第2話 君の背景
俺のクラスに転入してきた子は、昨日懐かしい曲を口ずさんでいた中学生みたいに見える女の子だった。しかもその子はこの町で有名な『藤馬家』のお嬢様。
そうだと言われなければ飛び級でもしてきたのかといわんばかりの幼い女の子にしか見えない。
俺の彼女に対する第一印象が拭えなかった。
放課後、俺と柏木さんで藤馬さんに学校案内をすることになった。
「では、まず知っておかなきゃいけない教室から案内するね」
「はい」彼女の表情は今日一日変わることはなかった。
教室から近いトイレ、職員室、保健室、図書室、学年の教室など柏木さんが説明しながら教えてくれていた。俺は果たして必要だったのか。
「あとこの先が体育館で、その横に部室棟があるよ!あ、そうだ月島くん!」
何かを思い出したかのように柏木さんが俺に話を振った
「ん?なに?」
「凜華ちゃんに秋音先輩に紹介したいな~と!」
いつの間にしたの名前で呼び合う仲になったんだ?
「いいけど、藤馬さん、会う?」
「秋音先輩、とは?」
「月島くんのお姉さんだよ!」
「それは、少し気になります」
「よしきた!んじゃ月島くん!呼んできて!」
「え?!」
「え?!じゃないよ!月島くんにしかできないお仕事だよ!」
「へいへい」
柏木さんに説得されて俺は体育館へ向かう。秋音ねぇはバレー部に所属している。
いまきっとアタックの練習をしているだろう。秋音ねぇのアタックは相手のブロックを破壊するほどの勢いがある。試合を見に行った時、秋音ねぇのアタックをみてスカッとするときもあるぐらいだ。
体育館の入り口をあけるとバレー部とバスケ部の練習声が館内に響いていた。俺が大きな声で秋音ねぇをよんでも届きはしないだろう。
「秋音先輩いますかー」聞こえないだろうという前提で呼んでみた。
するとバレーボールを持っていた秋音ねぇがこっちを向いた。聞こえていたのだ。
「あれ?なっくんだ!なっくーーーーん!」
叫びながら俺のほうへと走ってくる。ちょっと恐怖だ。
「どうしたのなっくん!」俺に抱き着いてきた。
「おいおい抱き着くな!みんながみてるし汗臭い!!」
「女に汗臭いなんていうもんじゃありません!」
いやいや部活中に汗かいている人に抱き着かれたらそりゃ口にもだすでしょ!
「で、何?なんか用?なっくんが放課後に私を訪ねてくるなんて珍しい」
「あ、そうそう俺のクラスに転入生が来てね。いま学校案内しているんだ」
「ほうほう、で、私に紹介したいと?女子?男子?」
「女の子・・・っていうのは違うか」
「なっくん。仮にも同級生でしょ?女の子って・・・」
と言いかけた時、俺の後ろに柏木さんと藤馬さんが来ていた
「暦美ちゃんじゃん!ちわー!」
「秋音先輩、お疲れ様です!部活ご苦労様です!」
「秋音ねぇ紹介するよ、この子が藤馬凜華さん俺のクラスに転入してきたんだ」
「はじめまして」
「はじめましてっ!月島夏貴の姉の秋音です!ふ~ん、確かに女の子だわ」
藤馬さんをみて、秋音ねぇは俺がこの子を女の子とよぶのか分かったらしい。
「凜華ちゃんは何か部活はいるの?」
秋音ねぇといい柏木さんといいパーソナルスペースというものはないのだろうか。
「特に」
秋音ねぇに対しても藤馬さんは淡々としていた。
「もし悩んでいるようならばぜひバレー部にっ!」
「月島せんぱーーい集合かかってまーす!」バレー部の後輩が呼んでいた
「おっと、いけない。んじゃゆっくりしてってね!」
「ありがとう秋音ねぇ」
「今夜はカレーライスねっ!」
「はいはい」
素敵ウインクをしたあと猛スピードで部員の元へと秋音ねぇは戻っていった。走っている時の長髪ポニーテールが左右に揺れているのを3人で見届けた。
「いいな~うらやましい」
俺の方をみて柏木さんがいう。
「え、なにが?」
「姉弟仲いいじゃん!うらやましい!」
「そう?秋音ねぇに関してはめんどくさいよ?」
「そうかなー?あんなお姉ちゃんいたら毎日楽しそう」
「うるさいだけだよ」
俺と柏木さんが話をしているのを藤馬さんはじっとみていた。
「あ、ごめん!のけ者にしちゃってたね!凜華ちゃん、ほかに見たいところある?」
「私そろそろ家に帰らないとなので」
「あ、そうか!じゃあ今日はこの辺にしとこうか!月島くんもありがとう!」
「いやいや。んじゃ、教室に戻るけど、柏木さんは?まだ残ってる?」
「・・・・・なんで?」
柏木さんの顔が少し赤くなっていた。ビンゴだ。
「なんとなくだよ。俺は藤馬さんと先に帰るね」
「月島くん、意外と鋭いよね。うんっ!また明日ねっ凜華ちゃん!」
「はい、さようなら」
いまだに二人の温度差は縮まらなかった。
俺と藤馬さんは来た道のりを帰っていた。
「あの・・・少し聞きたいんですけど」
今日一日俺たちの質問に答えるだけだった藤馬さんが俺に問いかけた
「なに?」
「どうして柏木さんが体育館に残るのが分かったんですか?」
「どうしてって・・・。うーん、男の勘?」
「心の読める方なのですか?」
「はははは、俺にそんな能力はないよ。超能力は興味あるけど」
「興味、ですか。例えばどんな?」
いままでしゃべらなかった人が呪いに溶けたようにしゃべり始めた。少し違和感があった。
「それこそ心が読める能力とか、人を操る能力とか、かな?」
「そうですか」
「まぁでも、普通がいいかな?」
「普通がいいです。超能力とか特殊能力とか、そんなものなくていいんです」
「?」
「人を不幸にする能力はいらない」
「藤馬さん・・・?」
「すみません、何でもないです」
「そう?あ、そうだ!昨日の歌、秋音ねぇに聞かせてくれない?昨日かえって気になったから姉貴たちに聞いてもらったんだけど、俺の歌唱力じゃわかりずらいって言われて」
「月島さん」
「は、はい!」俺は藤馬さんに名前を呼ばれて動揺した。てっきり『人』に興味がないのだと思っていたから。
「あなたは何故そんなにも気になっているんですか?あの歌はただの子守唄、みたいなものです。それをなぜそこまでして知りたいのですか?」
無表情で首を右に傾けて俺に尋ねる。
「それは。藤馬さんと同じ理由かな?」
藤馬さんの頭の上にハテナが浮かぶ。
「よく、わかりません」
「それでいいんだよ。俺もよくわからないから」
この子が歌っていた歌を俺がどうしてこんなに執着するのか。
「そろそろ帰ります。迎えがきているので」
「さすが、お嬢様」
下駄箱まで一緒に来てそのあと藤馬さんは校門の方へと走っていった。
俺はその後ろ姿を見届けながら、彼女の言葉を反芻する。
「どうして?」
教えて欲しいのは俺の方だよ。
なんで君がその歌をしっているんだ?
***
藤馬さんが転入してきた次の日
学校に行く途中で校門前に黒いリムジンが止まっていた。運転手が車から降りて反対側の後部座席の扉をあけると藤馬さんがおりてきた。それを見ながら登校中の生徒たちが彼女のことを好き勝手に言っていた。
「昨日の帰りもリムジンで迎えにきてたよさすが金持ち」
「お嬢様なのにあの容姿はないわ」
「期待外れだ」
「何考えてるか分からない」
などなど。彼女のこと知りもしないで言いたい放題だ。
俺の耳にもはいってくるから当然本人の耳にも入ってきているはずだ。
俺はほっとけなくて藤馬さんに声をかけた。
「藤馬さん、おはよう」
「おはようございます」
今日も藤馬さんは変わらず無表情でのあいさつだ。
「教室まで一緒に行こう」
「構いません」そういって下駄箱で靴を履き替え俺たちは教室に向かう。何を話せばいいのか分からないほど無言のままだった。
「おはよう!月島くん、あれ一緒に登校?」
教室に入ると柏木さんが訪ねた。
「下駄馬で一緒になったんだよ」
「そうなんだ!凜華ちゃんもおはよっ!」
「おはようございます」
本日も俺たちに対しても淡々としていた。
「今日学校行く途中で凜華ちゃんのことあることないこと言ってる奴がいてすこしイラっとしたよ」
「ははは、同感。俺も思った」
「なぜですか?」
昨日同様、藤馬さんは無表情で頭にハテナを浮かべていた。俺達がなぜそんなに苛立っているのか分からないようだ。
「藤馬さん転入早々すでに学校で有名になってるよ?いろいろ言われてるみたいだし。すこし心配だよ」
「別に構いません」
「藤馬さんって心強いよね~私だったら無理~」
「私は、そういった感情はずいぶん昔に忘れました」
「言われ慣れてるってこと?」
「慣れというより何も思いません」
「でもま、何かあったら俺らが守るし」
「そうそう!月島くんはこう見えて結構頼りになるよ?秋音先輩というバックボーンもあるし♪」
「いやいや、秋音ねぇにそんな力はない」
「あの・・・」藤馬さんが俺たちの会話に入ってきた
「どうしてお二人はそこまでしてくれるんですか?私が転入生だから?それとも藤馬の人間だからですか?」
「それは・・・」柏木さんが答えに困っている。どう言い返せばいいか俺のほうをみる。
「藤馬さん。俺たちは俺たちのしたいようにしているだけだよ」
「そう・・・ですか」どうやら腑に落ちないらしい。
「でも」とさらに言葉をつづけた
「私は構いません。ですが、お二人が私にこれ以上かかわると大変なことになるかもしれません。もし、友達になろうとしている気持ちがあるのであればそれはやめてください」
饒舌に話してきた藤馬さんからは思わぬ言葉を告げられた。
「そう?でも、凜華ちゃん。私は確かに転入生だし藤馬の人間だからって気持ちはあるけど、でも凜華ちゃんのこともっと知りたいと思うし笑顔が見たいって思うよ?」
藤馬さんは少し困ったような顔をした。
何か言いたげだったので俺たちは黙った。
「・・・・私はそのような価値のある人間ではありません」
そういって下を向いた。
これ以上の会話はしないほうがいいと柏木さんは察して話題を変えた。
「でもま、何かあれば力になるからね」
「・・・ご自由に」
藤馬さんは下を向いたままそう答えた。
チャイムがなり俺たちは席に着く。
俺は昨日の藤馬さんの言葉を思い出していた。
「人を不幸にする能力はいらない」
藤馬さんのことは今でもよくわからない。
なぜあの名家のお嬢様がこんな学校に転入してきたのか、なぜ感情を表にだそうとしないのか。なぜ、俺たちと一線を置こうとしているのか。
人見知りというよりも、深くかかわってほしくないようにも思える。
人に興味がないのかと思えば俺たちのことを知ろうとしている。彼女自身に何かがあるのだろうか。あの歌のこともある。あの歌をなぜ彼女が知っていて歌えるのか。
だんだん考えていると気になってきて藤馬さんのほうを見る。
右腕にしている数珠みたいなものを触りながら下を向いていた。
知りたい。
俺はそう思いながら彼女を見ていた。




