Episode:36
「まぁおまえ以上の事情あるやつとか、他にいねぇだろうから、落ちこんじまうの分かるけどな。
けど金に困ったことねーし、親いるし、その辺ちっといいんじゃね? 俺から見ても、けっこう羨ましいしさ」
「あ……!」
声をあげたルーフェイアのヤツに、今度は思わず突っ込んだ。
「おまえもしかして、気づいてなかったのか?」
「ごめん……」
可笑しくなった。こういう天然ボケは、いかにもこいつらしい。
つい笑い出した俺に、ルーフェイアのヤツが怒った調子で言う。
「そんな、笑わなくても……あたしが、悪いけど、でも……」
「悪りぃ悪りぃ」
謝る側と謝られる側が反対の気がすっけど、まぁそれはそれだ。
「ま、みんないろいろあるって。おまえがトップクラスだとは、思うけどよ」
「そうだね、そうだよね……」
またルーフェイアがうつむく。でも、泣こうとしてじゃなくて、考えてた。
「泣いてても、変わらない、から……」
こいつがいつも必死なのは、俺にもわかってた。前も見えないほどの荷物で、どっちへ行ったらいいかわからない、ようするにそういうことだ。
そして今、確かにこいつは歩き出そうとしていた。
優しいことが取り柄なのに、まったく筋違いな荷物を背負ったままで。
ルーフェイアが顔を上げる。
「あたし……自分のことしか、見えてなかった」
自嘲したような表情。
――やっぱお前、すごいぜ。
人前で自分のことを、こんな風に言えるやつは少ない。
いい意味でプライドを持たないルーフェイアを、羨ましく思った。
「あたしひとりが辛いんだと思ってた。ひどい、って。
けど、あたしだけじゃなくて……みんなそれぞれ、辛くて……」
深い碧の、真っ直ぐな瞳。
まるでガラスのように澄んで……。
「――そゆことだな」
その瞳におされながら、そう俺は答えた。
この世界のどこにも、辛くないやつなんていない。
先輩たちは言うに及ばず、シーモアなんざストリートキッズしてたし、ナティエスもそうだ。ミルもあれで、けっこういろいろあっ たらしい。
そして俺も、ルーフェイアとは比べものにゃならねぇけど、それなりにあった。
この年でなんで、って気はあるけど、それを言ってもどうにもならない。その他にだって辛いことなんか、数えるのも馬鹿らしいくらい次々と起こる。
けど――やるしかない。
「頑張ってりゃいつかはいいことあるなんて、そんな下らないこと言わねぇ。でもなにもしないで泣いてたら、そこで終わりだかんな。
だからさ、泣いてもいいから、やってみろよ」
「――そうだね、そうする」
優しいこいつのことだ、またなんかあれば、きっと泣くだろう。辛さに嘆く時もあるだろう。
けど今度は間違いなく、自分で立ち上がるはずだ。
真に強いやつは真に優しい。その言葉を思い出した。
これは、その強さじゃないんだろうか?
少なくとも俺には、そう思えた。