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序2

これを恋愛小説と言い張る勇気



「トーマの魔法ってすごいけど。うん、いつ見ても変な感じだね」

「そーか?頑張れば誰だって使える生活魔法だぞ?」

「頑張れば…僕には出来そうにもないかな」


風のない青空の下、軽いジョギングで道を走る途中。

進みゆく先の数mの地面が土の色から幅6mぐらいで石畳の道に塗り変わっていく光景に対するアトリの感想。


俺の走りの後ろ、ガッチョガッチョと金属質の音を立てながら並走するアトリ。


「俺としてはお前の方がすごいと思うんだけどなぁ。そいつの名前はドルーチェだっけ?」

「うん、可愛いだろう?」

「まあ見ようによっては。どっちかと言えば恰好良い方面だと思うけど」


なお音を出して並走しているのはアトリではなく、体長2m級の金属の体を持った蜘蛛のような生命体だ。

鈍い光沢のある灰色の角ばった平べったい座布団のような体とそこから生えた左右対称の8本の脚。

蜘蛛の頭に当たる部分あるが腹部の部分は存在していない辺りどういう生命体なんだコレ。


アトリは座布団のような体部の上に設置された鞍に座って荷物と共に運ばれていた。

ドルーチェと呼ばれた蜘蛛?は格好いい、という言葉を理解しているのか6つの目が淡く明滅している。


いやほんと。完全に統制してるアトリは何者なんだ。

まあ難しく考える必要はなくて俺の友達、の一言で十分だけど。


アトリのペット達が街を通っても、「ああアトリ様か」で済まされている辺りレギンレイヴ領民の肝は太い。


「目的はまだ教えてくれないとして、どこまで行くの?」

「もう少し行った所に狩り用の拠点があるからそこが目的地だな」

「じゃ、あとちょっとか。もうちょっとだけ頑張ってねドルーチェ」


よしよしと蜘蛛の頭らしき部分を撫でるアトリ。

嬉しそうに先ほどよりわかりやすく明滅する6つの目。


しかし目的も言ってないのに遊びに行こうぜ!の一言で

貴族の子息がほいほい遊びに出ていいんだろうか。


友達としてはうれしいがちょっとだけ不安です。


まあ出かける時にレギンレイヴ夫人に「アトリ君をお願いしますね」と言われ、

かーさんには「アトリちゃんをしっかりと守るんだよ」で見送られた。


俺が護衛役で外に遊びに出かけるというのは問題ないのだろう。多分。


しかしレギンレイヴ夫人、俺と会う度に

「トーマ君がもう少しマッチョでしたらよかったのに」と呟くのはやめていただけませんか。


そして用意されてるフリフリの衣装は仕舞っておいてください。俺に女装のケはありません。


「止まってくれ」

「ん、ドルーチェストップ」


ん、と探知魔法に感あり。

手で制して、後ろのドルーチェを止める。


キシッと金属を擦り合わせるような音と共に止まったのを聞き。

右手側、微かな風にざわざわと揺れる林へと目を向けて、集中。


そこそこ遠いな。林の向こうか。この足音は、…オークかな?数は10ちょいと。

こっちには気づいてないし進行方向も違うけど未来の襲撃は未然に防ぐべきだしやるか。


…鍛錬の為に近接で仕留めたいけど、アトリもいるし安全策で落とし穴で埋め立てるよう。


気配を感じる方角に感覚の補助の為に手を伸ばし、魔力を送る。現在デッドフォール作成中。


「魔族かい?」

「多分、オークだな。もう少し待て、今仕留める」

「いつも思うけど君の脳筋言語はちょっと僕にはわかりづらいかなぁ」

「脳筋言語ってなんだよ」

「だってあるべき過程が大体3歩ぐらい飛ぶし」


指先の動き一つで消し飛ばすかーさんに比べればそんなに飛んでないんだがなぁ。


「ウメさんも言ってたけど最近、やっぱり魔族増えて来てるんだね」

「そうだな」


人の噂や、兵士の被害からも明確にわかるほどだ。

これはやはり知識の中の物語が始まりかけている、と言う事なんだろうか。


ようし、落ちた落ちた。あとは空いた穴の土を上から順番に落としてと。


「んー…トーマ聞いてもいい?」

「なんだ?」

「魔族って消えるって本当?いつも視界外でしか倒さないから見た事ないんだけど」

「ああうん。安全上な?消えるっていうか死体は残らんよ」

「魔族は魔獣とはまた違うって事?」

「えー…と。よし、終わり。あとちょっとだし歩きながら話すか。

 魔獣がどんなのかはアトリも知ってるよな?」


この辺は知識「ゲーム」の中でもあんまり詳しく説明されてない部分だから

この世界で知った知識と適当に掛け合わせたにわかのあやふや知識だけれど。


歩みを再開。


「えーと、魔獣は元になる動物とかが年を取ったり特殊な餌を食べたり、

 突然変異や発達した動物の事全体を指して呼ぶんだっけ」

「そうそう。大体は元となる動物から進化してる感じ」

「ざっくりだね。ドルーチェはこのタイプ?」

「…多分?」

「分からないの?」

「そいつやジョセフィーヌとかは特殊過ぎて。分類的にはそうなるんだろうけど。

 そういうのお前の方が詳しいんじゃないか?」

「図鑑で調べても分からない事はわからないんだよね」


うーん、と納得できなさを噛み潰すような声のアトリ。


だってジョセフィーヌ最初からよくわかんない生物だったし。

ドルーチェも最初は掌サイズの蜘蛛だったんだが。


やっぱりこっそり掘った鉱山の鉱石塊を始末させてたのが駄目だったんだろうか。


詰まるところアトリのペットは分類不明が多い。

魔獣だから一様に危険って訳ではないしアトリの指示に従うから問題はないんだが。


知識の中だとボスの大半は魔獣だから危険は危険なんだけどね。


「あとはドラゴンとかグリフォンは魔獣じゃないとかそういう種族の動物だくらいしか覚えてない」

「動物…幻獣って分類じゃなかったっけ?」

「たしかそんなの」

「幻獣って普通なら騎士団で対応するレベルだって聞いたけど…」

「東部で山脈から湧いてくるのかーさんが害獣扱いで狩りまくってるからあんまりイメージが。

 俺でも中級のならどうにか狩れるし正直名前負けじゃね?」

「いや、うん。レイアさんならそうなるかなぁ…」


だよな。と頷き一つ。


「んで、魔族っていうのは人の怨念とか未練とかそういう暗い思念とかが寄り集まって、

 魔力に宿って形を持ったモノらしい?」

「なんかすごいあやふやだね?」

「その辺り詳しい事分かってないらしいから俺の推測と願望が混じってる」

「混ぜちゃダメでしょ」

「王国の偉い研究者は人間の負の思念から生まれたから魔族は皆、敵対的で人型なんじゃないかって話はある」


魔族と呼ばれる敵対生物は基本的に皆、人型であり暴力衝動の塊だ。

奴らにとっては街も人も襲い、破壊するモノでしかない。


顔などは人間と大体同じようなパーツ構成だがとても人間には見えない歪み切った形。

外見的に大きな特徴はないので体の大きさ区分けされてゴブリン、オーク等と呼び方が変わる。


更にそこから群が大きくなる事でそれぞれの種族の指揮官となるキング等が生まれるとかなんとか。


「だから倒す事によってその形作っている魔力を霧散させて浄化するんだとか」

「…それは浄化出来てるの?むしろ悪化するんじゃ?」

「考える脳みそも思う心もないから消えるんじゃないかね?

 結局の所、不安とか恐怖とか。怨念とか未練とか負け犬の遠吠えが形になっただけのもんだ」

「そういう言い方は、あんまり好きじゃないかな」

「それならそれでいいさ」


少し暗い顔をするアトリ。


不安とか恐怖とかその辺り茶化したりするのをアトリは結構気にするんだよな。


レギンレイヴ領は最前線であり、北の国とは戦争に発展しない程度の小競り合いは続いていて。


戦闘の熟練者が多い故、抑えられてはいるがそれでも犠牲は出る。

それとはまた別に街が魔族に襲撃されたり、街道で魔獣に襲われたりもある。


恨む事もあるだろう。残していくモノに対する未練もあるだろう。


レギンレイヴとして、守る為に消費しなければ切り捨てなければならなかった

犠牲を蔑ろにしているようだと、きっとアトリは思っている、のかな。


断言はできないけど、大体そんな感じだろう。


俺は傷付いた人を残念に感じるは感じるけれど。

犠牲を仕方ないで俺も済ませたくはないけど、仕方がないのだ。


所詮俺は、片隅に生きる一個人でしかない。

強くなろうが全ては救えない。救う気はない。最初から分かっている。


そして人間にせよ、魔獣にせよ、魔族にせよ。

皆この世界で生きているから全力で抗っているのだから。


敵を全力で排除するし、敵に対して本気で生きて抗えと願う。

そして生き残った奴をやるじゃねぇかと褒めるのだ。


互いに排除しあわなければならないなら、

上から目線で本気で殴り合うのが生きると言う事だと思うから。


それは俺の考えで、アトリはまた違うのだろう。

そういうものだ。全部を肯定するのが友達じゃあない。


まあそれはそれとして犠牲が少なくなるように手は打つけどね。

出来うる限りの手を打ってもこぼれるモノはあるというだけだ。


それはともかく魔族の話。


今の所、魔族は倒して霧散させるしか対応策はない。

教会は勇者や聖女なら完全浄化出来るとか謳ってるけど実際はどうか分からんからね。


視界に映らない林の向こう独特の装飾具の音を鳴らしながら立ち去っていく数人の気配を見送る。

また教会の人間かな?魔族がいる所に大体いるのは気になるな。


そういえば魔族って知識の中だとメインの流れの中でしかボスとして出なかった気がする。


物語の最後の辺りは主人公となる連中が結局碌でもないと言う事くらいしか

覚えてないから、魔族がどういう存在かは明確に分からないけどまあ抹殺対象だな!


「倒すと跡形も残さず消えるから魔獣に比べて労力に見合わない感はある。

 肉も皮も残さないからこっちが一方的に磨り減るだけでなあ」

「…分かってるよ。そもそも魔族を生まない環境を作るのが僕らの仕事で。

 現場の認識を否定するだけじゃ駄目だって言いたいんだろう?」

「いや、別に?そもそも魔族って最近増えてはきたけどそういないし。

 出たとしても別段苦戦した憶えないし」

「君を一般兵士と同じに考えた僕が馬鹿じゃないか」


そう言って、黙り込み、しばしの間無言が続く。


俺が苦戦しないんだし、一般兵士さん達も苦戦する要素はあんまり無いとは思うんだが。

何人か、知り合いにも犠牲者出てるからなぁ。


魔族は習性として10体前後の群で戦うのと、

やっぱり魔法重視の戦い方が問題なんじゃないだろうか。


そもそもの前提として魔族は種族的な基本機能として魔力攻撃に対する防護が硬い。

魔法での攻撃は効果薄いのだ。


かーさんの教えを受けた兵士は近接重視だけど全体の主流としては魔法で遠距離が基本だし。

魔獣相手にする事が多いから普段はそれでいいんだけど。ふむ。


つい、と後ろを見る。


ドルーチェの背で浮かない顔のまま揺られているアトリ。


最近、アトリが物憂げに考え込む事が多くなった気がする。


うーむ。


「泣けよ?アトリ」

「え、」

「枯れるまで泣きながら考えればいい」

「いやごめん、意味がちょっと分からない」


ぶっちゃけ、あんまりこう言う時にかけるべき言葉ってのもよく分かんないんだよな。

俺の場合、うじうじと悩むよりも動いて色々やってやれ、だし。


悩みがあるんなら泣けばすっきりするよくらいの言葉だったけれど。


「ぶっちゃけ俺脳筋じゃん?」

「うん」

「ごめんちょっと傷付いた」

「構わない続けて」


この野郎。


「…お前の悩みを相談されてもぶっちゃけ上手い答えを俺はは出せない。

 だから俺に出来るのは、お前が答えだすまで泣いてるお前を守るくらいだ」

「な、泣かないよ!」

「ジョセフィーヌの石碑爆砕」

「う゛…」


一昔前のアトリのペットであるジョセフィーヌがビームで石碑を破壊した事件。


あの後、しばらくアトリは部屋から出てこなくなったらしい。


それを知ったのは南部から帰ってきた数日後の話。


話を聞いてから屋敷の壁をよじ登って、部屋を窓から覗いたら、

アトリは部屋の中で静かに泣いていた。


多分石碑を破壊した後、隠蔽しようとしてたのを後悔してたんじゃないかと思う。


レギンレイヴ卿の様に民の為に信頼される人間になると

常日頃から言ってたのにそれを自分で曲げかけたのが許せない、とか。


そんな感じだろうか。よくわかりません!


普通友達だったら相談に乗ったり慰めたりするものだろうけど。

俺は否定して、レギンレイヴ卿に謝らせた側だし。


だから俺に出来たのはアトリがちゃんと答えを出すまで待って欲しい、

とレギンレイヴ卿に頼むくらいだった。


眼光がすごい怖かったです。

夫人はあら大変ねとウフフ笑ってたが。


きっと最後まで泣き切るのが必要だと思ったのだ。


アトリは悲しくて泣いているんじゃなくて、自分が不甲斐無くて泣いていていただろうから。

必要なのは涙を止める事じゃなく、泣いて全て吐き出しきってそれで最後に出た答えだと。


アトリなら泣きながら考えて、答えを出せるとそう信じた。友達だからね。


もし駄目だったら扉ぶち破って外に連れ出してたけどな!


その結果がどうなったかは良く知らない。


俺が扉をぶち破る前にはアトリは外に出て来たし。

すっきりとした雰囲気だったから少なくともなにかしらの答えは出したのだろう。


だから、遅かったな、と言って背中をたたいて何もなかったように遊ぶのだ。


少し昔を思い、今の考えるアトリの赤面を見る。


一つため息をついて、


「そこはさ、悩みなら俺が聞くぜとか言えばいいじゃん」

「君に話せる困り事はないよ、って言われるじゃん?」

「話せないなら俺の胸で泣けよとか」

「ないわ」

「ないか」


くつくつと笑うアトリ。


ちょっと調子戻ってきたかな?


「ねぇ、トーマ。僕が君に一つ、秘密があるって言ったらどうする?」

「え、一つしかないのか?俺お前に言えない事両手の指じゃ足りないくらいあるけど」

「…詳しく聞こうか?」

「ひ・み・つ」

「ドルーチェ…いや駄目だな無理言ってごめんね」


おうどうしたドルーチェ。そんなに縮こまって。

いいんだぜお前のご主人にお前の良い所見せてみろよ。


8本の足を小さくたたみ縮こまってしまったドルーチェを優しく撫でるアトリ。


「冗談はさておき、話したくなったら好きな時に明かせばいいんじゃね?」

「そうさせてもらうよ。君もいつか言えよ?」

「前向きに考えとく」


半目で睨まれるが、仕方ない奴だな、と肩を落とした笑みに変わった。


対等な友達だからって端からなにから全部を共有しなきゃいけないってわけじゃない。

不当に誰かを傷つける意図があるモノはいかんけどね。


個人的な秘密の一つや二つなら持ちあって、気兼ねなく笑いあうのがいいんだ。


「ねぇ、僕に、…僕が、」


アトリは迷う様に噛みしめるように、言葉を探している。


言葉を待つ。


もし、と聞こえて、いや、と否定の言葉。


「今の僕がレギンレイヴ領に対してできる事あると思う?」

「そりゃ、あるだろ。俺は脳筋だから思いつかんけど」

「そりゃ頼もしいお言葉」


うん。俺だって変な知識がある事は隠してるしね。

アトリのペットを秘密で連れ出して一緒に魔族退治してるとかも言えない。


言えない時は、言えないままでいいさ。


待つのも楽しい事だよ。







「おーい!こっちだー!」

「アトリ様、こちらですー!」


しばらく歩くと遠く、飛び跳ねるように大きく手を振る少年少女が見えた。


今回の目的地である見通しのいい平野のど真ん中。


簡易の壁が陣を囲むように並び、その中は天幕と何かを焼いているように煙が立っていた。

目的地である狩猟用の休憩地を改造した簡易拠点だ。


そこから二人の男女が走ってきて、


「アトリ様ご無事ですかお怪我はありませんかそこのモンスターに襲われませんでしたか!?」

「大丈夫。ドルーチェはモンスターじゃないよ。おとなしいから撫でてみるといい」

「いやぁ、アトリ様のペットはいつ見ても強そうだな。トーマ、こいつは道中も戦ったりしたのか?」

「ハハハ。おかしな事を言うね。こんな愛らしい子が戦ったりするわけないだろう」


食い気味にアトリが否定する。


昔、アトリのペット達を戦いに出さないのかって聞いたらマジ切れしたからなアトリ。


だから連れ出してるってばれたら俺もやばいかもしれない。

オークの群程度なら無双レベルなんだけどなペット達。


アトリの護衛が微妙に甘いのってペットだけで十分だからだろうな。


迎えを伴って移動し、防壁の中に入ると香ばしく焼ける匂いと熱が入口まで漂ってきた。


中は調理用具や食材が転がる机の並び、奥には様々な窯のようなものが設置してある。


よしよし。動き出したのは昨日だけどそこそこうまくいってるようだな。

いや2日目でうまくいってなかったら流石に泣けるが。


「それにこの子達に戦わせるくらいなら僕が戦うよ。

 ドルーチェ、君達は僕が守って見せる…!」

「お前は100mで息切れするもやしなんだから座ってなさい。

 そういう訳なんで彼の仕事はアトリと荷物の運搬だけだよ」

「お、おう」


威勢はいいけど運動音痴なんだよなアトリ。


若干引きながら応じる男衆。

女衆はキャーキャー言ってる。


さて、と暫定の男と女それぞれのまとめ役、

ジョッシュとヘスカがいたので、声をかけた。


「調子はどんな感じ?」

「ぶっちゃけ無茶言うんじゃねぇよこの野郎って感じ」

「トーマ。その辺畑にして。耕すから」

「ヘス子は黙ってろ。というかお前は女衆まとめろよ、まとめ役!

 女連中窯をほっぽってアトリ様に群がってんじゃねぇか!」

「だって暇なんだもの。せっかくの農業日和なのに…」

「後でレギンレイヴ卿に許可とってからな」

「約束だよ?」


頭を抱えるジョッシュは真面目で苦労人だ。頑張れ。

マイペースに農業計画立て始めたヘスカはプロ農民だ。俺を耕運機扱いはやめろ。


二人ともアトリと俺の幼馴染である。


ジョッシュは大体被害者。強く生きて。


「おいなんか今俺が蔑ろにされた気がする」

「気にするな。…パンとかは?」

「そっちは大体問題無い。一部が器具少なくて量作れないって嘆いてるけど。

 問題はお前が作った手のかかる方の奴だよ。焦げて失敗しまくってる」

「やっぱりかぁ」


そういって、問題の物件を見やる。


他のものよりやや小ぶりな窯に二人の人間がついて魔法を使っている。

一人は火の魔法、もう一人は風の魔法。


風の魔法を使ってる方がちょっと大変なのか青い顔だ。


「流石に人力でノンオイルフライヤーは無理があったかね…」

「待って、ノンオイルフライヤーってなんだいトーマ。

 というかここで一体何をやってるんだ?」

「料理の研究、かな?」

「…料理?確かに、あまり見た事のないパンが…」


この世界の食生活は主食が基本的にパンかジャガイモっぽい芋である。

おかずには普段は野菜、もしくは果物がつく。そこに討伐できた時だけ魔獣の肉を焼いたもの。


偶にスープ。飲み物は基本水。最近牧畜が軌道に乗ってミルクも飲める。


以上。


…つらいのです。


いや分かっている。これが普通なのだ。


知識の中ほど溢れるほどに物資が潤沢ではないから、

むしろ魔法があるおかげで十分に贅沢とも言えるのだが。


だけどね、俺の中にある知識の所為でもっと贅沢な事を知ってしまっている。


こんなんじゃ満足できないと、俺の食欲が騒ぐのだ。

せめて、彩りとか種類が欲しいと。


だから作る事にした。

前に下手に天ぷらが作れた所為で我慢できなくなったともいう。


だけど一人じゃめんどくさいなと思い。

美味いもの食えるよ、と何人かをだまくらかして働かせようと思い付いて。


その結果ここにいる20人くらいの年若い男女の集団。


2、3人くらい集まればいいなぁと思ったら意外と集まってしまったが

まあうん、皆美味しいもの食べたいよね。


「なんでそれをこんな街の郊外で?」

「前に試作した窯が爆発して追い出されました」

「先週の爆発音はそれか」


怪我人はいなかったが火事になりかけてかーさんにぶん殴られましたとも。


「アトリ、結構前にやった天ぷらって覚えてるか?」

「ああ。あの野草を大量の油で調理した奴?美味しかったよね」

「それは何より。あの油を大量に使って超怒られた奴な」


この世界だと油は結構貴重である。


単純に知識の中と違って生産量が少ないというのもあるし、

照明に使うので料理には使われていない。


一応食用に適していたが食べ物に使う人間はあんまりいなかったらしく、

当時は医者まで呼ばれるような事件になりかけたものだ。


「あれを何とか油使わず作れないかと思って再現中なんだよ」

「それがこれ?」

「そう」


油を使わずに揚げ物を作る装置。というか窯である。


原理としては高熱を風で循環させて、それを食材に吹き付ける事で表面の水分を飛ばし、

油で揚げているのと同じような状態にするとかなんとか。


正直、にわか知識の更にうろ覚えの酷い状態だった。


けど魔法なら簡単に出来るんじゃね?と思ってしまったのが運の尽き。

主に俺以外の奴らにとっての。


窯は試行錯誤でそれっぽいものが出来た。


土魔法で鉄は鉱脈から直接引っ張っていくらでも手に入るし

金属加工もお手の物なので金属製の窯だろうと30分もあれば作れる。そこからの微調整も容易だ。


やっぱり魔法ってスゲー!


だけどよくよく考えれば調理となると結構な時間魔法使い続けなきゃならんのよね。

焦げたりしないように随時火力調整する必要もあるし。


「おっしゃー!出来たぞ」

「頑張った!俺ら頑張ったよな!」


不意に、そんな声。


「おい!トーマ!これでいいのか!これでいいんだろ!?焦げてないぞ!」


そういって、ノンオイルフライヤー(仮)窯についていた片割れが嬉しそうに言う。


「見せてくれ、おお。出来たか!やったぜおい」

「これは、芋?」

「おう」


覗き込んだ窯の中には、丸ごとのジャガイモをスライスしたモノが並んでいる。

少し厚めだが焙られたように表面に淡い焼き目がつき、白い蒸気をあげていた。


フライドポテトのようなモノである。

茹でた芋もいいけどやっぱり揚げた芋も美味しいよね。


串を指して、中まで火が通っているか確認。

多少の抵抗はあるが生の硬さはない。良し。


トングで中身をバスケットに盛りつけ、岩塩を砕いて軽く振りかけ。


「はいよ」


バスケットをアトリにパスする。


受け取り、周りを見回して、


「…僕が最初でいいのかい?」

「これレギンレイヴ卿に報告するから毒味頼むわ」


笑みで言う。失敗作食いまくって他の奴ら食傷気味だろうしな!


それを見て、周囲を見て、仕方ないなという風に笑って。

一つをつまみ上げてアトリはフライドポテト(仮)を口にする。


サクッと小さな音。アトリは咀嚼してちょっと目を見開いた。


「美味しい…芋は毎日食べてるのになんか別のもの食べてる感じ」

「だろ?」


そこそこ好評のようでアトリはもう一つ手にして口にした。


そこでハッと気が付いて、バスケットを近くのテーブルに置く。


「よーしお前ら食べるがいい…!」

「なんでお前偉そうなんだよ」

「発案者様だぞ」

「おう俺は作業者様だぞ。いただきます…!」


それを合図に他の遠巻きに見ていた連中も手を伸ばす。


皿の上から一瞬で芋がなくなりました。

もう少し量作れるようにならないと労力に対して割に合わないな。


まあ食べた連中の顔を見ればウケは悪くなさそうだから狙いとしては間違ってないはずだ。

使い勝手さえ改善すれば色々と応用して使えるだろうし。


「いいね。これなら父上も喜ぶと思うよ」

「やったぜ」


アトリはちょっと躊躇う様に、


「で、天ぷら…は」

「まだ無理だな!」

「そ、そっか…」


ちょっと落ち込んだアトリ。


すまんな。そもそもこの調理法で天ぷら作れるかどうか自信ない。


「で、トーマ、これは一体いつ始めたんだい?僕も最初から呼んでくれればよかったのに」

「先週だよ。アトリを巻き込…呼びに行った所でこっそり作ってた試作の窯が爆発したんだ」

「あー…」


なんせ唐突に思いついたのが先週だったからな。

土魔法で窯を試作してこりゃ行けるでぇ…って思って呼びに行ったらあの爆発だもの。


こっちがびっくりだわ。

いや一番びっくりしたのは突然庭先が爆発した我が家にいた人々だと思うけれども。


ついでで庭に埋蔵されていたとーさんのお宝(不健全)が吹き飛んだが些細な事だろう。


「んで街の外でやれって言われてな。ここ使う交渉と色々な用意してたんだ。

 諸々整ったのが昨日だったんだけど、昨日はお前居なくてなあ」

「じゃ、動き出したのは昨日からだったんだ。

 …先に概要くらい話しておいて欲しかったな」


それに関しては本当に申し訳ない限り。


「で、えー、なんというか。申し訳無いついでに

 もう一つ頼みたい事があるんだけど。あるんですけれども」

「君が頼み事なんて気味が悪いな」

「なんだとう」


いやまあ。あんまり頼み事とかしないけどさ。


「ここの研究のまとめ、アトリがやってくれませんか」

「え?」

「いや、最近討伐とかで忙しいのを全く考えずに始めちゃったけど碌に参加できなさそうでな。

 参加しても俺、土魔法しか使えないから出来ても火の番やら窯の作成しか出来ないし」


アイディアはあるんだけど個人的に研究より鍛錬優先したい。


でも美味しいものは食べたい。


だからって友達に丸投げしようとしてる辺り碌でもないな俺。


でも美味しいもの食べたい。


「…成果とかはどうするんだい?」

「美味しいものを独り占めする気か貴様…!」

「いや、そういうのじゃなくて」

「成果はまあ、街の人に広めてもらえば、

 そこからまた新しい料理開発する人とかいるかもしれないし?」


難しい事を考える険しい表情で俯くアトリ。


やっぱ駄目か?この食欲の行方をどうしてくれようか。


いや、まだだもうちょっとこうアピールを…!


ふと見れば、窯の設置してあるスペースの隣に行列ができている。

その根元を見れば、女性が竈の火で独特の金属型を使って調理していた。


「ほら、そこのワッフルとかどうだ?この試作の調理器具にこう生地を流し込んで、

 挟んで、しばらく焼くと面白い形の焼き菓子になるんだぜ!」


火から降ろした二枚一組の金属板が開かれれば、香ばしい匂いがふわりとあたりに漂う。

格子型の凹凸焼き目のついた焼き立てのワッフルがそこにあった。


出来立てのそれを女性が受け取って黄色い声をあげながら食べている。

これも好評だけどあの調理器具ワッフル作るのにしか使えなさそうなのがな。


順番待ち列の先頭の男がこっちを見て、


「その焼き型って今の所はお前しか作れねーだろ!早く量産しろよ!」

「ワッフルが食いたかったんだよ!もうちょっと待ってろ!」

「知らねーよ!早く次焼いてください!お願いします!」


もうちょっと待ってねー。とマイペースな焼き手の女性の声。


汎用性は無いけどいくらかは作らなきゃ駄目っぽいな。


目を丸くしてるアトリ。


「…研究ってもう出来てるのかい?あの窯だけじゃなくて」

「あの窯は怒られてから何回か試作してたからな。

 あっちのワッフルだって今までのお菓子生地の焼き方変えただけだぜ?」


研究とは名ばかりで虫食いのにわか知識をアイディアとして出して再現させてるだけである。

やっぱ俺ってロクデナシなのでは?


でも美味しいもの食べたいよね。食欲には勝てない。


「ほら、こっちのは豚肉を小麦の生地で包んで、こう、

 窯の内部に張り付けて火を入れてしばし待つ」


窯の内壁に敷き詰めるように出来た生地を貼り付け蓋を閉める。

調理担当の人と入れ替わり、火魔法を使ってもらう。いいなぁ。


時間がないのでもう出来ている隣の窯を開けると、焼き立てのパン…、じゃないなんだっけこれ。

こんな作り方の食べ物があったが名前忘れた。


えぇい、勢いで押し切ろう。


取り出して、二つに割り中身を見せて、


「そうするとどうだろう。ほうら美味しい」

「…」


アトリは呆れた半目だ。


な、なにぃこれにも食いついてこないだと…!

ほくほくと蒸気をあげてこんなにも美味しそうなのに!


「…これは、父上に話したのかい?」

「あぁ!?この程度の料理でレギンレイヴ卿に話せるわけないだろ!?

 まだまだこんなポテンシャルじゃない。もうちょっとやらんと俺は本格的にお払い箱になるかもしれん…!」

「君の中で父上のイメージがどうなってるか気になるよ」


決まってるだろ厳格で超怖くて女装だ。

下手なものだしたらどんな恐ろしい目に合うか。


あれ、もしかしてフライドポテトとかも提出したらアトリに内緒でクビ切られる案件では。

北部の道とか鉱山の無断開発とかただでさえ色々やらかしてるのに。


とーさんには一応話したけど、


「こ、この程度でダンテが満足すると思うなよ!

 こーんな子供だましをダンテに話すんじゃないぞ。製造法だけはここに書いておくんだ…!」


って笑いをこらえるような、震える言葉の詰まり方で言われたからな。

何せ俺が足下に及ばないレベルの内政官だし、きっとまだ足りんのだろう。


その後何故か玄関先にとーさんが吊るされていたけどまた何かやったんだろうか。


「…一応、父上に話してはみる。だけどここにいる人達だけじゃなくて、

 他の、街の大人達も新たにこの集まりに加わってもらう事になるだろうけど大丈夫かい?」

「美味しいもの食べられればなんでもいいです」

「君ね…」


俺のあけすけな欲望に半目で呆れた表情のままのアトリ。


他の男共も考えてるのはそんなもんだぞ。

女性陣は肉食獣の目でギスギスし始めたが。


大人達は単純に俺の信用ではスカウトできなかったからな。

アトリの権力で領の事業の一つに滑り込ませてもらえば完璧だな。


アトリは仕方ないな、という風に溜息一つ。肩を落として表情を緩め、


「分かった。研究の取り仕切りは任せてくれ。

 皆も、僕がまとめ役では不足かもしれないが、よろしく頼む」


アトリがそう言うと周囲が喝采が起こった。


「やったぜ!これでここも安泰だ!」

「あの脳筋が取り仕切るなんて悪夢も回避できたし腕が鳴るわね!」

「昨日の時点でもうダメな感が出てたからホント良かった。くたばれ無茶振り脳筋!」

「ハハハ、貴様ら好き勝手言いよってからに」


ここのメンバーはどう考えても俺の手腕じゃ統率できなかっただろうからな!


ちょっと切ない。


「…本当に、いいのかい?」

「ぶっちゃけ言うけどな?…突発で始めたから資金がもうない」

「そうやって無軌道にいろいろ始めるのいい加減に直そう?」

「習性なんで無理かなぁ…」

「だから脳筋なんだよ君は」


知ってますよっと。


アトリは肩を落とし、やれやれといった風情で、

口元に手を当て、咳ばらいを一つ。


「ま、まあ。君に任せてもらった以上ちゃんとやるさ。

 その、出来たもの、ちゃんと毒味してくれるかい?」

「ああもちろん。毒味は大事だものな!」


建前上、レギンレイヴ卿に下手なものを出してはいけない。


役得です。まあ、失敗作が出てくる可能性もあるがそれはご愛敬。


「じゃあ、まず君の持ってるアイディアを全部吐き出してもらおうか。

 もう既に何個か完成してる以上まだまだ有るんだろう?

 それを基に父上に計画を出して、資金を確保しなきゃね」

「おうよ」


アトリも乗り気になってくれたみたいだし楽しみが一つ増えた。


やったぜ。


「トーマ」

「うん?」

「ありがとう」


ここ最近は見る事のなかった、屈託のない微笑みでの礼。


何が、とも。気にするな、とも言えず。


「…お、おう」

「…どうしたの?急にあっち向いて。また魔族?」


答えられない。


不意打ちで一瞬見惚れてしまったとか鼓動が早くなったとか。


アトリは男だぞ畜生。


死にたい。



食事の設定とか時代考証とかはかなりガバガバ。

見る人が見れば噴飯ものだと自覚はしていますがこれが自分の限界です。


どなたかがこれを暇つぶしに読んで面白いと言ってくれますように。

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