十四話 止まる時、思い返す日々
「で、これからどこへ行かれるのですか?」
水崎さんは、しんみりとした表情を変えて言った。
「それが…決まってないんですよ。私たちの目的としてはネーヴェから逃げることだったので。」
申し訳なさそうに言うと、
「美和様、そんなに甘くみてはいけませんって。ネーヴェはもうこの場所を突き止めてる可能性だってないとは言えないんですから。」
「じゃあ、どこに行きます?」
水崎さんはしばらく考えた。
そして、なにか思いついたみたいだ。
「じゃ…」
水崎さんは言いかけて、血相を変えた。
「美和様、危ないっ!」
私は水崎さんに思い切り突き飛ばされた。
バンッ
後ろで銃の音がした。
怖くてとっさに目をつぶった。
すると、どさっと近くで音がした。
恐る恐る目を開けると、そこには水崎さんが倒れていた。
脇腹からは血が流れていた。
「水崎さん!」
私は、急いで水崎さんの方へ行こうとした。
「美和様!お逃げください!私は大丈夫です。」
水崎さんは私を手で制した。
その時、私は誰かに引っ張られた。
振り返ると、大輝だった。
「大輝!離して!」
私は大輝の手を振り払おうとしたけど、手の力が強くて出来なかった。
大輝に引っ張られて無理やり走らされた。
時間が止まればいいのに…!
バンッ
そう強く願った時。
もう一発の銃声が聞こえた瞬間、大輝の動きがぴたりと止まった。
「大輝…?」
風の音が、消えた。
前を走っていた紗雪も、片足を上げたまま止まっている。
「紗雪…?」
ゆっくり振り向くと、私の目線と同じところから50センチくらいの所に、金属の小さな塊が浮いたまま、止まっていた。
おそらく銃弾だ。
時間が、止まったんだ。
あの時と、全く同じだ。
家の前で音羽に、サイレンサーで撃たれた時と。
この銃弾がこのまま進んでいたら、間違いなく私は頭を撃ち抜かれていた。
そう考えると、怖くて足がすくんだ。
私の手から大輝の手をほどき、銃弾に手を伸ばした。
銃弾は、簡単にその場からポロリと取れた。
私はその銃弾をなるべく遠くに投げた。
そして次に、水崎さんを運んだ。
水崎さんは気を失っているようで、目をつぶっていた。
時が止まっているから、血の流れも一時的に止まっている。
でも、時が動き出したら血はまた流れ始める。
いつ時が動き始めるか分からない。
だから、早くやらなければ。
こんな状況でも冷静になれている自分がいたなんて、驚きだ。
そこで私は動きを止めた。
水崎さんのある言葉を思い出したのだ。
『水篠家の人達は皆、『異質能力』という特殊な力を持っていて、血が濃ければ濃いほど人の記憶や時間などを操れてしまうんです。』
『時間を操れる』という言葉。
この時の止まった空間で動けるのは私だけ。
ということは、この時を支配しているのは私?
そう考えたけど、すぐに頭を横に振った。
そんなはずがない。
この時の動かし方を、私は知らない。
それに時の止め方も、知らない。
私が時間なんてたいそうなもの、操れるわけがない。
いつ動き始めるか分からない状況を思い出し、急いで動き出した。
まず、水崎さんの傷を手当てした。
そして、私は水崎さんを出来るだけ遠い場所へ運んでおいた。
そこに目印をつけ、あとで来れるようにした。
次に、大輝と紗雪をどうにかしようとした。
でも、二人を運ぶ労力は残っていない。
だから、敵を運ぶことにした。
時は止まっているとはいえ、自ら敵に近づくのは勇気がいる。
そっと近づき、サングラスをかけたネーヴェの刺客を運んだ。
男性の刺客だから、筋肉量がすごく、運ぶのにとても時間がかかった。
運んでいる途中に時が動き出したら私は『死』だと思うことにした。
それでも冷静に動く私。
死ぬことが怖くなくなったのかな。
頑張っても、100メートルくらいしか運べなかった。
寝かせておけばタイムロスにもなるだろう。
おまけに、サングラスと目の間に草をたくさん入れておいた。
一回やってみたかったイタズラだ。
そしてそれをやって楽しんでいる自分にため息をついた。
なんでこんなくだらないことばっかりやっているんだろう、と。
急いで洞窟に戻って大輝たちのところへ行く。
大輝と紗雪の動きは止まったままだ。
でも、どうやってこの時を動かせばいいんだろう。
とりあえずダメ元で、
「時間よ動け!」
とふざけて言ってみた。
すると、いきなり前にいた大輝が走り出した。
時間が動き出したのだ。
「あれ?」
私の腕をつかみ損ねた大輝は急ブレーキをかけた。
「美和っ!早く!ってあれ?」
大輝は後ろの光景をみて、首をかしげた。
「水崎さんがいない…。」
私は、ネーヴェの刺客のことを思い出し、慌てた。
「それより、あとで話すから、今は私についてきて!」
私は走り出した。
もとから、逃げるつもりだった大輝と紗雪は何も聞かずについてきてくれた。
そして、水崎さんのいる場所に着いた。
「あれ!水崎さんだ!」
大輝は目を大きく見張っていた。
説明してあげたいけど、きっとネーヴェの刺客はすぐに追いついてくるはず。
私は焦り、
「とりあえず、今は逃げよ!」
「分かった。」
私の様子を察してくれた紗雪。
大輝は水崎さんのことを抱えて、私たちはまた走った。
誰も何も言わず、ただひたすら走った。
ここ最近、いろいろな事が起き過ぎて、頭と体がついていけていない。
思い返すと、私と紗雪の家が爆破されてからもう二十日間も経ったんだ。
あれから二十日間。
あと少しで一ヶ月が経とうとしている。
そう考えると信じられない。
自分の家は目の前で爆発して、自分の足は銃で撃たれて、時は訳も分からず止まって、目の前で人が銃で撃たれて、ネーヴェの刺客に追われて…。
本当に、非現実的な日常だ。
夢なんじゃないか、と時々思うことがある。
でも、これは現実だ。
正真正銘の。
一体、私は何者なんだろう。
必死に走りながら思った。
でも、すぐに私は『私』だと思うことにした。
私の周りには大輝と紗雪がいる。
それでいい。
この状況は、いつまで続くんだろう。
この、映画の中のような日々。
私は走りながら、木々の間から見える透き通った青い空を見上げた。




