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冷たい雪は、温かく笑った。  作者: 海松みる
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十一話 着いた先、何かを隠す二人


 「私を殺してよ。」

私は思い切って言った。

こういえば、紗雪は私を絶対に殺せないはず。

私は、戸惑う紗雪の返事を待った。

しばらく沈黙が続いた後、紗雪はゆっくりとこちらに銃をに向けた。

正直向けないと思っていたから驚いた。

もし、知らない相手から銃を向けられたら、私は死を寸前に感じて震え上がると思う。

でも、私は怖くなんてなかった。

なぜなら、銃を向けているのが紗雪だから。

紗雪は絶対に、私を殺したりなんかしない。

紗雪が私を撃たない根拠なんてないけど、私は信じる。

「この引き金が引かれたら、美和は死ぬ。」

紗雪の手は尋常(じんじょう)じゃないほど震えていた。

そして、声も震えていた。

そんな紗雪を見て、やっと気がついた。

紗雪は追い詰められているんだ、と。

自分がいなくなれば私が助かる。

けれど、いなくなろうとしたら私たちが追ってくるかもしれない。

そうなればどっちにしろ私たちの命が危ない。

紗雪はどうすれば私たちを助けられるかずっと考えていたんだ。

でも、答えは出ていない。

そこで、自分を殺せば、私たちが助けたい命が無くなるから何もできないと思ったのだろう。

でも、それは違う。

私は紗雪にゆっくりと近づいた。

銃口は向けられたまま。

私の肝はそんなに据わっている訳じゃない。

むしろ、怖がりで臆病だ。

でも、紗雪が死ぬくらいなら、私の命はどうだっていい。

三歳の時に初めて会ってから、ずっと一緒にいた三人。

大輝は昔から、落ち着いていて、カッコつけてて、とにかく『大輝』って感じだった。

紗雪は昔から、泣き虫で、それでも誰よりも優しくて、面倒見が良かった。

私は昔から、『私』だ。

私たちは、変わったようで変わってない、そんな『私たち』なんだ。

たとえ環境が変わったとしても、私たちは何一つ変わってない。

みんながみんなを優先してていつも決断に迷う。

それでも、誰かが誰かをかばって死ぬなんて、あってはならない。

そっと紗雪が私に向けていた銃に触れた。

ひんやりと冷たいその銃は『誰かを傷つける』という言葉がぴったりだった。

大輝は、『銃は人を守るものでもあるんだぜ』とっ言っていたことがあったけど、それは嘘だ。銃というものがあるから銃で人を守らなければいけない。

それだったら、最初から銃なんていうものなんか無くしてしまえばいいんだ。

紗雪は下を見た。

「美和、ごめんなさい。本当に…」

「紗雪が謝る理由なんてひとつもないよ。」

私は紗雪の言葉を遮って言った。

大輝がゆっくりと近づいてきた。

そして、私と紗雪は大輝にげんこつをくらった。

「お前ら、ひやひやさせんなよ。素人が銃を持つと、どこに弾がくるか予想できねえからめっちゃ怖かった。」

そんな大輝の言葉を聞いて、

「ねえ、大輝。」

私が大輝の名前を呼んだのと同時に紗雪も大輝の名前を呼んだ。

つい声が重なってしまい、紗雪と顔を見合わせた。

「先に美和いいよ。」

紗雪は譲ってくれた。

私はどうしても今言わないといけないと思ったから先に言うことにした。

「なんだよ二人して。」

大輝は面白そうに笑った。

私は真剣な表情で言った。

「その銃、捨てて。」

「え!それ、今私も言おうとしてた!」

紗雪は私の言葉を聞いて驚いた顔で言ってきた。

紗雪と言いたいことが全く同じだったみたいだ。

二人で大輝の顔を見つめると、

「そんなに見るなよ。お前らの気持ちは分かった。けど…。」

大輝は困った表情を浮かべた。

「けど、なに?」

更に私が追及すると、

「相手は、ネーヴェだぞ。銃一つでも足りないくらいなのに、唯一の武器が無くなったら、命はないと思うしかないぞ。」

大輝は真剣な表情で言った。

紗雪と私はしばらく考えた。

そうして、しばらく考えた末に、ある一つのことを大輝と約束した。

「大輝、その銃の引き金は、二度と引かないで。」

紗雪は静かに言った。

「それじゃあ、持ってないのと同じだぜ?」

大輝は納得のいっていない様子だ。

「持っててもいいし、相手に向けてもいい。だから、絶対に引き金をひいちゃダメだよ。」

私は大輝を真っ直ぐ見つめて言った。

本当は、持っていてほしくもないし、相手がいくらネーヴェだからって向けて欲しくない。けど、それをダメって言ったら絶対大輝は納得してくれないだろうと考えた。

紗雪と私は、大輝の顔をじっと見つめる。

「…分かった。銃を捨てるよりはましだ。」

大輝は、渋々だけど了解してくれた。

その返事を聞いた私たちは、緊迫した空気を解放し、ほっと息をついた。

その時、タイミング良く貨物列車が止まった。

「着いたの?」

紗雪が大輝に聞いた。

大輝は静かにうなずいた。

「そういえば、どこに向かってたの?」

「そうだ、美和には言ってなかったな。俺の、生まれた村だ。」

私は、耳を疑った。

だって、大輝も親に捨てられて孤児院にやってきたはずだ。

どうしてここが自分の故郷だって分かったのかな。

しかも、村ってことは、都会からも随分離れたということだ。

「まあ、細かいことは後で話すから、とりあえず降りよう。」

「そだね。」

大輝は車両の扉をゆっくりと開けた。

そこから太陽の光が入ってきた。

久しぶりに見た太陽の光が予想以上に眩しくて手を目の上にかざした。

大輝は外の様子を確認した。

「よし。誰もいない。」

大輝は、先に降り、紗雪に手を差し伸べた。

紗雪はその手を取り、下に降りた。

それに続いて私も大輝の手を取り下に降りた。

大輝は扉をゆっくりと閉めた。

 辺りは都会よりも肌寒かった。

太陽の光が差してるっていうのにこんなに寒いなんて。

そして、ビルが一つもなかった。

建物さえもない。

あるのは、辺り一面畑や田んぼ。ぽつりぽつりと家が建っている。

さらに、空気はとても澄んでいて、肺が綺麗な空気に喜んでいるように感じた。

私は鼻から大きく息を吸う。

ひんやりとした気持ちいい空気が入ってきた。

そして大きく吸った息をゆっくりと口から吐いた。

とても、心が落ち着いた。

私はもう一度辺りを見回した。

「わあ、田舎…。」

思わず口から出た言葉。はっと思って口を押えた。

ここは、大輝の生まれた場所だった。

「あのなあ、美和。お前が東京生まれだからってなあ…」

言いかけた大輝は止めた。

どうしたんだろう。

そういえば今、大輝は私を東京生まれだと言った。

けど、私は交通事故に遭って三歳までの記憶がないから、生まれた場所だって知らない。

大輝を不思議そうに見ると、大輝は目をそらした。

何でそらしたんだろう。

「だい…」

「そうだ、こんな所にいたら不審がられる。早く行こう。」

私が大輝の名前を言おうとしたら、無理やり話題を変えられた。

一体どうしたんだろう。

大輝は私について、何か知っているのかな。

知っているなら、教えてくれたっていいのに。

私は、紗雪はどんな顔をしているのだろう、と思って紗雪を見た。

すると、紗雪もこっちを見ていたようで、目が合った。

紗雪は苦笑いをして、どんどん歩いていってしまう大輝を小走りで追いかけた。

二人とも、変なの。

なにか、私に隠してることでもあるのかな。

「美和ー、早くしろー!」

大輝が田んぼ道の中から大声で私を呼んだ。

「は、はーい!」

考え事をやめ、急いで二人の元へ行った。

「はあ、はあ。」

息を吐くと、辺りに真っ白な空気が広がる。

息。これは生きている確かな証。

それを私は、目をつぶってしみじみと感じた。

途中で息を整えた私はくるっと後ろを振り返って、思い切り叫んでみた。

声が枯れそうになるくらい叫んだ。

叫んで叫んで、叫んだ。

静かな田舎に響き渡った私の声。

大輝と紗雪はそんな私を見て、

「美和ー。早くしないと置いてくぞー。」

「美和は方向音痴だから置いてったら『死』確定だね。」

と笑っていた。

「聞こえてるぞー!!」

と背を向けて叫んだ。

何年ぶりかにこんなに叫んだ。

心の淀みが少し消えたような気がした。

そして、腕をぶらんと下げて、大輝と紗雪の方を振り返ろうとした、その時。

「美和。」

『あの声』がどこからか聞こえた。とても懐かしい声。

それも、響いていた。

いつもはあの場所で聞こえるのに、今日は現実の中で聞こえた。

近くでは無いようだ。

遥か遠い空から聞こえたような気がした。

一体誰なんだろう。

空を見上げた。

ただの空だった。大きな大きな空。

夕暮れ時の綺麗な空。

気のせいかな、と思い、急いで二人の元へ走った。

「美和、空なんか見上げちゃって、どうしたの?」

深い森に入った時、紗雪は笑いながら言ってきた。

「いやあ、なんか、いつも気を失ったときに聞こえる女の人の声みたいなのが、今聞こえてさあ。」

正直に話してみることにした。すると、

「なにそれ、怪談?」

前を歩いていた大輝が、大笑いしながらバカにしてきた。

「もう、話すんじゃなかった!」

私はムカッとしてそっぽを向いた。

「いいもん。これからは紗雪にしかこういうこと話さないから!」

「ごめんって。」

大輝はまだ笑っていた。

「紗雪、それでね…」

紗雪を見ると、紗雪は道の途中で立ち止まっていた。

完全にフリーズしている。

「紗雪?どうしたの?」

私は紗雪の顔を覗いた。

紗雪は、はっと我に返った。そして、私が不思議そうに覗いているのを見て、慌てて無理やり笑った。

「な、なんでもない!」

と言って、白い歯を見せてニッと笑った。

一体、どうしたんだろう。

「よし、今日はここらへんで野宿するか!」

大輝は後ろで起きたことを察しもせず、大きな声で言った。

目の前に現れたのは、大きな洞窟。

「は?野宿?」

私は驚いて大輝に問いかけた。

「ああ。」

元気にうなずく大輝。

「こんな奥深な森、しかも洞窟で野宿したら、ネーヴェどころかその前に命が危険だよ。」

紗雪は冗談なのか、笑いながら言った。

私は笑いながらなんて言えない。冗談じゃない!

「あのなあ、良く考えろよ。お前ら、ネーヴェを舐めてるだろ。紗雪はネーヴェの最高司令官、天馬誠の娘だぞ。しかも後継者!簡単に諦めるわけないと思うぜ。ネーヴェは大きな権力で常にアンテナを張っている。こんなど田舎でもな。」

「ほほう。紗雪さまー。」

私は紗雪に向かって両手を出した。

「ちょっと、やめてよ美和。言っとくけど私、天馬誠とかいう私を捨てた親の娘だなんて一ミリも嬉しくないからね?」

紗雪は言った。

「とにかく、今日はこのいかにも熊とかがいそうな洞窟で、野宿だ。分かったね?」

大輝はまるでどこかの先生のように言った。

「はい、分かりました大輝先生。」

紗雪はもう納得したらしい。

私は二人がいいならいいか、と諦めた。

でも一応、

「えー。私、反抗期の生徒だから嫌ですー。」

と反抗してみた。

「美和、そのキャラ似合ってる。」

と紗雪は爆笑していた。

「失礼な。」

そんな、キリがなく他愛のない話をしていると、あっという間に辺りは夕焼け空から夜の空に変わっていた。

これから、何が起きるか分からないけど、このまま楽しい雰囲気でいたいな。

私はそっと神様に願った。



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