二十八話 美子と美和、ネーヴェと紗雪
「…わ!美和!」
私は体を揺すられて、目を開けた。
「美和、早く起きて、あれ見て!」
紗雪の声がした。
私はむくっと起き上がった。
紗雪の視線の先に、さっきの女の人がいた。
扉の前に立っているみたい。
「ここって…。」
私はどこか見覚えのある周りの風景を見渡した。
「多分、図書室の前だと思う…。」
紗雪も同じように辺りを見回していた。
「あっ。あの人中に入って行ったよ。」
紗雪は指を差した。
私たちは急いでさっきの女の人の後を追った。
もしかして、ガラスの本はこの時代にもあったのかな。
私は、女の人が開けた扉のすき間からすばやく入り込んだ。
誘導されてるのかな、この謎空間に。
そもそも、この空間はこの人の記憶なのかな。
紗雪の方に振り向いた私は、目を丸くした。
紗雪がその場にいなかった。
もしかして…と思って扉に耳を当てて耳をすませた。
「美和!私入れなかったよ!」
紗雪の声が扉の外で聞こえた。
動くのが一歩遅かったんだ。
扉は紗雪が入る前に閉まってしまったんだ。
とりあえず、紗雪はそこに居るみたいだし、私だけでも情報を掴もう。
私は女の人の方を振り向いた。
女の人は、ひたすら上を眺めているように見えた。
その目にあの丸い窓から差す光が反射して、青い目がキラキラと輝いていた。
「綺麗…。」
思わずつぶやいてしまった。
身を固くしたけど、聞こえるはずないか、と思って、緩めた。
「えっ?」
その時突然、女の人が驚いた様子で振り向いた。
「…!」
完全に、目が合っているみたい。
「なん、で…。」
その女の人の目は涙で潤んでいた。
「美子!!」
女の人は私に抱きついた。
「えっ、ちょっ。」
私は戸惑いが隠せず固まった。
「美子、いるなら言ってくれればよかったのに!」
女の人は、私を完全に〝美子〟という人と間違えているみたいだ。
「あ、あの、私、美子さんじゃないですよ?」
私は必死に否定した。
女の人は「えっ?」と言って私からゆっくり離れた。
そして私の顔をまじまじと見た。
「確かに…美子の顔には口の右下に小さなほくろがあったわ。」
女の人はさらに私の全身を見た。
「それに、美子はもっと髪の毛が長かったし、袴を着ていたわ。」
冷静さを取り戻した女の人は不思議そうに私を見つめた。
「あなた、美子と顔がとっても似ているのね。とても。」
私は何か返さなくちゃと思って口を開いたけど、何て返せばいいか分からなくて固まった。
「もしかして、私の魔法に掛かったのかしら?」
女の人は手を顎に当てて首をかしげた。
近くでよく見ると分かるけど、この人、本当に紗雪に顔が似ている。
「魔法…?」
何かを聞き出そうと、とりあえず問いかけてみた。
「そうよ。私、あの本に魔法をかけたのよ。」
本と聞いて、さっと手元を見て、しまったと思った。
ガラスの本は今、紗雪の元にある。
「表紙を、割った?」
女の人はがっかりしている私の顔を覗きこんできた。
「はい。私に向けて撃たれた銃弾が、あのガラスの本に当たったんです。」
そう、正直に言うと、女の人はお腹を抱えて笑い始めた。
「あなた、面白いわね!」
いきなり笑い始めた女の人に戸惑っている私も気にせず、女の人は大笑いした。
「そんなに簡単に運よく謎を解く人、あなただけだわ!」
やっと笑いが収まったのか、ふう、と息を吐いて目尻に滲んだ涙を指でぬぐった。
笑い方が、まるで私をバカにしている時の紗雪にそっくりで、むっとした。
「ごめんなさいね。つい、美子を見ているようで…。」
その言葉を聞いて、はっとした。
この人も、私を誰かに重ねていたんだ。
「私、なんでこの時代に来てしまったのか知りたいんです。教えてくれますか?」
私は見られてしまったことをいい事だと前向きに考えて、この人なら知っているかもと、真剣な顔で聞いた。
「分かったわ。」
女の人は私の真剣さが伝わったのか、あの石像に近寄った。
「スノーフラワー!」
女の人は石像の前であの合言葉を唱える。
ガタン
階段が現れて、女の人は十数段出てきたところで上り始めた。
私もそれに着いていく。
女の人は振り向いて、また私をまじまじと見つめた。
「ねえ、あなたの名前、教えてもらえるかしら?」
「水篠、美和です。」
「ミワ…。名前まで似てるのね。」
女の人はにこっと笑った。
「あ、雪の花…。」
つい口に出してしまった。
紗雪との笑顔と重なったから。
「え?」
女の人は目を丸くした。
「な、なんでもないです…。」
「もしかして、見えるの?」
女の人はとても驚いている様子だ。
見える?雪の花のこと?
「雪の、花ですか?」
恥ずかしいけど、恐る恐る聞いた。
それを聞いた女の人はさらに目を見開いた。
「美子と、同じ…。」
「え?」
「美子も、私が笑ったとき、顔の周りに雪の花が見えるって言うのよ。」
なんて言えばいいのか分からず、女の人の青い目を見つめた。
吸い込まれそうになる青い瞳。
私は階段が最上段まで上がるまで女の人の目を見つめて紗雪を重ねていた。
同じように、女の人も。
きっと私と同じようなことを思っているんだろうな。