Episode:27
と、今度は風に乗ってタシュア先輩の呪文詠唱が聞こえた。
「……の嘆きと怒りの咆吼をもちて……」
聞いたことのない韻。
いや、ちがう。聞き覚えがある。
――まさか、禁呪?
ちょっと信じられなかった。
禁呪は要するに精霊が使うもので、人の器で扱えるようなものじゃない。
呪文そのものはいちおう誰でも唱えられるけど、発動させると代償として、生命力までもぎ取られて衰弱する。魔力が弱い人が使うと、死ぬことだってあるくらいだ。
それを、こんな風に簡単に扱うなんて。
でも、シルファ先輩がもう海竜に突っ込みかけている。このタイミングで魔法をかけたら、巻き込まれるのは確実だ。いくら精霊を完全憑依させているといっても、禁呪の直撃には耐えられない。
なのにタシュア先輩、まったく気にする様子がなかった。
そして魔法が発動する。
一瞬にして暗くなった空から十数条のもいかずちが降り注ぎ、あたりを薙ぎ払い、帯電した風が逆巻く。
空気が焼け焦げて、あの独特の匂いがただよった。
さすがにこれは効いたらしく、海竜が咆哮をあげて動きを止め、その長い首を落とす。
逃さず、シルファ先輩のサイズ(大鎌)が一閃した。
――抜群のコンビネーション。
ほんの僅かな発動範囲の差とタイムラグとで、シルファ先輩は無傷だ。
どさりと音を立てて、海竜の首が落ちる。シルファ先輩がほうっと息を吐き、燐光が薄れ始めた。
でもその時。
「先輩、うしろっ!!」
切り落とされて背後へと落ちた海竜の首が、突然牙をむいた。
まさかの事態に、一瞬シルファ先輩の動きが止まる。
――いけない!
戦いの最中には、この一瞬が命取りになるのだ。
とっさにあたしは呪文を唱え始めた。
選んだのは加速魔法。本当なら海竜のほうをどうにかするべきだけど、今はその必要がなかった。
理由はわからないけれど、それはイマドがやってくれるという確信がある。
「すべてを包む流れよ、幾重にも重なるその手にて……」
呪文が、完成する。