ。
「窓から出よう。」
「ラジャ!」
紗雪は元気よく言った。
大輝は慌てて人差し指を口に当て、しーっとやった。
辺りを見回した。そしてまた、歩き出した。
公園に着くと、ブランコの近くに塊が落ちていた。
大輝と私が目を凝らしていると、隣にいた紗雪は思いきりダッシュした。
「紗雪!」
大輝は小さく叫び、追いかけた。
私も後を追うと、紗雪はブランコの近くで何かを抱えて泣いていた。
手の中には、小鳥がいた。
「死んじゃったの?」
私が恐る恐る聞くと、紗雪は泣きながらうなずいた。
「でも、昼間は元気に飛んでたじゃん。」
私が言うと、
「…私、…何となく嫌な予感がしてたの…。」
鳴きながら紗雪が言った。
「お墓、作ろうぜ。」
大輝は紗雪を慰めるように言った。
紗雪はまた泣きながらうなずくと、鞄の中からスコップを出した。
それを見て私は驚いた。
「さ、紗雪、何でスコップ持ってるの?」
紗雪は、
「分かんない。何となくだよ。」
と言った。私はその時、紗雪には何か、特別な力があるんじゃないかと思ってしまった。
大輝は、驚いていたが、何かに納得した様子だった。
それは未だにわからないけど、紗雪の不思議なオーラを見れば何となく分かる気がする。
お墓を作った後、孤児院に戻ると、職員たちが待っていた。
あと少し帰ってくるのが遅ければ警察を呼んでいたと言われ、こっぴどく怒られた。
私は大泣きしたが、泣き虫のはずの紗雪は全然泣いていなかった。
やっぱり、紗雪は不思議だ。
真夜中になり、私達は『大輝の住み家』をからっぼにして、出発した。
「何があっても、絶対に俺の言うことを聞けよ。」
大輝はもう一度あのセリフを言った。
「分かってるよ。」
私と紗雪は笑った。
これから何があるかは誰にも予想できない。
でも、きっと上手くいく。
また、三人で楽しく暮らせる時が来る。