四話 三人の思い出、悲しい悲劇
それは、四年前。
「美和、早くしないと遅刻しちゃうよ。」
「はーい。あと一分。」
中学一年生だった私は、いつものように紗雪と学校へ行こうとしていた。
「行ってきまーす。」
「今日は何時帰り?」
その日は、三年生を送る会の打ち合わせがあって、遅くなる日だった。
「今日は七時くらいかな。」
パンを口に詰めていて答えられなかった私の代わりに紗雪が答えてくれた。
「気をつけてね。」
「はーい。」
あやめ孤児院の子どもたちはほとんどが五、六歳。
中学生の私たちは最年長だった。
「紗雪、いつも悪いねえ。」
「私は別にいいけど、大輝は待ちきれずに先行っちゃったね。」
「ね。」
学校に着くと、遅刻ギリギリだった。
「お前らおっそ。」
走ってきた私たちを見るなり大輝は大笑いした。
大輝に言われると、少しムカッと来る。
大輝だって、いつも寝坊してるくせに。
「そういえば、もう今日から孤児院出ちゃうんでしょ?」
「おう。」
「なんか、うるさい奴がいなくなるのも寂しいねえ。」
大輝は、新しい家に行くことが決まった。でもそれは、子供としてはでなく、働き手としていくらしい。それを選んだのは、大輝自身だ。
将来の夢のために、早々とお金を稼ぐそうだ。
仕事を探してくれたのは、あやめ孤児院の職員たち。
本当に、どこまでも協力してくれるんだな…。
大輝は孤児院を出るのと同時に学校も転校するらしい。
私も、お金は欲しいけど、みんなと離れるのは嫌だから、ずっとここにいるつもりだ。
「この間のお別れ会、ありがとな。めっちゃ嬉しかった。」
「うん…。」
本当に寂しい。いつも、紗雪と私と大輝の三人でいたのに…。
今日くらい、早起きして三人で行けばよかった。
今更後悔しても、時間は戻せないけど。
「ねえ、大輝。」
紗雪が準備を終えて、大輝に話しかけた。
「今日、三人で帰らない?」
「いいね、それ!」
私は大賛成だった。
「わりい…。方向、学校出たところで違うんだよ。」
大輝は申し訳なさそうな顔をした。
「そっか…。」
「じゃあ、そこまで三人で帰ろう。」
私と大輝が残念そうにしていると、紗雪が優しい笑顔で言った。
それを見た大輝はいつもの元気を取り戻した。
「それ、いいな。」
そう、三人で会話していると、
「ほら、そこの三人。話を聞きなさい。」
いつのまにかいた担任の先生に注意をされた。
「あ、俺が話しかけたせいです。すいません。」
それを聞いた担任の先生は大輝をにらみ、再び話し始めた。
「大輝のせいじゃないのに。」
納得のいかない紗雪は小声で言った。
「お前らが怒られたらお前らの成績が下がって、お前らはいい高校に行けないんだぞ!」
そうやって未来の話を膨らませて笑っている大輝は、やっぱり優しい大輝だった。
「ありがとね、大輝。」
私はお礼を言った。
「おう。早く前向かないと今度はかばいきれないぞ。」
大輝は、本当に優しい。
放課後、三人ともそれぞれの係の打ち合わせが終わり、下駄箱前に集合した。
「みんな揃ったし、ゆっくり帰ろ。」
「そうだね。校庭も結構広いし。」
三人でゆっくり歩きながら、三人で過ごせる最後の時間を楽しんだ。
真冬の午後七時は、真っ暗だ。
「うわっ。さみい…。」
「寒いね。」
「ね。」
そんなに長い話はできない。でも、話題が思いつかず、結局校門のところまで無言だった。これで、お別れか……。
「なあ、紗雪と美和。」
「ん?」
校門で立ち止まった大輝はしみじみと私たちの名前を呼んだ。
「俺、いくら、何があっても、お前らの味方だから。」
そんな、大輝らしくないひと言を口にした。
私は少し恥ずかしくなり、
「な、なに言ってんの。味方とか。」
すると、
「ははっ。美和らしいひと言が聞けて嬉しいよ。」
と、大輝が笑った。
「大輝、元気でね。」
と紗雪はいつもの調子で言った。
「おう。紗雪もな。」
そう言って、大輝は私たちとは反対の方向へ歩いて、真冬の闇の中へ消えた。
「なんか寂しいね。」
紗雪が、ぽつりと言った。
「そう、だね。」
あたたかい大輝がいなくなった校門の前は、さっきよりも寒くなったように感じた。
「でも、またいつか会えるよ。」
「うん。」
あやめ孤児院の近くまで来たとき、物凄く大きな爆発音が聞こえた。
初めて近くで聞いた爆発音は、耳から頭にかけてキーンと響いた。
私がしゃがんで頭を抱えていると、紗雪の手が私の頭の上に置かれた。
「大丈夫。冷静になって。」
しばらくすると、あやめ孤児院の方から火が出ていることに気づいた。
「さ、紗雪っ!あれ!」
それでも紗雪は冷静でいた。私はパニックになってしまった。
「ど、どうすればいいの!ねえ!」
「静かに!」
紗雪の目つきは鋭く、真剣だった。
「誰か来る気配がする。そこに隠れよう。」
「う、うん……。」
紗雪の迫力に圧倒されて私は紗雪の指示に従った。
茂みの間から紗雪が外を確認していた。
すると、目の前を黒い車が一台通り過ぎた。
私はその車を見たとき、何も感じなかった。しかし、紗雪は異変に気がついたのだ。
「ねえ、美和。あの車、目の前が大火事になってるのに素通りって不自然だよね?」
言われてみればそうだった。普通、目の前で火事が起きていたら車を止めて消防車を呼ぶのが普通だ。紗雪に言われるまで気づかなかった。
「美和…。この爆発、普通じゃない。何かが関係しているみたいだよ。でも、私たちが関わっちゃいけないことかもしれない。だから、しばらくここにいよう。」
「で、でも、みんなのことは?助けなくていいの?」
私が泣きながら言うと、
「冷静に考えて。あの大火事の中に中学生二人が飛び込んで何ができるの?」
それを言われて、やっと我に返った。
今は何もできない。二次災害にならないようにここで待つ。それが今の安全策だ。
「消防車は私が呼ぶ。」
「うん。」
その後私たちは、消防車を呼び、孤児院の火も五時間かけて消し止められた。でも、今でもあの炎が脳裏に焼き付いている。
暗い夜空にごうごうと燃え上がっていたあの炎。
様々な赤色が混ざって燃えていた。
死者は、二十人。職員が五人で子供たちが十五人。生き残った人は誰もいなかった。
この謎の爆発事件の真相は、世間で明かされることはなく、闇に葬られた。
それでも、紗雪と私は真相なんて求めなかった。
あの後いろいろなマスコミに取材されたが、今では忘れさられた。
でも、私たちはそれで良かったと思っている。
二人で静かに暮らすことが、一番の幸せだった。