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第9話 傍観者

どうぞよしなに

春生ねえの看病のおかげですっかり熱は下がった。

どうやら知恵熱のひどい症状だったみたいだ。


「おはようございます」

校門前の黒いリムジンから降りてきた井上さんと藤馬さんに挨拶するのが俺の日課になっていた。

「熱は下がったのでしょうか?凜華様がすごく心配されておられました」

なんだかうれしいな。

「すごくは余計」

「失敬」と井上さんはクスクス笑う。

「もう、本当に大丈夫ですか?」

「うん。心配かけたね」

「いや、うん。元気なら、いい」そういいながら藤馬さんは俺と目を合わせない。

そのしぐさに井上さんはまたクスクス笑う。

「じいじ、笑うな」

「失敬」

「月島さん、いきましょう」

そういって藤馬さんは俺の腕を引っ張る。

「それではいってらっしゃいませ、凜華様と月島様」そう見送られて俺たちは教室へ向かう。


「柏木さん、おはよう」

「月島くん大丈夫なの?風邪?」

「ううん。ただの熱。解熱剤飲んで寝たらすっかり元気になった」

「それならいいけど~文化祭の準備もあるし、ほどほどにね」

どうやら俺の体調の心配をしてくれているらしい。

「ありがとう、柏木さん」

「もう文化祭まで日にちないし、準備がんばらなきゃね!」

そう柏木さんは張り切る。

「そういえば、柏木さんは委員にならなかったけど、クラス以外で何か仕事があるの?」

「あー・・・」

そういってそっぽを向く。藤馬さんの頭の上に?がみえる。

「暦美さん、どうしたんですか?」

あれ、いつの間に名前呼び??

「いやーそのー、ねぇ?なんていうか、ねぇ?」

その照れ方に俺は勘付いてしまった。

「そういえば、柏木さんの好きな人って一つ上だっけ?」

「のおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「!!」

急に柏木さんが雄たけびを上げる。

「ど、どうしたんですか?」藤馬さんは驚いている。

「いや、そのーえっとーー」柏木さんは動揺している。

「なるほどね」俺は納得した。

「何がなるほどなのですか?」藤馬さんの頭の上の?が一つ二つ増える。

「俺の推理があっていればこうだ。柏木さんには好きな人がいて、しかもバスケ部の一つ上の先輩。で、その先輩が同じ委員会で委員会のメンバーは生徒会の指示でいろんな準備担当があって、放課後一緒にその作業できる。というわけだね?」

名探偵月島がここにいた。というか誰だそれは。

「月島くん。なんでわかるの?」

「すごいですね、月島さん」

「やはりビンゴだった?柏木さんわかりやすすぎ」

そういって俺は優越感に浸る。どや顔にもなる。

「はいはい、そうですよ~。実は私の幼馴染なのよね~。先輩だけど先輩ぽくないところが・・・」

と言いかけて顔が赤くなる。そうか、この話をあまり人にしたことないんだな。

「そういうところがー?」

「むむむ、からかってるでしょ?月島くん!」

柏木さんに睨まれた。

「ははは、ごめんごめん」笑って誤魔化した。

会話が着地したので藤馬さんにも話を振ろうとしたら彼女はもう席についていた。

「あれ、藤馬さん?」

「あーあ。こりゃ怒っちゃったかな~?」

「どういうこと?」

「そりゃ~。自分で考えなさい」そういって柏木さんも席につく。

朝のHRが始まる。


***


今日も放課後は文化祭の準備で使われた。

藤馬さんも閖華さんから文化祭当日までは遅くなってもいいと許可をもらったらしい。

内容もちゃんと決まり、あとは材料の調達とメンバーシフトの作成、あと残すのは

「衣装よね~。んー。メイドはもうあのクラスが使ってるし」

コスプレ好きの女子がいるクラスはやはりメイド喫茶をするらしい。

「不思議の国のアリス風なのはどうよ?」クラスの女子がいう。

「あーいいねー男子たちはウエイターの衣装でうさ耳つけてもらって~」

「なんでうさ耳なの?!」男子たちは驚く。

「え、なんとなく?」

「なんとなくでうさ耳はつけれねーよ!」

もみくちゃに話は進み、最終的にはアリス風の衣装になった。

俺と藤馬さんは委員で見回りがある。クラスでの手伝いはあまりできない。

「二人で見回りついでに客引きする担当でいいかな?」

「藤馬ちゃんが厨房にはいるとプリン全部たべられそうだもんね」と冗談まじりに女子はいう。

「確かにそうかもしれません。見回りします」

「その時は二人ともうさ耳か猫耳ね♪」女子たちは乗り気である。

俺は別にその辺の抵抗はなかったので(男としてどうかとは思うが)快く引き受けた。

「このクラスの人たちの思考回路は楽しいに直結してますね」

難しい言い回しをしたのは藤馬さんだった。

「うん。基本楽しいこと大好きなクラスだから。いじめもないし。藤馬さんのこと初めて見たときは文句が飛び交ってたけど、受け入れたら一気に距離が縮まるよ」

俺のクラスの長所でもある。みんな基本が楽しいことをやりたい祭り好きだから、秋におこなった体育会は超絶盛り上がった。その時俺はこの高校に来てよかったと思った。

「そういえば、藤馬さんはなんでこの高校に転入してきたの?」

「それは、この学校も元を辿れば藤馬が統括しているんです。なのでもしなにかあったとしたら対応できます」

「そ、そうだったんだ」

「確か先生で藤馬の人がいるはずです」

「え?!どの先生だろう。藤馬って名前の先生っていたかな?」

「私も分かりません。ですが、声かけてくるとはおもいます。特に文化祭当日は、もしかしたら」

と、いいかけて藤馬さんは両手で口を塞いだ。

「ん?どうしたの?」

「いえ、話しすぎてますね私。本当はこんなはずじゃなかったんですが」藤馬さんの顔が赤くなる。

最近この表情をよく見ることがある。

「俺は嬉しいけどな~」

「そういうの、よくない」といいながら今度は顔を両手で隠した。可愛すぎるんですが!

そのやり取りをクラスの奴らは生暖かい目線で送る。

「え?なに、みんなこっちみて」

「べつに~」「なつき、がんばれよ」

「はいはいわかったからみんな作業!作業!」

この空気に耐えられず俺まで顔が熱くなる。

話題を変えてみんな準備作業に戻ってもらった。


***


「文化祭の時はちゃんと様子みておきますよ。ええ、大丈夫です。今のところ特に変化は見受けません。はい。放課後も文化祭準備をしていますよ。え?月島、ですか?あー、確かに。解りました。それに関しては監視を続けます」

模擬店の時に使う道具の貸出許可を担任に聞こうと職員室に来た時だった。

そこに居たのは俺達の担任の先生だった。

「先生??」

先生が電話を切ったのを確認して声をかけた。

「お、どうした月島~。なんか用か?」

「さっきの電話の相手...」

「あー、きこえちゃってた?」

「はい。俺のこと監視するって、誰からの電話だったんですか?」

「んー、話せば長くなるしな~月島だって用事があってここにきたんだろ?」

「はい。先生に用事があって」

「ちなみにお前1人か?」

「はい」

「ちょっと、こっち」そういって俺は先生に応接室に案内された。

「まぁ、座れ。用事先に済ませてから話そう」

俺の用事は貸出許可だけだったので確認と書類の記入をして終わった。

「月島は、そのー、なんつーか、藤馬のこと、どう思ってんだ?」

最近この質問が多い。その度に俺にとっての藤馬さんは何なのかを考えさせられる。

「クラスメイトであり、守りたい人でもあります」

「お前は知ってるんだよな、藤馬凜華の秘密」

「?!」なんで先生が知っているんだ?

「なら、お前にだけは話しておこうか。その方が俺もやりやすいし」

「先生??」

「俺はこの学校では水原で通っているが本当の名前は『藤馬将(とうましょう)』なんだ」

「先生が、藤馬の人間だった、んですか?!」

「そう。俺はこの学校の教師としてというより監視だな。他にも藤馬の人間は何人かいるし」

知らなかった。藤馬さんから何も聞いてなかったし。

「凜華は世間に疎いからな。だから凜華よりは藤馬のことわかってる」

「ということは、もしかしてさっきの電話の相手は」

「月島は勘いいな。そうだよ、閖華に報告してたんだ」

「でもなんで俺を監視するんですか?するのは藤馬さんの方じゃないんですか?」

「お前、自分の気持ちに気づいてないのか?」

「え?」

「いや、俺から言うのはやめておく。でも忠告しておくことがある。これは俺からでもあるし閖華からの忠告でもある」

「な、なんですか?」

「文化祭が終わったら、藤馬凜華にあまり関わるな。クラスメイトという関係でいろ」

「どういうことですか?」

俺にはよくわからなかった。

だって今まさにそうだから。

「これ以上、凜華に感情を教えるなという意味だ。そこは分かるだろ?」

教えてしまったことでまた力が暴走することに恐れている。その意味はわかっている。でも。

「藤馬さんも、人間です。普通の人間なんです。何も知らずに人生を終わらせて欲しくないだけです」

大袈裟かもしれないけど、でも、俺はそう思う。

何も出来ずに人生が終わってしまった人を知っているから。

「わかった。でも俺は定期的に閖華には現状報告してるということは頭に入れていてほしい。その意味も後にわかると思う。月島、後悔だけはするなよ?」

「後悔?しませんよ。もう。」

「ん、俺からは以上!文化祭、成功させような」

そういって先生は俺の肩をポンポンと叩いた。


***


まさか水原先生が藤馬の人間だとは。

このことを藤馬さんに伝えようか迷っていたら前から秋音ねぇが歩いてきた。

「あれ?なっくんじゃーん! どうしたの? 生徒指導でも受けた?」

「んなわけないじゃん」

「だーよね。で、何しに職員室に?」

「道具の貸し出し許可をもらいに担任に会いにきただけ」

「担任って確か水原先生?だっけ?」

「うん」

「水原先生、私が一年の時の担任だったんだよね~」

あーなるほど、それでか。

「去年はいろいろお世話になったものだよ~」

そのしわ寄せが俺に降りかかっているのをこの女は知らない。

「で、秋音ねぇは何しに職員室に?」

「部室の鍵借りにきたの~」そういって両手をバタバタさせていた。

「そっか」

「ねぇ、なっくん。私も春生ねぇも今のなっくんが大好きだよ?」

「え、どうしたの?急に?」

「なーんか言いたくなったの!なっくん、最近楽しそうにしてるから、それがとてもうれしい」

秋音ねぇは満面の笑みで俺に言った。

昨夜の春生ねぇと同じで秋音ねぇにもかなりの心配をかけていたんだと確信する。

「秋音ねぇもそーみえてちゃんと心配してくれてたんだね、ありがとう」

「そうみえてって余計じゃない?」

「あはは、ごめんごめん」

「私、なっくんが思っている以上に弱いから」

廊下の窓からみえる中庭を見ながら秋音ねぇはぼそっという。

「うん」

「でも、心配かけたくないし、なっくんの姉だし、春生ねぇばかりに頼ってもいられないし」

「うん」

「しっかりしなきゃってちゃんと思ってるんだけどね~」

秋音ねぇは自分のダメなところをちゃんと自分で理解している。

そういうところを俺は尊敬している。

「いいんだよ秋音ねぇ。秋音ねぇはそのままで」

「ふふふ、ありがとっ」

「逆にしっかりしている秋音ねぇはキモイし」

「なっくん、怒るよ?」

「ごめんごめん! でも、そんなに強気にならなくてもいいと思うよ。それこそ秋音ねぇなりに楽しめばいいんじゃないかな?」

俺から言えるのはこれぐらいしかなかった。

いつもふざけている姉だし悩みなんて一つもないように見えるけど、でも、実際は繊細で少しでも触れれば壊れてしまいそうな女の人なのだ。

俺はそれをちゃんと理解していなければならない。弟として。

「私なりに楽しめばいいっていった? んじゃー打ち上げ花火に賛成してくれる?」

「後夜祭の話してる? あれ本気なの?」

「あったりまえじゃん!!私の夢なんだから!」

大きいような小さいような夢を語りだしたよ、この人は。でもこれが月島秋音なのだ。

このテンションでいてくれることで俺は安心する。

「はいはい。先生と生徒会長が許してくれるといいね」

「なっくんも協力してよねっ」

「はいはい」

「んじゃ鍵借りてくる~なっくんも準備がんばってね!」

にこにこしながら長いポニーテールを左右に揺らして職員室に入っていく。

秋音ねぇの笑顔に癒されて俺は教室に戻る。


教室に戻ると藤馬さんだけがいた。

「あれ? みんなは?」

「今日の作業は終わったので帰りました。後は前日準備だけだそうです」

「そうか。ごめん、もしかしてまってた?」

「いえ、別に」

久々の藤馬さんの『別に』をきいて少し笑ってしまった。

「どうしました?」

「いや、最初あったときの藤馬さんを思い出してね」

藤馬さんに会ってからそんなに期間はたっていないのにずっと前から知っているように思えた。

「そうだ、今度の休みにまた俺んちきてくれないかな?」

「え?」

「あ、いや、その、歌! 歌のこと! 忘れてたんだけど、姉たちに聞いてもらいたくて」

「月島さん、こだわってますね、あの歌のこと」

「あれは実は俺のお母さんの歌なんだよ」

藤馬さんがきょとんとする。

「いえ、あれは私のお母様の歌ですよ?」

俺もきょとんとする。

「え、どういうことなの?」

「あの歌はお母様がよく私たちに子守歌代わりに歌ってくれました。私にとっては思い出の歌なんです。小さい時にお母様がいっていました。この曲は世界に一つしかない歌なんだと」

「ちょっとまって、もしかして藤馬さんのお母さんは・・・」

と言いかけて教室の扉が開いた。

「おーい下校時間すぎてるぞー」

見回りの先生が言う。

「うわっもう19時きてる!すみませんもう帰ります」

「気を付けて帰れよ~」そういって先生は隣の教室へと見回りにいった。

「藤馬さん、大丈夫なの?」

「はい、文化祭終わるまでは大丈夫です」

文化祭終わるまで。終わってしまったらすぐに帰ってしまうのだろうか。

俺は少し寂しく感じた。この時間を今当たり前のように思ってしまっていたことに気づいたからだ。文化祭が終わればいつもの日常にもどる。


(文化祭が終わったら、藤馬凜華に関わるな)


担任の言葉が頭をよぎった。

文化祭が終わるまでは楽しい時間を藤馬さんと作りたい。絶対に。



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