十七話 事件の真相、意識の中
私の頬は大量の涙で濡れていた。
紗雪も、大輝も。
辺りは真っ暗で、いつの間にか夜になっていた。
しばらく私たちは沈黙を続けた。
「ペンダント、透明になったね。」
最初に口を開いたのは紗雪だった。
私の手の中のペンダントは空気のように軽かった。
そしてあの青色から透明になっていた。
「記憶が全部、美和の心に戻ったからなんじゃないか?」
大輝は静かに言う。
私は空っぽになったペンダントを首にかけた。
「紗雪。なんで、孤児院で出会う前から私たちは一緒にいたの?」
私はそれがとても気になり、紗雪に聞いた。
「私と美和は、いとこなんだよ。」
予想もしない言葉が紗雪に口から出てきて、私はどう反応すればいいのか分からず、ただ固まった。
「美和のお母さんの妹、つまり美咲さんの妹、水篠美優は、私のお母さんなの。」
何と言えばいいのか分からない。
そんな私を気にせず、紗雪はどんどん話していく。
「私のお母さんは水篠家のために自分の命を懸けてスパイとして潜入したの。でも、水篠家はお母さんが水篠家を裏切ったと思って、二度と水篠家に関われなくなってしまった。そして、ネーヴェの最高司令官、天馬誠は召し使いとして潜入したお母さんに恋をしてしまって、結婚することになった。強制的にね。そこで生まれたのが私。でも、お母さんはいろいろなストレスで、私が生まれて半年もしないうちに死んでしまった。天馬誠はお母さんがいなくなって、私も女だし後継ぎにもならないと判断されて、あのネーヴェが運営しているあやめ孤児院に捨てた。美咲さんは、私のお母さんをずっと心配していて、お母さんが死んだことを知ってとてもショックを受けたそうだった。そして、毎日のようにこっそりと私に会いに来てくれて、美和とも遊んだ。」
一通り説明した紗雪の表情は、まったく読み取れなかった。
悲しい過去なはずなのに、涙も流さず淡々と話していく様子は、見ていて心をぎゅっと締め付けらた。
「あやめ孤児院って、ネーヴェが運営していたんだな。俺は孤児院が怪しいとは思っていたが、まさかネーヴェと繋がっていたなんて。それに、紗雪の兄貴って紗雪とは血が繋がってないってことか?」
「うん。」
紗雪は無表情で即答した。
「あやめ孤児院は、使い道がない子どもたちのゴミ捨て場。時が来たらみんな殺される。」
紗雪は、無表情のまま淡々と話した。
「その、時ってやつが、あの『爆破事件』か。職員たちも、ネーヴェのやつらなんだろ?なんでみんな殺されたんだ?それにあんな派手にやらなくても、毒殺とかじゃダメなのか?」
大輝は、真相を知りたくて、次々に紗雪に質問をした。
話題を変えたいけど、話題が思いつかない。
「使い道にはならないとはいえ、みんな有名な財閥の娘だったり息子だったりしたから、頭は人並み外れて良かったんだよ。」
それを聞いた大輝はへえーと納得していた。
「美咲さんが交通事故によって、亡くなる寸前、いつものようにあやめ孤児院の門で楽しみに待っていた私は異変に気づいて、ぐちゃぐちゃになった車に近寄った。そこで、美咲さんにそのペンダントを託されたの。『時が来たら美和に渡して。』と。」
紗雪はさらに続けて話した。
「そして、その後美和はあやめ孤児院の職員に連れ去られた。水篠家は、まさか美和がなんの変哲もなく見える孤児院の中にいるとは思わなかったみたい。だから、探すのにこれだけ時間がかかったの。」
私は、真相なんてどうでもよかった。
これ以上、紗雪につらい過去を思い出して欲しくないし、話して欲しくない。
パーン
その時、遠くで銃声が聞こえた。
「今の、結構近くない?」
紗雪の表情は一瞬で険しくなった。
「ああ。」
大輝も周りを警戒している。
私たちは、どの方角から聞こえたかを聞き逃してしまった。
「今の銃声、私たちへの警告?」
「いや、部下が何かやらかして、撃たれたのかもしれない。」
「実際にあったの?そういうこと。」
恐る恐る聞くと、
「ああ。その誰かってやつが、俺なんだけど。」
大輝は恥ずかしそうに笑った。
「撃たれたの!?」
私と紗雪は驚いて、つい大きな声を出してしまった。
「しーっ!大きな声出すな。もう二年も前のことだ。」
大輝は慌てて人差し指を口に当てた。
「今は暗いから、見つかりにくいな。不幸中の幸いってやつか。」
「そうだね…。」
動こうにも、辺りが暗すぎて先が見えない。
でも、懐中電灯を点けたら居場所がばれてしまう。
結構近くで怒声が聞こえた。
部下を叱っているのかもしれない。
それにしても、近い。
どう動けばいいのかな。
「大輝。どうするの?」
小声で聞くと、大輝はしばらく考えた。
「とりあえず、今日はここで寝よう。この大きな木の影で。ネーヴェたちも今日は引き上げるだろう。」
「明日は?」
「早朝、俺が起こすから、ネーヴェが動く前に動こう。」
そう決まり、私たちはその場に腰を下ろした。
「寒くないか、二人とも。」
「大丈夫。」
紗雪と私は、今一番ネーヴェを知っている大輝の意見を大事にしようと思って、気を遣わせないようにした。
「おやすみ、大輝。」
「ああ。」
無事に、この森から出られますように。
翌日。
目を覚ますと、頬に草がさわさわと当たっていた。
木に寄りかかりながら寝ていたはずなのに、いつの間にか地面に横になっていた。
体を起こし、周りを見渡した。
霧がかかっていて、先が見渡せない。
そこで私は、ある物足りなさを感じた。
妙に、周りが殺風景なのだ。
「あっ!」
理由に気づいた私は、思わず大声をあげてしまった。
「紗雪と、大輝が…いない。」
大きな木を一周して探してみても、やっぱりいなかった。
どこに行ったんだろう…。
しばらく周辺を探していると、
パーン
昨日の夜と同じように遠くの方で銃声が聞こえた。
その音を聞いた私は、とても不安な気持ちになった。
大輝と紗雪が撃たれていたらどうしよう。
私は、この場で待機した方がいいのか、二人を探した方がいいのか、迷った。
そうして右往左往していると、
パーン
と、もう一発銃の音がした。
私は、迷っている暇なんてないと思い、一目散に走り出した。
どこに向かえばいいかもわからず、ただひたすら走った。
地面を蹴って、前に踏み出し、蹴って、踏み出す。
走って、走って、ただひたすらに走る。
息が切れてきたけど、二人を見つけるまで止まることはできない。
だんだん足の感覚が無くなってきた。
二人は、今どこにいるんだろう。
ネーヴェに捕まっていたらどうしよう。
そんな考えが頭をよぎり、目に涙がにじんできた。
涙で前が見えなくなったところで、立ち止まった。
「はあ、はあ。」
息を吐くたび白い息が出る。
涙を拭き取っても、次から次へと溢れ出てくる。
ひんやりと冷たい空気が私を包む。
冷たい頬に次々と流れる涙。
「寒いせいかなあ…。」
心を落ち着かせるために言った言葉だけど、効果はなかった。
その時、
「美和ー!!」
遠くで、私を呼ぶ声が聞こえた。
紗雪の声だ。
「紗雪ー!!」
私もそれに答えるように大声で紗雪を呼んだ。
届いたかな。
私は、紗雪の声のした方へ走り出した。
全速力で。
足を高速で回転させて、風のように走った。
その時、下に生えていたつるに思いきり引っかかり、勢いで吹っ飛ばされた。
今一瞬、飛んだ?
飛ばされた私は体の所々を地面にぶつけた。
「いた……。」
『痛い』という声もまともに出せなかった。
小さなかすれたその声は、周りに虚しく響いた。
もう、ダメなのかな…。
地面に横たわったまま、そんな事を思った。
今までは、運が良かったんだ。
でも、今回はみんなばらばらだ。
また、さっきと同じように目に涙がにじんだ。
つるに引っかかってできたすり傷から、血が出ているのが見えた。
転んだ拍子に地面にぶつけた所々が、赤くなっていた。
おまけに顔には地面の土がついていて、涙でぐしゃぐしゃだ。
こんな姿、二人に見られたらきっと笑われるだろうな。
みんなここで死ぬなら、いっか。
自分だけ、生き残る訳でもないし。
ここで死ぬのも、いいんじゃないか。
もう、生きるのに必死にならなくたって。
そう思って、ゆっくりと目をつぶった。
しばらくして、目を開けた。
見えた風景は、森ではなく、真っ白だった。
むくっと起き上がると、ここがどこだか分かった。
ここは、『あの夢』の中だ。
とても安心するところ。
探せば、お母さんに会えるかな。
「お母さーん。」
私がひと言いうと、全体に響いていった。
「美和。」
後ろから、お母さんの声が聞こえた。
今度は、居なくならないように、聞こえた瞬間に振り返った。
後ろには、自分より少しだけ背の低い女の人が立っていた。
映像でお母さんを見たはずなのに、あまり思い出せない。
でも、たぶんこの人がお母さんだ。
「お、かあさん?」
あの交通事故以来、『お母さん』と、人に向けて言ったことがなかった。
だから、その言葉は予想以上に頼りなく響いた。
「なあに。」
お母さんは優しく微笑んだ。
これは、記憶でも、幻覚でもなかった。
「い、いや、呼んでみただけ…。」
会話がたどたどしくなってしまうのは、直接喋ったことの実感が湧かないからだ。
お母さんの視線は、ペンダントに移った。
透明になったペンダント。
お母さんの感情が読み取れない。
お母さんは、ゆっくりと顔をあげた。
そして、
「美和。」
その表情は、真剣な表情だった。
「ん?」
「生きるのを、簡単にあきらめてはダメよ。」
お母さんはその言葉をゆっくりと言った。
お母さんの頬には一筋の涙が伝っていった。
その時、私の心に、何かが広がったような感じがした。
波紋が、広がっていくような感覚。
お母さんは私の表情を観察して、にこっと笑った。
まるで、小さな桃色のお花が咲いたように。
そして、ふっと消えた。
私は一回、瞬きをした。
目を開いたときには、そこは森だった。