急
割と書きたかった部分が書けたのでほどほど満足
書きたかった部分を納得いくまで描写できない自分の文才の無さが恨めしい
だらりと垂らした腕に淡い虹色の燐光を放つ剣を担い立つ男。
「僕は勇者だ」
彼は厳かにそう言った。
剣を担う腕を一振り、祈る様に前に掲げる。
その姿は正しく騎士のようであり、厳かな雰囲気を纏って。
剣の切っ先でこちらを示して、まっすぐにこちらを見据える。
「君が誰かは知らない。だがこの戦いは無意味だよ」
威圧するように吹きあがる魔力。張りつめていく空気は重く息苦しさを伴う。
静かな息遣いが何十も重なり、それでも勇者の声を待つように息をひそめている。
「生まれた時から勇者として育てられ、そうであろうとした僕と。
君とでは、残念だけど最初から立っている場所が違うんだ」
勇者は薄く微笑む。
「結果の見えた戦いで無意味な怪我をするのは馬鹿らしいだろう?君の為なんだ」
超然としたその姿はまさしく勇者と呼ぶにふさわしいもので。
溜息一つ。
「…だから?」
だから、なんだ?と問う。
いや、そもそも勇者として育てられてる時点でなんかおかしいと感じなかったんだろうかこいつは。
王国の歴史だと過去200年くらい勇者も聖女も現れてないんだけど。
突き抜けるような青空の下。ミティアス王国、王都クラウンにある闘技場。
そのコロッセオにも似た闘技場の中央、円状ステージの上。
試合開始直前の向かい合った状態でそんな事を言い出す勇者に溜息を吐くしかなかった。
あの森での出来事のだいたい一月後、勇者や巫女の誕生の報が王国全土に駆け巡った。
伝説の再来。その一報は一部を除いて、歓迎と共に受け入れられた。
というのもここ数年、王国の各地で魔族の活動が徐々に活発になり被害が広がり始めていたからだ。
ここ一か月王国西部周辺で重要な建築物が半壊したり、街の防壁が吹き飛んだり特に被害がひどいらしいが。
おのれまぞくめなんてひどいやつらなんだ。
近年ミティアス王国に中央・西部・南部地域では軍縮の傾向にあった。
敵対している国家は北部の一国のみで西部、南部に接する国家は友好的。
そして数年前までは魔族が出現する事は数えるほどで大型の魔獣が時折現れる程度でそこまで戦力が必要なかったからだ。
その状態から爆発的という速度で魔族の襲撃や被害が増えたので兵士達の経験不足は仕方ない部分もある。
だが一般に暮らしている市民からすれば目に見える危機が身近に増えたと言う事で。
そういった不安が高まっていた中での報である。大部分の市民は勇者や聖女を歓迎しない訳がなかった。
一方、特に歓迎してない一部のレギンレイヴ領。
他領の被害が受けるレベルの魔族が来ても問題は特にないのでどうでもいいで意見は一致している。
一時期レギンレイヴ領で不安を煽るように混迷について語る商人が増えたがまあセールストークだろう。
ついでに教会の騎士団の強さ、精強さを誇示していたけど気のせいだ。きっと。
周辺地域の領主から救援要請が来るんで逐次助けに行ってるが、
やっぱりレギンレイヴ領は他領に比べて魔族や魔獣多かったんだなぁと思う。
レギンレイヴ領内には瘴気封印が10に魔獣封印が7つもあったしそういう土地柄だったんだろう。
知識の中でも酷い目に合う筆頭の領地だからな。その辺の対策が早いうちに出来て良かった。
それでも勇者パーティのみでレギンレイヴ領及び周辺領以外の
王国領土の大半の被害の全てを抑えられるわけもなく。
王国全体の士気高揚の為、闘技祭が開かれる事となったのである。
知識の中でも開催していたが絶対そんな事してる暇ないと思うんだがね。
まあ、意味があって、問題無く進行出来ると思ってるから開催したんだろう。
レギンレイヴ領は通常運行なので良し。他の領は頑張れ。もしくはレギンレイヴ領までご一報。
現実逃避のように考え、思考は目の前に戻る。
「棄権してくれ、僕は弱い者いじめはしたくない」
「はぁ…」
もう既に勝った気でいる勇者の言に気のない返事を返すしかない。
しかしなんで勇者が出場してるんだ?
知識の中だと勇者は出場止められて観戦していたはずなんだけど。
というか、同僚に調べてもらった限りだと現在レギンレイヴ領周辺を除いてどこも阿鼻叫喚の様相らしいと聞いたが。
勇者に熱烈な、それこそ死に物狂いに救援要請が教会に送られてるって話だったんだが。
ちらりと勇者の後方に視線を飛ばせば、いいぞ!もっと言ってやれ!と観客席から勇者パーティの声。
祈るように両手を組んで縋るような眼でこちらを見る聖女。
誰も怪我をしないように、傷つかないようにと祈るように。
クソ食らえ。
「審判。とっとと始めてくれ」
「棄権はしないのか?」
審判は訝しげに訪ねてくるが、
「するわけないだろ。馬鹿馬鹿しい」
手をぶらぶらと振り、体の調子を確認しながら返す。
棄権するならそもそもここに立ってないしどうでもいい。
こっちの目的はお前じゃないんだよ。
とはいえ勇者だ。それに選ばれるに足る力量はあるのだろう。
なら全力だ。ここで敗れるとしてもそれは俺が未だ足りないというだけ。
心配なのは観客席にいるはずのアトリが聖女に接触しないかだがそんな事を今考えている暇はない。
誰かの前に自分の心配せねばね。
「僕の気遣いを無為にするのか?」
「気遣いですらない」
鼻で笑うように言い捨てる。
「俺の意味をお前が決めるな。未だ勇者でもないお前が囀るなよ」
「何…?」
勇者っていうのは、自分で誇り名乗るものじゃない。
何かを成し遂げた後にその名誉を、勇気を誰かに謳われてこそのものだろう。
ああ確かにお前は選ばれたのだろうさ。勇者という名の駒に。
でも、お前はまだ何も成し遂げていないだろう?
試合開始直前の今ここで棄権しろなんて言うのも噴飯ものだ。
尻尾を巻いて逃げろよ雑魚、とそう言外に言っているのが透けて見える。
勝てないなら挑むな?そうじゃあないだろうがよ。
今まで積み重ねた鍛錬と勇者に選ばれた自負による傲慢か。
つーか気遣いだというのならせめて聖剣を置いて来いよ。
なんで対魔族用の剣を人間相手に使おうとしているか。別にいいけどさ。
あー、なんだか刺々しい気分が胃の辺りに痞えている感じ。
「トーマ!」
さざめくようなざわつきの中でも聞こえる後ろからの声。優し気にそれでも余裕綽々に飄々と。
ふてぶてしく笑っているのだろうな、と想像しながら片手をあげて背後に応えた。
名を呼ぶ一言だけでも心が躍る自分が恨めしい。
そして誇らしくもある。心強い味方がいるのだ、と。
たむ、と震脚一つ。足を前へと踏みだして構える。
「さあ、来いよ。勇者様、どうでもいいんだ、おまえなぞ。
お前に求めてるのは今ここで全力を出してくれることだけだ」
言って、挑発的に笑う。
戦いになると思考がアッパー入ってヒャッハー思考になるのはどうしようもない。
ぶちかまして、焚き付けろ。やるなら互いに本気で全力だ。それでこそ。
勇者は仕方ないとでもいう風に肩をすくめ、
「始めてくれ」
「え、いや、しかし…」
「彼は選んだんだ。それならばそれを尊重するべきだろう」
構え、睨みつけ、魔力の高まりを叩きつけあう。
審判は神妙な表情となり、互いの中央に立った。
しかし少し考え5歩ほど後ろに下がって、右手を上げる。
開いた右手を前に緩く握った左手を腰に。半身に構える。
勇者は両手で聖剣を中段に構え、合図を待つ。
その一瞬で会場中がシンと静まり返り、
「始め!」
審判が言い手を振り下ろした瞬間、風が唸る。
勇者は審判の声と共に一直線に、大上段に聖剣を振り上げて、こちらへと踏み込み跳ぶ。
一撃で終わりだ、と勇者の目は雄弁に語り、
「ムーブ・アース」
応じるように詠唱。二重、三重に魔法を動かし、待機。
初撃は捌かれる。様子見それでいい。2撃目、3撃目。それ以降はアドリブだな。
でも、と思う。
視界の向こう、飛び込んでくる勇者の策は。
――身体強化のみ?俺の見えていない攻撃があるのか?
引き延ばされた集中の時間の中、振り上げた勇者の聖剣は稲妻のように陽光に煌めいて、
「な!?」
大上段から振り下ろす為に最後の一歩を踏み込んだ勇者。
その足が、踏み込んだ地面が、踏み込む勢いそのままにステージの下へ高速に沈みこむ。
それと同時に沈んだ足の隣、ステージの一部が柱のように勇者の顔面に向けて伸び。
勇者が咄嗟に魔法障壁を展開、防御。
来るか、と魔法の2撃目、3撃目を準備して、攻撃に備える。
地面から伸びた柱が障壁と衝突。
――防いで、回り込む?一回下がって立て直すか?そのまま魔法攻撃?
障壁が砕け、激突する鈍い音。
…あれ?
伸びた石柱を顔面に受けた勇者は後ろに仰け反り、そのまま崩れ落ちていく。
…あれ?
沈み込んだ穴に右足を突っ込んだまま、仰向けに倒れてピクリともしない勇者。
…あるぇ?
歓声は上がらない。皆息をのみ、静かだった会場は更に音を失って、
「そ、そこまで!勝者、トーマ・クランズ!」
静まった会場の中、審判の宣言がだけが空しく響いた。
◇
「いや、まさかまさか」
「こっちの台詞なんだよなぁ」
「あそこまで勇者が間抜けであるとは思わなかったな」
「おかげで不完全燃焼だよこっちは」
闘技場の外への道をクツクツと笑うアトリと共に歩く。
いや、レギンレイヴ領の兵士でもあんな一撃で倒れるような奴は
いなかったから小手調べのつもりだったんだが。
まあうちの連中だったら俺相手に真正面から突っ込んで来ないし、
アレを食らっても多少姿勢が崩れる程度なんだけれど。
侮られていた、そういう事だろう。
不意の、食らうはずがないとタカをくくっていたところに一撃が入り。
食いしばる事も耐える事もできなかった。それだけの事だ。だろうか?まあいいや。
勇者の全力が見れなかった事は残念ではあるが、どうでもいい。
あれが全力だったとは思いたくもないし。
「でも、君の目的は次の相手なんだろう?」
「おう」
「えーと次の相手名前がアレクね。それでこいつはどんな…アレク?」
何かに気付いたのかトーナメントの写しを神妙に眺めるアトリ。
それから微妙な顔になってこちらに視線を飛ばしてくる。
「何も言うな。俺達には関係ない事だ」
「何も言わないさ。道理で、と納得しただけ」
王国の闘技祭に何故か敵国の将兵候補がエントリーしてるなんて事はね。
この大会の運営者が承知の上でもそうでないとしてもそこは俺達の管轄じゃない。
アレクセイ・ヴェルザーがこの闘技祭に潜り込んでくる事を知識の中で知っていた。
一応確認の為に網を張って、別の国を経由して入国してるのは確認をしてもらってたけどね。
「この間ウメさんに頼んでたのはこれか」
「まあそれもあるけど」
勇者パーティに北の国の間者が一人いるのでそれのついでで調べてもらってただけだ。
どうなってんだ勇者のパーティ。
知識の中では圧倒的な強さを見せ、アレクセイが優勝を引っさらっていくという強さと顔見せ。
王国が他国の人間であろうと強さは認めそれを讃える度量の広い国という印象の為だったかと思う。
いや国のメンツとかそういうの丸つぶれじゃないだろうかそれ。
士気高揚の為の祭で一番やられちゃダメな奴だろ。
それはそれとして。
大会終了後、勇者聖女パーティと接触イベントがあるはずで。
…いや現実と妄想を一緒くたにしてはいけないんだろうけど。
知識の八割程度流れを踏襲してるので勇者の動きに関してはある程度の確度はあると信じたい。
その今後の流れ如何によってはアレクセイが血迷って弱体化する可能性がある。
ここが奴とまともに戦える最大で、もしかしたら最後のチャンスでもあった。
大会の中で戦えるのならいい。勝ち抜けばいずれ戦える。
まあもしも戦えなかったとしても暴いて、追い打てばいいのだ。
無論他の人間に迷惑にならない所でね。
邪魔は入らないだろう。余計な事はしなくて済みそうだと口の端が上がる愉快な気分。
「勝てるかなんて聞くのは、無粋か」
「そうだな」
「じゃあこう言う。君なら勝てるさ」
「ありがとよ」
アトリも楽しそうにくつくつといつもの含み笑い。
ありがたいね、と肩をすくめ楽の姿なまま肩を並べ外へと歩いていこうとして――
「待って!」
叫ぶような声。それと共に後ろから、人が駆けてくる足音。
聞き馴染みのない声に振り向けば、
「待って、トーマ・クランズ、さん」
桃色の髪を持つ女性。
黒の髪。青の髪。橙の髪。緑の髪。
聖女と、勇者以外のパーティの一団だった。
反射的にアトリの方を見る。
無いとは思うのだが。あっては欲しくないのだが。
奴にしては珍しく眉間に皺を刻んだ険のある顔。
ちょっとホッとした。一目惚れとかベタな流れはないな。セーフ。
もう一度勇者の一団に視線を戻す。
不安げな聖女に、一様に険しい表情の男達。
どいつもこいつもタイプは違うがイケメンだな腹立たしい。
よく見れば橙の髪の男はちょっと顔が青いが。
「何か御用で?」
「どうして、」
言葉を詰まらせるように聖女は、
「どうして、あんな卑怯な事を!貴方には誇りはないんですか!?」
…はい?
「そうだ。ステージ上に仕掛けがあったんだ、あんな戦いは無効だぜ!」
黒の戦士が威嚇する様に言い。
「彼があの程度で負けるはずがありません。挑発して細工から気を逸らさせるとは卑怯な」
青の神官が眼鏡の中央を押し上げながら語り。
「…恥を知れ」
緑の騎士が静かに言い放った。
そんな威勢のいいパーティの連中とは対照的に橙の斥候の顔色はどんどん悪くなっているけど。
「今ならまだ間に合います。非を認めて、彼に、勇者アークに謝罪をしてください」
「…はあ」
気のない返事。何言ってるんだかちょっとわからんね。
助けを求めるようにアトリを見る。
ふーやれやれと肩をすくめ、余裕綽々と言った風。
「少しいいかい?お嬢さん」
「…貴方は?」
「トーマ・クランズの上司さ。まあまだ暫定だがね?」
言い、挑発的に微笑むアトリ。
あれ、これはあかん流れでは。
王道の流れで無茶を押し通そうとするヒロインにちょっとした強引さに面食らいつつ
新鮮さを感じてちょっと気になってしまうとか胸が高鳴ってしまうアレな流れでは?
「おい、アトリ」
聖女との間に遮るように立とうとするが、アトリは手をかざしてこちらを遮り、
「君が不甲斐無いのが問題だろう?いつもの適当なくらいの太々しさはどこへやったんだい?
こういう分からず屋には一言で言ってやればいいんだ」
笑みのまま、
「あの程度の男にそんな小細工するわけがないだろめんどくさい、と」
「一言じゃねぇじゃねーか」
あんまり心配なさそうな感じ。
いつも通り過ぎて肩透かしなようなほっとしたような。
「な、」
こっちのあんまりな言い様に聖女は言葉を失って、
「そ、」
「第一に」
聖女の言葉にかぶせるようにアトリは言う。
「君達の言い分は、運営が判断したものかい?それとも君達の独断かな?
そして第二に、もし問題があったのなら何故君達が直接言いに来たのかな?」
「そ、それは」
「運営にはもう言った。だが聞き入れられなかった。
だから人数で囲んでこちらに言い分を通そうとした、とそういう事かな?」
「ち、違います!」
否定はする聖女。だが、言葉を探し、詰まり、やがて。
「泣けば解決すると思うわけだ。やれやれ卑怯者はどっちなのやら」
「やめてやれよ」
「君は変な所で気を遣うのをやめなよ。こういう手合いにはさっくり言うのが君だろうに」
「こういう自分の用件だけ押し通して人の話を聞かない輩には関わりたくないんだよ。
面倒だし、バックに権力が見えていればなおさらな」
言葉を作れず、涙を流し、俯く聖女。
それを抱きよせるように慰める青髪。
黒の髪の戦士はこらえきれなくなったようで、
「あぁ!?てめえ…!こいつを泣かせておいて」
「大丈夫だよ、私達は君の味方だ。女性の扱いを知らない不作法者共が…」
「…」
緑の髪の騎士は無言で武器に手をかけている。
ここは運営呼ぶべきかなぁ。でも教会の手が回ってたら最悪こっちの責任になるんじゃ。
本当にめんどくさい。
そういう裏取引みたいなのはとーさんとかの専売特許だし。
「泣かせた事については謝罪しよう。だがね?
誰にも明らかな決着の上で卑怯だと罵られているのだよこちらは」
「それはお前らがステージに細工をしていたからだろうが」
なんか話通じねぇな、やっぱり。
「あれはただの魔法攻撃なんだが」
「あれを魔法攻撃と見抜けるのはある程度の実力があるか君の非常識さを知ってる奴だけだよ」
「いまサラッと俺の事貶めなかったかお前」
「いつもの事だろう?」
…まあいいか、と溜息。
いつものことで、そういう間柄だ。気安くて良い。
そんな態度が気に入らないのか青髪の神官は、
「勇者を倒すと言う事がどういう事なのか貴方方は分かっているのですか」
「お優しく強い勇者様方が立場と権力を盾に脅迫をすると」
「そこまでは言いません。ただ、立場を弁えていただきたいと言っているのです」
「多少腕が立つぐらいで調子に乗るような奴は流石に頭冷やしてもらわねぇとな」
そう言って、拳と掌を打ち合わせる黒髪の戦士。
下がって、と聖女を後ろへと下がらせる青髪。
そして、敵意に満ちた視線をこちらへ向ける。
分かりやすくて大変よろしいね。なんせ、消化不良なんだこっちは。
正当防衛でどうにかなるかな。どうだろうなぁ。
アトリの前に出て、後ろからささやくような一言。
「上と話はついてる」
聞こえた声に口の端に笑みが浮かぶ。
最高だぜマイフレンド。後を気にしなくてもいいのは実に良い。
聖女一団と向かい合うように立って、
「ちょ、ちょーっと旦那方!ここで問題起こすのはまずいって!流石にこの状況はこっちの責任になるから!
あっちは一応勝者側の選手でこっちは敗者側の観戦者なんだからさ!」
不穏なこっちに気が付いたのか明らかに顔色の悪い橙色が間に割って入ってきた。
「…テメェ、どっちの味方なんだよ!」
「少なくとも人数で囲んでるこっちに正義はないだろ!」
「…お前には彼女の涙が見えないのか」
「それはあっちの正論に何も言えなくなっただけでしょうに!
勇者も、聖女だって全部を思い通りにできる訳じゃない!」
悲鳴じみた橙の髪の声。
…苦労してるなぁスパイ君。
気勢が削がれてしまった。
「これ以上何か言う事もなさそうだ。行こう、トーマ」
「うん?ああ」
アトリに腕を引かれ、彼らを置いて歩き出す。
「アンタらが、勇者を信じてるのはわかった」
歩き出して、背中の後ろへ言い捨てる。
勇者との決着から10分も経っていない。
だからきっとすぐに異議を申し立て、却下されてこっちに来たのだろうか。
気絶した勇者の傍にいなくていいのかね。ここにいないって事はまだ気絶したままなのだろう。
目覚めた勇者から何かを聞いた訳でもなく。
ただ信じる事が出来ないから、憤りをぶつけに来たのだろうか。
だとしたら、
「現実も勇者の意志も無視して無理矢理に自分の思い通りに歪めようとするのは、正しい事なのかね」
誰に言うでもない独り言。どうでもいいが。
◇
闘技祭の会場は盛り上がっているらしく、時折会場から湧くような歓声。
大会は盛況らしく、通りや出入り口を埋め尽くすほどの人の波が絶えず流れている。
廊下での一件の後、特に運営に呼び出される事も無いまま。
次の試合までそれなりに空き時間もあるようなので気分転換も兼ねてに外のカフェで一服する。
時たまこちらに視線を向ける人や指さす姿。
遠巻きに見られて声をかけてくる人間はない。敵意みたいなものも感じない。
俺が鈍感なだけか。邪魔されないならどっちでもいい。
そんな時間帯を屋外カフェテラスに友人と向かい合って座り珈琲を啜りつつ過ごす時間。
まったりしている。実に良い。
「さっきはありがとうよ、助かった」
「ふふ、一つ貸しでいいよ」
「マジかよ。今度は何させられるんだ」
「なら母上へのプレゼントを今度一緒に選ぶのに付き合ってくれればいいさ」
「それだけでいいのか?それで貸しを返した気にならんぞ、こっちは。このクッキーをやろう」
「それ僕が注文したやつだろ」
クスクスと笑いながらクッキーをつまむアトリ。
安上りが過ぎる。割と危険な橋渡らせたんだが。
「何、君の休日一日を借り上げると意味では十分さ。
ついでに新しい料理を毒味してもらって、ああ、あと皆との散歩も付き合ってもらおうかな?」
「割といつもの日常じゃねーかなそれ」
「ここの所はそうでもなかっただろう?」
「あー、うん」
ちょっと拗ねるような声音。
まあ、最近は勇者聖女パーティ対策で忙しかったからなぁ。
肘をつき両手でマグカップを包むように持つアトリは声音を変えないまま、
「そんなに、あの勇者達に僕を会わせたくなかった?」
「…どっちかってーと聖女の方かな」
言うと、ちょっと複雑そうな顔。なんだその顔。
「ふーん。君はあの聖女みたいにスタイルが良い方がいいのか」
「…まぁうん。でなくて」
「そうか、スタイルが良い方が好みと」
うむうむとちょっと得心したようなアトリ。悪いかよ。男の性だよ。
んん、と軽い唸りのような咳払い。
悩むように眉間にしわを寄せ、顎に手を当て、
「そ、そのあんな短いスカートはちょっとどうかと思うんだが、えーと、どう?」
迷うようなアトリ。あれまだやばいのかこれ。大丈夫?聖女意識したりしてない?
まあ聖女の格好もどうかと思うよな。胸元バーン出てるし膝上ミニスカートだし。
あの格好で聖女は無理があるでしょうよ。
しかしスカート。スカートねぇ…。
「いや、スカートには昔からいい思い出無くてなぁ。…主にレギンレイヴ卿の姿がちらついて…」
「…あぁ…それで昔からスカートの女の子に微妙な顔してたのか」
あの人が俺と会う時、大体女装だからな。
見たくもないモノを明確に覚えられるくらいの頻度で会うもんだから、
スカートというかフリフリした少女らしい恰好そのものがトラウマになりかけてます。
「レイアさんはパンツルックだったし、母上は?」
「夫人はロングスカートでジャンル違うから問題なかったんだがね。レギンレイヴ領は、その」
「あれは紡績・服飾関係の研究もあったからね。
どっかの誰かが開拓計画完全にぶっ壊したから色々手を伸ばしたんだよ」
「そんな影響考えつくわけないんだよな」
前倒しに開拓計画が終わってその分の資金と労働力が色んな分野に散った結果。
特に伸びたのが植物系の繊維、家畜の毛などの紡績。そして服飾である。
なんかレギンレイヴ領が服飾文化の流行最先端とかになってて笑えない。
でもって、何故かレギンレイヴ卿が街の若い女性達(一部男性)のファッションリーダーになっていた。
町中がフリフリの女性ですよ。そして脳裏にちらつくファッションリーダー(女装)。
俺に出来たのは現実から目をそらしてアトリとつるむか兵士連中と馬鹿やるかだけだったさ。
自分を鍛えるのにも忙しかったから、はっきり言って女性を眼中に入れてる暇はなかったし。
「その収益でゼーマさんの高笑いの響く事響く事」
「マジかよ親父殴らなきゃ」
「そのおかげかクランズの家と友誼を結びたいって話多いよ。君の嫁に・君を婿に、てね」
「それでこの前「ちょっとモテるからって調子に乗るなよ山猿が…」とか罵られたのか」
その後、かーさんと遊びに来ていたレギンレイヴ夫人の笑顔の並びで凍り付いてたけど。
そうか、俺もいずれ嫁探さんといかんのか。
自分の強さ探求とかアトリの聖女対策の事とかばっか考えていたが、うーむ。
「いっそのことお前が女だったらなぁ」
「な゛っ!?…君はッ!!」
アトリは一気に赤面し、立ち上がり、テーブルをたたいて、
叫びかけて、抑えて一息。
座り直し、目を閉じて、額に手を当て、もう一度深呼吸。
赤面してるのは気のせいか。頭に血が上ったせいだろうな。
半眼のジト目でこちらを睨みつけてくる。
「ぶっ飛ばすよ?トーマ」
「冗談だよ。悪かった。嫁なぁ…」
女顔だし、ちょっと前に腰・尻辺りを見てムラッとして死にたくなった仕返しである。
心に傷が残る自爆攻撃なのでプライスレス。衆道じゃないです。
衆道じゃないです。
結婚するならアトリレベルで気安い奴じゃないとなぁ。
んでもって、俺が強くなり続けようとするのを見守ってくれる事。
そしてせめて性別は女がいいです。
アトリの事は言えないぐらいハードルたっけぇな。
まあいいや。と椅子に体を預け、頭の後ろで指を組む。
「まー最悪俺が嫁見つけなくてもソーマいるし家は途絶えんだろ」
「そんな事言ってるとまたレイアさんにぶっ飛ばされるよ」
「俺の好きにさせてくれるのが最低条件だしそんな奇特な奴ぁそうそういねぇよ」
「そうかなぁ。ヘスカとかは?」
「あいつは自分の作物が大事なだけだろ。俺を土壌改良装置・耕運機としかみてないぞアイツ」
「女の人は5秒あれば変われるらしいよ?」
「おっそろしい」
面白げに言い合い笑いあう。
気安くて心地の良い時間。
「ああ、そうだ。君に鏡を頼みたかったんだった。新しい姿見が欲しくてね」
「そうなのか?じゃ、あっち帰ってからな。銀鉱山漁ってこなきゃ」
「設備もなしにその気軽さであれだけの鏡を作る君はホントに頭おかしいよねぇ…」
と、その時遠くからこちらへ向かってくる兵士の姿が目に入る。
「来たかな?」
「そうみたいだな。
多分、この後王都が大変な事になるだろうから先にレギンレイヴ領へに帰っててくれ」
「ああ。わかった」
いやにすんなり頷くアトリ。
お前さん王都が大変な事になるって言ってんのにその反応はどうよ。
アトリはそんな俺の微妙な表情を面白がる軽い調子のまま。
「心配はしてるよ?けどまあ、君がいる以上最悪には至らないって思ってるからね。
だから僕は君にこう言うよ」
アトリはふわりとした自然な笑みのまま、
「笑みのまま、君を待つ事を誇りにさせてくれ」
そう言った。
「うるせぇよ女顔」
「困った事に僕は綺麗らしいからね?母上にドレスでも仕立ててもらおうか」
「やめろ馬鹿」
心労マッハなのでヤメテ。
◇
轟音。爆熱。哄笑。
「ハハハハハハハハハハッ!」
「何を笑うかッ!」
叫ぶ、笑う。腹の奥から。
「おいおいおい!楽しんでないのか、お前はさぁ!」
「貴様のような気狂いと一緒にするなッ!」
矢継ぎ早に岩塊を生み出し、研磨圧縮、重力制御、射出。
それを目の前の相手は溶かし、爆砕し、剣腹で凌ぎきる。
菱形に三十並べて射出。
それらを追い越して、足場を生み出し、跳ねるように機動し、奴の後ろに回り込んで、
「チィッ!」
「何故笑うかって?おっもしれぇからだろうがよぉ!」
ただひたすらに。何も、憂いも心配もすべて捨てて。
相手を打倒する為だけに全力を尽くし、試せる相手って言うのはさ!
奴は俺の方に体を向け、蹴りを腕でいなし、
追いついて飛来した岩塊を見ないまま破壊して、高熱の球体を射出。
後転、バックステップ、震脚。岩塊を足元から打ち出す。
「聞けよ馬ぁ鹿!テメェの腹の奥にだってあるか?あんだろうが!
弱いもの退治してとふつふつと湧くような物足りなさってやつがよぉ!
自分より強い目の前の敵を打倒したいっていう欲がさぁ!」
「そんなものはない!」
「あぁ!?」
一撃、二撃、三撃。拳と剣。炎と石塊をまき散らしながら交差する中で言葉を飛ばす。
「吐き出す意気すらねぇのか腰抜け!それとも俺は敵ですらないってか!?」
「敵だ!そんな相手と何故言葉を交わさねばならん!」
「だったら吠えてみろよ。さぁ!負けたくねぇんだろう!?勝ちてぇんだろ!?だったら、」
だったら、
「本気で来いよ。アレクセイ・ヴェルザー。行くぞ。死なないように全力で頑張れ」
一息。
音が消えた。
大雑把にぶち込んだ魔力は律義に答え、王国中のどこからでも見えるような100m級の塊を生み出す。
その場の音すべて掻き飛ばすほどの莫大な質量の岩が、王都のど真ん中。
会場の半分を影で覆いつくすような巨大さをもってステージ上から棘山が生えた。
否、それらの一部は途中で折れていた。棘山の一部は抉れ溶けて、失われていた。
口の端が上がる。
ああそうだろう。それくらいできるよな。
「もう後には戻れんぞ、理不塵」
「今更何を言うかと思えば。初めから分かっていただろう紅灰の」
シュウシュウと何かが溶けていく音と煙を上げながら、凄まじい熱量を伴ってその男は歩く。
紅灰のアレクセイ・ヴェルザー。
同年代最強と謳われる男がそこにいた。
震える。目の前の男が本気になったとそうわかるが故に。
笑ってしまう。楽しそうでワクワクして仕方がない。
自分で名乗るからじゃあない。
その功績と強さを誰かに謳われ、畏怖されるからこそ称号に意味はある。
この情報の少ない世界では自国の人間の名前だって知る手段は限られるのだ。
それが他国の人間となればもっと難しい。
つまり称号や2つ名を以って語られる人間はそれに相応しいだけの何かを認められた証左に他ならない。
まあ俺やアレクセイの場合若さの分で多少誇張されてるきらいはありそうだが。特に俺とか。
首を傾け、柔軟。ゴキリと首が鳴る。
調子は悪くない。どこまで拮抗出来るだろうか。
しかし、
「場所を変えるぞ。ここは流石に狭すぎる」
「おやお優しい」
「気遣いという奴だよ。外交上、俺がここにいるのは問題なのでな。
ここまで目立つつもりはなかったが貴様がいるのなら」
瞬間。
地面から剣を生み出し、引き抜き、撃ちだされていた紅蓮を切り裂いて、下段から薙ぐように抜き打つ。
その横薙ぎの、10mの大剣での攻撃を自前の剣で軽々と防ぎ剣を砕くアレクセイ。
「ここで始末つけるのも悪くはない。が、流石に敵国とはいえ無辜の民を巻き込むのは俺の誇りに悖る」
「左様か」
「もっとも、それを心配するのは貴様も同様だろう?
どちらかが散るにせよ本気を出せなかったなどという戯言は聞きたくはない」
「ははは、それは同感だな」
まあアレクセイはともかく俺が本気出すと王都に素敵なオブジェが生えるからな。
ここで戦えば街に被害は出る。流石の俺も無関係の住民に迷惑をかけるのはない。
「ふッ」
どちらともない軽い息遣い。
一息で闘技場の柱を、壁を駆けのぼり、屋根に飛び移って、越えて闘技場の外へ。
今更この大会に用はない。アトリは一足先に帰らせたし、王都にいるべき用事は終わったのだ。
俺は重力を操作し、アレクセイは爆発を利用するように王都の空を駆け、街を追い抜いていく。
あと闘技場の山も元に戻しておかなきゃなぁ、ハハハハハハハハハ。
着地。魔力を流し、背後に離れた闘技場にそびえたったオブジェを元の様に戻す。多分元通り。
後は知らん。知らない。どうだっていい。
飛んで跳ねて、ふわふわとしたいい気分。
今気にするのは、あの男との戦いだけでいい。
一等一番の男になる為に。
いいや。この世界で生きている事を確かに噛み締める為に。
駄目な勇者&聖女テンプレすぎて辛い 戦闘描写が苦手&ワンパターンで悲しい
もう少し描写出来るだろと自分でも思うにせよ蛇足が多すぎるとも思うジレンマ
そんな拙作ですが楽しんでくれる人がいることを願って