二十四話 月明かり、発見
「九重さん…。あのう…。」
夕食のテーブルで、九重さんが食事を机に並べている時、私はあの本を膝の上に置いていた。
私は今からとても言いにくいことを九重さんに言う。
それは、ガラスの本を図書室から持ち出したこと。
「実は…」
「本に書いてある内容を調べたいので、この本を図書室から持ち出したんです。」
いつの間にか、膝の上に置いておいたはずの本は紗雪に奪われていた。
おまけに九重さんへの簡潔な説明付きで。
九重さんは、その本を見て首をかしげた。
「そんな本、図書室にありました?」
私たちが本を持ち出したことは一ミリも気にせず、この本について問いかけてきた。
持ち出して、良かったんだ…。
緊張した意味がなかった。
言ったのは紗雪だけど。
そう一人で安心していると、いつの間にか九重さんと紗雪の視線は私に向いていた。
「え、えっ。何ですか?」
私は両手を振り回して慌ててしまった。
「この本、どこにあったの?」
慌てた私を気にもせず、紗雪は聞いた。
「一番上の本棚。」
私は紛れもない事実を淡々と言った。
それを聞いた九重さんは驚いた。
「あそこに、上ったんですか!?」
「いや、階段が現れて…。」
「階段?」
九重さんは首をかしげた。
九重さんは、階段の存在を知らないみたいだ。
「ちょっと今から、図書室行きませんか?」
「いけません!夕食の後ならいいですよ。」
私が元気よく言った後、隙を作らず九重さんは腰に手を当てて言った。
私はがっかりして席に着いた。
「わあ。夜に見る図書室もなんか一味違うねえ。」
夕食後、私と紗雪と九重さんで図書室に来た。
「私は、あまり昼間の図書室を見たことがありません。」
「へえー。」
「私は、自分の手の届く範囲はいつも整理をしています。」
家に九重さんみたいなお手伝いさん欲しいな…。
「で、階段とは?」
九重さんは興味深々の顔で聞いてきた。
「ちょっと待ってくださいね。」
私は石像に駆け寄って、
「スノーフラワー!」
と言った。
ガタン
階段はしっかり現れてくれた。
もし現れてくれなかったら私は変人になってしまう。
「こんな階段が!?いやあ、初めて知りました。」
九重さんは驚いていた。
もう十数段出来ていたので、急いで上った。
「美和様!そんなに走ったらさっき食べたものが全部出てしまいますよ!」
さらっと面白いことを言う九重さん。
隣で紗雪は爆笑している。
「二人はそこで待ってて!」
上の踊り場に着いた私は、まず本を元の場所に戻した。
「二人とも、何か光って見えるものはあるー?」
大声で聞く。
「何もないよー。」
「何もありませーん!」
やっぱり、私がこの本を見つけることができたのは、昼間の日光がこの丸い窓から射したからなんだ。それがガラスに反射して光って見えた。
次に、小型ライトをポケットから出して、本棚を照らした。
すると、一冊だけ、本とは違う光り方をする本を見つけた。
「これだ。」
背表紙を触ると、ひんやりと冷たかった。
「美和ー!なんか光ってるよ!」
下から紗雪の声が聞こえた。
「そう!それがガラスの本だよ!」
そう説明すれば、もう二人には分かるだろう。
昼間にしか見つけることのできない本。
一体誰が作ったんだろう。
早く下に戻ろうと、ガラスの本を持とうとした時、
「ん?」
ガラスの本の背表紙に、何か書かれているのを見つけた。
書かれているというよりも、彫刻なんだと思うけど。
無理やり英語で読めたりしないかな。
「N…?ダメだ。」
最初の文字しか読めなかった。
私は諦めて、本を両手で持ちあげた。
重いので一旦丸テーブルに置くことにした。
その時、丸テーブルの真上にあった丸い窓から、月明かりが照らした。
「わあ、綺麗…。」
月がとても近くにあるように見えた。
ここは、都会じゃないみたいだから星々も綺麗に見えた。
月の夜空に散らばる星。
生まれてから都会でしか生きてこなかったから、こんな夜空を見るのは生まれて初めてだ。
紗雪にも見せてあげたいな。
この不規則に夜空に散らばる星は、まるで誰かが空に、光る砂ををこぼしたみたいだ。
ふと、ガラスの本に視線を落とした。
「え…。」
目に映った光景に言葉を失った。
「…すごい…。」
ガラスの本の表紙に、銀色で何かが浮かび上がっていたのだ。
線のような、何かが。
これは月明かりに照らされているからなのかな。
じゃあ、この丸い窓って、この本のためにあるってこと?
私は感心した。
昼間は太陽の光で本の居場所を教えて、夜は月の光でなにかを浮かび上がらせる。
それにしても、この浮かび上がった線は何だろう。
地図のように見える。
出発点はどこだろう。
この、図書室なのかな。
とりあえずメモしておこうと思って、紙を探した。
紙なら、そこら中に『本』があるけど、書くものが無い。
どうしようか迷っていたら、視界に自分のペンダントが入った。
このペンダントも、月明かりに照らされて光っている。
透明だけど、とても綺麗だ。
青かったらもっと綺麗だったのかな。
私はペンダントを持って、月に透かしてみた。
「え?」
ペンダントに映ったものを見て、驚いた。
そこには、本に浮かび上がった線が、そのまんま映っていたのだ。
下に持っている本の線が映っただけかな。
そう思って本を月明かりが当たらないところに置いた。
そしてもう一度ペンダントを覗いた。
「あ!」
やっぱり、本に浮かび上がった線がペンダントに映っている。
なんでだろう、とても不思議だ。
ペンダントに線が移動したとか?
私は急いで階段を数段下りた。
「紗雪!ロウソクの火、消して!」
「はいはーい。」
ガタン
音を立てて回り出す石像。
それと共に階段も回りだす。
ゆっくり動いている階段の速度がさらに遅く感じた。
早く下に着いて、この謎を解きたい。
まるで、探偵になったかのような気分だ。
何かが、動き出しそうな気がする。