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第17話 失ってはいけないもの

気づけばもう12月だった。

文化祭も終わり、祭りのあとのさみしさを生徒全員感じていた。脱力感というやつだろう。やる気の無さがあるさなかに期末テストがあった。

バタバタとときは過ぎ、気づけば冬休みに入ろうとしていた。

今日は二学期の終業式だ。


文化祭が終わってからの藤馬さんは転入してきたときと同じ雰囲気に変わっていた。きっと閖華さんにでも忠告されていたのだろう。帰りのホームルームが終わった後すぐにかえるになった。

その分藤馬さんと話をする機会がガクっと減った。少し寂しい。

なので冬休みはどこか行く約束をしようとした。

終業式を終えて教室に戻る道中にしか声がかけられないと思い藤馬さんに声をかける。

「あの、藤馬さん」

「はい?」

「あのさ、冬休み、どっか遊びに行かない?」

どうだろう。断られるだろうか。ドキドキしながら答えを待つ。

「いいですよ」

おっしゃー!! やりました!! やりましたよ俺!!

「ちょうど良かったです。閖華がぜひうちに招きたいと言っていたので」

な、なんだと??

「月島さん、気に入られたんですか?」

「いや、どうだろう。実感はないけど」

「また日時は後日連絡しますね」

そういって先に歩いて行く。ちょっと待って。

「え、他の日は?」

「え?」藤馬さんの頭にハテナが見える。藤馬さんは俺と遊びたくないのだろうか?

「イルミネーション見に行ったりさ~そう! クリスマスケーキ作るからうちでパーティーするとかさ!」

「月島さん。すみませんが、それはできません。ごめんなさい」

ぺこりと会釈をする。

俺は足を止めた。は、恥ずかしい。

俺だけが冬休み会える思ってはしゃいでいた。そうだよな、藤馬さん、だもんな。必ず会えるなんて、ないよな。でも家に招待してもらえるだけありがたいと思おう。


でもその時俺はあんなことになるなんて思わなかった。


***


相変わらず大きな屋敷だ。俺は今藤馬のお屋敷の大門の前にいる。もちろん一人でだ。

春生ねぇに手みあげは必須よ。つまらないものでも何か持っていきなさいと言われたので商店街にある美味しい洋菓子店のクッキー詰め合わせを持ってきた。

インターホンを鳴らす。

「はい」

「あ、月島です。本日お招きいただきました」

「お伺いしています。どうぞお入りください」

そういう声と同時に門からギィィイイと音がして門が開く。

これも漫画でしかみたことがない。

門をくぐると大きな庭が広がっている。俺は驚いて足を止めた。

「なーにぼーっとたってんの? 入る気ないの?」

そう言ってきたのは髪がボサボサのままの閖華さんだった。

「今日はお招きありがとう。って今日も敬語なしでいいのかな?」

「当たり前よ。それより早く」そういって俺の腕を引っ張る。

「凜華ちゃんは?」ふと気づく。こういうときって閖華さんが出迎えるより井上さんか付き人あたりが出迎えるのではないか?

「凜華は部屋よ。今日はあなたには会わせてあげない」

クスクスと楽しそうに笑う。

「残念そうね? 私では不服かしら?」

「べ、別に」本当は会えると思っていたから。少し残念だ。

「学校とココでは凜華の扱いは別世界よ? それは分かっていてね」

ニコリと笑いようやく屋敷の玄関にたどり着いた。玄関を開けると井上さんと付き人たちが出迎えてくれた。

「月島様、ようこそいらしてくださいました」

「井上さん、こんにちは」

「じいじ、お茶の用意を。あとプリンも忘れないで」

「かしこまりました」

この子たちはどんだけプリンが好きなんだよ。ていうかプリンを手土産にすればよかったと後悔した。

ダイニングルーム、というのだろうか。食堂みたいな広さのところへ通されて俺は座る。

「あ、これ、つまらないものですが」持ってきたお菓子を閖華さんに渡す。

「ふふふ、つまらなくないわ。ありがとう。これ、茶菓子に用意して」

付き人に言う。

居心地が悪くて俺はそわそわする。人の家にくると大抵そうなるが、これはスケールが違いすぎる。天井の高さも部屋の広さも人の家と比べ物にならない。

閖華さんは俺の前の席に座る。

「ふふふ、落ち着かないかしら?」

「うん、まぁ」

「それとも早く凜華に会いたい?」

「・・・うん」

「あなた、本当にバカね。凜華に好意を抱くとか、ホント気持ち悪いわ」

「閖華さん、いいすぎ」

本当に楽しそうに話す。ただ話す内容はすごくエグい。

付き人の方がお茶と俺のあげたお菓子をかごにいれたものを持ってきてくれた。

「どうぞ、ごゆっくり」

そして部屋には俺と閖華さんの二人になった。

「というわけでこれであなたとゆっくり話ができるわ」

閖華さんは一口紅茶を飲む。真似て俺も飲む。ダージリンだな。

「そうだな。俺も話したいことがある」

「何かしら?」

「こないだ文化祭で葉月先輩が最後に歌っていた歌、覚えてる?」

「うーん、あのゆったりした曲ですよね? あれは葉月向けではなかった」

「その歌なんだけど、あれ、君たちのお母さんの作った歌だったんだって」

閖華さんがぽかんとした顔をする。しらなかったのか?

「そ、うなのですか?」

「そしてそして~俺の母親と君たちの母親は親友だったんだって」

閖華さんはさらに驚いて両手で口を覆う。

「なんて、運命・・・!」

結構そういうところは乙女なんだなこの人。

「ね、びっくりしたでしょ? 俺もびっくりしたよ。葉月先輩が楽譜を持っててねこないだ見せてもらったら本当だった」

「でも、その運命は残酷よね。出会ってはいけない人に出会わせてくれたのだから」

それは俺と藤馬さんのことを言っているのだろうか。

「ねぇ、つきしまサン。どうか、凜華のこと諦めてくれない? もうあの子には関わらない。約束してほしい」

今日、ここへ呼んだのはそのためか。

閖華さんが本気の顔だ。いつもの企み笑みではない。本当の気持ちから言っている。

「ごめん、それはできない。俺はもう決めたから」

「正直のことをいいましょう。アタシは貴方が心配なの。貴方に被害がいってほしくないの。わかってほしい」閖華さんが頭をさげる。俺は慌てた。だって次期当主が俺に頭を下げている。これは重大なお願いなんだと言われなくても分かる。

「藤馬として言っているの。わかって」必死なのは分かる。でもこれだは譲れない

「俺は藤馬さん、凜華ちゃんの力がどれほどのものなのか分からない。でも、それでも俺は藤馬凜華が好きだ。これだけは曲げなれないし譲れない」

いつのまにこんなに好きになっていたのだろう。何が理由だったのか、今となっては分からない。分からないけど、わからないぐらい好きになっている。

「アタシは諦めないわよ。何があっても責任はとりません。もう、あんな思いはしたくない」

「閖華さんの気持ちは分かる。だけど、それでも」

「・・・。わかりました。本当に責任はとりませんよ?」

閖華さんは急に立ち上がった。

「?」

「凜華のところへ案内します」

なんだか胸騒ぎがする。会える喜びより、なんだろう。この怖い感じ。

ダイニングルームから長い廊下を歩く。長い長い距離だと感じた。

その間は閖華さんは一言も話をしなかった。俺も緊張して何も話かけれない。冗談の言える雰囲気でもない。

「ここよ」そこは屋敷の少し離れた小さな離れの小屋みたいなところだった。

「私はこれ以上は行かない。貴方だけいって」

俺はその小屋へと向かう。念願の藤馬さんに会えるはずなのに、今は会いに行くのが怖い。

小屋の扉を叩く。反応がない。「藤馬さん?」と声をかける。でも反応がない。

俺は恐る恐る扉を開ける。玄関口には藤馬さんの靴がある。玄関を上がって更に扉を開ける。するとそこには正座をした藤馬凜華がいた。まるで座敷わらしのように静かに座っている。

どう声をかけたらいいのかわからず俺は黙っていると

「どうしてこんなところへ来たんですか?」

「どうしてって、閖華さんに案内されて・・・」

そういうと藤馬さんは大きなため息をついた。

「閖華が止めたはずですが? 貴方の意思できたということですよね」

ゴクリ。今日は藤馬さんのほうが閖華さんのように見える。

「本当に、月島さん。私には関わらないでください。お願いします」

きれいな土下座をする。見惚れてしまうほど姿勢がいい。それほどまでに真剣にうったえている。

「もう。遅いよ。凜華ちゃん。俺はもう、引き戻せない」

「間に合います。私の事は忘れてください」土下座したまま、彼女は言う。

「だって、俺は、君のことが・・・」

「やめてくださいっ!!」藤馬さんが大きな声でいう。

俺の言葉を遮った。それ以上聞きたくないかのように、遮られた。

「本当、最初から関わってほしくなかった。文化祭の時は仕方なく楽しみましたが、それではいけないんです。わかってください。月島さん」

頭を挙げない。俺のことを見ない。

「わかってないのは、凜華ちゃんの方だよ」俺は悔しくて反抗する。

藤馬さんの開いて前に出していた両手がギュッと拳になる。

これは怒りだ。怒っている。

「なんで、わかって、くれないんですか」ぐすっと鼻をすする音もする。

わかりたくないよ。藤馬さんに拒絶されたら今度こそ俺は・・・。

カタカタカタカタと当然音がし始めた。窓ガラスが揺れている。棚にあるものが揺れている。地震、か?

「私と関わらないでってあれほど、言っているのに!!」

藤馬さんが顔を上げる。両目に涙をためていた。

「私は、呪われているんです! 両親を見殺しにした魔女なんです! 私と関わると、みんな不幸になる、だからもう関わらないで!!」

両目にためていた涙が言葉の勢いで色んな所に散る。その後に大粒の涙がぼたぼたと流れる。「もう、大切な人を、失いたくないっていってるのに!!」今さっきの地震がさらに強くなる。いや、これは地震ではない、そう思った。

部屋の中に大きな竜巻が発生している。それが揺れの原因だった。俺は飛ばされそうになって柱にしがみつく。

もしかして、これが藤馬さんの神の力、なのか?

「私みたいなのは産まれなければよかったんです!!人を傷つける為に産まれてきた存在なんです!!」制御できていないんだ、感情に。

俺はじっと聞くことにした。今まで出せなかった感情なんだ。出してもらおう。

「こんな私、ほっといてください!!」涙をホロボロ流しながら俺に言う。

そんな姿をみたら余計ほっとけない、独りにさせられない。

風が強い。障子か壊れていく。ガラスが一枚二枚割れていく。負の感情が深まっているんだ。立っていられないほどの風が藤馬さん周りで竜巻になっている。部屋にある小物が俺の方に飛んできて体に当たる。痛い。でももっと痛いのは藤馬さんの心だ。

「もう、近寄らないで!!いなくなって、お願い!!」

さらに竜巻は強くなる。台風のようだ。その台風の目の位置に藤馬さんが座り込む。座り込んで泣きじゃくる。あの大火事のとき以来の涙なんだろう。溜め込んだ気持ちと一緒に流れ出しているようにも見えた。

気持ちを吐き出し終えたと思い、俺は藤馬さんに近寄る。「近寄らないで」と言われるけどほっとけない。今すぐ抱きしめたい。

「ダメ!!月島さん、こないで!!」

ガラスの破片が頬をかする。血が流れた。

「いや、こないで!!お願いだから、こないでっていってるのに!!」

気持ちとは比例して風はさらに強くなる。

自分でも不思議なぐらい冷静だ。閖華さんや葉月先輩に危機感を植え付けられていたからだろう。それほどまでに怖くない。むしろこの子を抱きしめたい気持ちが勝る。

やっと腕をつかめて引き寄せる。

「!!」

台風の目にたどり着いた俺は藤馬さんを強く抱きしめた。

「関わらないでとかいなくなれとか、言うな。今の俺に必要なのは藤馬さんなんだ。藤馬さんまでいなくなったら俺、もう生きている意味がない」俺の手は震えていた。

「なんで、そこまで、構うんですか、こんな私に」

俺は笑う。そんなの当たり前じゃあないか。

「俺は凜華が好きなんだよ」

その言葉をつぶやいた途端、先程の風が少し弱まる。だんだんと風が止む。風でとんでいた小物がその場で床に落ちる。

「だから、君のすべてを守りたい。こんな君でも好きなんだ」

ぎゅうっと抱きしめる。もう離さない。離したくない。

耳元で涙が流れている音が聞こえる。更に涙を流しているのが分かった。

「月島さんはバカです・・・」藤馬さんが俺の服をギュッと握りしめた。

「凜華!!」慌てて入ってきたのは閖華さんだった。

荒れ果てた部屋をみて、青ざめている。

「力が、暴走した、の?」

「閖華さん、大丈夫」俺は安心させるように笑う。

「月島さん、あなたって人は」といってため息をつく。

その後に井上さんや藤馬家の付き人や護衛の人が来て部屋の状況をみた。

「閖華様、これは・・・?」

「大丈夫、あとかたづけをお手伝いさんに楽しんでいいかしら」

「かしこまりました」

気づいたら藤馬さんは眠っていた。

「力を使いすぎたのね。バカね、凜華」

俺は閖華さんへ藤馬さんを渡す。

「じいじ、凜華を部屋へ」

「かしこまりました」藤馬さんをお姫様抱っこして部屋へと運ぶ。

「月島様。ありがとうございます」

井上さんの目が少し潤んでいた。

「つきしまさん。本当に大丈夫、ではなさそうね。手当しなくては」

気づいたら俺はいたるところにかすり傷ができていた。ガラスの破片が飛んできて顔や腕や足を切りつけていたみたいだ。

「ううん。俺よりきっと凜華のほうが痛いと思う」

俺は笑う。なんだろう清々しい気持ちになった。ずっとどこかでモヤモヤしていたからなのかもしれない。


***


藤馬さんの部屋はシンプルだった。黒と白の単色で統一された部屋だ。飾り気がない。無駄なものが何一つない。

だからなのか女性の部屋に入っても緊張しない。

俺はベッドで休んでいる藤馬さんの様子を見に部屋に着ていた。

「ん・・・」お姫様がめざめそうだ。

「藤馬さん?」

「・・・・?」薄目でみている藤馬さんに俺は顔を近づける。

「大丈夫か?」気づいた藤馬さんがハッと目を覚まし起き上がる。

「な、ななななななななんで月島さんが、こんなところで、なにを・・・・」

そう言いかけて先程のことを思い出す。

そして俺の顔をみる。ガラスできった傷に白い絆創膏が貼られているのを見て藤馬さんが申し訳無さそうな顔をする。

「ごめんなさいごめんなさい。だからいったのに・・・」

「大丈夫、俺は生きてるよ?」

「そういうわけではなくて、こうなると思って言っていたのに」

顔を両手で隠す。後悔しているのだろうか?

「藤馬さん、ほら、俺の顔触ってみて? 生きてるよ?」

俺は藤馬さんの両手首を掴んで俺の顔に藤馬さんの手のひらをつける。

「な、なななななにさせるんですか・・・・ほんとだあったかい」

「だから、大丈夫。俺はいなくならない」

ここに存在していることを知ってほしかった。いなくならないし嫌いにならない。

君が悲しむことは俺はしないよと伝えたかった。

「というか、俺のほうが嫌なんだよ。藤馬さんがいなくなることが。俺にとって一番怖いことは藤馬さんがこの世からいなくなること。それ以外のことは怖くない」

「それ、前にもいってましたよね?」

「そうだっけ? 一番の恐怖を知ってしまえば他の恐怖は怖くないだろ? そうすれば心は強くなる。いろんなものに負けなくなる。そんな気がするんだ」

月島論だ。全員がそうなるとは限らない。でもそう考えたほうが、俺は楽なんだ。

「確かに、そうかもしれません。私も月島さんがいなくなることが一番かなしいです。それ以外はきっと悲しいとは思いません」

藤馬さんは顔を赤くして少し笑った。

「ゴホン」

俺たちはびっくりして扉の方をみる。そこには閖華さんと葉月先輩がいた。

「なーにいちゃついてんのー? 月島くん? 一件落着だとおもってるーぅ?」

「え?」

「これから凜華は御爺様に報告をしにいかなければならないのよ?」

閖華さんは腕を組んで怒っていた。

「あ、そうか」藤馬さんの笑顔が消える。

「小屋の状況確認したのだけれど、あれでは復旧に二ヶ月ぐらいかかるかもしれないわね」

そんなに破壊してしまったのか。

「月島くんも爺様にあってく? 原因は君にもあるんだし」

ゴクリ。息を呑む。最終難関だ。

「それより、男たち、少し席外してくれない? 凜華と話があるの」

「へいへい。月島くん。いくよ」

俺達は部屋を出た。閖華さん、この状況でも藤馬さんにひどいことを言うのだろうか。

「月島くん。ありがとな。きっかけつくってくれて」

「え、なんの?」

「んもーバカだなぁ~。閖華だって本当は凜華のこと嫌いなんかじゃないんだよ?シスコンっていってたじゃん? 本当にそうなんだよ閖華は」

「やっぱり愛が合っての罵声なんだね」俺達はクスクス笑う。彼女の不器用さに愛を感じた。


部屋でどんな話をしたのか、あとで二人に聞くとしよう。

問題は現当主にどう説明しようか、悩んでいた。

俺は果たして立ち向かえるだろうか。


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