Episode:19 海竜
◇Sylpha
「ここにいたのか」
「――わざわざ捜しに来たのですか?」
言葉だけ聞くと「何をしに来た」と言わんばかりだが、その声音はけして冷たくはなかった。
ルーフェイアあたりが聞いたら、驚くかもしれない。
「姿が見えなかったから……それに、ルーフェイアも心配していたし……」
「まったく。ルーフェイアでは自分の心配が先でしょうに」
いつものことだが、タシュアの毒舌は途切れることがない。
そして私は気づいた。
「タシュア……なにかあったのか?」
タシュアが自分の大剣だけでなく、私の武器――サイズと呼ばれる大鎌で、これは背の部分にも刃がついている――まで手にしている。
「何もありませんよ。今は、まだ」
「まだ?」
気になる言いかたに、自分の声が緊張を帯びるのが分かった。
「先ほど、岩場の方向で影を見た気がしまして。
まぁ一瞬でしたし、何事もないとは思うのですが、それでも気になりましたからね。念のためです」
「……そうか」
それ以上は、私は聞かなかった。問いただす代わりにサンダルを履き、足首のストラップをとめる。
タシュアの「気になる」は、何かあると考えて間違いない。
そして武器を受け取った。
「ルーフェイアにも、言っておかないと」
「その必要はなさそうですよ。気づいたようですから」
「本当か?」
言葉につられて、向こうの波うちぎわへ視線をやると、確かにルーフェイアが緊張している様子だった。
なにかを探るようにして、辺りへ気を配っている。
と、突然岩場の方へ駆け出した。
「おや、さすがシュマーのグレイス。気配だけで、相手がどこだか分かったようですね」
「向こうなのか?」
確かあちらの岩場には、ルーフェイアの友だち――ナティエスとミル――がいたはずだ。
「ええ、確かに向こうですよ――おや」
「……なんだ、あれは?」
この時になってようやく、海面を割って“それ”が海中から姿を現した。
まるで小山のような胴体に鰭状の手足。そして長い首と尾。
――海竜?
その私の推測を、タシュアが肯定した。
「どうやら海竜の一種ですね。外洋では時々見かけるそうですが、この辺には殆どいないはずです。
――と言っても、現にいますがね」
いつものように冷静に、彼は指摘する。
それにしても大きい。頭の先から尾の先まで、小さな飛竜くらいはあるだろう。
肉食らしく、開いた顎には鋭い歯が並んでいる。あんなのに噛まれたら、怪我どころか身体が真っ二つだ。
「あんなのが出るとは……」
「そうですね。とはいえ生徒は殆ど海から上がっていますし、実害はないでしょう。放っておくだけです」
こともなげにタシュアが言う。
だが――まだルーフェイアの友だちが、あがっていないはずだ。
そしてルーフェイアならともかく、他の下級生があの海竜相手に、無事切りぬけられるとは思えなかった。
「タシュア、私も行ってくる」
言い置いて、私もルーフェイアのあとを追うように岩場へと走った。