芋洗い(ミュラン視点)
ーミュランside
デュークさんに連れられてきた子どもは真っ黒い髪と目を持った不思議な少女だった。
名前はアキト。パッと見、性別の判別が付かない。どう見ても10才なのに15才にしか見えない色々と詐欺れそうな子ども。
親父の後輩であった第5警備隊副隊長のとデュークさんに連れられてウチにやってきた時は驚いたものだ。しかも手を繋いでやってきたもんだから「デュークさん、遂に犯罪に手を……!?」と内心で震えたものだ。本当は保護された子どもと知って安心した。
良かった……知り合いから犯罪者が出なくて。と思っていたのがバレたのかデュークさんに頭を掴まれて指の握力だけでギリギリ絞められた俺は震えた。嬉しくて震えたではない。戦いたくて震えたのでもない、それただの武者震い。眼前に広がるデュークさんの顔の怖さと頭の痛みに震えてるのだ。
しかし、何故バレた。俺は自他共に認める無表情が貫ける男なのに。友人たちからは「表情筋死んでね?」と言われるほどの無表情なのに。
『何でもしますのでここに置かせて下さい!!お願いします!!』
親父に頭を下げる少女。それを見下ろす親父。固唾を飲んで見守る俺と母さんとデュークさん。あと、デュークさん、何時まで俺の頭を掴んでるの?
因みに俺の顔は無表情だが内心ではドキドキしていた。もう心臓バックンバックンである。この子が親父に断られたらどうなるのだろうか?断られたら瞬間に俺の頭は果たして無事だろうか。二重の意味で俺はドキドキしていた。
『良いだろう。好きにしろ』
『ありがとうございます!!これからよろしくお願いします!!』
『普通に喋ろ、仰々《ぎょうぎょう》しい。おいはただ働き手を決めただけだ』
親父の一言に場の空気が緩んだ。親父は照れくさいのかアキトから顔を背け、母さんは嬉しそうに笑い、デュークさんは安堵の息を吐いた。その時にデュークさんの手が頭から離れたのに俺も二重の意味で安堵した。
良かった!!子どもも困らないし、俺の頭も無事で!!
しかし、年下の女の子か……妹分って事か?妹…扱いでいいのか?考えんの面倒になってきたのでもう妹扱いに決めた。
親父の黒い髪に母さんの青い目を引き継いだ俺と黒い目と髪をしたアキトが並ぶとパッと見では兄妹だな。俺と同じ平凡顔だし。但し、アキトは普通の子より幼い顔つきだが。
妹を持つ友人たちの話を思い出しながら俺は気付いた。
ということは俺はアキトから「お兄ちゃん」と呼ばれるのか?俺の中でかつてない激震が走った。
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こうして我が家の従業員となったアキト。
デュークさんの話では転移魔法に巻き込まれた不運な子どもで魔法も知らない秘境で暮らしてらしい。だから、誰でも知ってるような知識がなかった。それでも話し方や物腰が俺たち庶民とは違うように見えた。柔らかいというか緩い感じだ。それを見て貴族か、それに準ずる暮らしをしていた子どもと予測した俺は【ヒャクミ】働き始める時は苦労するだろうな、と思った。アキトが困った時はフォローしてやろう。
しかし、いざ働いてみたらアキトはとても出来る子だった。
客で混む昼時でも慌てずに優先順位を決めて動き、危なくない手つきで料理を運び、客が食べた皿を取り下げ、無駄の無い動きだった。入ってくる客と出て行く客に元気よく声を出す。
……あれ、ここで頼れる兄貴分を出そうと思った俺の計画は?
まさかの有能性にビックリした。更にアキトの凄い所はそこだけでは無かった。
デュークさんやゼルトみたいな顔面凶器野郎でも柔やかに接する度胸に俺は感嘆した。俺なら無表情を貫きながら内心で震えるがな。(その後、デュークさんにまた脳天を絞められた)
次に凄い美形や美人が来ても変わらない柔やかに接客が出来るのだ。俺なら美人にはぎくしゃしてしまい、美形野郎には内心で舌打ち全開で無表情を貫くがな……もう接客でアキトには適わない気がしてきた。
それでもアキトのおかげで母さんの負担も軽くなったから表の事を気にせずに親父からあれやこれやを習えていた。これなら思っていたより早く親父の味が習得出来るかもしれない。アキト様々だ。今度、頭の中で拝んどこうかな。
「アキトの皮むきはそろそろ終わるだろうか」
今日はいつもより客の入りが緩やかだったので親父から「ミュランとアキトは明日の仕込みでもしてこい」と言われた。本当は母さんと2人になりたいというのがバレバレだ。
眉を寄せて威厳のある顔つきで言ったつもりだろうが、もう親父の空気が「母さんと久々に2人っきり~」という具合に緩んでいた。それ程に親父は母さんが大好きなのだ。まだ、ガキだった俺に嫉妬してたくらいなんだ。
【ヒャクミ】の亭主の母さん好きは周知されてる程バレバレだ。なんて、自分に忠実な親父……親の威厳ゼロ過ぎて笑えるがな。その後、内心で笑ったのがバレたのか、親父からの脳天を絞められた。
なんなの?俺の頭って摑みたくなる頭なの?何でこうも掴んでくるわけ?その内、パッカーンって割れるんじゃない、俺?
友人達からは自他共に認める表情が余り動かないのに何故バレるのか納得いかない……そういえば、あいつ「ミュランの無表情って賑やかな無表情だよな」って言われたな。何だよ、無表情が賑やかなって。顔が煩いのか?このフツメンの顔が?
「~♪~~♪」
「あ………」
あ、アキトの鼻歌だ。
1人になった時によく溢していたりする。そう、仕込みを頼まれた時とかに溢す鼻歌だ。聞き覚えのない歌についつい耳を欹てた。結構アキトの鼻歌は好きなんだ。吟遊詩人が歌う歌とは違う感じのテンポが俺の耳を鷲掴みした。あ~今度マジで歌ってくれないかな。
いつまでも聞いていたいが言いつけをやらないと、また脳天絞めを喰らうハメになるので我慢して顔を出して、アキトに手伝ってもらうように頼んだ。
今から泥が付いた芋を洗わないといけないので生活魔法を唱えながら器に水を満たしているところにアキトがやってきた。アキトは器を挟んで俺の真正面に座った。
「皮むき、終わりました」
「水が器一杯になったら、この野菜洗おうな」
「そのあとは?」
「これの皮むきだ」
「了解っ」
生活魔法を嬉しげに見つめるアキト。……そういえば、魔法を知らない使わない秘境から来たって聞かされたけど、この様子を見ると本当に魔法とは縁の無い生活をしていたのが嘘ではないように思えた。次に野菜を見ては顔を微かに顰めたのを見た。
「野菜多いですね」
「そうだな」
俺からしたら今更な感じではあるが、まだ働き始めたばかりのアキトには多く見えるのだろう。まぁ、こればかりは慣れだから、こんなので多いなんて言ってこれから仕入み前の下準備、大丈夫か?接客が出来るんだから、これぐらい出来るだろ。いや、出来てもらわないと困るというか、慣れてもらわないと困る。
「こうも多いと腰に来そうですね」
「お前が来てからは少しばかり作業が早くなったから、前よりは楽になったんだぞ」
「そうですか……」
次の言葉には相槌をうてたが「こいつ、何言ってんだ?」と思った。子どもの癖にもう腰の事言ってるよ……子どもなのに。
「前までは母さんも一緒にしてたからな。本当良かったよ」
「あー、あの年じゃ腰とか色々辛そうですもんねー」
「そうだな。だから、その分、俺が頑張るつもりだ」
「…………」
俺の言葉にとても感動したように黙ったまま見てくるアキト。
何で俺、成人前の子どもに感激されてんの?何これ?俺、もしかして、舐められてる?初対面でデュークさんに頭掴まれたのが舐められる原因?いっそ、ここで年上の威厳見せたほうが良い?
しかし、女の子だから下手に言って機嫌損ねても面倒だし、泣かれたらもっと面倒だ。どうするか、思い倦ねていたら、
「……ミュランさん、川に入った事ありますか?」
「入ったこと、あるが、どうした?」
「このじゃが芋って大まかな汚れさえ落とせたら良いんですよね?」
「あぁ……本当にどうしたんだ?」
いきなり、脈絡ないの会話に俺は嫌な予感がした。もしかして、こいつ……もう野菜洗いに飽きたんじゃねよな?
いやいや、それはさすがにないだろ。俺だってガキの時に飽きたのはこの野菜の半分近く洗ってからだし……大丈夫だよな?
「えっと……魔法で野菜洗いませんか?」
「……は?いきなりで意味不明なんだが?」
自身の事だが、眉が寄って声音が低くなるのを感じた。仕込み前の下準備を親父からアキトも受けたはずの仕事を投げ出そうとする発言に俺はキレる一歩手前に来た。
魔法で楽する気か?これはもう怒っちゃう?怒った方が良いか、俺?
「水を出す以外に水の流れを操れる魔法にしません?そうしたら、私は皮むき、ミュランさんが野菜洗い。野菜洗いが終わり次第、ミュランさんも皮むきに混じれば効率的に良くないですか?」
「…………」
アキトの言葉を聞いて投げ出そうとはしなかったと分かったものの、働き始めたばかり奴に効率とか言われても何か腹立つんだよな。ま、まだ、子どもだし、ここは俺が折れるか。それに果たして上手く行くかも解らないしな。上手く行かなかった時はそれとなく諭そう。長年、やってきた仕事の流れに無駄なんて無い事を。
「効率ね……分かった。アキトの考えを聞こう」
「ありがとうございますっ」
パッと嬉しそうに表情を明るくするのを見て少しばかり「我慢して良かった……」と本当に少しだけ思った。
「川に入ると川の流れ感じますよね」
「あぁ、それが?」
「水の中でもそれ出来ませんか?」
「……どうやって?」
「川の流れを円にしてやるんですよ」
「…………」
「イメージ出来ないなら、器の中で渦でも作ります?」
「いや、待て」
子どもであるアキトに教えてもらおうと大人として話を聞こうとしたが、アキトの話は既にクライマックスだった。
あかん、アキトの最終目標は魔法で水を操って器の中でジャガイモ洗いなのは解るが、何故、俺が水の流れを操れる?
「魔法で水は出せるが動かせないぞ?水を出す場所の範囲は狭いが、決めれるが……」
「聞いて見て感じたことが魔法になるんですよね?」
「あぁ、そうだな」
「川って上から下に流れますよね?」
「あぁ」
「川の流れを感じれたなら、その流れを円にするんですよ」
……あぁ、なるほど。何となくだが、ふんわり理解した。似たような生活魔法使っていた洗濯のおばちゃんが近所にいた。おばちゃんには「年季よ、年季!!」と言っていたが挑戦してみるか。だから、焦ったように地面に絵なんて書くな。余計ゴチャゴチャするから。アキトはそのまま芋を洗い続けなさい。
その後、アキトを言い含めて水の流れに没頭してみた結果、どうにか出来上がった。いざ、芋を投入したら大まかな汚れが落ちる様子に俺は感動した。
「よしっ、これで良いだろ」
「成功ですね!凄い凄い!!」
喜びで飛び跳ねるアキトに我慢して良かった、と再度思った。接客時はニコニコ笑うが仕事が終わった途端、アキトの表情筋がまるで俺の顔みたいに死ぬ。それでも気遣ってこちらに笑いかけることもあるが、なーんか今一なんだ。だから、こうも心から嬉しげに笑うアキトを見れただけでも頑張った甲斐があったなぁ。と和んだ。
いざ、成功すると俺も出来るとは俺自身ビックリだ。洗濯の上手いおばちゃんがしてた魔法ってこれの事だったんだな。川の流れから水の流れを操れるか……魔法の幅が広がったな。でも、慣れるまで時間掛かりそうだな。この辺は練習だろ。
その後、器に足先で触れては両手が空いた。
「なった!」
「おーやったー」
「アキト、まな板1つと包丁2つ、あとゴミ入れも持ってこいっ。直ぐに剥むくぞっ!」
「りょうかーいっ」
芋洗いと皮むきの両方が専念出来ることに俺は震えた。下準備の並行作業とか時間短縮が出来過ぎだろ。アキトが効率的に、とか言った意味が分かった。1人で2つの作業とかヤバイだろ。
もしかして、アキトって凄くないか?
接客も出来て、魔法を知らない秘境から来たのは魔法のアイデアが思い浮かぶとか、凄くね?今度、友達に自慢しよう。
(うちの子凄くないか?って自慢しよ)
「持ってきましたっ」
「おぉ、ありが……椅子?」
「座って足先に触れたら濡れないかと思って……」
まな板の上に包丁2つとゴミ入れを器用に片手で持っては、もう片方は小さな椅子を引き摺り気味にやって来た。
ちょっ、危ない持ち方して来やがった!!速攻で注意しようとしたら、控えめに俺のために持ってきた事を聞いた時は黙ってしまった。
うちの子、本当に良い子!!でも、危ないから注意する!!口に手を当てて感動したくなったが我慢した。
「ありがたいが危ない。特に刃物を持つときは慎重にしなさい」
「そうですね。落とすと洗って二度手間ですからね」
違うから!!アキトが怪我しないように言ったのに!!伝わってない!!俺の心配伝わってないよ、この子!!思わず立ち上がってはアキトの持っている物を受け取りながら
「アキトが危ないから言ってるんだ。だから、刃物を持つときは二度手間だろうと気をつけろって言ってるんだ」
「あ、はい……」(何気に初めて名前で呼ばれたような……)
「うん。理解してよろしい」
注意すると緩慢に頷くアキトに空いてる手で頭を撫でてみると、その小ささに改めて実感した。所々、大人顔負けだから余り意識してなかったがこれで15は嘘だろ。どう見ても10ぐらいの子どもしか見えない。でも効率とか難しい言葉使ってるし……やっぱ自己申告通りか。
「皮むきやるぞ」
「は、はぃ……」(笑った!?ミュランが笑った……だと!?)
「……どうした?」
「何でもないです」
2人でもう皮むきするなら早いだろ。この調子なら時間も余りそうだし、空いた時間友達んとこ行こうっと。そして、自慢しよう。
うちの子、凄くないか?って。
字の置換機能というモノをしてみたら、文章の半分以上消失「……やる気削げたわ、クッソwww」
私の中でやる気→無精者が置換されたわ。この機能使える人凄すぎだろ。
今から誤字脱字修正の旅をしてきます。