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冷たい雪は、温かく笑った。  作者: 海松みる
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十六話 美和の過去、蘇る記憶


 「美和。」

どこへ行くかも決まっていない道中、紗雪は私の名前を呼んだ。

「ん?」

歩きながら振り向くと、紗雪の手には小さな箱があった。

「あ、それ。」

この箱は、私が水崎さんに連れて行かれそうになった時、紗雪が泣きそうな顔で水崎さんに渡そうとしていた箱だ。

「これ、美和に返すよ。」

「返す?」

この箱は見たこともないし触ったこともない。

『返す』ってことは私のものということなのか。

「その箱、私のものなの?見たことないけど…。」

紗雪は箱を大事そうに私に手渡した。

「開けていいの?」

「いいよ。というかそれ、美和のものだし。」

紗雪は笑った。

私は、ゆっくりとその箱を開けた。

中身が目に入った瞬間、目が飛び出るほどビックリした。

それは、とても綺麗な青色をした、宝石のペンダントだった。

これは、『あの夢』の中で見たことがある。

夢の中で私が、手に触れようとした瞬間、とても近くまで来た青い宝石。

あの宝石が、何か知らなかったけど、現実でもう一度見れるとは思いもしなかった。

それに、今思うと、あの夢の中で見た人影は、『お母さん』だったのかもしれない。

『お母さん』。言いなれないし、顔も分からない。

思い出も、ない。

けど、あの夢で聞いた声がお母さんの声なら、それはとても嬉しい。

なぜなら、あの声を聞くと、自然と涙が出てくるような、懐かしい、そんな声だからだ。

耳に優しく響いて、私の心を落ち着かせる。

私とお母さんは、この世界で生まれて初めて出会って、三年間も一緒に過ごしたはずなのに、私は一ミリも思い出せない。

それは、私のお母さんが私の記憶を固体化させたから。

お母さんについて、なにも思い出がないのに、今会いたいと思っても死んでしまっているなんて、悲しすぎる現実だ。

 「綺麗だな、それ。」

大輝が横から首をぬっと出してきた。

「いいでしょ。」

私はまるで新しいアクセサリーを買ってもらったかのように見せびらかした。

私は、そのペンダントを指で持ち上げてみた。

その時、私たちの目の前が一瞬真っ白になった。

それは、とても強い光だった。

「…眩しい!」

その光は物凄く眩しくて、手で目を覆わないとその場にいられなかった。

光が少し弱まり、私たちは恐る恐る目を開けた。

光の正体は、ペンダントだった。

とても、青く、光輝いている。

いつしか私たちは歩いていた足を止め、そのペンダントに見惚れていた。

すると何か、周りから子どもたちの笑い声が聞こえてきた。

それは森全体に響いているように聞こえ、不思議な感覚に陥った。

 今度は、昔の映像のようなものが私たちの周りをぐるぐると回った。

そこには、二人の小さな女の子が映っていた。

「あれ?あれ美和じゃない?」

大輝がふとそんな事を口にした。

「確かに、自分の顔の面影がある。」

「…そうだよ。…あれ、美和だよ…。」

紗雪が涙交じりに言ったから、私と大輝は驚いて紗雪を見た。

「ど、どうしたの?紗雪。」

「これ、美和の三歳までの…記憶だよ…。」

「そうなの!?」

私は驚いた。

確かに、二人にはこの小さい頃の私と小さい女の子の映像しか見えていないだろうけど、さっきから私の頭には、走馬灯のように次から次へと私の記憶らしきものが流れこんでくる。

「美和のとなりにいるのって、もしかして…」

「…私だよ…。」

紗雪は鼻をすすりながら言った。

「美和、私と初めて会ったの三歳だと思ってるでしょ。でも、美和の記憶がないだけで、私と美和は生まれた時から一緒なんだよ…。だから私、孤児院で再会した時、美和がまるで私を初対面の人を見るような目で見たから、悲しくてしょうがなかった…。」

紗雪は、ずっと言えなかった想いを今、全て打ち明けられたようで、目からは大粒の涙があふれていた。

 私たちの周りをぐるぐると回る映像は、すべて青いペンダントから出てきていた。

そこで、映像は私と紗雪の記憶から変わって、私と、女の人の映像になった。

 『美和。』

聞こえてきた声は、いつも夢の中に出てきていた声だった。

柔らかくて、優しい声。

『なあに。お母さん。』

私目線のこの映像は、ゆっくりとその女の人の顔を映した。

おそらくこの映像の私は三歳くらいだろう。

言葉もはっきりとしゃべれるようになっている。

この年に交通事故にあってお母さんと離れるなんて夢にも思っていなかっただろうな。

 初めて、『お母さん』の顔を見た。

その人、いや、お母さんの顔は、とても優しい顔をしていた。

長い綺麗な髪の毛を横にまとめて結んでいて、三歳の私を優しく見ていた。

『美和は、お母さんが死んだら、どうする?』

お母さんは、まだ三歳の私にこんな事を聞いている。

覚悟をしていたのかもしれない。

自分がいつか、殺されることを。

『「死んだら」ってなあに?』

それは、当然の答えだ。

こんな小さな私にわかるはずがない。

『そうだよね。美和にはまだ分からないか。』

お母さんは少し悲しそうな表情をした。

『美和。私が死んでも、周りの人と共に生きていくのよ。いつか、必ずあなたのことを大切に思って、守ってくれる人が現れる。もう、居るかもしれないけど。』

お母さんは優しく微笑んだ。

今の言葉…。小さい私に言っているようには聞こえない。

小さい頃の私の目を見て言うお母さんは、三歳の私の目を通して、今の私の目を見て言っているように聞こえた。

 お母さんは、すべてを悟っていたんだ。

この後自分はネーヴェに殺され、私の記憶を固体化させ、私が孤児院で紗雪に出会って、『あの事件』が起きて、今、私はネーヴェに追われている。

それを、すべて悟っていたんだ。

 その後の映像は、私と紗雪が遊んでいるところだったり、お母さんと私が遊んでいるところだったりした。

映像が流れている間、私たちは静かにすべてを見ていた。

そして、私の三歳までの、最後の記憶が映し出された。

 映像に映るのは、もうすでに潰れた車だった。

目の前には、お母さんが被さっていた。

『お、かあさん…。』

私の声は、苦しみの声だった。

その声は静かな車の中に虚しく響いた。

『み、わ…。』

お母さんは私の顔を優しく微笑みながら見つめた。

『この可愛い顔を見れるのもこれで最後だと思うと、涙が出てきたわ。』

映像に、お母さんの涙が降りかかった。

それをお母さんは手で拭いた。

『美和、今からあなたの記憶を形にするわ。その記憶は、きっといつか見つけられるから…。』

映像の視野が薄くなった。

それは、小さい頃の私の意識が薄れていっているからだと思う。

お母さんは私に手をかざした。

その時、ペンダントと同じ色の光が映像全体を包み込んだ。

水のような流れの光。

それは私の頭から出ているようだ。

お母さんの表情は、何とも言えない表情だ。

力なく笑い、泣いていた。

お母さんは、こぶしを握り締めた。

そして手の中には、ペンダントがあった。

深く青く、深海のような色。

そこでプツリと切れた映像は、森に静寂をもたらした。



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