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冷たい雪は、温かく笑った。  作者: 海松みる
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二十二話 世界の輝き、荒み


 「まず、二人に謝らなければいけないことがある。」

天馬誠の第一声は、それだった。

私たちは押し黙った。

天馬誠は、私と紗雪の顔をそれぞれゆっくりと見つめて、

「君たちの、大切な人を奪って悪かった。」

そう、淡々と言った。

私はその言葉に、感激も、驚きも、なにも感じなかった。

本人は、本当に反省している様子だ。

この人が殺した訳じゃないのに。

指示した本人だからだろうか。

でも、私たちに言わないでほしかった。

大輝は私たちのものでも、誰のものでもない。

怒りや憎しみをネーヴェに向けたって、大輝は戻ってこない。

なにも、なにも感じなかったはずなのに、冷たい涙が頬を伝った。

ぼろぼろと溢れるわけでもなく、その一筋で終わった。

紗雪は、黙って下を向いていた。

歯を、食いしばっているのが見えた。

「天馬、誠…。私は、あなたが父だとは…思ってない。これからも。」

震えた声で紗雪は言った。

天馬誠は、椅子に座り直した。

「それは、当然のことだ。だが…。」

天馬誠は、紗雪に何を求めるのか。

「…いや、今はやめておこう。」

そう、静かに口を閉じた。

その止め方は、紗雪にそっくりだった。

言うのを止めた時の、あの表情、声のトーン。

なにもかも、そっくりだった。

この人は、きっとたくさんの指示で人を殺してきた。

でも、なぜか、完全な悪人には、思えなかった。

それは、この人が紗雪に似ているからなのか。

それとも、本当に悪い人ではないからなのか。

今の私に答えは出せなかった。

「二人とも。これからは、ここで暮らしなさい。学問は、九重が担当してくれる。まあ、君たちに必要かどうかは分からないがな。」

天馬誠は、ははは、と大きく笑った。

 そうだ。私たちには、家も居場所もない。

奪ったのは、ネーヴェなのに、今居場所を与えてくれたのは、ネーヴェだ。

一体、ネーヴェは何をしたいのか。

私にはさっぱり分からない。

「水篠家のお嬢さん。水篠家は、きっと君を迎えに来るだろう。その時は、君が、選ぶといい。」

天馬誠は私を真剣な表情で見つめた。

私は、ネーヴェの目的が分からなくなり、混乱した。

悪いのは一体誰で、私はどうすればいいのか。

天馬誠は紗雪を呼び戻して何がしたいの?

後継ぎなんて、今すぐ必要なものなの?

「あなたは、何をしようとしているんですか?」

つい、聞きたくなってしまい、思い切って聞いてみた。

「なにを、か…。面白い質問だね。」

天馬誠はまるで大学の教授のように考えた。

こんな無駄に広い部屋にいなければ、この人はただの品の良いおじさんだ。

これは、仮面なのかな。

「私は、ただ『ネーヴェ』という組織を何年先も、何百年先も、続けていきたいだけさ。そのためには、強く、勇ましくなければならない。だから、私はこういうやり方をしているだけだ。」

天馬誠は、自分の人生を語るようにしみじみと語った。

「なんで、続けたいんですか?どうして、他のやり方を思いつかないんですか?」

私の疑問は収まらず、次々に質問をしてしまった。

でも、天馬誠は気分を損ねる様子もなく、ただ私の質問に耳を傾けていた。

「それを聞かれると、長話になってしまうな。良かったら、三階にある図書室に行ってみてはどうだ?『全て』が書かれているよ。」

天馬誠は私を諭すように言った。

私は、『全て』という言葉に惹かれて、早くその『図書室』に行きたかった。

「じゃあ、そろそろ、私も仕事があるから、後は九重に聞いてくれ。」

天馬誠は少しだけ身を乗り出していた体を直し、椅子ごと私たちに背を向けた。

「紗雪、行こ。」

私は紗雪の手を引っ張って、小走りで天馬誠の部屋を後にした。



 「お二人とも、すごいですね。」

部屋に案内される途中、九重さんは興奮気味に話しかけてきた。

「なんでですか?」

「実を言うと、あの部屋から無事に帰ってこられたのは、あなたたち二人だけですよ!」

それを聞いた私たちは足を止めた。

「それ、どういうことですか?」

紗雪は眉を寄せて九重さんに聞いた。

「言葉通りですよ。あの部屋の床、ピカピカでしょう?それは、床についた血を毎日のように拭いて、磨いてるからなんですよ。」

九重さんはそんな恐ろしいことをさらっと笑顔で言った。

私はそんな床を歩いたことを思い出し、怖くなって足が固まってしまった。

「それに、あの部屋があんなに長い理由は、客が天馬誠を銃で撃っても弾が届かないようになってるからなんですよ!」

九重さんは固まった私たちに気づきもせず、どんどん喋りながら歩き進めた。

「いやー。ちょっと聞いていましたが…ってあれ?」

私たちが隣にいないことにやっと気づいた九重さんは急いでこっちに歩いてきた。

「申し訳ありませんでした。私としたことが…。こんなに愉快に話してしまい…。」

恥ずかしそうに頭を掻く九重さん。

「なんで、あんな人の娘なんだろう、私。」

紗雪がふと、そんな事を呟いた。

「それは、あなたが選んで生まれてきたからですよ。」

九重さんは、下を向く紗雪を励ますように言った。

「選ぶ?私が?」

紗雪は眉をひそめて顔を上げた。

「ええ。前世の紗雪様が生まれ変わって今世に来る時、あなたと神様が約束したんです。『親は世間から見たら悪い人で、辛いことがたくさんある人生だよ。それでも生まれたいのかい。』と聞かれて、あなたが『それでも生まれたい。』と言ったんですよ。」

九重さんは、まるでその瞬間を見ていたかのように言った。

「こんなに辛い世界になぜそこまでして私は生まれたかったの?」

紗雪は、自分に問いかけるように言った。

その声は、震えていた。

「それほど、この世界が輝いていたんですよ。」

九重さんは優しく答えた。

「輝いていますか?」

私は、紗雪の気持ちが読めたような気がして、そうつぶやいた。

「荒んでいて、輝いているのがこの世界ですよ。」

一人で震える紗雪を、私はそっと抱きしめた。

「泣いていいんだよ。紗雪。」

その言葉を合図に、紗雪はとても大きな声で泣き叫んだ。

紗雪の大きな泣き声は、フロアじゅうに響いた。

こんな紗雪を見るのは、何年ぶりだろう。

泣くことはあっても、こんなに大きな声で思いっきり泣く紗雪は、久しぶりだ。

紗雪は、車の中で大輝の死を泣いた私にお姉ちゃんのように接してくれた。

本当はあの時、紗雪も私のように泣きたかったんだ。

でも、自分がしっかりしないといけないという見えない責任感にとらわれて、泣くことができなかったんだ。

 どれくらいの時間が経ったのかな。

短かったのか、長かったのか、覚えていない。

泣き止んだ紗雪は、ふっと体の力が抜けて、その場に倒れ込んだ。

「紗雪!?」

驚いて声をかけると、九重さんに肩をぽんと優しく叩かれた。

「今は、休ませてあげてください。」

「分かりました…。」


 私たちの部屋に着いて、九重さんに紗雪を任された。

私はお礼を言って紗雪をおぶり、部屋に入ろうとした。

「あっ。美和様。図書室は、このフロアの廊下をずっと歩いた突き当たりにありますよ。」

九重さんは図書室の場所を教えてくれた。

「あ!忘れてました!ありがとうございます。」

「私は、二階のフロアにいますので、何かあったら気軽に話しかけてくださいね。」

私はうなずき、今度こそ部屋に入った。

真っ暗な部屋。紗雪を横におろして、私は深いため息をつきながらドアにもたれかかった。

 この部屋、随分広いんだろうな…。

ため息の響き方で分かった。

ドアの横にあった電気をつけた。

目に入ってきたのは、昔の外国の物語の中に出てきそうな部屋だった。

 豪華な模様の絨毯の上には食事用のテーブル。

部屋の角には大きなベッドが二つ並んでいる。

向こうには暖炉とソファがある。

暖炉の中では赤い炎が揺れている。

高そうな絵画が飾られてある壁には細かいお花の模様が入っていた。

「うわあ。」

人間誰しも、一回はこういう部屋に憧れたことがあるんじゃないかな。

私も、その一人だ。

人質なはずなのに、豪華な部屋に案内されたからってはしゃいじゃって、自分を恥ずかしく思った。

紗雪をベッドまで運んで、ふう、と一息ついた。

そうだ、図書室に行ってみよう。

私は紗雪が起きるまで、図書室でネーヴェについて知ろうと思い、部屋を出た。


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