Episode:31
例によってタシュアが、嫌味とも取れる言葉を付け加える。もっとも今度は、口調にはからかいが含まれていたのだが、これはルーフェイアには分からなかったようだ。
「あ! す……すみません!!」
慌てて私の腕の中から降りようとして、落ちそうになる。
「急に暴れるな。落ちるぞ」
「すみません……」
素直というのだろうか。よく謝る少女だ。
とりあえず足を怪我しなそうな場所を選んで、降ろしてやった。
「先輩、ありがとうございました」
「いや、いいんだ」
私の傍に立ったルーフェイアは、頭一つ以上身長が違った。
年令のわりに小柄で、華奢な体つき。
――これでよく、あの海竜と渡り合ったな。
友人のためとはいえ、あんなものの前に飛び出すなど、そうそうできるものではない。
そして気が付いた。
「そういえばルーフェイア……いつから泳げるように?」
さっき教えていた時は、とてもあの距離を泳ぎ切れるほど、上手くはなかった。
なにより人というのは、そう簡単になにかが出来るようになるものではない。そうだというのなら訓練は無用だ。
だがこの質問に、少女の顔が曇った。泣き出しそうな瞳になる。
「え、あ、その……すまない、何か悪いことを言ったか?」
何かに怯えたような表情。
「どうしたんだ?」
重ねて訊いてやっと、ルーフェイアが言葉を発した。
「怖い……」
「え?」
いまひとつ要領を得ない、切れ切れの言葉が続く。
だがそれをひとつひとつ訊きだして、つなぎ合わせて……私は言葉を失った。
――自分の意思とは無関係に、振るわれる力。
そういうものが、自分の中にあるのだと、この子は言うのだ。
信じ難いが、嘘をついているようにも見えない。それにあの戦闘力や何かを考えると、かえって納得がいくくらいだ。
こういう話を、普段なら一笑に付すタシュアが否定しない辺りからも、事実だろうと思った。以前からこの子については、タシュアは何か知っている節がある。
だが、どうすればいいのだろう? 何か言ったほうがいいとは思うが、言葉が出てこない。
仕方なく頭を撫でてやったが、この子は泣き止まなかった。