第4話 キセキのコ
次の日、藤馬さんは休んだ。体調不良だと先生はいった。
「どうしたんだろうね。熱かな?」
一時間目が始まる前に柏木さんが尋ねてきた。
「昨日、一緒に帰ったけどそんな感じはしなかったよ」
「へぇ~一緒に帰ったんだ」ニヤリと柏木さんは俺を見る。
「な、何?」
「凜華ちゃん、先に帰ったんだとおもってたから。月島くんと一緒に帰りたかったのかな~とおもってね」
「んなわけないよ。迎えが来るのが遅かったからモンドでお茶しただけだよ」
「月島くんって意外と軟派だよね。私の時もそうだったけど」
「そうかな?」
「姉二人いるからなのかもしれないけど、女性に優しい、というか女子だよね」
「なんだよそれ」
「私、月島くんが女の子だったらきっと親友にしてたかも」
それほどまでに俺のことが気に入っているようだ。
「ねぇ、今日、凜華ちゃんの家にいってみない?」
柏木さんが突然思いついたかのように俺に言う。
藤馬さんの家といえばあの大きな屋敷で、入り口が大きな門になっている。
きっと入ってから家までたどり着くのに時間がかかるのではないだろうか。
でも、興味はある。専属ドライバーの井上さんとも俺は面識あるし、怪しまれることはないだろう。
「いってみる?」
「こういうとき凜華ちゃんの連絡先きいとけばよかったな~」
残念そうに柏木さんがいう。俺も同感だ。昨日のやり取りの中でなぜそれを先に聞かなかったのだろうか。いや、聞いてしまえば本物の軟派野郎になってしまう。
そして放課後、俺と柏木さんの二人で藤馬さんの家へ向かった。
先生から住所を聞かなくても地元に住んでいる人にはわかるほどの屋敷なのだ。
学校からバスで30分。山の麓にある。敷地の入り口の本門には『藤馬』とご立派な表札があった。門の屋根上には監視カメラが一台ついていて、誰が来たかすぐ分かるようにしてある。チャイムを柏木さんが鳴らす。インターホンから女の人の声が聞こえた。
「どちら様でしょうか」
「すみません藤馬凜華さんのクラスメイトの柏木と申します。お見舞いにきました」
「申し訳ございません。凜華様は休養されております。お引き取りください」
といわれた。
「やはり、簡単にはいらさせくれないか。さすが名家」
「ふぅ~緊張したぁ~。そう、みたいだね」
もう一度頼もうという気持ちは二人ともなく、そのまま帰ることにした。
「にしてもすごい屋敷だったね。門の向こう側、全然みえなかった」
「謎めいてる感じあるよね。藤馬って」
「ここだけの話、昔藤馬の人が大火事を起こしたってお母さんからきいたことあるよ」
「いつ?」
「いつだったかなぁ~今度聞いておくよ!でもそんな大火事になってたらニュースになってるし、それこそ私たち知っててもおかしくないんだけど。きっとだいぶ昔の話なんだと思うよ」
俺もその話はしらなかった。後でネットで検索してみよう。
***
途中で柏木さんとはわかれ、俺は河原の土手を歩いて帰ってた。
もしかしたらここに藤馬さんが来ているのではないかとおもった。
すると話し声が聞こえる。聞き覚えのある声が2つ。
「なんか悩みあったら相談にのるよ?」
「特にないです」
「ほんと?昨日なっくんと春生ねぇがいってたよ?凜華ちゃんのこともっと知りたいって。私も知りたい。何かあるなら言ってほしい」
そこには秋音ねぇと案の定藤馬さんがいた。
「知らなくていいこともあります」相変わらず無表情で応えている。
「ということはあるんだよね?」
「特に、ありません。帰ります」
「ちょ、待ってよ凜華ちゃん!!」秋音ねぇが引き留めようとしていた。
「何やってんの二人とも」
「な、なっくん!!」
「月島さん・・・」
「よう。凜華ちゃん。家で休養中じゃないの?家のひとがそういってたけど」
「家、いったんですか?」
「だけど門前払いされてその帰り。秋音ねぇ、凜華ちゃんと何話してたの?」
「えと、その」珍しく秋音ねぇが戸惑っていた。
「月島さん、お姉さんは悪くありません。悪いのは私」
「話をききたかっただけなの。凜華ちゃんがどう思ってるか知りたかっただけなの」
秋音ねぇの素直なところは見習いたいし単刀直入なところも見習いたい。
「知らなくていいんです」そう強く藤馬さんはいう。
「ねぇ凜華ちゃん。藤馬の家での君の存在ってなんなの?」
「え・・・・?」
「縛られて強制されて息苦しくないの?」
「そんなこと、ないです」
「なっくん?」
「俺、昨日考えてたんだ。君がどうして感情を表にださないのか、どうして他者と関わろうとしないように一線を置いているのか。それは君が何か隠しているからだろ?」
隠してしまわないといけない理由があるはずだ。
それを俺たちは藤馬さんの気持ちも考えずに話してほしいと言っているのだ。
「知られたくないことを隠しているから何も感じていないようにしているんだよね?」
つらいこともうれしいことも表にだせないほどのことをこの小さな体に抱えている。
そう考えると俺は助けてあげたいと思う。
小さな体じゃなくたって重いものを背負っていればいつか人間は倒れてしまうということをよく知っているから。
「そんなことないです。隠してもいません。ただ」
そういって藤馬さんは俺を見た。
「正直にいいます。私にかまわないでください。本当に、あなた達に何かあってはいけないので」
「なんで凜華ちゃんに構うと何か起こるの?」
秋音ねぇが少し怒っている。
「では聞きますが、私の本当の気持ちをあなた達が知ったとして何ができますか?」
「それは・・・」
「凜華ちゃん。俺たちはまだ君のことを知らなすぎるんだ。だから教えて欲しい。君の本当の気持ち。知ったあと、どうするかは俺達が決める」
藤馬さんは左手で右手首をぎゅっと握った。
その手首には昨日みた数珠をしている方だ。
何か関係があるのか?
「私次第、ってことですよね」
少し震えているようにも見えた。藤馬さんは一体何を抱えているのだろう。
「分かりました。話します。その代わり、後悔しないでください。聞かなければとか関わらなければとか、思わないでください。その覚悟があるなら話します」
脅しのようにも聞こえた。
本当のことを話せば俺達が身を引くだろう、関わることをやめるだろうと思っているんだろう。
藤馬の秘密が藤馬さんそのものというのならばそれなりに覚悟しているつもりだ。
ゴクリとつばを飲み込み秋音ねぇの方を見る。
秋音ねぇは受け入れる覚悟はとうにできていた
「ならうちで話そう」
「そうね。こんなところで話す内容じゃなさそうだし」
「凜華ちゃん、大丈夫?」
「はい。じいじには伝えておきます」
そして俺たちはうちに向かった。
リビングに藤馬さんを案内して俺は飲み物を用意した。
藤馬さんにはオレンジジュース。秋音ねぇにはミネラルウォーターをペットボトルごとだした。
「時間がないので、簡潔に話します」
オレンジジュースを一口飲んで話す覚悟をきめた藤馬さんは俺たちに話始めた。
「あなたたちにとって藤馬という家はどんなイメージですか?」
「イメージ?」
まさかそこから始まるとは思わなくて俺は驚いた。
「そうね~昔からいろんな伝説というか噂話はあるよね。それに関しては春生ねぇが興味あるみたいだけど」
「俺は聞いた話だとこの街の治安を陰で守ってるって話だけど」
「そうですか」そういってまたオレンジジュースを飲んだ。
「今から話すことは嘘ではありません。事実です。架空の話にしか聞こえないかもしれません。私も小さいころ御爺様に聞かされたときは信じていませんでした」
饒舌に藤馬さんは話す。
「凜華ちゃん。俺たちはもう覚悟できてる。しつこく聞いてしまったからにはスゴイ話を聞かされるって予測はしている。でもそれでも聞きたいって俺は思ってるよ」
「うん。私も。一人で何もかも背負ってそのままでいるより私たちだけでも分けてくれたら凜華ちゃんが楽になるんじゃないかって思ってる」
秋音ねぇは切なそうな顔をしていた。自分に対する後悔をきっと繰り返したくないからだ。
「ありがとうございます。ですが、私はまだ貴方たちを信じていません。むしろこの話を聞いて、私と関わらなければよかったという気持ちになると思っています」
それでもいいんだ。俺たちは君を知りたい。そう目で訴えた。
その気持ちが届いたのか、藤馬さんは大きなため息をついた。
「どうして月島さんたちはこんな執着するのかわかりませんが、ここまでいってもおれないなら信じましょう」
そして藤馬さんは語りだした。
***
『藤馬』
みんなの言う通りこの街の治安を守る家として昔から代々受け継がれている。それは経済も左右するほどの力も持っている。名を出すとみな怯えるほどらしい。
それにはもう一つ理由がある。それは藤馬の一族で何年に一人、異様な力をもつ『神の子』が生まれる。その異様な力とは、負の感情によって発動する。その力で時には人助けをし、時には戦争を終わらせたりしたこともあるらしい。本人ではどうすることもできない力なのだ。下手したら山一つなくすこともたやすい。そうならないために神の子として産まれた子は16歳まで奥の専用の部屋で幽閉される。
「その神の子が私、藤馬凜華です」
思っていた以上に現実味のない話だった。
神の子?異様な力?本当に?
「そういう反応になると思っていました」
俺と秋音ねぇは少し戸惑った顔をしていたようだ。
「い、いやぁ~藤馬の家の存在はすごくデカいというのはわかってはいたけど」
「まさかそんな存在がいるとはおもいませんよね」
「で、それで凜華ちゃんが神の子っていうのはわかったけど、だからって俺たちと一線を置かなきゃいけない他者と関わってはいけないという理由にはならないと思うんだけど」
「月島さん。あなたは何もわかってない」
少し藤馬さんが怒っている。
「私の中にある異様な力はいつどこで発動するかわかりません。いつ、負の感情に飲み込まれるか。そのせいで私は・・・」
その時も右腕につけている数珠を触っていた。
聞く姿勢を崩さず俺は口を挟まなかった。
「私の中にあるこの変な力のせいで、お父様とお母様が・・・」
その言葉に続く言葉が何なのか俺と秋音ねぇはわかってしまった。
「凜華ちゃん。ありがとう。話してくれて」秋音ねぇはいう。
「なっくん。そういうことだよ。凜華ちゃんは私たちを危険な目に合わせたくないから話したくなかったんだよ。ね?そういうことだよね?」
秋音ねぇは藤馬さんの背中をゆっくりさすっていた。
「・・・・はい。私にはちゃんと感情はありました。だけど、あの時すごい悲しみと怒りが沸き上がって自分でもわからない感情になってしまったんです」
それを俺たちの前でも出したくなくて、うれしくても楽しくても感情を出せなかったのか。
思い出しているのかそれとも話したことで安堵したのねか藤馬さんの手が震えていた。
「そうか」俺はそれぐらいしか言えなかった。秋音ねぇみたいにフォローができない。
それは頭の中がいまパンクしそうなぐらいの情報が入ってきたからだ。
覚悟はしていたし聞く姿勢にはなっていたのに。
「この話、柏木さんにはしないでください。あの人はそのことを知ってしまえば軽蔑しかねない。そのほうがいいんですが。私・・・」
凜華ちゃんの手はまだ震えていた。
「うん。いいよ。その代わりだ。柏木さんは凜華ちゃんと友達になりたがってる。だから、拒絶だけはしないでほしい」
藤馬さんには少しでも楽しい高校生活を送ってほしい。
幸せだなと、思える瞬間を少しでも感じてほしい。
あぁ、井上さんが言っていたのはこういうことだったんだな。
「よくよく考えたんだけど~」
シリアスな話をしている最中なのに、この軽さで話をする秋音ねぇはさすがだ。
いや、空気が読めないのだろうか。
「負の感情さえ表にでなければいいんでしょ?だったら楽しいことを多くしたらいんじゃない?」
「そういうわけではないんです」
「短絡的だな秋音ねぇは。光があれば影があるように楽しいことが増えれば悲しいことも増えるんだよ」
「そうです。だから私は感情をなくす努力をしました。何も感じないように、心を捨てたんです。長いこと、一人で、奥の部屋にいたので」
「そうかぁ~でも、それでも私たちは凜華ちゃんに楽しんでほしい!そういう気持ちは否定しないでほしいなっ!もっといろんなこと一緒にやろう!」
「そうだね。秋音ねぇの言う通りだ。凜華ちゃんは普通の人間だ。ただ少し人と違う力を持っているだけで、何も変わらない。なら俺たちと楽しんでもいいと思う」
俺は笑顔で藤馬さんにいう。この子に少しでも笑顔になってほしいと思ったから。
「あ、ありがとうございます」少し顔が赤くなっている。
「よし、ついでにご飯食べてかえる?」俺は席を立ち晩御飯の支度をしようとして藤馬さんに声をかけた。
「すみません。家には内緒で抜け出しているので」
「え、そうだったの?」
「じいじには言ってあるので見つかればじいじがなんとかしてくれます。ですがさすがに長居はできません」
「確かに。藤馬の人間が凜華ちゃんをほっとけない理由が分かった気がする」
秋音ねぇは腕を組んでうなずいていた。
「河原まで送ろうか?そこで井上さんに迎えにきてもらうようにすればいいよ」
「お願いします」
「ということで秋音ねぇ、炊飯の支度しておいてくれる?ついでに買い物もしてくる」
「了解~!今日は~そうだな~すき焼きかな!」そんな肉買えるお金が俺にはないっ!!
「はいはい、わかった。んじゃ凜華ちゃん送ってくる」
そういって俺は藤馬さんを河原のところまで送ることにした。
「今日は、その、ありがとうございました」
「いや、俺たちこそ出しゃばってごめん。でも話してくれてありがとう」
「少し、すっきりしました。誰にも話さないでって言われてたから」
「え、そうだったの?」
「はい。でも、それは私の双子の姉から言われていることなので絶対というわけではないんです」
「凜華ちゃん、双子だったの??」
「はい。二卵性双生児です。ちなみに姉には力はありません」
「そう、なんだ」
「姉は私のことを恨んでいるんです。いなくなればいいとおもっています」
「そうなの?」
「私のせいでお父様お母様をなくしてしまったので」
「そうか」
「責められて当然の存在なんです。私なんかなんで生きているんだろうってずっと、考えていました。私は何のために産まれてきたんだろうって」
家にいた時より饒舌に話す。
「あ、ごめんなさい。私、こんなことまで話すつもり、なかったのに」
両手でくちを隠す。まるでもう余計なことを話さないように。
「俺はもっと知りたいって思ってたよ。凜華ちゃんのこと。だから大丈夫」
「月島さんって、その、話しやすい人ですよね」
「そうかな?」
「あのキッサテンに行った帰り、じいじがいってました。とてもよい少年だと」
「いや、そんなことないよ」少し照れた。
あの紳士の井上さんがそう言ってくれるとは。
「実は月島さんと初めて会った時、私の誕生日だったんです。16歳になったら外にでていいと御爺様から許可が下りた日だったんです」
「そうだったんだね」
「月島さん、あの時、私があの歌を歌ってなかったら、声、かけませんでしたよね?」
夕焼けのせいだろうか、藤馬さんの顔全体が赤くなっている。それをみて俺も赤くなる。
返事をしようとしたら車のクラクションがなった。
「あ、じいじ・・・」と言いかけて藤馬さんが足を止めた。
「どうしたの?」
「月島さん。そのままでいてください」
なんだろう、いつもと違う雰囲気がした。
確かに藤馬さんがいつも乗って来ている黒いリムジンに間違いない。
運転席から井上さんがでてきた。
そのまま反対側の後部座席の扉を開けた。
「まさか・・・」とぼそり藤馬さんがいう。
「凜華、どこいってたの?みんな心配してるわよ」
後部座席から出てきたのは少しくせっ毛のある長髪の女性だった。
「少し、気分転換に」藤馬さんが動揺していた。
「そう?で、その人はだぁれ?」その子は俺に近づいてくる。
「同じクラスのひと、そこでばったりあって体調気にしてくれただけ」
藤馬さんが俺をかばうように俺の前にでてその子に説明する。
「それは優しい人なのね。初めましてワタシ藤馬閖華。この子の双子の姉です」
ニコリと笑いながら言う。
この感覚、春生ねぇに似ている。
「もう、帰る。月島さん。また明日」
「お、おう明日学校でな」
「凜華のこと、どうぞよろしく。つきしま、さん?」
そういって藤馬さんは閖華さんの腕をひっぱりながら車へ向かう。
その先にいる井上さんと目があった。申し訳ない顔をしていた。
そして二人は後部座席に座り、井上さんは運転席にのり車が発進する。
なんだろう。もう二度と会えないような気分になった。藤馬さんにもう二度と会えないんじゃないかと。そう思ったらいてもたってもいられなかった。
もう後悔したくないから。
守ってあげれるなら守りたい。
話なら聞くから。しんどいときは力になるから。
嫌な時は俺を逃げ道にしてもいい。
だからいなくならないでほしい。
「あれ、俺、なんで」
なぜか涙がこぼれた。それと同時に俺は誓った。
何があっても何と思われようと俺は藤馬さんを守ろうと。
彼女のために。
そして自分のために。




