Episode:23
◇Rufeir
どうしてこいつがここに?
あたしがいちばん最初に思ったのは、それだった。この海竜、外洋ならたまに見かけるけど、このあたりにはいなかったはずだ。
幸いなのは、この種類としては、まだそれほど大きいほうじゃじゃないことだ。けど、とても獰猛だから油断できない。
「ナティエスっ、ミルっ!」
2人の名前を呼びながら、あたしは岩場の方へと駆けた。そして突端まで行って、ようやくナティエスの姿を見つける。
でも、思わず足が止まった。
彼女がいるの、もう少し沖の岩の上だ。今のあたしじゃ、泳いで渡るにはかなり厳しい距離だ。
しかもどこかへ打ちつけでもしたのか、足からかなり出血してる。
このまま放っておいたら、間違いなく餌食だ。
「ナティエスっ!!」
「ルーフェイア?!」
大声で呼ぶと、ナティエスが振り向いた。
互いの瞳が合う。
鳶色の、諦めきった瞳。
そこへ血のにおいを嗅ぎつけたのか、海竜が鋭い歯の並んだ口を開けて迫る。
「だめっ!!」
瞬間、周囲がぼやけた。
海も空も判然としなくなって、真っ白な光が走って――。
「る、ルーフェイア?!」
気が付くと、目の前にナティエスがいた。
「どうやって、ここまで? 魔法??」
その問いを聞きながら、あたしの身体はまだ勝手に動いていた。
海竜のほうへ手が突き出されて、次の瞬間呪文もなしに、凄まじい雷撃が海竜を襲う。
――まただ。
反射なんかとは違う、「何か」が自分を動かす感覚。
確かにそこにある、でもあたしじゃ使えない力を、その「何か」は平然と引き出して振るうのだ。
気味が悪かった。
シュマーのグレイスには、いろいろ嫌な噂が伝えられている。
人が所有出来ないはずの精霊を平然と従え、上級呪文を詠唱なしで発動させ、失われたはずの魔法を操る……。
そして、その通りのことをしている自分がいる。
怖かった。
このままいったらどうなるんだろう、そう思うと背筋が寒くなる。
もっとも今は、それを悩むのは後だ。この海竜をどうにかして、ナティエスを岸へ返さなくちゃならない。