二話 大輝との再会、深まる謎
「なあ、紗雪と美和。」
「な、なに?」
久しぶりのせいか、うまく話せない。
なんていったって、四年ぶりだから。
確か大輝は、『あの事件』があった日から孤児院を出ていた。
「弁当一緒に食べようぜ。」
なんて言えばいいか、少し戸惑い、口を開こうとしたとき、
「大輝、久しぶり!」
隣にいた紗雪が大輝に、不自然すぎるほど普通にに話しかけた。
「紗雪、背伸びたな。ますます美人になってよお!」
大輝もいつもと変わらない大輝だった。
久しぶりで緊張したが、紗雪が普通にしているなら私も、と思い、
「お、お弁当、一緒に……」
「美和、お弁当食べる前に手、洗いに行かない?」
紗雪はいきなり私の言葉を遮った。
「え、うん…。」
不自然に思ったが、とりあえず断っても変だと思い、行くことにした。
行く途中で何を話すか考えるのもいいかもしれない。
教室を出てしばらく無言の紗雪を小走りで追いかけていると、
水道の方ではなく中庭の方へ歩き出した。
「えっ?紗雪、そっちに水道はないよ!」
「美和、気付かないの?」
振り向いて立ち止まった紗雪の顔は、いつもより険しかった。
キリッとした目が真剣な表情をさらに真剣にさせていた。
「ど、どうしたの?」
恐る恐る聞くと、
「大輝さ、『あの事件』のことに一切触れずにいつものへらへらした感じに話しかけてきたでしょ?普通だったら、話しかけるとしてももう少し控えめじゃない?」
それを言われた瞬間、確かにと思った。
『あの事件』はニュースにもなったから大輝も知っているはず。
あれ以来会ってないんだから、普通は最初に事件のことを心配してくるはず。
いくらお調子者の大輝でも、そんな相手のこと気遣えない人じゃなかった。
逆に、優しすぎていろいろな事を気にしてくれる性格だった。
「確かに、変だね。」
緊張が解けて、冷静に考えてみるとおかしい。
でも、そんな事に一瞬で気付くなんて、
やっぱり紗雪の勘は鋭い。
その時、
「おーい。待てよ、紗雪と美和。」
後ろから大輝の声が聞こえた。
紗雪は私の前に立った。
「……大輝、来ないで。」
紗雪の目つきが鋭くなった。
「やっぱり、紗雪の頭は違うなあ。」
「……。」
大輝の声は先ほどとは打って変わってとても暗い、私たちを見下すような声に変わった。
紗雪は口を開かない。
お昼休みが終わるまで、あと十分…。
どう、切り抜けよう。
「なあ、紗雪。お前の両親、裏社会のボスだって知ってるか?」
裏、社会……?大輝の口からはまるでドラマのような言葉が出てきた。
一体何のことを言っているのか、さっぱりわからない。
でも、それを聞いた紗雪の手は、とても震えていた。
なぜ、震えているのか、私には分からなかった。
「その様子じゃ紗雪、お前なんか知ってんだろ?」
大輝はあの頃のようにヘラヘラ笑っていた。
でも、あの頃の大輝はもっとキラキラしていた。
同じ笑い方でも、今の大輝の笑い方は、『悪』そのものだった。
「お前ら、狙われてるぞ。ちなみに俺も、狙ってる側の一人。」
紗雪の手は、震えていた。
私を守ろうとしているが、本当は自分も怖いのだ。
なのに私は、紗雪に守ってもらってばかり。
もう、こんなのは嫌だ。
私が紗雪を守る。
そう決意した私は、紗雪の手を握り、走り出した。
「美和っ!」
「紗雪、走るよ!」
全速力で走った。横目で大輝を見たが、追いかけてくる様子はない。
教室に入った私たちは、周りに生徒がたくさんいるのを見て、ようやく一安心した。
「美和ちゃんたち、どうしたの?汗だくだね。」
息を整えている私達を、音羽は不思議そうに見た。
音羽に話しかけられたのに、紗雪は私の後ろには隠れなかった。さらに、
「あはは。ちょっと二人で追いかけっこしてて…。」
と、紗雪が初めて音羽に話しかけた。
「あ、そうなんだ!」
音羽は、初めて紗雪に話しかけられたからか、嬉しそうに笑った。
そのまま鼻歌を歌いながら他の友達のところへ歩いていった。
私たちは、無言のまま息を整える。
この張り詰めた空気、一体どうすればいいのだろう。
紗雪は、何かを知っているのか。まず、『何か』とは何なのだろう。
お昼休みのチャイムが鳴り、教室に入ってきたのは大輝だった。
私と紗雪は警戒しながらいつも通りにしていた。
するといきなり大輝は帰る支度をし始めた。横目で見ていると、
「じゃあな、紗雪、美和。刺客はすぐそこまで迫ってるぞ。」
そう言い残して教室を後にした。
紗雪の方を見ると、今にも泣きそうな顔をしていた。
でも、涙は滲んでもいない。
「紗雪。大丈夫だよ。」
私が優しく言うと、紗雪は私の方をゆっくり向いた。そして、
「ごめん…。私が冷静にならなくてどうするんだって感じだね。」
紗雪は力なく笑った。その顔を見たら、胸が締め付けられるような思いになった。
「そもそも、裏社会とかドラマみたいだよね!紗雪!」
私は大輝の言葉を思い出し、笑った。
『裏社会』『刺客』『追われている』そんなワード、あり得ない。
でも、紗雪の方を見ると、一ミリも笑っていなかった。
私はその顔がとても怖かった。