第18話 小さな奇跡
名家の当主と聞くとそれなりの貫禄があり、立ち向かえない雰囲気がある。「力」が違うんだ。だって俺達の住むこの町を統括している長なのだ。それを知っていて反抗するという度胸は正直ない。だけど、俺はそれよりも大切なものができたんだ。
「私一人で会いに行きます」
そう藤馬さんがいう。現当主に今回の件を報告をしに行かなければならないらしい。それによって罰もある。せめて軽い罰であってほしい。今回は被害が俺とあの小屋の破損だけだから。
俺はダイニングルームで藤馬さんが現当主への報告が終わるまで閖華さんと待っていた。
「閖華さんは、行かないの?」
「貴方と同じよ」なにやらご機嫌が斜めだ。なぜ?
「そう。なんか、何もできないのは悔しいな」
カチカチ時計の音が部屋に響く。まるで身内の手術がうまくいくか行かないかを待っている家族の気分だ。何かあれば駆けつける準備はできている。
「つきしまさん。貴方は、どうして凜華にそこまでしてくれるの? 確かに母親同士が接点あったというつながりはあったかもしれないけど、それは最近わかったことでしょ? それなのに、貴方はなぜ?」
閖華さんの頭にハテナが浮かぶ。腕を組んで俺を睨む。
「同じだから、かな? 似ているんだよ俺と藤馬さんは」
「どこが? 全然似てないわよむしろアタシのほうが凜華に似てるんだから!」
そこは競っていない。そこを悔しがっているのか更に睨まれる。
「そこには俺は勝てないよ。なんていうか内面的な? 気持ちがわかってあげられる」
「むむむ、ア、アタシだって分かっててあんな態度とってたんだからね!!」
そうか、閖華さんは「ツンデレなのか」
「!!」さらに怖い顔になる。般若だ。
「ツ、ツツツンデレなんかじゃ、ないんだから!!」顔が真っ赤なゆでダコに。本当に双子なんだな。藤馬さんも同じ反応をしていたときがあった。
「そんなことより、つきしまさんは確か母親を亡くしていたんですよね?」
「うん? あ、藤馬さんから聞いてた? 中2のときだけどね。もう立ち直ったけどね」
「立ち直る? それは違うんじゃない?」閖華さんが首をかしげる。
「何が? もうあのときの悲しみはどこか彼方へとんでいったよ?」
「ううん。違う。貴方まだ自分のこと分かってないわ。凜華はちゃんと分かってたわよ」
何の話をしているのだろうか? 俺はもう母親の死を受け入れているし、過去の話をしたってもう落ち込まない。手だって震えない。何が違うんだろう。
「ふふふ、分かってないならそのままでもいいわ」閖華さんが楽しそうだ。俺が知らない俺をこの双子はわかっているのだろうか?
俺は何を分かっていないんだ?
『なっくん、自分のこと分かっててここにいるの?』
ふと秋音ねぇがあの時いっていた言葉が脳裏を横切った。自分のこと。わかっているか? 俺は・・・。
「月島様。今大丈夫ですか?」そういって部屋に入ってきたのは井上さんだった。
「は、はい!」びっくりして大きな声で返事をしてしまった。
「源十郎様がお呼びです」そのことを聞いて俺は背筋が凍った。
「待って、アタシも行く!!」閖華さんも立ち上がる。
「ううん、いいよ俺だけで行く。井上さん、案内お願いします」
「はい」井上さんに現当主の居場所まで案内してもらうことにした。
藤馬は広い屋敷だ。どこにいるか俺はに分からない。まるで巨大迷路に迷い込んだ気分だ。
部屋を出ていく最後まで閖華さんは心配した顔をしていた。安心して貰おうと思い、微笑んで「大丈夫だから。待っててよ」と伝えて部屋を後にした。
長い廊下をまた歩く。井上さんが俺の前を歩く。
「月島様。先に謝っておかなければなりません」途中足を止めて、井上さんは深いお辞儀を俺にする。
「急にどうしたんですか? 井上さん。頭を上げてください」
俺は必死に伝える。でもその頭をあげない。
「私は、貴方を利用しました。貴方に凜華様を開放してもらおうと、藤馬の人間ではできない他人にしてもらおうと、利用していました」
心なしか震えている。井上さんの本当の気持ちだ。
「わかりました。わかりましたから頭を上げてください」井上さんはゆっくり頭をあげる。
「俺は全然迷惑だなんて思っていません。利用されていただなんて思ってません。だから謝る必要はないんですよ」俺はニコリと笑う。
井上さんに自分を責めてほしくない。俺はそう思う。
「本当に、優しい方です。貴方は。凜華様も心惹かれるわけです。朝は早く学校に行きたがっていました。帰りは楽しかったとおっしゃってました。それは藤馬という屍からでられるというわけではありません。貴方に会える喜びから出ていると私は思っております」
藤馬さんが楽しんでくれたらいいという井上さんの願いだ。俺にも分かる。だから利用されていたとは全然思わない。むしろ感謝したい。
「ですが、月島様。今から向かうのはそのような言葉だけでは到底かなわない相手です。決めたものは曲げない。当主とはそうなければならない。だから、あの人の中にある決め事を是非月島様、曲げてください」
今度は願いを込めて深いお辞儀をする。果たして曲げれるだろうか、自信はないけど。
「出来る限りのことはします。俺の気持ちはただ一つ。藤馬凜華の開放です」
それだけは絶対叶えたい。たとえ町を統括する名家の当主でも、老衰した老人でも俺は自分の願いを叶えたい。
「月島様には伝えておくべきかもしれません」
井上さんが俺に耳打ちする。
「それ、本当ですか?」
「はい。これは効果があるかと思います」
効果はあるかどうかは分からないが、使える手だ。立ち向かうためには最高の武器だ。
「ありがとうございます。井上さん」
「私ができるのはこれぐらいです。行きましょう。源十郎様がお待ちです」
俺達は少し小走りになる。長い廊下を歩いて一回外にでる。別館に移動し、さらに長い廊下を歩く。奥の奥の更に奥。日本庭園がきれいにされていて、ここだけときが止まっているかのよう。先程いた屋敷とは雰囲気が全く違う。外が見える廊下を歩いていふと山をみる。あの山火事の後がまだ残っている。本当にここだけがときが止まっているみたいだ。
「こちらです」井上さんが襖を開ける。畳部屋でとても広い部屋だ。12畳ほどの広さに正座した藤馬さんとすだれの向こうには大きなベッドにいる老人がいた。その姿をみてゾッとする。これが藤馬家当主だと人目でわかった。顔はうまく見えない。 薄い壁で覆われているかのようだ。
「よく来た。君が月島夏貴か?」ものすごい低音でガラガラ声で現当主はいう。
「...はい」ゴクリと息を呑む。
「まず謝罪をさせてくれ。儂はいま身体がよろしくなくてな、こんな形でしか話せないのだ。許してほしい。そして、藤馬のことで君を傷つけたみたいだ。申し訳ない」
思った以上に優しい人だ。なんか拍子抜けだ。
「いえ」俺は藤馬さんの横に正座になって座る。
「今、凜華と今後の話をしていた。凜華の今後のことについては君は聞いているか?」
「はい」
「なら、話が早い。今回君に被害をおわせてしまった罪として、来年から幽閉を命じたところだ」やはりそういうと思っていた。外部の人間に傷をおわせてしまっているんだ。これ以上外にだしておくはずがない。
「お言葉をかえすようですが」俺は言う。ここで俺の気持ちを吐露しなければいつ言うのだ。藤馬さんは驚いた顔で俺を見る。俺の左腕の裾をギュッと握った。止めているのだ。
「俺は確かに怪我をしました。痛い箇所が何個かあります。ですが、それを被害だと思っていません」
「なんだと?」
「たしかに藤馬に引き継がれるこの神の力は人を傷つけてしまう力だと思います。どうしようもない。止めるすべもない。怖いです。ですが、俺は、今回止めることができました。凜華さんの負の感情を抑えることができました。ならば俺がそばにいれば凜華さんは外にいてもいいと思うんです」
静寂になる。緊張がます。
「がははははははははは!!貴様、何をいっとるんだ?! そんな理由で力を制御できただと? 凜華のそばで貴様はずっと力の制御役をするのか? 違うだろ?」
大きな笑い声が部屋中に響き渡る。
「凜華と閖華には幸せに育ってほしい。平凡な普通の生活を味わってほしい」
「な、貴様、なぜ、それを?!」当主が驚く。藤馬さんも不思議に思う。
「俺も同じ気持ちです。この願いは貴方の一人娘の願いではありませんか?」
そう、当主の一人娘こそ、藤馬さんたちの母親で、そして井上さんからもらった最高の武器だ。
「どんなことがあったとしても、あの二人は普通の高校生です。ですからお願いします。あの二人を開放してください」
俺は土下座をする。全身全霊の思いを込めて。左横ですすり泣く声が聞こえる。
藤馬さん、泣いてくれているのか?
「・・・だが、お前一人では何もできんだろ。何ができる?」
「俺一人ではありません。学校のみんな、そして凜華さん自身です」
俺は頭を上げて藤馬さんをみる。やっぱり泣いていた。涙の量が半端ない。
「ね、藤馬さん。いい機会だし、本当のこといいなよ? 君のお母さんは君たちの自由を望んでいるんだ。後は君たち次第だよ」
当主がいうから従うんじゃない。藤馬さんの人生だ。藤馬さんが思うように生きるべきだ。
「わ、わたし、ほんとう、は、、もっと、生きていたい。外で、みんなと、楽しい、幸せになりたい」涙が畳にぼたぼた落ちる。つられて俺も涙を流す。
「・・・はぁ。もし和泉がいたなら儂は怒られていただろう。月島夏貴よ。今の凜華の言葉、ちゃんと受け止める器はあるか? 凜華を守り抜く覚悟はあるのか?」
息を呑む。涙と汗が流れる。俺はそんな不安より、もっと怖いことのほうが嫌なんだ。
「はい」
「分かった。今回の処分はなしにしよう。その代わり今後また同じような事が起こり、貴様以外の他人が傷つき、ましてや死人が出てしまうときは・・・わかっておるな?」
「はい。分かっています」
「お前たちは下がって良い。おい、閖華を呼んできてくれ」
俺と藤馬さんは立ち上がり部屋を出た。
「つ、月島さん。あんなこといって本当に大丈夫、なんですか?」
そういった後、俺は思わずしゃがみこんだ。
「え?!」
「やばい、腰抜けた。緊張したあ~~~」座っている足はガクガク震えている。
「ふふふ、ありがとうございます」同じように藤馬さんもしゃがむ。
同じ目線でお互い笑い合う。俺はそれだけでも幸せだと思う。
***
あの後廊下で閖華さんとすれ違い、「後処理は任せて」と強気に向かっていた。
何を言われるのだろうか心配だったが、その後なぜか葉月先輩が歩いてきた。
「あれ? なにしてるんですか?」と俺が聞くと。「護衛だよ」と笑いながら答えた。俺はすぐに察したが藤馬さんは頭にハテナマークを浮かばぜていた。
日もくれてきたので俺はかえることにした。
大門のところまで見送ると藤馬さんは来てくれた。井上さんが車で俺の家までのせてくれるらしい。井上さんは車の手配をしていた。
「今日は、その、色々すみません。そしてありがとうございました」
「いや、俺は何もしてないよ。いや、したかな?」
そういうと藤馬さんは頭にハテナを浮かばせる。
「なにか、他にしましたか?」鈍感すぎるだろ。というか忘れてる?
「藤馬凜華に告白をした」
突然藤馬さんの顔が赤くなる。挙動不審に両手をふる。
「え、あ、その、えと、あの・・・」てんぱっている。可愛いな。
「いいよ、返事は。落ち着いたらで」笑顔で返す。だってこの子は最近まで自分にある感情をすべて捨てて生きてきた子なんだ。人を好きになるという感情もきっと捨てている。だからすぐに返事はできないことぐらい覚悟はしていた。今はそばにいてくれるだけで十分。贅沢は言わない。
「は、はぁ」へんな返事をされた。なんだろう。落ち込んでいるようにも見えた。
「冬休み、遊びに行こう? 柏木さんやクラスのみんなとでもいいし、おれんちの姉貴でもいい。またモンドにいってプリン食べに行こう?」藤馬さんの顔が晴れる。
「はいっ! あのキッサテンにはもう一度行きたいとおもってました!!ぜひ!!」
なんだろう。俺の一番の敵はプリンな気がする。
「あと、クリスマス。一緒に過ごしたい。だから、俺んち来てほしい」
藤馬さんの手を握る。暖かい。体温が上がっているのだろうか。
「お姉さんたちも、いますよね?」警戒されている?
「もちろん。秋音ねぇも春生ねぇもいるよ」ニコリと笑う。二人でなんて俺のほうが持たない。「わかりました」とニコリと笑う。
会話が終わる頃大門の前にあの黒いリムジンが到着する。井上さんだ。
「月島様、おまたせいたしました」
手を話すのが名残惜しいが、もう帰らなければ。
「んじゃね、藤馬さん」
「はい。ありがとうございました」藤馬さんはニコリと笑う。
俺は車に乗った。
「今日は本当にありがとうございました。月島様」
井上さんが車を発進させて少し走った時だった。
「俺はただ自分のわがままを当主におしつけただけです」
「いえ、源十郎様の一人娘の和泉さんも同じようなことを言っておられました『私のわがままだと思う。でも私が産んだ大切な子たちをこんな藤馬の檻に閉じ込めておきたくないの』と。だから、その願いが実現したことを本当に喜ばしく思います」
井上さんもなんらかの形でその願いを実現したかったのだろう。
「私は貴方がいてくれて本当によかったと思います。もちろん凜華様も閖華様も同じ思いです」今日は何度感謝されただろう。図に乗りそうなぐらい嬉しい。嬉しすぎて俺はいつの間にか居眠りをしていた。
「月島様、つきましたよ」そのときにはもう家の前まで来ていた。
「ごめんなさい、寝てましたよね俺」
「いえ。大丈夫です。あんなことあったんです。心身疲れておられるのでしょう」
ニコリと笑い後部座席の扉を開けに出てくれた。
「うん。今日はゆっくり休むよ。ありがとう井上さん」
「また来年もどうぞ藤馬をよろしくお願いします」深々とお辞儀をする。
そして車は発進した。俺は井上さんに手をふる。
今日は疲れた。いい意味で疲れている。思い出しただけでも大胆なことをしたなと思う。
少し自分が恥ずかしい。人間の本能は怖いものだ。そう思いクスっと笑いながら俺は自分の家の扉を開けた。




