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冷たい雪は、温かく笑った。  作者: 海松みる
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一話 紗雪と美和


 「おはよー。」

あくびと共に言った「おはよう。」は、ほぼあくびだった。

「おはよ。」

紗雪(さゆき)はいつも早起きだ。

そして、私の朝ご飯を作ってくれている。

「お、今日はブロッコリーマフィンだ。」

「初めてのコンビだと思ってやってみた。」

紗雪は新しいことが大好きで、見たことのないものやことがあったら何でもやりたくなってしまう。

そういうことで、我が家の朝ご飯はいつも変わってる。

でも、朝ご飯を作ってくれるのはありがたいから、美味しくなくても美味しそうに食べなくては失礼になる。

この生活を続けて四年目になるからさすがに慣れた。

 私たちは四年前、中学一年生の冬から一緒に暮らしている。

『あの事件』があってから、行く場所もなく二人で暮らしている。

「どう?美味しい?」

「う、うん。まあ、ね。」

今日のは、合わないコンビだったみたい。

「よかった。」

紗雪は低血圧だから、朝から食欲がないみたいで朝ご飯は食べない。

だから、新しい食べ物たちが美味しくないのには一生気付かないと思う。

 今、私たちは高校二年生。

そろそろ受験生になるけど、私たちに勉強は必要ない。

何故なら、偏差値が八十もあるからである。

これは、一生の自慢になる気がする。

八十で、真面目に日々の授業を聞いていれば受験勉強なんて必要ないと思う。

そういうことで、勉強面ではいつも心に余裕しかない。

それを紗雪に言うと怒られるけど。

 私たちは三歳の時、孤児院で出会った。

紗雪は赤ちゃんの時からいるらしくて、親の顔も知らないらしい。

私は、三歳の時に両親が車の交通事故で亡くなり、親戚も私を引き取るのを拒んだらしく、私は孤児院に引き取られた。

実際、私の記憶は三歳からある。

理由は、事故に遭ったのが両親だけでなく私もだったから。

事故に遭ったとき強く頭を打ったらしく、三歳までの記憶はきれいさっぱり無い。

両親との思い出が一切ないのは、案外楽なことだ。

そんな私にとっての家が、孤児院だった。

 家を出ると、耳が千切れるほど寒かった。

一瞬で手がかじかんで、感覚がなくなってしまった。

「ねえ、美和。」

紗雪は白い息を吐きながらしゃべった。

「なに?」

「私って、……やっぱり何でもない。」

またこのくだりだ。

私たちは絶対、一日に一回はこのくだりをやっている気がする。

紗雪はいつも何かを言いかけてやめる。

多分、それは全部同じ質問なんだと思う。

紗雪はいつも、何を聞こうとしているのだろう。

「もう、いつも言わないんだね。」

「ごめん。なんか、思い出せなくて。」

思い出せない?初めて聞いた。

いつも、やっぱりいいやって言うから問い詰めないでいたけど、『思い出せない』というのは初めて聞いた。何をだろう。紗雪は、何を思い出せないのだろう。

「ねえ紗雪。」

今度は私が聞いてみることにした。

「なに?」

「紗雪ってさ、あの事についてどう思ってるの?」

「あの事って?」

「孤児院の…。」

「ああ。」

紗雪はしばらく黙った。そして、

「悲しかった。」

そう、ぽつりとつぶやいた。

初めて、紗雪が悲しいという言葉を口にした。

とても不思議だった。けど、

いつもあの『やっぱり何でもない』という時の顔と同じ顔をしていた。

あの、どこか寂しそうな顔。

私は、紗雪のその顔をあまり見ていたくない。

なぜなら、私まで、とても悲しくなるから。

「美和、学校見えてきたね。」

ちょうど私が話題を変えようと思っていたのに、紗雪に先を越された。

しかも、話題を変えようとしたことがばればれな変え方だ。

普段、「学校見えてきたね。」なんて会話をする人は滅多にいない気がする。

そういうところが不器用な紗雪はかわいい。

思わず少し笑ってしまった。

「なに。」

「いや、なんでも。」

もう、孤児院の事を思い出すのはやめにしよう、そう思った。

今が幸せならそれでいい。


 「おはよう、美和ちゃん。」

「おはよう!」

友達の音羽が近づいてくると、紗雪は私の後ろにさりげなく隠れた。

音羽はその様子に気が付き、少し気まずそうな顔をした。

私は口パクで謝ると、音羽は口パクで「大丈夫。」と笑顔で言い、去っていった。

音羽は、入学式の時からなにかと話しかけてくれる私達にとっての唯一の友達だ。

一方私の後ろに隠れた紗雪はというと、大の人見知りで全然人と関わろうとしない。

私達にとって唯一の友達である音羽とさえも関わろうとしないのだから。

私と紗雪の席は前後ろで窓際の一番後ろ。プライベートではいつもお姉ちゃんって感じの紗雪だけど、学校では人見知りが発動して私がお姉ちゃんになる。

だから学校だと、紗雪はとっても静か。

それでも、私的には紗雪がお姉ちゃんって感じがするけど。

なぜなら、いつも守ってくれる。物理的に。

私が不良に絡まれた時に全員を一人でぶっ飛ばしてくれた。

さらに、私の財布が盗まれた時に犯人を全力で追いかけて取り返してくれた。

私の中で紗雪はヒーロー。

ここは、ヒロインと言うべきなのか?

とにかく、紗雪はいつも私の先を歩いて道を作ってくれる。

でも、時にそれが寂しくなる。

置いていかれそうな気分になる。どこかに行ってしまいそうな感覚。


 「はい。席についてー。」

担任の先生が教室に入ってくると、生徒たちはまばらに席についた。

担任の先生の横には、何やら転入生らしき男の子がいた。

「はい。新しく生徒が転入してきました。」

その男の子を見た瞬間、忘れようとしていた『あの日々』が一気によみがえってきた。

ゆっくり振り返ると、紗雪は固まっていた。

三峰大輝(みみねだいき)です。よろしくお願いします。」

顔、声、喋り方。

全てがあの頃と重なる。

大輝…。その名前はとても懐かしい。

『あの事件』以来、会っていない。

「じゃあ、席は、田代(たしろ)のとなりで。」

先生が指さした席は、紗雪のとなりだった。

「はい。」

その声はやっぱり、何度聞いても懐かしくて、目に涙がにじんできた。

大輝はこちらに向かってきた。そして、目が合った。

「よっ。久しぶりだな。紗雪、美和。」

そう、小声で言ってきた。

くしゃっと笑った表情、声、雰囲気。何も変わらない。

ただ一つ、背がとても伸びていた。


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