十二話 朝の森、偶然的じゃない出会い
不規則なリズムの音。でも、綺麗な音。
この音は、なんだろう。
ゆっくりと目を開けて、音の正体が分かった。
水滴だ。
水滴が落ちる音で、目が覚めたんだ。
目をこすって、体を起こすと、洞窟の入口の岩から水滴が落ちているのが見えた。
朝日が森に優しく刺して、それが落ちていく水滴に反射して、とても綺麗だ。
大輝はまだ寝ている。
紗雪が寝ていたはずの場所には綺麗にたたまれた毛布があった。
私も同じよう毛布をにたたんで、外に出た。少し散歩を楽しんでみる。
こういう緑が生い茂る森に来たのは生まれて初めてだ。
本でしか読んだことがなかった。
肌寒いけど、心が綺麗に洗われるような温度だ。
昨日は夜に雨が降ったみたいで、湿った枯れ葉を踏むと、しん、と音が鳴った。
しばらく歩いていると、前の岩に座っている人影が見えた。
紗雪だ。
「紗雪。」
後ろから声をかけると、紗雪はこちらを見た。
「ああ、美和。」
「なに、黄昏てんの?」
「うるさいなあ。」
私は紗雪のとなりに腰かけた。
「ねえ、美和。」
「なに?」
「私って、……。やっぱり何でもない。」
「はいはい。」
いつものあれを聞かれて私は流した。
紗雪は一体いつ思い出すんだろう。
「美和。」
「ん?」
「私が死ぬときは、時間、止めなくていいからね。」
突然そんな変なことを言われた。
「はい?」
「何でもないの。」
「変なの。」
私は独り言のようにつぶやいた。
「美和は、自分より他人を大事にする人だから。」
「紗雪は、他人じゃないし、私、時間なんて止められないよ?」
『時間を止める』そんな言葉を口にしたとき、この前のことを思い出し、はっとした。
「美和?」
紗雪に声をかけられたが、今は返答する気にもなれない。
それは、私と紗雪の家に大事な写真を取りに行ったとき。
ネーヴェの刺客に襲われ、私の足が撃たれたとき。
時は止まった。
大輝と紗雪が真剣な表情のまま、止まっていたのだ。
私はそこで二人を守ると決断した。
その瞬間止まった時間が動き出したのを覚えている。
「紗雪…。」
「なに?」
「私って…。」
そこまで言ったけど、言うのを止めた。
聞くのが少し怖かった。
時間が止まるなんてありえない。
そんなこと、ある訳がない。
「何でもない。」
「そっか。」
紗雪は追及してこなかった。正直ほっとした。
「そろそろ大輝も起きたんじゃない?」
話題を変えようと、自然に大輝のことを出した。
「そうだね。戻ろっか。」
「おーい。お前らどこ行ってたんだよ。」
洞窟に戻ると大輝が荷物をすべてまとめていた。
「ごめん、ごめん。」
「これからどこ行くの?」
紗雪は自分の荷物を整理しながら聞いた。
「うーん。それが、決まってないんだよ。」
大輝は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「え!目的なし!?」
私は思わず大きな声で言ってしまった。
「ああ。ネーヴェも俺たちの場所に気づいてるのか分からねえし。下手に動いたらそれこそ危険だ。」
私はてっきり、大輝はすでに次の行き先を決めているのかと思っていた。
目的が無いということを聞き、肩をがくんと落とした。
毎日こんなところで野宿なんて嫌だ。
「これから一体何するの?」
紗雪は困り顔で大輝に聞いた。
「うーん…。」
「あなたたち、そこで何をしているのですか?」
そんな時、突然洞窟の入口から女の人の声が聞こえた。
私たちは一斉に振り向いたけど、心は凍りついた。
ネーヴェの刺客だと思ったから。
凍りついた私たちを見て、その女の人は微笑んだ。
「安心してください。私はネーヴェのものではありませんから。」
その言葉を聞いた瞬間、さらに身を固めた私たち。
「いきなり偶然を装ってしまい失礼しました。実は、私がここに来たのは偶然ではありません。」
偶然じゃない?ということは、ますます信用できなくなった。
このひと、さっきから自分に不利なことしか言ってない。
「あの、『水篠 美和様』は、あなたでいらっしゃいますか?」
私はその人に、丁寧に言われた。
私は、どう動いたらいいのか分からず、二人に助けを求めた。
「み、水篠なんて分からねえな。ハハ…。」
大輝は頼りない言葉で言った。
「しかし、その方は、美和様にしか見えません。その柔らかい表情、落ち着いた態度、柔らかな髪の毛、そして、温かいまなざし。どう見ても、水篠家の一人娘、水篠美和様であられると思います。とても、お母様の美咲様に似ていらっしゃいます。」
その女の人は、とても優しく微笑んだ。
「わ、私は…その、美和ですけど、苗字は…高杉ですよ?」
これは自分で誤解を解こうと思い、自分で話しかけた。
「その声。とても柔らかな声。あなたは、美和様で間違いないと思われます!」
女の人はとても嬉しそうに言った。
どうすればいいのだろう。
完全に人違いをされてしまった。
「さあ、美和様。私と一緒に車にお乗りください。」
その人は優しく手を差し伸べてきた。
「待って…!」
鋭い声で私を呼びとめたのは、紗雪。
私は手を出そうとしていないのに。
紗雪の顔を見ると今にも泣きそうな顔をしていた。
「行くなら、これを。」
紗雪は丁寧に女の人に小さな箱を渡した。
女の人は警戒している様子だ。
「その、鋭くキリッとした目つき、鋭い声、スラリと長い手足、サラサラな髪の毛。
あなたはネーヴェの人ね?」
女の人は紗雪を睨んだ。
なんでそのことを知っているんだろう。
「水篠家にまた何かをしようと企んでいるんでしょう?」
女の人は冷たく言い放った。
「その言い方はなんですか?紗雪のことを何も知らないくせに。紗雪は、ネーヴェになんかいたことなかったんだから。今は、捨てられた身をネーヴェに追われているの。何も知らない今出会ったばかりのあなたが紗雪のことをそんな風に言う権利なんてない!」
私は、ついカッとなって女の人を怒鳴ってしまった。
しまったと口を押えていると、
「そうだったのですね…。私としたことが…美和様のお友達を傷つけてしまい、大変申し訳ありませんでした。」
女の人は紗雪に深く礼をした。
「そんな、大丈夫ですよ。実際ネーヴェの血が流れていることは否定できないし。」
紗雪の顔は暗かった。相当ショックを受けたのかもしれない。
「お引き取り下さい。私、水篠家とか知りませんから。親は交通事故で死んでいて、それから孤児院で暮らしていたので。本当に知りません。」
私は車に連れて行かれるのを断固拒否した。
「覚えていらっしゃらない?そうね、分かりました。美咲様はあなたの記憶を固体化させて、どこかに隠したんだわ。」
女の人は一人でブツブツと独り言を言っていた。
何を言っているのか、さっぱり聞こえなかったけど。
「美和様。」
「は、はい!」
突然話しかけられてテンパってしまった。
「私も、一緒に行動してもよろしいでしょうか。美和様の記憶をお探しします。」
「ええっ!!」
私はドン引きしてしまった。
これは一人で決めることじゃないと思って、二人に助けを求めた。
紗雪の顔は相変わらず泣きそうな顔で、大輝は遠慮していた。
「考える時間を、貰ってもいいですか?」
「はい!」
女の人は元気よくうなずいた。
「あと、お名前聞いても?」
「私としたことが…名乗るのを忘れていました。私は、水崎りこと申します。」




