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この世界への自覚から季節は巡り。


アトリエの街を一望できる丘の上、魔法でつくったベンチで黄昏た気分でコーヒーをすする。


幼少から薄々感じてはいたものの、かつての世界ほどはっきりとした四季はないが冬の厳しさはなかなかだ。


食料系がね。いやマシにはなったんだけれど。物足りない。

珈琲が日常的に飲めるのに砂糖が希少とかいう訳の分からない偏りは何とかしてほしい。


俺が領地に引いた道はなんだかんだ役に立ってるらしく、

ここ数年で商人の往来が数倍に増えたとかなんかでとーさんがなんか狂喜乱舞してたのは記憶に新しい。


人や物資の流れが増えて、昔に比べ目に見えて活気が出てきたアトリエの街。

経済の発展ってこうやって起こるんだなぁとしみじみ思う。


ゲームでもそんな風に街が大きくなっていくのをワクワクしながら見ていた覚え。

そんな光景が現実になっていくのは嬉しさが溢れるというものだ。


ただ、まあ物資の行き来は増えたが全体的な種類には乏しい。様々なお菓子が恋しいです。

スナック菓子みたいなの食べたいけど今だとポテトチップスっぽいの一択だしな。


生まれる前の世界の利便性はやはり突き抜けていたのだなぁとドライフルーツをつまみながら考える。

これでもこの世界ではかなりの贅沢なのだがちょっと物足りない気分。取り戻せない憧憬に似た贅沢の思い出。


魔法がある故、食物の保存などは時代背景を考えるとずっと便利なんだろうけどね。

知らないはずの事を知っているっていうのはこういう時に厄介である。


後ろから落ちた葉を踏みしめる足音。聞きなれた重さ。


「やっぱりここにいたか」

「アトリか、何だ?またジョセフィーヌが修行の旅という名の家出したか?」

「いいや?何かあったとすればドルーチェとベルモンドが

 訓練したいとジョッシュ達を物欲しげに見てただけだよ?」

「やめてやれ」


首を背後に巡らせればこの数年ですくすくとイケメン感の増した幼馴染。

仕立てのいい長袖、長ズボン。普段着でもオーラが出てやがる。


大きく木を揺らすような風が吹いて、今日はちょっと風が強いなぁ、

なんて呟き前髪を抑える姿だけで絵になるのはやっぱり主役格の存在感というのものなのか。


「何って、今日はダンスの練習の日だろう?屋敷に来ないから探したよ」

「何が悲しくてお前とペアでダンスの練習しなきゃならんのだよ」

「レイアさんの指示だからね」

「それ言われると会話強制終了でダンスの練習はじまるからやめろ」


ダンスは舞、すなわち武に通ずる。足捌き・体捌きを抑えておいて損はないとか。


「あとお前脳筋だけど一応貴族なんだから女性の扱いの基本くらいは覚えておくのだよ」


とはかーさんのお言葉。


なんでその扱いの相手がアトリなんだよ。せめてメイド連中でしょう。


野郎二人が踊ってるのを見てキャーキャー言うなメイド共。

そして手を取って踊る最中に頬を染めるなアトリ。やめろ。


「僕じゃ不満かい、王子様?」

「本当にやめろ」


お前女でも通じるような顔してるんだから。

腰辺りもやばいんだから「ここに手を添えて」とかで恥ずかし気に頬染めんな。


最近は俺がそう思ってるのを知ってかからかうような言動が増えた気がする。


冗談めかした軽い声音と面白がるような表情でくっくっと喉を鳴らすアトリ。

随分と不敵で飄々とした感じに育ってしまったな。


「しかし君はここ好きだな。ここ座っても?」

「わざわざ確認する事でもないだろうに。コーヒー飲むか?」

「もしかしたら君が誰かと待ち合わせしてるかもしれないじゃないか。

 お邪魔虫にならないかと少しは思ったりするだろう?ミルクはあるかい?」

「待ち合わせならこんな寂れた街はずれじゃなくてもっと気の利いたとこに行くわ。

 あと珈琲はブラックに限る」


だろうね、とアトリは持ってきたクッキーを出しながら言う。


気が利いてるぜマイフレンド。珈琲には砂糖系のお菓子が欲しくなるんだ。

ドライフルーツもいいけど果物系の甘さは微妙に珈琲に合わんと個人的に思う。


「トーマは甘党なのに変なとこでこだわるね。そんな事言って前はカフェオレ飲んでたくせに」

「カフェオレと珈琲は別物だ。紅茶は敵」

「でもミルクティーは飲むと。ダブルスタンダードも甚だしいね?珈琲はいいや。それもらうよ」


言って、こちらがつまんでいたドライフルーツを示したのでそっちに押して寄せる。


甘いのはいい。苦いのもいい。だが渋いのは駄目だ。

俺が紅茶を淹れるのが下手なだけともいうが。


「紅茶は僕に任せてくれればいいのに」

「単純に珈琲の方が好きなんだよ。それに立場上いかんだろ」

「ふーん。今日の晩御飯は何がいい?」

「肉」

「君はそればっかだな」


笑みで言われ今更だと思い知る。


料理の研究をやっているうちに楽しくなったのか、アトリは料理にハマったらしい。

暇を見てはお菓子などを作り、時には晩飯を自ら作って振舞うほどだ。


レギンレイヴ卿の視線が今日も痛い。

いや、家族ぐるみの食事会みたいなもんだから。餌付けとかされてないから。


言い訳を内心で吐きつつ、この流れはいじられ続けるやつだ、と思う。


何か別の話題。


しかし、ダンスの練習。…パーティー用か。

そういうのって横のつながりを強めたり、顔広げたりもあるけど。


「そういや、お前、許嫁とかそういうのいるのか?」

「なんだい突然」

「年齢的にはおかしくないだろ、互いに」


この世界の常識として結婚適齢期は大体10台後半くらいだったはずだ。


今だとちょっと早いかもしれないが婚姻は貴族の横の繋がり、勢力拡大にもつながる。

婚約者ぐらいは決まっていてもおかしくはない。


そういった事情もあるが、俺はそれ以上に変な事を知っている。


この世界の様々な事を知り、擦り合わせ、

またふっと脳内に沸くように思い出されていく知識の中。


アトリ・レギンレイヴ。


その名前があった。


知識の中にあるこの世界に似たゲーム。


それはとある女性が聖女になり勇者達と共に世界を救う旅をする救世の物語だ。

基本的には筋書きは一本道で、世界が至る結末に大きな差異はない。


寄り道で明らかに異常な時間が費やされていた気もするが

それはゲームのお約束、というものだろう。


ただ主人公は女性であり、救世の仲間は皆美男子揃いである。


男女の旅の話。それも命を懸けて、使命を果たさんとする話だ。


下世話になるにせよそういう話においてのお約束。

物語は主人公とヒーローとなる男性と愛を誓い、結ばれる事で締めくくりとなる。


…場合によっては複数人と真実の愛を誓ったりしたがあれはまあ様式美だろう。


もしくは最終的に世界は救われても聖女が恐ろしい事になるんだが。


ゾンビ化。お人形さん。だるまさん。

…めろんぱんにむしゃむしゃ無限ループや生きたまま内臓標本とか選り取り見取り。


処刑されるバッドエンドが一番ましってどういう事だ。忘れたくても頭から離れねーよ。


まあそれは余程に運が悪い・間が悪い末の結末だ。普通はそんな事にはならんだろう。


問題はその相手ヒーロー達の中にアトリが居たような覚えがある事だ。


長い金髪を一つにまとめ、貴公子然とした不敵な笑顔のイメージボード。

今のアトリを多少成長させたようなそんな絵姿を既知と感じてしまう。


名前で父親と紐付いて思い出せなかったのは出会ったのが幼少期でイメージが違ったからだろうか。

レギンレイヴ卿は似姿とほぼ同じで初見のインパクトが強すぎたせいでもあると思うが。


無論、2次元の絵姿と3次元現実では天と地ほどの隔たりがある。


それでもなお錯覚だと、疑念を拭い去れないような不安の確信。

勘違いかもしれない。勘違いであってほしいと願望の気分で胸が晴れない。


だって覚えてる限り、主人公である聖女ってまともに見えて碌でもない人間だったと思うし。

それの相手役?可能性でもあって欲しくないわ。友人的にも領地的にも。


頭からそうであると決めつけるのは碌でもない奴だとは思うが

気づいた時にどうにもならない、という状態にはなって欲しくないからね。


「トーマ?」


問うような呼びかけの声。


が、


「なんだい、なんか悩み事?「理不尽」のトーマも女性の扱いは少々難しいのかな?」

「うるさいな。お前さんみたいなキラキラ存在感が光ってるようなのとは違うんだよ」


並以下ではないと意地を張りたいが笑えば後光がさすレベルのと並べばそりゃ塗りつぶされますよ。

不敵に笑う笑顔が板についてるこいつと街歩けば引き立て役にしかならん。


護衛?というよりはつるんで歩き回ったり、共に仕事するのが多いから比較される事の多い事。


「おじ様方には人気じゃないか。いつの間にか仕事がなくなってた!って」

「敵意かな?水路の事考えて開拓しろとかクッソ怒られた上で手伝わせるのはどうなん」

「それだけ頼りにされてるんだろう?いい事じゃないか」

「お前だって多方面の研究のまとめで同年代や奥様方にキャーキャー言われてるだろ」

「ありがたい事だね?」

「喧嘩売ってんのか」

「君が任せてくれた事だろうに」


悪戯っぽくからからと笑う。


こっちはおっさんと同年代の男連中だぞ。

ときたまに女性もいるが、こう、悔しそうな表情で去っていくのは何なんだろうか。


レギンレイヴ卿ととーさんと話し合い、計画的に整備計画を進めた結果。

確かに交通網は急速に整い、レギンレイヴ領の財政も潤った。


が、開拓系の土木とか道作りなど人足がいるような仕事を俺が担当しすぎて、


一時期、そういった土木系の人材が王都の方に流れたんだよな。

俺が出来るからと言ってそういう仕事の大半をやってしまっては

コストカットにはなっても領全体の経済が回らんよね。


公共事業は大事。


農民系や兵士になる人員の確保はできてるから致命傷でない。多分。

牧草地も確保してるし牧畜関連で働き口確保できる。大丈夫。多分。


不安です。そっちはとーさん達の手腕に期待するしかない。


「でも君の発案のナンやピザは好評だよ?元は小麦でもパンとは違う、

 食事のバリエーションはありがたいからね。楽しみは多い方がいい」

「まあ、大体同じもんだけどな。混ぜるモン変えたりひと手間加えるかの違いだぜ」

「パンだけで足りていたからそういう発想はなかったって話」


そういうもんかな。物足りなくて一味加えるのはよくある事だと思うんだが。


料理研究は俺のアイディアを基にそこそこの種類の料理が再現され、

最近では俺のアイディアではないモノも増えてきている。


天ぷらもノンオイルフライヤーで再現出来て満足。


チーズにバター、ヨーグルトとか乳製品は整備計画の牧畜関連が整って、

ある程度生産が安定してきたしこれから更に加速していくだろう。


「おかげで最近は他の、衛生とかの仕事に僕が関われているんだから感謝はしているとも。

 この通り僕はもやしだから、父上のようにアグレッシブには動けないもの」

「普通指揮を執るような人間がああいうとこに行くのはないからな。

 頭となる人物が体を張っている、というアピールは辺境伯としては有効だけどさ」

「父上はいつだって全力で本気だからね」


しょうがないとクックッと喉を鳴らすように笑うアトリ。


なんせ女装だ。その姿で領民の前に出てくるのだ。

そりゃあ本気であるし覚悟も決まっている。


レギンレイヴ夫人と整髪や肌の相談をしてる仲睦まじい姿。

夫人が新しいフリフリの衣装をデザインしてそれを見て「…素晴らしい」とか呟く姿。

「女領主もいるのだ、女性方の気持ちにも敏感にならねばな」と執務室の鏡の前でダンディに呟く姿。


とーさんがきめぇとかいって殴り合いになってたけど。とーさんなんでそういう時は頑張るのか。

タップして「レフェリー止めて!」とか言われてもなんもできんわ。


いや待った。


「てーか、なんだその俺の名前の前についてる「理不尽」って」

「え?今更?兵士達の間での君の呼び名だよ?知らないのかい?」

「あいつら…」


俺程度が理不尽なんて弱音に他ならんぞ。

まあ、その程度には強くなれたのだと納得を置こう。


「山をずらして魔物を轢き潰すようなのは普通に理不尽だと思うがね」

「だって俺それしかできねーもの」


俺、土属性魔法しか使えないし。あとステゴロを少々。


俺も火とか風とかの魔法使いたいけどどうやら素養はないらしかった。

普通の人は相性とか上手い下手、魔力の多少の違いはあれど全種類つかえるはずなんだけどね。


魔法を使えるだけハッピーと考えよう。うん。


話は戻るが、と前置き。


「お前さんの趣味を考えるとな。嫁いできてくれる人がいるのかっていう部下の心遣いだと思え」

「しゅ、趣味…」


アトリは浅く自分を抱くように身をすくませる。


心当たりあるだろう?と一息吐いて、思う。そうだよ。


「あのペット達に囲まれて心痛無く過ごせるような

 アイアンハート持ってないとダメって結構ハードル高いぞ」


あれから更に育ったジョセフィーヌを筆頭にドルーチェとか

一つ目玉の高速移動するよくわからない生物とか。

普通の犬っぽいのとか猫っぽいのもいるけど尻尾が二本だったり頭が二つあったり。


なんかこいつ魔獣じゃね?と思うようなペットが多く飼育されてるレギンレイヴ家。


危険かもしれないが可愛いってレギンレイヴ卿も夫人も何も気にしてないどころか愛着持って接してるし。

なんか、ちょっとセンスずれてんだよなぁレギンレイヴ家。


俺が遊びに行くと何故か皆ひっくり返って服従のポーズなのはなんでだ。


「そっちかぁ…」


アトリがちょっと残念そうに言うのもよく分からんが。

何?まだ何か言えないような趣味あるのか。


レギンレイヴ卿のような見た目わかりやすい趣味も勘弁してほしいけどな。

似合いそうでシャレにならないって意味で。更に嫁に来る人減るわ。


「一家の主が料理とかして軟弱とか言われるのが嫌とか?」

「そんな事でいちいち何か言うような相手はこちらからお断りだよ」


それに、と言葉をつなぐ。


「そういった相手は、きっと父が決めるさ。僕はそれに従うだけ」


少しだけ、寂しそうに笑い。


「…まあ、もし、もしも相手が選べるなら、」


こちらの視線に気づき、ふわりと笑う。不敵でない、ただ無邪気な笑顔で。


「僕のささやかな趣味を許してくれる相手かな?それぐらいだよ望むのは」

「ハードルたっけぇ」


悪態一つ。つい、と視線を外す。


最近、アトリの笑顔をまともに直視できなくてつらい。







まあ、結局悩むのは意味があまりないのだなぁと思う。


怒号、踏み込みの重なりあう地鳴り、

炸裂の音鳴り、打ち鳴らされる金属の音。


「トーマぁ!黄昏てんじゃねぇ!前、俺達、危険!」

「ククク、どうやら俺達もこれまでのようだな!脳筋にそそのかされるとは一生の不覚!」

「諦めんなよ!もっと燃えろ…今こそ覚醒せよ俺のヒーロー力…!あ、そこはだめえ!」


喧々諤々と聞こえるのは汚い悪態と自分に活を入れるような自己催眠の一種だろうきっと。


元気な連中だなぁ。声上げて魔物連中とバチコンやってるうちは大丈夫だろう。


ここはひとつこの場を任された指揮官として皆を鼓舞せねば…!


「きばれぇ」


出来れば俺に魔物流して。強めの奴な!


「超適当!指揮官の自覚あんのかよてめぇ!」

「アトリ様とよろしくやってんだろう…この衆道野郎…!」

「皆、奴に背後見せんなよ?何故かって?言わせんなよ…!」

「お前ら補助は要らんと見えるな?はい、自力で頑張れよ。

 残された連中には奴らは無駄死にしたぜとちゃんと伝えておくから安心しろ」

『鋭意頑張るぜクソ野郎!』


声の揃った応答に元気な連中だぁともう一度思う。


恒例となった領内の魔物狩り。一緒にかーさんにしごかれた連中だから気安い仲である。

悪態つける程度に元気があるのだから問題はなさそうだな。


そう思いつつ、魔法で兵士の全体と状態を把握。


「アース・フォロー」


魔法を追加。地面を通じ、この戦場における味方の兵士連中へ魔法による補助。

具体的に言うと防御力の向上、治癒の促進。


どういう理屈でそんな事が出来るかはよく分かっていない。

出来るモノは出来て、結果死に損ないが増える。死ななければ大体何とかなる。


魔法ってスゲー!


「かーさんにしごかれてんのにこの程度で負傷者出すなよー?増えるぞ死傷者が」

「味方の方が怖いってどういうことだよ!」


共通の恐怖の対象がいるのはいいね。心が一つになりやすい。


まだ勝ちきれる気がしないんだよなマイマザー。

かーさんの友人の人達もやばかったし。目指す先を見失わなくて済むのはありがたい。


安易に魔法に頼るのってよくないな!というかーさんの一言の元。

遠距離から焼くのは禁止とかいうド外道ローカルルール。つまり近接縛りプレイでの討伐任務である。


環境保全の観点から威力のある魔法は使いたくないという優しい心からかもしれない。おそらく本気だが。


魔族対策は近接の習熟が一番の近道だしそういう事だろうきっと。


「ち、俺が倒れるのは銀髪オパーイの中って決めてるってのに」

「ははは、裏切り者がなんか言ってるぞ。目隠れ一途系幼馴染いるくせに余所見したいと自己申告とは」

「ははは、コヤツめ。え?何ここは俺に任せて先に行けって?まかせた!」

「言ってねぇー!!」


ナチュラルに外道トーク飛び交う戦場。ここにアトリ連れてくるのはねーな。うん。


と。


「でけぇの来たぞー!」

「トロウルだ!オークだけじゃねーのかよ!」

「数は、」


トロウルは3m級の巨体を持った大型の魔族だ。


縦に潰れ、歪に小さい頭。

その巨体に似合う鎧とも言うべき筋骨で作り上げられた体。

武具を装備して扱い、更に魔法も使用する難敵として恐れられている。


らしい。昔の記録ではレギンレイヴ領でしか目撃されて無いからな。


ここ3年くらいで目撃数が増加して、他の領でも単体で活動してるのが確認されたとか。

レギンレイヴ領では複数の発見が主なんだが。


レギンレイヴ領が他の領に比べて魔族の活動が活発なのはやっぱり瘴気封印の影響なのかね。


振動感知、トロウルの足音、この感じからすると。


「5!制限解除だな!」


戦場の奥、一際大きい人型の群が来るのが見えた。


口が笑みに歪むのを自覚する。


いいね。指揮官なんてガラじゃあ無いんだ。

テンション上がってきた。


さあ行くぞ。行くぞ!と逸る心のままに。


走り出し、縦に跳躍。


肉の防壁を成す兵士達の上を飛び越える。


眼下を味方の兵士連中とオークの群のぶつかり合い。


乱戦と呼ぶにふさわしい様相だが、味方は押し負けず列の形を維持出来ている。

課題である近接の習熟は順調のようだ。


飛んだ体勢から姿勢を制御し、両足からオークの群の背後へ着地。


同時。


「ハリネズミ」


唱え、想像、魔力を流せば、


「ーーーッ!?」


周囲の地面から杭や長刃が数百単位で生えて十数体のオークを串刺しにして持ち上げる。

そして、兵士連中とオーク達。トロルの群と俺に分断するように壁の役目を持つように。


串刺しにされたオーク達が靄の様に消えていくのを確認しながら、


「こっちは俺が抑えるから、あとは各自自由に動け」


拳を打ち合わせ、一言指示を飛ばす。


「まーた始まったよ」

「合法的に奴を貶めようぜ!今ならだれも見ちゃいねぇ…!」

「馬鹿言ってないで、さっさとこっち終わらせるぞ」


兵士各員はこれまで自粛していた魔法を使用し、オークを一気に殲滅にかかる。


縛りプレイもトロウルのようなデカブツが出てくれば流石に解禁だ。人命第一。

主に負傷者出した場合のお仕置きを避けるという意味で。


皆オーク討伐には慣れているし、あっちはもう大丈夫だろう。


石杭の林の向こう、トロウル2体が先行しこちらに突撃してくる。

それと同時、後衛役3体のトロウルが魔法を放つのを確認。


「ま、メインディッシュっていうには鈍すぎるけどな」


口の中で呟き、杭をすり抜けて飛んできた炎の魔法を手で払って打ち消して、

戦闘へ気分を切り替える。


地面から飛び出した杭をへし折りながらこちらへ迫る先頭のトロルに向けて震脚、


「ムーブ・マテリアル」


詠唱、足先である程度の方向性を想像、魔力を通して、尖った岩塊を生み出す。

地面から弾けるような勢いで飛び出す無作為の岩の角錐の群。


それらにカウンター気味に激突したトロルは半身が轢き潰れ、吹き飛んだ。


打ち出された岩塊とトロルを駆け上がり、

その途中でトロルにへし折られ飛んだ杭の一本を空中でキャッチ。

そのまま岩塊を足場に頭から飛び込むように空中へ。


轢き潰れたトロルにぶつかり停滞した2体目のトロルの登頂部に落とすように放り、


「重力加重」


重力を変化させ杭を重くして発射。頭、膝、足、地面と貫通させ縫い留める。


重力魔法は土属性!難しい事は感覚でカバーだ!


2体目も飛び越えつつ空中で一回転。


着地、左に体を捻るように飛ばして、3体目の攻撃を回避。


闇雲に振るわれる攻撃を避けつつ、体勢を立て直して、身体強化、


「――――!」


耳障りな大音量。意味を成さない咆哮と共に剣のようなものを突きこんできた。


頭は考え、体は動く。思い通りに。ミリの動きすら制御して。


武器の先端を見切り、軽く横にずれると共に切っ先とすれ違う様に前へ。


トロルの懐へ飛び込んで、身を回しながら蹴りで右足を払う。


剣を突く為に踏み込んだトロウルの足。

それを崩されたトロウルは体勢を崩し前のめりに。


余りにも遅い。余りにもぬるいと。


強化で先鋭化された感覚はトロウルのあらゆる動きを追い抜いて。


踏み込みは地面を割るのが基本、一瞬に力を全部ぶち込むイメージで―――


「根性ッ!」


叫びと共に、下から上へ斜めに抉るようにトロウルの腹へ拳を叩き込む。


拳を肉体へ捻じりこむ一瞬の抵抗の感触。

肉を打ち、何かを砕く手応え。


拳を振りぬけば結果として体がくの字に折れ曲がり、浮き、吹き飛ぶ巨体。


魔法ってスゲー!


「おっと」


追加で魔力を注ぎ、手指をスナップでくいっと上に。


トロウルが吹き飛んでいく向こう側、連携しようとしたもう一匹のトロウルのその後ろ。

周囲の地面が波打ち、盛り上がって土壁が生えた。


ギャグのように吹き飛んだトロルは一匹巻き込んで土壁へ激突し、

めり込み、動かないまま靄と消えていく。


巻き込まれたもう一匹は砕けた土壁の下敷きになりもがいていた。


腕や指でアクションを入れるとテンションが上がってちょっとだけ魔法が早くなる。

気がする。いいんだそうなるような気がするだけでちょっとだけ強くなった気分だから。


見栄は大事。


杭をもう一本引き抜いて投げ、加重・発射。


相手をしたトロウル達が靄の様に消えて行くのを横目に次、

と視線を飛ばすが最後の一匹が襲い掛かってくる気配はない。


振動検知、これは、


「トーマ!あいつ逃げてるぞ!」


…逃げるのか。


「ムーブ・アース」


右手の親指を立て、下へ。

一言唱え、魔力を注ぐ。


遠ざかる気配。軽い地鳴り。咆哮のような遠ざかる悲鳴。


あとに残されるのは風と木々の葉がこすれあう音だけ。


なんで最後の奴逃げるかなぁ。


「ったく。だから理不尽なんだよてめーは…トロルを拳一撃とかないわー…」

「数百m単位の落とし穴とか想像したくねー…。しかも追いかけてくる蓋つき」

「でも舐めプするのもいい加減にしろよ?それでお前がちょっとでも負傷したら死ぬんだぞ?俺らが」


とは言われるが。


「こういう雑魚相手にしか効かない小技使うのは嫌なんだよ」

『トロウルは雑魚じゃねーから!』


合唱のような反論。


拳一発で消えるレベルのは雑魚でよかろ。

強いやつに会いに行きたい今日この頃。また東部にドラゴン狩りに行こうか。


でもなー、最近情報系の人達からきな臭い話ばっかり聞くから遠出は駄目か。

近頃は定期的に封印の石碑辺りに魔族がダースででるからな。


「ジョッシュ、怪我人は?」

「打ち身とか小さい切り傷とか骨折してる奴が数人だな。全員自前で歩けるってさ」

「そ、そうでガンス。ミーは無傷、無問題。ちょっと足の関節が増えただけ」

「そこの嘘ついてる馬鹿を誰か担いでやれ」


ヤメロー!とかいう叫び。今回の生贄は奴だな。


「怪我した奴は先に帰還。他の奴は後始末終わったら付近巡回してから帰るぞ」

「しまった。ここは怪我をしておくべき場面だったか…!」

「おっけー。お前も怪我したんだな?するんだな?頑張れよ」


兵士連中のあいーっすとやる気のない返答で場は動き出した。

阿保な事を言った奴もついでに担がれていく。タスケテだなんて喜んじゃって。


さてと考える意味はないとは思うが、ある程度の心構えは必要。

最近魔族や魔獣の群増えて来ている。不穏な雰囲気になってきているのは確かだ。


そして、もしもこの世界が記憶と近しいものであるなら。


―――ボスとか、挑み放題じゃね?


そんな事を最初に考えた自分は大概脳筋である。


よくよく考えればいつでも俺やかーさんが敵に対応できるわけじゃない。

そういった魔族の被害をいの一番に受けるのは一般市民である。


個人戦力で領土の北部守りながら南部は守れない。当たり前の事だ。

レギンレイヴ領の兵士全体の底上げが必要だろう。


…明日からね!今日はうん。ちょっと頑張りたかったし。うん。

今の時点でも他の領の兵士よりはよっぽど質は高いらしい。最前線だし。


万全に守りを固めて、好きにするのだ。アトリにまた泣かれるわけにはいかないし。

腕がちょっともげた位で怒られたり泣かれたりは困る。


他の領のボスを倒しに行けばいいかなと思ったが他所の領地で暴れたとか普通に権利侵害で訴えられるし。

救援という形なら問題ないだろうけどその辺りの話はレギンレイヴ卿から命令されないと動けない。


この辺りは少し面倒だ。後で相談はしてみよう。


それでも覚えてる限りだとレギンレイヴ領で起こるボス戦って両手両足越える数いたんだが。

どんだけ事件起こるんだよここの領。呪われてんのか。


それにもしも、知識が正しいのだとしたら。


北へ目を向ける。


「アレクセイ・ヴェルザー、か」


北の国の将兵候補。今の時点でも調べれば名前がわかるくらいの武名を持つ人間。

そして、少し後の時点で世代最強の男。


まあ知識の中の設定だとそれより強いらしい、

かーさんレベルのベテラン勢はごろごろいるらしいから「同世代」最強だが。


そんな相手と戦えるかもしれない。


この世界が、知識の通りであればいいと、少し思ってしまう。

そんなわけがあるはずない。あって欲しくない、友達の為に。


それなのに、



自分の今の強さを試したい。



こんな事を思ってる自分は大概駄目なやつなんじゃないかな。


時期さえ逃さなければ、おそらく問題なく戦えるはずなんだ。

いや、問題はあるんだけれど俺の管轄じゃないしどうにもならない。


というかそれだけでなくその時期を逃すとまともに戦えなくなる。

知識が確かなら奴は聖女の色香に迷った挙句大幅弱体して勇者パーティに加わるから。


レベルだとか、動きの練度、魔法の強さとか。

かつての知識の中なら数値的にわかりやすく明示されるそれは現実に見えない。


あまりにも不確定な強さなんてものを数値として表せる訳もない。表して欲しくもない。


示さなければならない。

試さなければならない。

叫ばなければならない。

果たさなければならない。


力を。命の使い方を。


他の誰かから見たらきっと粗末に使っているように見えるのかもしれないけど。


誰にも分らなくたっていい。そういうのは胸に秘めておくモノだ。

自己満足がほしい。誇りたい。それだけでいいだろう?


自分がいま、どこの時点にいるのか。

少し後の自分がそいつに手が届くのか。それが知りたいんだ。



時間軸は飛び飛び他の作者様ならもっと詰められるだろうと思う今日この頃。

でもシチュエーション思いついてもしっかりとした流れを思いつかない想像力が憎らしい。


そんなポンコツ拙作ですがどなたかの暇つぶしになれば幸い。

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