Episode:29
◇Sylpha
「先輩、うしろっ!!」
ルーフェイアの叫びで、もういちど私の身体に緊張が走った。
絶命したとばかり思っていた海竜が、首だけとなって尚牙をむく。
驚いて、一瞬対応が遅れた。
首が跳ね上がり、大きく口が開く。
――間に合うか?
サイズを持ちなおし、踏みこむ。
まだ精霊ヴァルキュリアの憑依状態は解けていないが、間合いが近い分、先に動いた向こうが有利だ。
案の定向こうの方が速い。さすがに怪我を覚悟する。
が、突然海竜の動きが遅くなった。同時に私の身体がスピードを増す。どちらも魔法だ。
――あの2人か?
これだけ離れていてこの連携を見せるとは、なかなかやる、そう思う。
さらに私の良く知る気配が辺りに満ちた。風に乗ってか、呪文の詠唱が聞こえる。
「闇の底に眠りし混沌の力、一条に集いて――」
タシュアの禁呪だ。
目を射る光の矢が飛来して、海竜の首に突き刺さった。
たちまち松明のように、首が白い炎に包まれる。生命力を削り取る禁呪を、タシュアに連続で使わせてしまった自分に、腹が立った。
その思いを叩きつけるようにして、サイズを振るう。海竜の首を、今度は縦に両断した。
燃えながら、首が左右に分かれて落ちる。しばらくうかがったが、さすがに今度は動かなかった。
ようやく緊張を解く。
「先輩、大丈夫ですか?」
いちばん近くにいたルーフェイアが、真っ先に駆けてきた。
「すみません、あの、あたし、とっさに……魔法、かけちゃって」
第一声は、なんと謝罪だ。
「あの状態じゃ……もしかしたら、危険だったかもしれないのに……」
下手な言葉をかけようものなら泣き出しそうな表情で、少女が私を見上げている。
先ほどから連続で凄まじい魔法を放ち、海竜を丸ごと凍結させ、さらに絶妙の連携プレーまで見せたのとはまるで別人のようだ。
「なんでもなかったんだ。気にしなくていい」
「でも……」
「いいんだ」
私がきっぱり言うと、ようやくルーフェイアも表情を変えた。どうにか納得したらしい。
しばらくそのままその場にいたが、そのうち海竜の首――というより残骸――に歩み寄り、つま先でつつき始めた。