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冷たい雪は、温かく笑った。  作者: 海松みる
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九話 逃げ切る三人、二度目の空間 


 「はあ、はあ。」

扉の鍵が壊れていなかったことが、今一番の幸いだ。

でも、窓ガラスは跡形もなく割れているから、侵入されるのは時間の問題だろう。

「美和、足…。」

紗雪は息を整え終わり、私の足を心配そうに見つめた。

私は自分の足のことなんか一切忘れていた。

まるで他人の足のように自分の足に視線を移した。

ジーンズに黒いシミが広がっていた。

さっきは熱かったのに、落ち着くとだんだん痛みが襲ってきた。

「大丈夫だよ。」

私は重くとらえて欲しくなくて、大輝と紗雪に笑って見せた。

「サイレンサーで撃ってくるとはな…。」

大輝は自分の責任だと言うように頭を抱えた。

サイレンサー。ドラマの中で聞いたことがある。銃を撃つ時に出る大きな発砲音を消せる銃。周りに響くといけないから、その銃を使ったんだ。

もし、当たったのが足じゃなくて心臓とかだったら、私は音もなく死んでいたのか。

そう考えると、これからずっと死と隣り合わせで生きていかなければいけないんだ。

「早く二階に上がろう。いつ入ってきてもおかしくない。」

「だね。」

紗雪は自分のリュックを大輝に持たせ、私をおぶさってくれた。

「ありがとう。」


 「二人とも、二階の扉を開けたらかがめ。」

「分かった。」

大輝は何やらリュックから銃を取り出した。

「大輝、そんなもの持ってるの?」

私がビックリして聞くと、

「銃は、人を傷つけるものだが人を守るものでもあるんだぜ。」

と名言っぽいことを言った。

だとしても、銃さえなくなれば、この世界も平和になるのに。

奪うために生まれた道具。

それから守るためにまた銃を使うなんて、変だ。

人はいつから奪うことを知ってしまったのだろう。

奪うのではなく、新しいことを生みだせば、この世界はもっと豊かになるのではないかと私は思う。

そんなこと、私みたいな立場が言っていいのか分からないけど。

大輝は二階の部屋、私の部屋の扉をそっと開けた。

そしてかがめという合図をされた私たちはかがんだ。

すると大輝は勢いよく扉を開けた。

怖くなって目をぎゅっとつぶった。

「安心しろ。誰もいない。」

大輝の声が聞こえ、ゆっくりと目を開けた。

大輝はゆっくりと部屋の中を進み、窓の外を覗いた。

「…おかしいぞ。」

大輝の低い声が聞こえ、顔をあげた。

「どうしたの?」

恐る恐る聞くと、

「車が、ない。」

そう、ぽつりとつぶやいた。

「美和、下ろすよ?」

「うん。ありがとう。」

部屋の壁に沿って優しく下ろされた私は、撃たれた足に手を置いた。

「痛っ。」

つい口から出てしまった本音は、紗雪に聞こえてしまったようだった。

「もう、やっぱり痛いんだね。」

紗雪は少し怒っている様子だ。

「いやあ、ちょっと痛むだけだよ…。」

紗雪の真っ直ぐな視線を避けるようにそらした。

紗雪は、自分のリュックから、救急セットのようなものを出した。

そして手慣れた手つきで傷を手当てしてくれた。

「ありがとう、紗雪…。」

申し訳なさそうに言うと、

「今度から隠さないでね!」

と包帯をぎゅっと絞めた。

「痛いよ…。」

「ごめんごめん。」

「大輝、外の様子は?」

紗雪は救急セットをしまいながら大輝に聞いた。

「それが、車がいないんだよ。殺気も無くなったみたいだし。」

「どういうこと?」

「俺にも分からない。でも、この家には長居できない。」

「わかった。」

紗雪は私の部屋を出て、隣の部屋へ行った。

改めて、自分の部屋を見渡すと、随分焼け焦げていることに気づいた。

でも、私の机の引き出しは無事なようだ。

足を引きずりながら机の方へ行くと、

「美和、大丈夫か?」

と大輝が心配してくれた。

「全然平気。」

 引き出しを開けると、中には大切な写真が入っていた。

それは、大輝と紗雪と私の三人で写っている写真だ。

大輝のお別れ会の時に撮った写真。

中学二年生の時の私たちは、まだ何も知らない満面の笑みだった。

この数日後にバラバラになるなんて思いもしなかったと思う。

その一枚の写真を、ウエストポーチの中に入れた。

「今の写真、懐かしいな。俺も持ってる。」

そう言って、大輝もリュックサックの中から取り出した。

「ボロボロじゃん。」

笑いながら取ると、

「うるせーな。しょうがねえだろ?」

と大輝も笑った。

すると、紗雪が戻ってきた。

「何、二人で笑っちゃって。」

紗雪の手には、一枚の写真と小さな箱のようなものがあった。

「その写真、あの三人のやつでしょ。」

私が言うと、少し恥ずかしそうにその写真を隠した。

「その箱はなんだ?」

大輝は紗雪が持っていた小さな箱を指さした。

「ん?ああ、なんでもないよ。」

と言葉を濁した。中身は多分、思い出のものなんだと思う。

「それより早く、ここから出なきゃいけないんでしょ?」

紗雪は話題を変えた。

「そうだね。」

私はそう言って、立ち上がった。

そのとき、ぐらっと視界が揺れた。

そして床に倒れてしまった。

そういえば、さっきから少し熱っぽかった気がする。

頭がぐるぐると回転するような感覚になり、目をつぶった。

まわる視界の中、大輝と紗雪が私の名前を何回も呼ぶのが聞こえた。

何で倒れたんだろう。

とても頭が熱い気がする。


 「おかあさん…。」

無意識に呟いたその言葉は、人生の中でもまだ数回しか口にしたことない言葉だった。

「ん…?」

体を起こすと、ほぼ力を入れずに立ち上がることができた。

まるで体が羽になったかのように。

足の痛みもない。

辺りを見回すと、前にも一度来たことがある、上下左右真っ白なところだ。

ここには、確か誰もいない。

でも、前は誰かに呼ばれたんだ。

それも、とても安心する声だったのを覚えている。

あの声の正体は誰なんだろう。

考え事をしながらしばらく歩いていると、向こうに何かがみえた。

とってもきれいに光輝く青いもの。

前来たときはこんなものなかった。

何だろう。

手を伸ばしてみた。すると、

ずっと向こうにあったはずの光輝く青い物体は、すぐ近くに来た。

まるで私が磁石になったかのように。

近くに来たもんだから、よく目を凝らしてみた。

それは宝石みたいにきらきらと光っていた。

丸くて、透き通った青色をしている。

宝石に詳しいわけじゃないから、なんの宝石か分からない。

でも、見てると安心する。それに、懐かしい。

それを取ってもっと近くで見たいと思い、触ろうとした。

「美和。」

その時、後ろからあの時の声が聞こえた。私は宝石よりもそっちが気になって急いで振り向いた。でも、そこには誰もいなかった。

がっかりして、もう一度宝石の方を振り向くと、前と同じように、だんだん視界が崩れていった。それと共に下も崩れていった。

「待って!!」

手を伸ばして叫んだが、私は落ちていった。

崩れていく視界の中に、人影が見えたような気がした。

でも、その人影らしきものはすぐに消えた。

気のせい、か。

そう思って、手を伸ばすのをやめた。

私の体はどんどん現実へと引き戻されていった。




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